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はるかぜ荘は今日もうららか  作者: 洛葉みかん
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△Episode 14: ぶらり早朝徒歩の旅

 今日も今日とて、はるかぜ荘に朝がやってくる。カーテンの隙間から差し込む光で目を覚まし、わたしは寝ぼけ眼を擦った。反対側の手で携帯を手に取り、時刻表示を確認する。


「……九時半……まだ寝れる……」


 いつものわたしならまだ眠っている時間。ゲームもやる気分じゃないし、もう少し寝ていようかな。そんなことを思い、拾い上げた携帯を元に戻す。ふわあ、と大きな欠伸が漏れた。よし、寝よう。

 心の中でおやすみなさい、と告げると、いそいそと布団を被り直すのだった。

 しかし、そんなわたしの時間を邪魔するかのように、軽快なノックが三回聞こえてきた。そしてわたしが返事する間もなくドアノブが回される。


「心晴さんっ!」


 入ってきたのは歩夢。この時間帯に来るときは、大抵ろくでもないお願い事とかをされるときだ。ここは寝たふりでやりすごそう。目を瞑り、何事にも動じない心構えで待つ。


「あれ、心晴さん? 寝てるんですか?」


 足音がこちらに近づいてくる。それはベッドの前で止まったかと思うと、今度はすぐ近くに気配を感じた。これは……覗き込まれてるのか。

 わたしが反応しないことが分かると、歩夢は次に被ったばかりの布団を引きはがした。わたし、何されるんだろうか。脳裏に変な予感が浮かび上がった、その瞬間だった。


「……こちょこちょこちょ」

「ひゃっ、はひっ!?」


 歩夢の手が伸びて、思いきり脇腹をくすぐられる。流石に耐えられるわけがなく、変な声と共に飛び起きてしまったのだった。


「あぅ、や、やめてっ……」

「ふふっ、やっぱり起きてましたね」

「意地悪だよぉ……」


 いくらなんでもくすぐることはないだろうに。口を尖らせていると、歩夢は早速本題に切り込んだ。


「さて、心晴さん。一緒にお散歩に行きませんか?」

「え、やだ」

「即答!?」


 なんか、前にも同じ展開があったような。これがデジャヴというやつか。


「どうせ、また『一日一回は外に出す』って、言うんでしょ……」

「うっ、まだ根に持ってるんですね……」


 当然だよ。わたしはペットじゃないんだから。

 当てが外れたせいか、歩夢は次の説得文句を考えているようだ。


「いいじゃないですか、運動の秋って言いますし」

「……わたしにとっては、ゲームの秋だもん」

「そんなの聞いたことないですよぉ!」


 歩夢の表情が険しくなっていく。どんな手を使ってでもわたしを散歩に連れ出したいらしい。

 ……正直、歩夢と一緒に出かけること自体は、やぶさかではないけれど。単にわたしが外に出たくないと言うだけの話だ。


「……そんなに、わたしと散歩したいの?」


 わたしが問うと、歩夢は力強く頷いた。素直で単純で、ちょっと可愛いかも。……いや、でもそんな簡単に屈するわけには――。


「本当の本当に、私は心晴さんと一緒がいいんですよ」


 …………。


「わかった……じゃあ、一緒に行ってあげても、いい」

「ほんとですか!?」


 結局屈することになってしまった。しまった、また歩夢のペースに乗せられた……。

 けれど、わたしの憂いとは裏腹に彼女の表情はみるみるうちに明るくなる。彼女の周りだけぱあっと輝いたようだ。


「それじゃ、私は準備してきますねっ!」


 歩夢が部屋を飛び出すのに合わせて、わたしも布団から立ち上がる。まったく、歩夢の頼みは断れないなあ。ふふ、と小さく笑うと、外行き用の着替えを探すのだった。


