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はるかぜ荘は今日もうららか  作者: 洛葉みかん
10/88

◎Episode 10: 新たな想い

【おわび】

精神が死んでたのか投稿予約を土曜日の17時にしてたみたいです。

申し訳ありません……これからもどうかよろしくお願いいたします。

「ふわぁ……」


 大きな欠伸が、自室にひとつ投げ出される。腕を天高く伸ばして、もう一度欠伸をする。いい天気だ。暑さも和らいできたし、こんな日は絶好のお出かけ日和だ。

 それにしても、朝ご飯を食べたばかりだというのにちょっと眠たいなぁ。昨日小説を読みすぎて夜更かししちゃったせいかな。面白くって、次々ページをめくる手が止まらなかった。


「続き、気になるなぁ……」


 三巻はヒロインが捕まりっぱなしで終わっちゃったから消化不良だ。四巻はもう出ているから、今度買いに行こうかな。

 そんな調子で本を手に取ろうとした時、自室の扉をノックする音が聞こえてきた。


「はーい」「歩夢ー! あっそぼー!」


 扉を開けると同時に飛び込んできたのは、慌ただしく動く小さな影。すずちゃんだ。

 部屋に入ってきたかと思うと、彼女は私のベッドに勢いよく座り込んだ。


「えへへ、お邪魔しまーす」


 彼女は漫画なんかを手に取って読んでいる。私の部屋、あんまり本は揃ってないけど……いいのかな。

 しばしのんびりとした時間が流れる。不思議なことに、一人でいるときと違って、部屋に誰かがいるだけでも気分が明るくなる。


「あははっ! 歩夢、これ面白いね」

「でしょ? それ、私も好きなんだー」


 他愛もない話をするすずちゃんだったけれど、本を置くと不意に口を開いた。


「漫画も飽きちゃったなぁ……そうだ、歩夢! 外に遊びに行こうよ!」

「うん……えっ?」


 突然の提案にびっくりして、思わず生返事を返してしまう。


「いいけど……どこに行くの?」

「うーん……」


 うなったまま彼女は何も言わなくなった。何も考えてなかったらしい。

 しばらくフリーズしっぱなしのすずちゃんだったけれど、何かを思いついたように手を叩くと、口を開いた。


「とりあえず出てから考えようよ!」

「がくっ……」


 気が抜けて膝から崩れ落ちそうになった。結局何も考えてないじゃん、それじゃ……。


「むー、歩夢はすずとお出かけしたくない?」

「そういうわけじゃないけど……」


 まあ、行く当てがないお出かけっていうのも悪くないかもしれない。ちょっとした散歩みたいなものだ。


「……うん。行こっか、すずちゃん」

「やったあ! じゃあすず、着替えてくるねっ!」


 そう言い残すと、すずちゃんは勢いよく部屋を飛び出して行ってしまった。どたどたどた、と階段を駆け下りる音が聞こえる。本当に元気な子だなあ。


「……ふふ。お出かけ、ちょっと楽しみかも……」


 今日は何か新しい発見があるかもしれない。そう考えると、少しだけ外に出るのが楽しみになってきた。


「いってきまーす!」「おう、いってらっしゃい」


 依織さんに見送られ、はるかぜ荘を後にする。思った通り、いい天気の散歩日和だ。思わずスキップでもしてしまいそうだ。


「いい天気だねえ」

「うんっ。あったかいね」


 他愛もないことを話しながらゆっくり歩いていると、足下を何かが通り過ぎていった。


「わあっ! 猫ちゃんだー!」


 見ると、近くの草の茂みに小さな三毛猫がぽつんと佇んでいた。くりくりした二つの目が、私たちの姿をまじまじと見つめている。


「逃げないね。人慣れしてるのかな?」

「分かんない。でも、可愛いなぁー……」


 すずちゃんがうっとりとしている間に、猫は茂みの奥へと消えていってしまった。


「ああっ、行っちゃった……」

「しょうがないよ。私たちも行こ?」


 私たちも本来の目的に戻らなきゃ。……ん? 本来の目的?


