□Episode 15: はるかぜ荘ゲームグランプリ、開催
ふわあ、と大きな欠伸を噛み殺し、部屋の時計を確認する。昼下がりのいい時間帯だ。うたた寝するにはちょうどいい頃だな。
まあ、そんなことをしている余裕なんてあたしにはないのだが。今日も今日とて仕事だ。息をつくと、再び画面に視線を戻す。残るは最後の微調整だけ。さっさと終わらせてしまおう。
「……よし、っと」
数十分後。完成させた曲のデータをクライアントに送信して、これにて仕事終了だ。
緊張感から解放されて、大きな溜め息をつく。今回もなかなかに難産だったな……。すずともあんまり遊んでやれなかったし、ちょっとストレスが溜まったか。何かストレス発散でもしたいものだな。
ともかく、水分を補給するとしよう。キッチンに移動して、麦茶をグラスに注ぐ。それを飲み終えて戻ろうとすると、その目の前をすずが通り過ぎていくのが見えた。
「お、すず」
「依織! お仕事終わったの?」
ぱたぱたとすずがこちらに駆け寄ってくる。飼い主に構ってもらいたがる子犬みたいだ。
「ああ。それで、何やってるんだ?」
「今からね、心晴の部屋でゲームするんだよ!」
「ゲーム? 心晴と?」
思わず言われたことをそのまま聞き返してしまったが、彼女はなおも頷いた。
あたしの知らないところで、すずと心晴にそんな絡みがあったなんて。人間関係とは何があるか分からないな。
「そうだな……あたしも一緒に行っていいか?」
「いいよっ! 依織もゲームやろう!」
すずの承諾を貰い、心晴の部屋へと同行する。
「心晴ーっ、遊びに来たよ!」
「ああ、すず……って……」
やや嬉しそうな顔ですずを出迎えた彼女だったが、あたしを見るなりその表情を崩してしまった。目から言いたいことがはっきりと伝わってくる。
「そんな露骨に嫌そうな顔しなくてもいいだろ」
「するに決まってる。なんで依織がいるのさ……」
つれない奴だな。ここはひとつ、弄ってみるか。
「いたっていいじゃん。……それとも、何かいたらいけないことでもするのか?」
「なっ、わたしが何するって、思ってるわけ……?」
彼女の双眸がこちらをじっと睨み付ける。まんまと引っかかった。ちょっと可愛いな。
そのまますずを挟んでの不毛な睨み合いがしばし続いたが、先に心晴が折れたのだった。
「もう……好きにしてよ」
「はは、ありがとな」
見るからにいじけた表情をしている。少し意地悪しすぎたかな。何はともあれ、三人でのゲームが始まったのだった。
「そこっ、えいっ!」
「わっ……!? すず、腕上げたね……」
すずと心晴が格闘ゲームで淡々と勝負するのを、背後から眺める。
「とりゃ、とりゃっ!」
「くっ……!」
すずは前から優秀だと思っていたが、こんなところでも才能を発揮するなんてな。あのゲーマーの心晴と互角以上の勝負をしている。
とはいえそこはゲーマーの本領発揮とでも言うのか、最終的には心晴の勝利で終わったのだった。
「むー、また負けた……」
「まだまだ、負けるわけにはいかないし……」
頬を膨らませて、心底悔しそうにするすず。心晴に食いついている時点ですごいと思うんだけどな。
「すずはゲームも上手いんだな」
「えへへへ……もっと褒めてもいいんだよ?」
わしゃわしゃと髪を撫でてやると、彼女は目を細めて嬉しそうにした。可愛い奴め。
「じゃあ次、依織の番ね」
「おう。ありがとな」
すずからコントローラーを受け取り、あたしも画面に向き合う。ここはひとつ、大人のすごさを見せつけてやらねばな。やってやるぞ、椿山依織!
