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はるかぜ荘は今日もうららか  作者: 洛葉みかん
16/88

◎Episode 16: あなたの役に立ちたくて

 もっと、もっと誰かの役に立ちたい。


 私はずっとそんなことを考えていた。役に立って、はるかぜ荘にとって必要不可欠な存在になりたい。来る日も来る日も、頭の中でその言葉を呟いている。だからこそ私は毎日料理の手伝いをしているし、洗濯だってみんなと一緒に頑張ってやっている。


 だけどそれと同時に、私はずっと思い悩んでいた。現実とは非情なもので、気持ちばかり先走っても、実際の技能は理想に遠く及ばない。料理は手際が悪いしいまいちの出来だし、洗濯なんていつも服をしわしわにしてしまう。その度に、何でも完璧にこなす理想の自分の像が離れていってしまうように感じて。


 依織さんも櫻さんも褒めてくれるけれど、私はそれじゃ納得できないのだ。私はまだ、褒められるくらいの仕事ができていない。ずっとそう感じている。

 いつか、驚きを込めた本当の感謝をされたい。「こんなにできるとは思わなかった。ありがとう、助かったよ」って、言ってほしい。


「はあ…………」


 ……とは言ったものの、家事が上手くなるには何をしたら良いのかがさっぱり分からない。何が分からないのかが分からない、って感じだ。私には何が足りないんだろう。どうしたら櫻さんみたいにてきぱきと完璧にこなせるようになるんだろう。

 櫻さんの仕事ぶりはと言うと、もう見ているだけで惚れ惚れとするようで。もう家事とかそういう領域を飛び越えて、あれはいっそ芸術と呼んでもいいかもしれない。やっぱり彼女が私の理想だ。思い出すだけでうっとりとしてしまう。


「……ん? 櫻さん……? そういえば……」


 脳裏に彼女のきびきびとした動きが蘇る。けれど今まで、何をしていたのかをしっかり見たことはなかったかもしれない。浮かび上がった彼女の像は、どこか曖昧だ。櫻さん、何をしていたんだっけ……?


「あ、そうだ……!」


 その時、雷のごとく天啓が降ってきた。そうか、そうすればいいんだ。一日中櫻さんの動きを観察するんだ。そうすればきっと、家事で気をつける部分とか、櫻さんなりの工夫が見えてくるはず。それを吸収できれば、私の家事スキルはもっと上がるはず――!


 そうと決まればこうしちゃいられない。善は急げだ、早速櫻さんを観察しに行こう!

 部屋からペンとメモを拾い上げると、私は急いで階段を駆け下りるのだった。



「……さて、と……」


 リビングに降り立ち、息を吐く。まずは櫻さんを探すところからだ。今は何をしているだろうか。耳を澄ますと、ちょうどキッチンから水の音が聞こえてくる。そこから探してみることにしよう。


「……あ、いた」


 そっとキッチンを覗き込むと、黙々と皿洗いをしている櫻さんを発見した。これは幸先が良い。早速観察させてもらおう。そろりそろりと彼女の姿が見える位置まで移動し、メモを開く。


 そんなことをしている間にも、櫻さんは汚れた皿を一枚手に取って洗おうとしている。そしてスポンジを手に取る……前に、皿を流水にさらした。

 あ、そうか。先に汚れを落としてからスポンジで洗うと、すぐに綺麗になって効率が良いんだ……! それにスポンジも汚れなくて済むし、洗剤の節約にも繋がる。そんな簡単なことを見落としていたなんて……。やっぱり私、まだまだだな。これをメモして、次は気をつけなきゃ。


 ペンを動かしてメモを取り、顔を上げる。彼女はまた一枚皿を洗い終えると、今度はそれを布巾で拭き始めた。よく見ると、今水切りカゴに入っているのは同じ系統のお皿ばかりだ。

 なるほど、うちには食器棚がないから、同じもので揃えてから片付ければ効率的なのか。これは盲点だった。流石櫻さん、私の気付かないところまでしっかり見ている。これはちゃんとメモしておかないとな。


「――ふんふん、ふん……♪」


 そんなことをしていると、不意にどこかから鼻歌が聞こえてきた。顔を上げると、その出所が他でもない櫻さんだと分かる。さくさくと皿を洗いながら、楽しそうに鼻歌を歌っている。櫻さんも鼻歌を歌ったりするんだ。それにあの歌、依織さんもよく歌ってるやつだ。櫻さんと依織さん、本当に仲が良いんだなぁ。これもメモしちゃおう。



 しばらくして、皿洗いを終えた櫻さんが場所を移動する。それに合わせて、私も身を隠しながら移動する。今度は……アイロン掛けみたいだ。干していた洗濯物を回収して、アイロン台を用意している。


 さてと、再びメモを用意しながら、彼女の動きに目を向ける。アイロンを掛けるときは、隙間が出来ないようにゆっくり、慎重にしなきゃいけない。だけどあまりにもゆっくりやりすぎてしまうと、今度はかえって焦がしてしまうんだよね。その調整が難しいんだけど、櫻さんはいとも簡単にそれをこなしている。流石だなぁ。メモメモ……と。


 気付いたことをじっくり書き取っていると、今度は「熱っ!」という声が聞こえてきた。びっくりして顔を上げると、櫻さんが指をくわえて痛そうにしている。櫻さん、アイロンで火傷しちゃったみたいだ。櫻さんでも失敗することがあるんだ。弘法にも筆の誤り……ってやつかな。


「うぅ、あっつい……」


 あれ、櫻さん、今こっちを見たような……。いや、気のせいだよね、きっと……。それより尾行を続けないとね。お掃除に料理、全部書き留めておこう。どれもこれも、もっと私がみんなの役に立つためだ。



