序章 冒険者ギルドの問題児
完結できないだろうと予想されます。
それでもかまわないという方はそのまま続きをお読みください。
荷運び人という仕事がある。
冒険者に付いてダンジョンまで赴き、荷物を運び日々の糧を得るそんな職業だ。
それは冒険者の収入による歩合ではなく、拘束日数に応じて一律いくらという報酬(端金)で雇われ、荷車やロバなどに荷物を載せ危険な場所へ赴く。
当然彼らもキャリアーが死ねば荷物の大半を捨てていかねばならないため、よほどのことがない限りその身は守ってもらえる。
だが、それはよほどのこと、全滅やその身の危険が迫ったときあっさりと見捨てられることを意味している。
だから共にダンジョンに潜るなんてことはなく、ダンジョンの外で野営の道具を持ち、帰ってきた彼らに食事を提供し、寝床を維持したりするのだ。
当然、持ち逃げなどの危険はあるが、その場合、冒険者が血眼になり処分する。
キャリアーは戦えないから荷運びで日々の糧を得ているのだ。余程の馬鹿でなければ冒険者を敵に回すことなどはしない・・・・ 逆はよくあるが。
そう、今の状況がそれだ。
「稼ぎが悪かったんだ、払えねぇもんは払えねぇ」
そんなふざけたことを言う冒険者に溜め息しか出ない。
正直「またか」とも思うが、彼らの常識ではそれでどうにかなると思っているのだからどうしようもない。
「まぁ、通常の料金は払うからよ」
そう言って奴等は笑う。
俺の雇用金ははっきり言って高い。
並の冒険者では赤字になるほどの一流冒険者御用達キャリアーだ。
「そうですか・・・」
そう言ってにっこりと笑う。
自慢じゃないが容姿の整ったハイエルフの中でも美しいと評していい顔だと自負している。
水色の枝毛すらない腰まで伸びた髪、緑の大きな瞳、整った鼻、桜色の少し薄い唇、少し尖った耳、体つきはまだまだ子供だが十分に美人と評される範疇だろう。
そんな笑顔を向けられた男たちはだらしない顔になる。
冒険者に襲われそうになること数十回、結婚を申し込まれること数回、娼館を進められること数百回。
そんなことをしてきた奴等と同じ対応をすることを心に決めた。
「ふざけんじゃねぇぞ、このくそったれ冒険者どもが」
笑顔のまま今までのお客様向けの言葉遣いを投げ捨て、素の言葉遣いで対応する。
その態度の変わりっぷりに、一転して男たちの顔が凍り付く。
「女だと思って舐めてんのか?俺の雇用金が高けぇのは最初からわかってただろうが」
ギルドに居た人たちが(またか・・・)といった顔で距離を取る。
いや、か弱い女性が不条理な目にあっているのだから助けようというやつはいないのか。
まぁ、居ないだろう、他所から来た奴らが状況もわからず口をはさむことはないし、拠点にしているわかっている奴らにとってはこの程度口を出すまでもないのだろう。
まぁ、一流冒険者御用達のキャリアーに喧嘩を売るという意味をわかっている後者は恩を売っておいても損はないと思うが・・・・。
「あ゛ぁ!?荷運び人風情が冒険者様に喧嘩を売ってんのか!」
どうやらこいつらはわかってない奴等だったようだ。
ギルドの受付嬢がどうか穏便にと手を合わせているが、こんな奴らを紹介したお前も同罪だ。
後で覚えてろ。
冒険者が俺に手を伸ばした姿勢のまま固まる。
手と足、それぞれを結界魔法で拘束したのだ。
「キャリアー様に冒険者風情が逆らうのかよ」
そう言って魔法で固めた冒険者の頬を叩く。
今まででかい面をしていた、奴らの表情が恐怖に染まる。
冒険者全員身動き一つできないように固めているのだ。殺すなら子供の力でもナイフ一本で事足りる。
そもそも「一級冒険者御用達」とは彼らと同じ危険地帯に同行できる能力があるということだ。
そんなこともわからずに俺にふざけた態度をとる、その意味を教えるべく順番に頬を叩く。
まぁ、力はエルフ並なので頬が少し赤くなる程度だが、非力な後衛職連中などは歯をガチガチ鳴らすほど怯えている。
屈強な男たちをまとめて固めたことに実力差を痛感したのだろう。
以前の奴らのように漏らさないだけましだが、その程度の覚悟で踏み倒そうとするんじゃないと言いたくなる。
俺の雇用金が高い理由の一つ、結界魔法による安全な運搬と快適な寝床の提供。
そして時空間魔法による食料の大量輸送、異世界から持ち込んだ料理知識による美味しい食事。
高いだけではない、最高のサービスを自負している。