……と、思ったのだが。
「ま、負けた……完敗……」
心晴に一回もダメージを与えることなく負けてしまった。ゲームには割と自信のある方だったんだが……。
「わたしに勝つなんて……十年、早いよ」
「うぐぐ……」
なんか悔しいな、これ。何度もリベンジを試みるものの、結果は変わらないままなのだった。
そして数十分後。
「なんか、飽きちゃったねぇ」
すずがつまらなさそうに腕を伸ばす。欠伸なんかして、本当に退屈な様子だ。
「あたしも負けてばっかでちょっとな……」
「ねえねえ心晴、何かみんなでできるゲーム持ってない?」
「みんなでできるゲームねえ……」
すずの提案を受けて、心晴が少し考え込む。しばらくして何か思いついたような素振りを見せると、ゲームソフトの詰まった棚を探し回る。
「あったあった……これなんか、どう……?」
「お、それ知ってる。心晴も持ってたのか」
取り出してきたのは、いわゆるデジタルボードゲームというやつ。たしかにこれなら三人でもできる。
「やろやろ、心晴っ!」
「ん……了解」
ディスクをゲーム機に読み込ませると、少ししてからタイトルが表示される。
「よっしゃ、本気出していくか」
参加者はあたしと心晴にすず、それと数合わせのCPUだ。ゲームが始まり、手番を回していく。最初はお互い始まったばかりということもあり、大人しくゲームを進めていたのだが――。
「あ、おい、そんなとこで妨害すんなよ!」
「無理……勝負の世界は、シビアだからね」
それもほんの一瞬、ごくごく最初の間だけの話だ。ゲームが進んで余裕が出てきたら、敵の妨害に回るのがこういうゲームの常だ。
「ふーん……それじゃ、こいつでお返ししてやる!」
「あっ、依織のバカっ……! やめてよ……」
さっきまで嬉々として妨害していた心晴も、いざ自分が妨害されるとへそを曲げる。
「やなこった。勝負の世界はシビア、だったよな?」
「うぐぐぐぐ……」
そんな言い合いとは対照的に、すずは黙々と自分の駒を操作している。
「よーっし、いただきっ!」
「マジかよっ!? いつの間に!?」
あたしたちが争っている間に、しれっとすずが目的地に辿り着いていた。すずの奴、やけに静かだと思ったらずっと狙ってたのか。これこそ漁夫の利ってやつか……。
「心晴、ボードゲームだとそんなに強くないんだね。これならすずでも勝てちゃいそうかも」
「なっ……!?」
すずが不敵な笑みを浮かべる。すずのこんな表情、初めて見たかもしれない。これは完全に好戦的になってるな。対する心晴も、唇をぐっと噤んで画面を睨み付けている。これは面白くなってきたな。
「ゲーマーをバカにしたこと、後悔させてあげるから……!」
「その勝負、受けて立つっ!」
これはあたしも本気を出していかないとな。三人の間の空気はさらにヒートアップしていく。
互いに総力を掛けての妨害合戦をしたり、時に二人で結託してトップの人間を引きずり下ろしたり。その度に悪態が飛ぶが、そんなことお構いなしだ。
「ぐぬぬ……依織、容赦ないね」
「すずが相手でも手加減はできないからな。覚悟しとけよ」
現段階ではあたしがトップ。残りターン数もさほど多くないし、このまま順調に逃げ切れば……うん、勝てる。ここからはガツガツ攻めるのではなく、しっかりと足場を固める守りの戦法へ。
「ガン逃げ……卑怯だよ」
「うるせー。勝負に卑怯もへったくれもあるもんか」
つまるところ勝てば良かろうなのだ。二人には悪いが、この勝負は貰った! ……はずだったのだが。
事件は最終ターンに起きた。
「これでよしっ……と」
しっかりと用意を整え、一位になる準備は万端。これであたしの勝ちだ。
そう思った矢先、ずっと空気だったCPUの元にイベントが発生する。CPUの元にやってきたキャラクターが、宝物をくれるらしい。
「えっ、ちょっ……」
そのイベントは、あたしをトップから陥落させるには十分すぎるレベルだった。こいつ、最後の最後で――!
