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はるかぜ荘は今日もうららか  作者: 洛葉みかん
17/88

△Episode 17: イメチェンのすゝめ

【おしらせ】

はい。またやりました。

こちらのミスで今週分の予約を忘れてました。

申し訳ないです……ぱたり。

 今日もはるかぜ荘には平和な空気が流れる。カーテンを全開にした窓から差し込んでくる日射しが心地よくて、思わず欠伸が出てしまう。


「ふわーあ……」

「心晴さん、眠そうですね」


 今日は歩夢に誘われてリビングでひなたぼっこだ。面倒くさいと思ったけど、これはなかなか気持ちが良い。ちょうどゲームも飽きてきたところだし、ゆっくりするのも悪くない。それに、歩夢と一緒にいれるしね。


「んぅ、心晴ぅ……」

「ふふふ、良い子良い子」


 日射しが温かくて眠くなってきた。歩夢に甘えるようにもたれかかると、彼女は身体を受け止めてくれた。日射しの温かさと彼女の体温が混ざり合って、溶け込んで……。ああ、本当に眠くなってきた。


「はは、心晴は今日も歩夢ママにべったりってか。赤ちゃんみたいだな」


 そんな中、誰かさんのある一言で眠気が覚めてしまった。起き上がり、その発言の主をじっと睨み付ける。


「依織……」「あ、依織さん」


 視線の先には、いつものようにへらへらと笑う依織の姿があった。相変わらず腹の立つ態度だなあ。


「……別に、べったりってわけじゃないし。あと、赤ちゃんって言い方、やめて……」

「あはは……私は別に、甘えてくれてもいいですからね」


 やっぱり歩夢は良い子だ。どこぞの音楽かぶれとは格が違うね。

 そうして再び歩夢に身体を預けていると、依織が不意に口を開いた。


「そういえば心晴、結構髪伸びたな?」

「ほんとだ、そういえばそうですね」


 二人して、前髪のカーテン越しにわたしの顔を覗き込む。目が合いそうでやりづらいんだけど。


「普段から前髪は長いですけど、ここまで来るともう目が見えなくなっちゃってますね」

「だろ。ふっさふさのぼっさぼさってわけだ」


 うぅ、いちいち言い方に腹が立つ。まあ、最近髪が邪魔なのは気にしてたけれど。

 しばし考え込むと、依織は何かを閃いたように手を叩いた。嫌な予感しかしないんだけど、大丈夫だろうか。


「よし、今から美容院行くか!」

「ええぇっ!?」


 やっぱり。嫌な予感的中。


「……やだ。絶対やだ。何があってもやだ」

「ものすごい拒否具合ですね……」


 当たり前だ。引きこもりで人見知りでコミュ障のこのわたしが美容院だなんて、わざわざ地雷原に突入しに行くようなものだ。そんなことをしたら、迎えるべき結末はただひとつ。すなわち死あるのみだ。


「けど美容院に行かなかったら、一生心晴はそのぼさぼさ頭のままだぞ?」

「くっ……」


 屈辱だけど、こんなことでわたしは折れない。いかなる誹りを受けようと、美容院だけは絶対に避けなければならない。

 依織は溜め息をつくと、ぱちんと指を鳴らした。


「しょうがないな。……歩夢」

「はいっ」


 歩夢の澄んだ声が聞こえたかと思うと、彼女はいきなりわたしの腕を鷲掴みにしてきた。


「なっ、何するのっ!?」

「ごめんなさい心晴さん。……でもこれも、心晴さんのためですから!」

「寝返った味方みたいなこと言わないで!?」


 君だけはわたしの味方だと思ったのに……!