 お昼ご飯も食べ終え、少し眠気がする昼下がり。書き留めた項目の量も大分多くなってきたところで、少し休憩することにした。

 櫻さんの家事は参考になることがいっぱいあって、とっても有意義だった。これだけたくさんあれば、もっと私の家事スキルも上がるはずだ。褒めてもらえるといいなぁ。

 そんなことを考えつつ、何の気なしに開いたメモ帳を見て、私は思わず絶句した。

 しまった、ためになることより、面白かったことの方が多くなってる……! いつの間にこんなに増えてたんだろう。うぅ、やってしまった……。


「はぁ……」


 思わず溜め息が漏れてしまう。ちょっと自分が情けなくなってきた。

 自分の行いを悔いていると、ちょうど私の後ろを通りかかる人がいた。


「あら歩夢ちゃん、何してるの?」

「ひゃいぃっ!?」


 彼女に声を掛けられて、思わず素っ頓狂な声が出てしまう。何しろ、それは私が今まで尾行を続けていた櫻さんその人だったからだ。尾行していたと知られては都合が悪い。なるべく心の内を読まれぬように、平静を保って言葉を返す。


「な、何でもないですよっ?」

「ふーん……?」


 じっと見つめた目が怖い。何となく、心の内を見透かされているような気がして。

 そんな私の気持ちと呼応するように、彼女はにやりと笑う。そして、とんでもないことを口走るのだった。


「それじゃあ……さっきは、私に隠れて何をしてたのかな?」

「っ!?」


 あなたのような勘のいい人は嫌いです……!


「べっ、べべ、別に、やましいことをしてたとか、そういうわけじゃ……!」


 焦りのあまり思いきりどもってしまってるし、おまけにやましくないというのは……まあ、半分嘘だ。そもそも誰かをつけるってこと自体が十分やましいからね……。

 櫻さんは何も言わず、ただ私をじっと見ている。何か言ってくれないと怖い。これは私の方から全部説明しろってことなんだろうか。怖いけど、やってやるしか。


「わ、私、もっと皆さんの役に立ちたくって……でも、何やってもうまく行かなくって……。だから、櫻さんを見てたら、何か参考になるかなって思って」


 なんか、自分で言っててすごく恥ずかしくなってきた。なんでこんなこと思っちゃったんだろう。今思うと、短絡的な思考だったと思う。

 思わず顔を赤らめると、彼女はさぞおかしそうに噴き出した。


「ふふっ……! そんなことなら、直接私に言ってくれれば良かったのに。私に何か言われると思ったの?」

「うぅ……それは……」


 正直、直接教えてもらうのは少し気恥ずかしいというか、何というか。そんな気持ちが先に出て、こんな行動になってしまったんだ。自分の軽率さを恨んだ。


「まあ、隠れてコソコソするのはいただけないわね」

「ごめんなさいぃ……」


 おっしゃるとおりです……。何も言い返すことができなくて、しゅんと肩を落とす。

 こんなことだから、私はダメなんだろうなぁ……。ぐったりしていると、櫻さんが私の隣に腰を下ろした。


「さて、それはそれとして。要するに、コソコソしなきゃ良いって話よ。これがどういう意味か分かるかしら?」

「えっ……? コソコソしちゃダメってことですか……?」

「そのまんまじゃないの」


 うぅ……。なんかもう、ショックのあまり何も考えられなくなっている気がする。私がまごまごしていると、櫻さんはピッと指を差した。


「さて、あそこには昼ご飯で出た汚れ物があります」

「はい」


 今日のお昼ご飯は櫻さんお手製のオムライス。とっても美味しかった。けど、それがどうしたんだろう……。


「私は今からあれをどうするでしょうか?」

「……洗う?」


 そりゃあ、食器を洗ってシンクを開けておかないと、晩ご飯の準備ができなくなってしまう。


「ふふっ、正解!」


 にっと笑う櫻さんに対して、私は首を捻る。何だか遠回しな言い方ばかりするから、よく分からなくなってしまった。


「ど、どういう意味なんですか……?」

「コソコソするんじゃなくて、もっと近くで見ていいって言ってるのよ」

「えっ、いいんですかっ?」


 近くで見れるのは嬉しいけれど、櫻さんの迷惑にならないかな。それが心配だ。


「いいわよ。それとも、歩夢ちゃんは遠くからこっそり見てる方がお好きなのかしら?」

「そっ、そんなことないですっ……!」


 そんな風に思われるのは少し、いやかなり心外だ。慌てて訂正すると、櫻さんは面白そうにまた笑った。完全にからかわれてる……。


「これからも、歩夢ちゃんが望むならいつでも見せてあげるからね」

「そっ、そんな……いいんですか!?」


 驚いて、思わず素っ頓狂な声が出た。まさかそこまでしてくれるなんて思わなかった。


「他でもない歩夢ちゃんの頼みですもの、断る理由なんてないわ。いっぱい頼っていいのよ」

「……! ありがとうございます、櫻さん! 私、嬉しいですっ!」


 やっぱり櫻さんはいい人だ。何から何まで私に優しくしてくれて。生まれて初めて出会った、私のことをこんなに大事にしてくれる人。この人の役に立ちたい。そんな思いは、さらに大きく膨らんでいった。

 櫻さんのすごいところ、もっともっと吸収するぞ!


「私、頑張っていろんな事覚えますから! よろしくお願いします!」

はるかぜ荘に来てからの歩夢の本質は「誰かの役に立ちたい」ですが、きっとその為なら彼女は無茶だって冒しそうですね。健気。

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