「……そういえば、まだどこに行くか決めてないんだっけ……」


 そもそも最初から目的なんてなかった。すずちゃんに乗せられる感じで外へ出てきたんだった。

 今日は長い散歩になりそうだなぁ、なんて想いながら、ちょっとだけ遠い目をするのだった。


 町の方へ出ると、いろんな建物が建っているのが見える。ここなら何か行く当てが見つかるかな。

 そんな最中、すずちゃんは早速ひとつの建物に目星を付けた。


「歩夢、あれ見て!」

「あれ? ……ああ、本屋さん?」


 彼女が指を差した方向を見る。それは町角に建つ本屋だった。


「行ってみる?」「うん!」


 そうと決まれば、足並みをそろえて本屋へと向かうのみだ。何か良い物が見つかるといいな。

 店内に入り、看板の表示を見る。すずちゃんはどんなのを読むんだろう。やっぱり小学生が読むみたいな、あんな感じの本なのかな。

 そう思った矢先に、彼女は全く別のコーナーへ移動していた。


「あっ、ちょっ、待ってよー!」


 彼女を追いかけて着いた先は、普通の一般文芸のコーナーだった。ドラマの原作とかで見るような人の名前も出ているようなところだ。すずちゃんには難しいと思うんだけど。


「意外と大人っぽいんだね……読めるの?」

「読むよ? すずね、今このシリーズにハマってるんだー」


 彼女が手に取ったのは、私も聞いたことがあるタイトルのファンタジー小説。すずちゃんはこういうのも読むのか。初めて知った。


「歩夢ちゃんはどういうの読むの?」

「私は……えっと、こういうのかな」


 隣の棚に移動して、一冊本を取り出す。私が読んでいた小説の最新巻、四巻だ。


「ライトノベル、っていうのかな、こういうの……」


 すずちゃんが結構大人な本を出してきたせいで、ちょっと言うのが恥ずかしいな。別に嫌とか、そういうわけではないんだけれど。


「いいと思うよ? 面白そう!」

「ほ、ほんと……? じゃあ、私の持ってるの貸してあげるね!」


 すずちゃん、良い子だなあ。しっかり思いやりを持ってて、私より年下とは思えない。櫻さんと依織さんにしっかり育てられたからかな。


「すずのも貸してあげる! 一緒に読も?」

「うん!」


 そんなやり取りをしながら、お互い一冊ずつ手に取り、一息つく。

 すると、すずちゃんが不意に口を開いた。


「ねえねえ、歩夢」

「なあに? どうしたの?」


 私が聞き返すや否や、彼女はすたすたと遠くへ歩いて行く。


「ちょっと別の所行ってくるねっ!」

「えっ!? ま、待ってよ、私も行くからー!」


 小走りになって再び彼女を追いかける。追いつく間もなく彼女は角へと消えていった。意外と足が速いんだよね、すずちゃん……。


「たしかこっちに行ったよね……?」


 彼女の向かった先をちらりと覗く。そこは、勉強用の本がたくさん置いてあるスペースだった。小学校の漢字ドリルや計算ドリルから、高校生の参考書まで、いろいろ置いてある。


「あ、いたいた。おーい、すずちゃん」


 名前を呼ぶと、すずちゃんがこちらの方を向く。そんな彼女が手に持っている物を見て、思わず驚いてしまった。


「あれ? すずちゃん、それって……」

「これ? これがどうかしたの?」


 彼女が持っているそれ――数学の参考書には、はっきりと「高校一年生用」と書かれている。高校生の問題なんて、私だって解けないようなレベルの問題だ。彼女には到底解けそうにもないと思うのだけれど。


「それ、高校生のやつだけど……解けるの?」


 おそるおそる尋ねてみると、彼女は何のためらいもなく「うん」と答えた。


「すごいんだね、すずちゃんは」

「えへへへ……」


 彼女はこんなにも幼いのに、私と同じくらい……いや、私以上に賢いんだ。


「……すずはね、もっといろんなものを見て、いろんな事を知りたいんだ。だからね、今は勉強するの!」

「すずちゃん……」


 こんなにも幼いのに、私よりずっと大きな夢を持っていて……。すずちゃんも、何かのために頑張ってる人なんだ。そういう人って、何だか尊敬しちゃうなぁ。

 そう思うと、急に自分がちっぽけな存在に思えてきた。すずちゃんだって努力してるのに、私は……。


「……っ」


 息を呑むと、私は中学二年生用のドリルを手に取った。


「歩夢?」

「あのね、すずちゃん。私も一緒にやっていいかな? 私もすずちゃんみたいに頑張りたいんだ」


 私だって頑張らなきゃ。まずは、できることから。それで、いつかはすごい人になるんだ。

 彼女はしばらくキョトンとしてから、にっこりと笑顔を見せた。


「うんっ! 一緒に頑張ろ、歩夢!」

「やった! えへへ、ありがとう!」


 小説が二冊、計算ドリルが二冊。計四冊を購入して、私たちは本屋を後にするのだった。


「ふぅ、良い買い物したねえ」


 店を出て、再び温かな陽光の下へ出る。大きく伸びをしてから、そういえば「遊びに行こう」と言って家を出てきたことを思い出した。

 その割には全然遊んでないし、すずちゃんを楽しませてあげられただろうか。何だか急に不安になってきた。


「すずちゃん……。えっと、あんまり楽しませてあげられなくて、ごめん……」

「えっ?」


 私が頭を下げると、彼女は素っ頓狂な声を上げた。


「なになに、何のこと?」

「だって、全く遊んでなかったし……すずちゃん、あんまり楽しくなかったかなって……」


 しばらく私の話をじっと聞いていた彼女だったけれど、突然はじけるように笑い出した。


「ふふっ……あははっ! そっか、そういうことか」

「えっ? すずちゃん?」


 その笑いの意味が分からず、今度は私が素っ頓狂な声を上げる。


「すず、楽しくないなんて思ってないよ!」

「そ、そう……?」


 困惑する私に対して、彼女はにっこりと笑う。その笑顔は、私の悩みを吹き飛ばしてしまうくらいに明るく輝いていた。

 私が安堵して胸を撫で下ろすと、彼女は「それにね」とひとつ付け加えた。


「それにね、すずは歩夢と一緒にいるだけで楽しいもん!」

「ええぇっ!?」


 突然投げられたキラーパスに硬直してしまった。急になんてこと言うんだろう、この子は。


「も、もうっ、そんなこと言われたら、びっくりしちゃうよ……」

「……歩夢は、あんまり楽しくないの?」

「いやっ、別に、楽しいけど……えっと」


 あれ、私、なんで顔が赤くなってるんだろう。

 すずちゃん、ずるいなぁ。そんなことを恥ずかしげもなく言われたら、こっちが恥ずかしくなってしまう。


「歩夢、顔赤いよ? 大丈夫?」

「わ、わわっ、見ないでぇ……!」


 ダメだ。今の私、絶対情けない顔してる。

 勢いよくすずちゃんの手を取ると、逃げるようにそそくさと駆け出す。


「は、早く帰ってお勉強しようっ!」

「歩夢っ!? どうしたの!?」


 誰のせいでこうなってると思ってるのか。

 遊びに行こうと言ってから、今に至るまで。結局、今日はすずちゃんに振り回されっぱなしの一日なのだった。

すずは天才肌ですがいっぱい努力もしてるみたいです。

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