 そうこうしている間に、依織がもう片方の腕を掴み、さながら連行される宇宙人のような様相になった。


「よし、行くぞ!」「はいっ!」

「うっ……裏切り者おおぉぉ!」


 二人がかりの力には抵抗できず、あえなく美容院まで連れて行かれたのだった。


「はあ……うぅ、なんでわたしがこんなこと……」


 待合の椅子に座って溜め息をついている間にも、刻一刻と自分の番が近づいていることを意識してしまって、思わず足が震える。こんな状態で呼び出されたら多分死んでしまうと思う。


「……大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない」

「髪切るだけだってのに……」


 心配して着いてきてくれた歩夢と依織、そしてわたしのもとに、理容師さんがやってくる。


「梅宮さん、こちらにどうぞ」

「ふぁ、あ、はいっ!」


 あ、これはダメなやつだ。初っぱなから変な声が出てしまった。先が思いやられる。


「いってらっしゃい、心晴さんっ」

「ま、頑張れよー」


 まるで他人事のように手を振り、わたしを送り出す二人。着いてきてくれるのは嬉しいけど、結局こういうところでは薄情者なのが悲しいところだ。


「それじゃ、まずはシャンプーからですね」

「…………」


 こういうとき、なんて言っていいのかがさっぱり分からない。笑えばいいのかな。それも無理な話だけど。とりあえず声は出せないので、身振り手振りで何とかした。

 そうしてされるがままになりながら、散髪用の椅子に座らされる。理容師さんとの距離が一気に近くなって、否応なしに緊張が高まってきた。


「この辺、すごく伸びてますねー」


 濡れた髪に触れられて、きゅっと身を固める。くしで梳かれる度に、鼓動が高まるような気がしてしまう。


「前髪ざっくり行っちゃいましょうか、スッキリしますよー」

「っ!?」


 とんでもないことを言われ、身が固まるのを通り越して心臓が縮こまってしまった。ただでさえ人と目を合わせるのが苦手なのに、前髪を切ってしまったら余計に目が合って生活どころじゃなくなる。


「だっ……ダメっ!」


 そう思った瞬間、自分でも出したこともないような大きさの声が出てしまった。理容師さんも周りの人も驚いているけれど、一番驚いているのは自分だ。何やってるんだ、わたしは。


「こ、これは……こだわり、なので……目に被る、くらいで……」


 声が出た反動でしどろもどろになりながら、必死に弁明する。いくら髪を切ってもいいけれど、ここだけは守らねばならない絶対最終防衛ラインだ。これがなくなったらアイデンティティ崩壊もいいところだ。


「ふふっ、わかりました。それでは、目に被るくらいで切らせていただきますねー」

「あ、ありがと、ございます……」


 よかった、何とか守り切った……。

 その後はつつがなく散髪が進んでいく。鏡越しに目が合うのも嫌なので、目は瞑りっぱなしだけれど。

 そんなわたしの心境など知るよしもなく、理容師さんは朗らかに話し始める。


「一緒にいらっしゃったのは、ご姉妹ですか?」

「…………えっと……」


 どうしよう、何か答えた方がいいよね。もう一度勇気を振り絞り、声を出す。大丈夫、顔を見なければ答えられるはずだ。


「ま、まあ……そんなところ、です……」


 よし、答えられた。乗り切れそう、かな……?


「素敵ですね! 仲がいいんですねー」


 なおも彼女は話し続ける。なんか調子が狂うなあ。


「優しそうなお姉さんが二人もいて、羨ましいですよー」

「お、おね…………そ、そうですね……」


 わたし、末っ子だと思われてるのか……。

 依織はともかく、わたしは歩夢よりは年上なのに。そりゃあ背は歩夢より低いけれど、その……胸は歩夢より大きいし。納得いかない。


「私は妹がひとりいるんですけれど――」


 もちろんそんなことを言い出せるわけもなく、ただひたすらに理容師さんの話に付き合わされていたのだった。


 それからは特に大した粗相はなかったのが唯一の救いだった。とはいっても、これまでの出来事だけで十分すぎるくらいに心は折れまくっていたのだけれど。

 死ぬほど恥ずかしい思いはするし、歩夢より年下に間違われるし。本当に良いことがない。


「はい、終わりましたよー。確認お願いします」


 溜め息のひとつでも吐こうかと思った矢先に、理容師さんの言葉が割って入る。目を開けないことには先へ進まないと、仕方なく目を開けて、わたしは思わず息を呑んだ。


 な、なんかちょっとおしゃれになってる……!?