 行ってきます、と挨拶をして、はるかぜ荘を後にする。外は思ったより寒くもなく、過ごしやすい天気だ。これならわたしもバテずに済みそうだ。

 そう思いつつ歩夢の方を見ると、何か違和感があることに気が付いた。そうだ、彼女の服がいつもと違うんだ。


「歩夢……そんな服、持ってたっけ?」

「これですか?」


 わたしが問うと、彼女はよくぞ訊いてくれました、とでも言いたげに笑った。どうやら歩夢自身も意識していたみたいだ。


「これ、この前依織さんとすずちゃんに選んでもらった服なんです! どうです、似合いますか?」


 隅々まで見せつけるようにくるくると回る歩夢。その度に彼女の良い香りが漂ってきて、ちょっとドキドキする。


「う、うん……すごく似合ってると、思う……」

「ほんとですか? えへへ、嬉しいです」


 お世辞抜きに、その服は可愛らしい歩夢にぴったりだと思った。まあ、歩夢ならきっとどんな服でも着こなしてしまいそうだけど。


「こんなことまで気付いてくれるなんて、心晴さんは気が利きますね」

「あぅ、あんまり褒めないで……」


 彼女はまた可愛げな笑みを見せた。歩夢の笑顔は、見ているとこっちまで嬉しくなりそうだ。

 そんなことを話しながら、行く当てもなくのんびりと歩く。何の変哲のない退屈な道でも、歩夢と話していれば気にならない。むしろ楽しいくらいだ。


「心晴さん、ちょっとニヤニヤしてます」

「ふえぇっ!? え、あ、べ、別に……!」


 思わず顔に出ていたみたいだ。慌てて取り繕っても、目の前の彼女はただ笑うだけ。うう、恥ずかしい……。

 しばらく何も言えずに歩いていると、大きな広場に出た。何やら人が集まっている。歩夢と一緒じゃなかったら、きっとこんな場所には来ないかな。


「こんな所……あったっけ?」

「はいっ! ここ、毎週末にイベントをやってるんですよ。今も……ほら」


 彼女が指差した先では、何人かの子どもがユニットを組んで踊っているのが見えた。ダンス教室の発表会かな。まあ、あまり興味は――。

 そんな時、気の抜けた音がわたしのお腹から聞こえてきた。


「あっ……」

「……見ないでよぉ……」


 そういえば、寝起きで朝ご飯を食べていないのをすっかり忘れていた。道理でお腹も鳴るわけで。

 恥ずかしいことこの上ない。穴があったら入りたい、とはこういうことか。

 歩夢が、あはは、と面白そうに笑うのに対して、わたしはただ手で顔を覆うことしかできないのだった。


「ふふっ、すぐそこにコロッケの屋台がありますし、そこで朝ご飯にしましょうか」

「うっ、うん……!」


 彼女に手を引かれ、屋台まで歩いて行く。苦手な買い物も、歩夢がいれば楽ちんだ。

 何事もなくコロッケを二つ買って、広場のベンチで休憩するのだった。


「いただきます。……あ、これ美味しいです!」

「ん……美味しい……」


 肌寒い季節に、コロッケの温かさが身に染みていく。さくさくふわふわで、甘くて……思わずとろけてしまいそうだ。


「初めて食べましたけど、大当たりですね!」

「うん……いっぱい食べたい……」


 何だか、急に家でもコロッケが食べたくなってきた。今度依織に作ってもらおうかな。

 そのまま黙々と食べ進め、最後の一欠片を口に頬張る。よく噛んで飲み込んだ後、大きな欠伸をひとつする。お腹が張ったら少し眠くなってきたかもしれない。

 それに気付いた歩夢が、自身の肩を叩いて呼びかけてくれる。


「私の肩、使って良いですよ?」

「え……? あ、ありがと……」


 お言葉に甘えて、彼女の肩に頭を寄せる。歩夢はわたしより身長が高いから、頭がちょうど良く収まる位置に肩があるんだよね。

 少し落ち着いたところで、ずっと気になっていたことを彼女にぶつけてみる。


「歩夢は……散歩、好き?」


 唐突な問いかけにも関わらず、彼女はほぼノータイムで、何のためらいもなく頷いてみせた。