呆然としたまま全員の手番が終わり、結果発表の番になる。優勝したのは先ほどのCPU。肝心のあたしは、そいつに大差を付けられて二位に甘んじていた。
「…………」
「…………」
あまりにもあっけない終わり方に、一同揃って言葉を失う。こんな終わり方があっていいものか。
「……ふっ、くふふふっ!」
そんな中、すずが笑いを堪えきれずに噴き出す。それにつられるようにして、あたしと心晴も笑い出すのだった。
「ははは……なんてこった、一本取られちまったな」
「何があるか……分かんないね」
まったくだ。せっかく人が着々と準備を整えていたのに、それをあっさりとひっくり返してくれやがって。怒りを通り越して笑いが込み上げてくる――。
「……二度とやらねえ」
「気持ちは分かる……」
――ということはなかった。腹が立つのは事実だ。
ゲームを終わらせ、心晴の部屋に留まってしばし余韻を楽しむ。静かになった室内で、ゆっくりとゲーム内の出来事を反芻するのも楽しみだとあたしは思う。
「えへへ、今日はみんなとゲームできて、とっても楽しかったな!」
「そうか? すずが楽しかったならいいんだけど」
あんな腹立たしい出来事があったわけだが、変わらずすずはけらけらと笑っている。理不尽とか感じたりしないのだろうか。
「そういえば思ったけど、心晴とすずって仲良かったんだな」
「仲良い……のかな」
怪訝そうな顔をして、心晴はすずの顔をじっと見る。いつもゲームしてるんだし、それは一般的に仲が良いと言うのでは……?
対するすずはすずで首を傾げている。何か言えよ。
「よく分からないけど……心晴はね、いつも遊んでくれるから大好きだよ!」
「なっ……!?」
みるみるうちに真っ赤になっていく心晴を見て、また噴き出してしまう。
「ははは……いつもね、いつも」
「ちょっ、まっ……言わないでよぉ……!」
真っ赤になった顔がさらに真っ赤に。梅干しみたいだな。ちょっと面白いし、可愛いな。
「遊んでやってくれてありがとな。あたしもいつも遊んであげられるわけじゃないからさ」
「べっ……別に……」
目を背けてはいるが、満更でもなさそうな表情だ。こいつ、表情は硬いし普段から素直じゃないくせに、こういうところは顔に出るんだよな。いじりがいがあるというか、何というか。
しばらく壁を見つめていた心晴だったが、不意にこちらを振り返ると、ぽつりと漏らした。
「……すずは、将来有望なライバルだから……」
「ライバル? すずが?」
すずが目をぱちくりさせて心晴の方を見る。
「……ゲームの才能、あるし……わたしも、負けたくないし……」
「そっか……ライバルかぁ……。ライバル……」
心晴の言うことを聞いてるのか聞いてないのか曖昧な感じだが、すずはうっとりとライバル、ライバルと繰り返している。そんなに気に入ったのか。
「すずと心晴、ライバル同士なんだね! えへへ、これからもよろしくねっ!」
「うっ、うん……!」
心晴の手を取り、にっこりと笑いかけるすず。そんな彼女の様子に、心晴はたじたじといった様子だった。
引きこもりがちの心晴と、元気で無邪気で、人のパーソナルスペースに軽々と入り込んでくるすず。そりの合わない組み合わせに思えるが、案外悪くないのかもしれないな。人間関係は化学反応とは、よく言ったものだ。
「これからも、すずをよろしくな」
「えっ!? ど、どういう意味……!?」
「そのままの意味だっての。変な勘違いすんな――」
ゆったりとそんな会話を続けながら、今日も穏やかに時が流れていくのだった。
友情破壊ゲーム、ダメ、ゼッタイ。