 鏡越しの目の前で驚いた表情をする彼女がわたし自身である、という実感があまり湧かない。目に少し掛かった前髪は前と同じだけれど、それ以外はまるで別人だ。つい先ほどまでの伸び放題な髪は小綺麗に切りそろえられ、ぼさぼさだったものも整えられてサラサラになっている。


「こんな感じで大丈夫ですかー?」

「あっ……はっ、はいっ」


 こんなことを自分で言うのもおかしいとは思うけれど、ちょっとだけ可愛いかも、と思ってしまった。なんか落ち着かないなぁ。


 サラサラになった髪を携えて、二人のもとへと戻ってくる。その姿を認めた彼女たちは、つい先ほどのわたしと同じ反応を見せた。


「わぁ……! すっごく可愛くなってますっ!」

「へえ、なかなかおしゃれじゃん」

「べ、別に、そんな大したことないよ……」


 二人の思い思いの言葉を浴びせられ、思わず目を逸らしてしまった。十七年生きてきた中で、こんなに自分の容姿を褒められたことなんてなかったから、首筋がすごくむず痒い。

 何とも言えずもじもじとしていると、背後からわたしを見てくれた理容師さんに声を掛けられた。


「次の予約はいつになさいますか?」

「え、次……?」


 ああ、そうか。美容院には「次の予約」があるんだ。どうしよう……。来月もこうやって理容師さんと会話しなきゃいけないのはすごく辛いけど、今日みたいにみんなが褒めてくれるくらい、可愛くなれるなら――。


「えっと……それじゃあ、来月のこの日で」


 来月ですね、と確認すると、理容師さんはメモを取りに戻っていく。


「へぇ、来月も行くつもりなのか。心晴のことだからこれっきりかと思ったんだけど」

「……まあ、ね……」


 たしかに、いつものわたしなら予約なんてしないだろうけど……。


「さては気に入ったんだな」

「ちっ……違うしっ!」


 依織がけらけらと笑った。依織に言われるとすごく腹が立つ。やっぱりうざいからかな。そうに決まってる。


「まあまあ、機嫌直しなって」

「うるさいっ!」


 美容院を後にして、やってきた道をそのまま引き返す。わたしと、わたしの散髪をなぜか自分事のように嬉しく語る歩夢と……飄々とした態度を崩さない依織。三人並んで、他愛もないことを話す。


「よかったですね、心晴さん!」

「う、うん……」


 歩夢はさっきからこの調子で、事あるごとにわたしを可愛い、可愛いと褒めちぎってくる。その度に何か変な感情が込み上げてくるから大変だ。

 まあ……でもこの感情、すごく心がざわざわするけれど、不思議と全く悪い気はしない。まるでわたし自身が、この感情を受け入れているかのような、そんな感覚。変な感じだ。

 こんな気分になれるなら、きっと次の予約を入れたのも間違いではない……と思う。


「ねえ、歩夢、依織」

「どうした?」

「はい、何ですか?」


 ぼけっとする歩夢と、よそ見している依織の手を引いて、二人に話しかける。


「えっと……また美容院行くとき、一緒に着いてきて、くれる……?」


 ひとりはまだ心細いし、それにまた褒めてもらいたいから。ちょっとだけ甘えるように、二人に問うた。

 わたしの問いかけが終わると、間髪入れずに答えを返してきたのは歩夢だった。


「はいっ、もちろんっ! よろしくお願いしますね!」


 彼女はわたしの手を取り、ぎゅっと握りしめて笑った。相変わらずの笑顔にほだされそうになったとき、あることに気が付いて思わず顔が赤くなった。

 いつもより視界がスッキリする。理容師さんに髪を梳かれて、長さは変わらないけれど、前髪の毛量が減っているんだ。おかげで、歩夢としっかり目が合ってしまった。


「あれ? どうしたんですか?」

「あわ……あわわ……」


 そういえば、こんなに間近ではっきりと歩夢を見たことはなかったかもしれない。深紅に輝く瞳の向こうで、慌てたわたしが揺れている。綺麗だと思ったけれど、今はそれどころではない。


「ごっ……ごめん! 何でもないっ!」

「えぇっ!? ちょっ、心晴さん、どうしたんですかー!?」


 伸びたバネが戻るように、わたしの身体はその場から走り去った。

 やっぱり前髪はもう少し長いままにしておくべきだった……!

 そんなことを後悔しながら、追いかけてくる二人を振り切るのだった。

ここまで来ると心晴はもう歩夢が好きというより脳内で勝手に結婚してるんじゃないか、と思います。

かわいいのでなんでもオッケー。

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