□Episode 28: スランプ?
すいませんまた更新忘れてました……。ほんとすいません。3回目。
朝起きて、朝ご飯を食べて、自室に戻る。そして愛用のヘッドホンを装着すると、パソコンを立ち上げて曲作りを始める。いつもと変わらない、よくあるあたしの日常だ。
しかし、今日ばかりはそういうわけでもなかった。
「……何も思いつかねえ……」
何があったかというと、あたしの誇るアイデアの引き出しが今まさに尽きようとしているところなのだった。元から多かったわけでもないけれど、それでも人並みには作曲ができると思っていたのだが。
アイデアというのは、どこかから湧いてくる井戸に似ている。我々はそれを汲み上げて使っているわけだ。しかし、今日は汲み上げる水もなく、そんな枯れ井戸をあたしは見下ろしているだけなのだった。
「思いつかねえけど……やるしかないよな」
もちろん今日のところは作業をやめて、音楽でも聴きながらアイデアが湧いてくるのを待つという手もある。だが、なるべく早いうちに仕上げて楽をしたいという気持ちもある。……どうすべきか。休むべきか休まぬべきか、両者の間を振り子のように気持ちが揺れている。
そんなことを考えている最中、あたしの思考を腹の鳴る音が遮った。不意に時計を見ると、現在の時刻は十二時過ぎ。そろそろ昼ご飯の時間ってところか。しょうがない、とりあえず何か作るか。
櫻や心晴と協力してチャーハンを作り、五人で食卓を囲む。
「いただきまーす」
今日も良い感じにできたな。味付けもばっちり、いつものあたしの味だ。普段やっていることは問題なくできるから、体調が悪いわけでもないし。本当に、アイデアだけが出てこない状態なんだな。
……さて、これを食べたら、また作業に戻らないとな。
「はあ……」
「依織さん、どうしたんですか?」
思わず溜め息が漏れ出てしまっていたのか、歩夢が心配そうな顔をしてこちらを覗き込んでいる。歩夢にまで心配をかけるなんて……我ながら情けない限りだ。
言うべきかどうか一瞬だけ躊躇したが、別に隠し立てするようなことでもない。実はさ、と前置きして、現状を語り始める。
「――なるほど、スランプなんですねぇ」
「ああ……ここまで何にも出てこないってのも初めてだよ……」
自分でも嫌になりそうなくらいだが、逃げるわけにもいかない。仕事として任されている以上、きっちり完遂しなければいけないし。かと言って、今の状況で良い物が出来るとも思わない。
にっちもさっちもいかない。あたしにできることといえば、ひたすらパソコンの前で唸ることだけなのだった。
「…………」
そんな話をしていると、心晴が何やらこちらを見つめているのに気が付いた。
「どうかしたか心晴? なんか付いてるか?」
「あっ……いや、何でもない……」
「……?」
いったい何だったんだろうか。まあ、何でもないなら気にする必要もないな。こんなことで油を売っている場合ではない。さっさと部屋に戻らねば。
再び作曲に手を付け始めたが、やっぱりすぐにはいいアイデアが浮かんでこない。ネタ切れもネタ切れ、完全に行き詰まってしまった感がある。やっぱり今日はゆっくり休むべきか。適度な休息が創作家には必要だしな。
なんてことが思考回路に混ざり始める頃、部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。はい、と返事をすると、そこに現れたのは心晴だった。
「何か用か?」
あの、えっと……なんて前振りで言葉を濁しつつ、彼女は口を開く。
「あのさ、一緒にゲームしない……?」
「……は?」
何を言ってるんだ、こいつは。それは、あたしが絶賛作業中だと知っての言葉なのか。一目見ればあたしにそんな暇はないことくらい分かるはずだろうに。心晴には悪いが、ここで帰ってもらう他ない。
「あたしは……――」
――いや、ちょっと待てよ。そういえば心晴のやつ、さっきもどこか様子がおかしかったような気がする。それに、普段心晴が自分からあたしを誘うなんてこと、滅多になかった。何か彼女なりに思うところがあっての行動なのだろうか。だとすると、それを邪険にするのは良くない行為だ。
……よし。決めた。
「しょうがねえな。付き合ってやるよ」
「ん……」
みんなの調子を気遣うのもあたしの務めだ。それに、気分転換にもなりそうだしな。
そんな言い訳を心の中で呟きながら、心晴の部屋へと向かうのだった。
部屋へ着くと、彼女はひとつゲームを取り出した。見るからに格ゲー、という感じのジャケットだ。
「これ、やろっか……。依織、前にやりたいって、言ってたでしょ……」
「ああ……。たしかそんなこと言ってたっけな」
前にちらっと言っただけだが、よくそんなことまで覚えてるな。ともかくゲームを起動し、手早い操作でトレーニング画面まで移動する。
「このキャラはね、コンボが簡単で初心者向けでね――」
彼女の言う通りにコントローラーを操作していると、スランプの苦しみも少しは軽減されるような気がしてきた。
そうして、一通りの操作方法を覚えた頃。
「……じゃあ、対戦してみる?」
「いいけど……お前、すぐ勝っちまうだろ」