「はいっ。好きですよ」


 その笑顔が妙に心のどこかで引っかかって、わたしは少し意地悪な問いを投げかける。


「……どうして好きなの?」


 何も目的を決めずに外出するなんて、時間と体力の無駄でしかないのに。そもそも、外は暑かったり寒かったりで過ごしにくい環境だし。快適な室内にいた方が効率的だ。

 そんな旨のことを伝えると、彼女はきょとんとした。


「何も決めないのがいいんじゃないですか。今日みたいに良いお天気の中、のんびり考え事でもしながらお散歩すると、楽しいんですよ」


 あっけらかんとそう言い放ち、彼女はさらに続ける。


「それに、商店街とかを歩いてると、いろんな人が挨拶してくれるんですよ。時々何かくれることもあるし……。世の中には優しい人がいっぱいいるんだって思います」


 彼女の言葉を聞いていると、その情景が脳裏に直に浮かんでくるようだ。

 優しい人、か。わたしもそんな風に接してもらえたりするんだろうか。人付き合いは苦手だけど、少しだけ興味が湧いた……気がする。


「……そんなものなのかな」

「そんなものですよ。……ふふっ」


 歩夢がまた笑った。今日は歩いただけで結構疲れたけれど、彼女の笑顔を見ているとそんな気持ちもどこかへ行ってしまう。歩夢が楽しそうならそれでもいいかな、なんて思えてしまう。ずるい笑顔だ。


「そっか。……ふふっ」

「どうしたんですか?」


 つられてわたしも笑ってしまうと、歩夢が不思議そうな顔をする。


「ううん。何でもない」

「えー、絶対何かありますって。教えてくださいよー!」


 そんな他愛もない会話に花を咲かせながら、平穏な時間は過ぎていくのだった。



 まったりするのもほどほどに、二人で椅子から立ち上がる。まるでお互いの心が通じ合ったかのような、自然な流れだった。


「……そろそろ帰りましょうか」

「うん」


 向き合って頷くと、これまた通じ合ったように同じ歩幅で歩き出す。

 二人並んでゆっくりと帰路につく。さっきも通った道だけど、今度は違う話をしながらだから、やっぱり飽きることはない。何もかもが変わって見えるのは、きっと全部、歩夢と一緒にいるから。


「……ねえ、歩夢」

「何ですか?」


 振り向いた彼女の手を繋ぎ、小さく呟く。


「あのさっ……また、一緒に散歩……しよ。今日は、歩夢と一緒にいれて……楽しかったから」


 自分で言っていて恥ずかしくなってきた。赤くなったのを見られたくなくて、思わず歩夢から顔を背ける。

 一方の彼女はというと、嬉しそうに息を呑む音が聞こえてきたのだった。


「心晴さんからそんな言葉が聞けるなんて……! 私、嬉しいですっ!」

「わっ、あ、歩夢っ!? 抱きつかなくていいからっ!」


 興奮した歩夢の腕がわたしを捕らえて放さない。いくら寒い季節だとはいえ、これは暑苦しいよ。……まあ、満更でもないけど。


「いろんな所をお散歩しましょうね、心晴さんっ!」

「う、うんっ……!」


 人間は、いつも付き合っている人の言動や思考を真似するようになると、昔ネットで見たことがある。きっと今のわたしもそうだ。だって、意味がないなんて思っていた風景が、今はこんなに色づいて見えるのだから。

 そんなことが、これから先毎日続いていくのだと思うと、自然と笑顔も漏れ出るというものだ。


「……ありがと、歩夢」

「……? ど、どういたしまして……?」


 ちょっとだけ明日が楽しみになった。歩夢の手を握り直すと、また歩き始めるのだった。

そろそろタイトルが思いつかない


それはそうと、個人的に歩夢と心晴の絡みが一番好きなんですよね。

でもそれ以外の可能性もたくさん提示していけたらいいなと思ってます。

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