そんなことを話しながら、対戦を始める。先ほど覚えたコンボを駆使し、心晴の操るキャラに攻撃を仕掛ける。どうせ心晴は強いから適当に攻撃を仕掛けていたのだが、そこで異変に気が付いた。
何というか、手加減されているような気がする。普段の心晴なら見せないような隙を見せ、普段の心晴なら差しに来るような隙を見逃す。あたしでも互角に戦えるレベルだ。
意図はよく分からないが、攻めに来ないならこちらから攻めるまでだ。相手キャラを掴み、そこからコンボを決めて体力ゲージをゼロにした。画面にガッツポーズをする自キャラが映し出される。
「うん……依織、すごい」
「…………」
ぱちぱち、と心晴は拍手をする仕草であたしのことを褒め称えてくれる。……が、えらく白々しいな。やっぱり何か裏がある、と直感的に思った。どこかに秘めた隠し事を暴くため、彼女にひとつ質問を投げかける。
「心晴。なんかお前、手加減してないか?」
「えっ……?」
それを聞いたとたん、心晴はやや動揺したかのような声を上げた。心晴のこういうところは分かりやすい。明らかに図星だな。
「してない、よ……? わたし、負けず嫌いだし……」
バレバレの嘘をつきやがって。心晴が負けず嫌いなのはたしかにそうだが、だとしても今のはムキにも何にもなっていない動きだった。むしろそれどころか、余裕が有り余っているようにも見えた。そんな旨のことを言うと、彼女はますます具合の悪そうな色を見せた。
「お前が本気出したら、あたしなんて屁でもないだろ。手加減してなきゃあんな動きはあり得ない」
「うぐぐ…………」
なんでそんなこと言うのさ、とでも言いたげに心晴がこちらを睨みつけるので、あたしもその眼をしっかりと見つめ返す。
手加減していたと言わせたいあたしと、手加減していたとは絶対認めたくない心晴。お互いに譲れない二人の視線が、交点でバチバチと火花を立てている。
そうして、無言のやり取りがしばし続く。向こうはあたしが先に諦めるのを待っているようだが、残念ながらそうは問屋が卸さない。生憎粘り強さには自信がある方だからな。
堅い気持ちで見合い続けた末、ついに根負けした心晴が白旗を揚げたのだった。
「うぅ……手加減してたの、認めるから……あんまり睨まないで……」
「分かればいいんだよ、分かれば」
ようやく自白したか。さながらサスペンスドラマの取調室の様相だったな。流石にカツ丼までは出てこないが。
「しかし……何を考えてそんなことしてたんだよ?」
そもそも仕事中だったあたしをここへ連れてきてまでやったことがこれだ。心晴の考えていることはいつもよく分からないが、今日のは輪をかけて分からない。いったいどんな意図があったというのか。
あたしがそう問い詰めると、対する心晴はバツが悪そうに眼を泳がせた。
「え……えーと……」
おどおどする彼女を性懲りもなく見つめ続ける。言わぬのなら私もここから退かぬまでだ、という意志を見せつける。そうすると、彼女は観念したように口を割った。
「だ、だって……依織、調子悪そうだったから……」
「……え?」
心晴の口から飛び出してきた思いもよらぬ言葉に、あたしは驚きのあまり硬直してしまった。それはどういう意味だ? その言葉の続きを述べるように促す。
「依織……さっき、スランプって言ってたから」
「あれか……あの話、聞いてたんだな」
あの時、心晴がじっとこちらを見つめていたのはそれが理由か。人のことをじろじろ見てくるからどうしたのかと思ったけれど、そういうことなら合点がいく。
「気分転換になるかなって思ったけど……そうでもなかったかな」
心晴の瞳にじわり、と小さく涙が浮かぶ。
「いろいろ考えたけど、わたしにはこんな方法しか思いつかなかったの……」
みるみるうちに心晴の目が潤んでいく。心晴なりにあたしを励まそうとして色んなことを考えてくれていたというのに、あたしは彼女にすごんでそれを台無しにしてしまったのか。何をやってるんだ、あたしは。
そう思うと、急に彼女が愛おしく思えてきた。口ではあれこれ言うけれど、結局みんなのことが大好きで、心配して手立てを打ってくれて。不器用な心晴のことが、すごく愛おしい。
「……心晴」
「わっ、い、依織……?」
彼女の小さな体躯をぎゅっと抱き締める。まるで人形にそれをするかのように、強く抱き締めて離さない。
「ごめんな、心配かけて」
最初は彼女を気遣って一緒にゲームをしていたはずが、本当は逆に気を遣われていたなんてな。あたしもまだまだ修行が足りないみたいだ。みんなに心配を掛けないようにしないと。何て言ったって、あたしは皆のお姉さんなのだから。
「……ううん。いつでも頼ってよ、わたしたちのこと」
「…………」
にっ、と彼女は不慣れな笑みを見せた。その仕草がまた愛おしくて、今度は髪を優しく掻き撫でてやる。そうすると、彼女はまた柔らかな表情をした。
「ありがとな。……頑張るよ、あたし」
そう言って、すくりと立ち上がる。心晴のおかげで少し気分がすっきりした。今のあたしなら、何か良いメロディを掘り起こせるかもしれないな。
「頑張って。……でも、無理はしないでね」
「ああ。約束するよ」
お互いに笑い合うと、あたしは颯爽と部屋を後にするのだった。さあ、頑張るぞ!
不器用ツンデレいいですよね。心晴はなんだかんだ言ってみんなから愛されてます。