まぁ、エルフ特有の非力さと攻撃魔法に適正がないおかげでこの仕事をするしかなかったのだが、自分では天職だと思っている。
「てめぇらの装備全部売り払っても代金はいただくぞ」
そう言ってもう一度笑顔を向けると男たちはコクコクと頷いてくれる。
最初から素直に払う努力をしてくれれば、怖い目に遭わなくても済んだのにね。
そう思いながら、男たちの拘束を解いた俺は支払いの算段を相談するのだった。
「相変わらずエルの嬢ちゃんはおっかねぇなぁ」
そう言って断りもなく横の席に座る男はお得意様のオラフだ。
この仕事を始めたばかりのころ、幼児性愛専門の娼館を真っ先に進めてきたくそったれドワーフだ。
「やかましいわ!怒るのだって疲れるんだぞ」
そう返して酒場兼用のギルドのカウンターをじろりと睨む。
カウンターにこそこそ隠れているのは受付嬢のネリン。
別に仲が悪いわけではないのだが今回のようにキャリアーを舐めた奴や素行の悪いグループを俺に当ててくることがある問題児だ。
なってない奴等の教育係じゃねぇぞと言いたいが、仕事を斡旋してくれているのであまり無下にもできない。
「たかだか3級冒険者の行先なんて2~3日先の森や中規模ダンジョンなんだから自分で荷物かついでけってんだ」
そう言いながら砂糖を入れたホットミルクをちびちび飲む。
酒が飲めないわけではないが、酔っぱらってお持ち帰りされそうになって以来外では飲まないようにしている。
「いや、さすがにダンジョンに潜るならキャリアーは要るだろ。外で荷物管理する奴だって必要だしよ」
オラフは自前の火酒をわざわざジョッキに注いでから一気に飲み干す。
「で、その3級冒険者からいくらせしめたんだ?」
興味津々な顔で尋ねてくる。
煩わしいが、お得意様なので指を三本立てて答えてやる。
「3金貨か、ずいぶん値引いたな」
などとほざいたので「30」と訂正してやる。
こそこそと聞き耳を立てていた下級冒険者たちがぴしりと固まり、場が静まり返る。
「おま、それ俺らの時とたいして変わんねぇじゃねぇか!」
オラフがそう叫ぶ、正直うるさい。
はやく注文したオムライスが届かないかな。
「俺のやることは変わらんし、労力も変わらん。だから料金も危険手当分しか差っ引いてないぞ」
そう答えた俺を信じられないものを見るような目で見てくるオラフがかなりうっとおしい。
「おまえなぁ・・・・、あいつらの稼ぎじゃまともに支払ったらトントンがいいとこじゃねぇか・・・」
「最初にグレードの説明はしたぞ?一番いいので頼むとか言うからだ」
当然ながら俺のサービスはいろいろと選べるようにしてある。
食材をこちらで持ち込み三食きちんと出来立てのものをだしたり、そこらの宿屋よりスプリングの効いたベッド、ドラム缶風呂を参考にした野外お風呂セットや、夜間警戒の代行サービス等挙げていけばきりがない。
それらを一番いいので頼むと言ったのだ。かなり値引きしたつもりだが、彼らでは赤字になるのは仕方ないことだろう。
「えげつねぇ・・・・」
オラフはそう言ってギルドの隅で次の仕事を慌てて探す「奴ら」を見る。
つられてそちらを見ると小さく悲鳴を上げて必死にカウンターに張り出されたクエストを探し始める。
そんなに怯えなくてもいいのに・・・、と思うが支払いに関してかなり脅したので仕方がないかとも思う。
「まぁ、支払ってくれさえすればそれでいい。死なれるほうが迷惑だしな・・・」
そう言ってほとんど無くなってしまったホットミルクのカップをひっくり返して底を舐める。
やはり多めに頼むべきだったか、甘いものは心の癒しだ・・・・。
「それに、支払えないなら性別転換の魔術あるいはアイテムの情報でもいいと俺は言ったぞ?」
「お前、まだそれ探してたのかよ・・・」
そう呆れたように言うオラフだが、お前にはわかるまい。
いきなり女にされ、なくなってしまった息子に愕然とする気持など・・・・。
「この先2000年も女として生きて、男と交わって子を産むなんて寒気がするね。俺は女が好きなんだ」
そう言うとオラフが笑う。ドワーフとエルフは基本的に仲が悪いのだが、どうも俺はエルフらしくないらしい。
下世話な話に嫌悪感を示さず、食い意地が張っていてドワーフのようだと奴は言う。
寿命が長く性欲の強くないエルフは100歳までには子供を1人は産むというルールがある。
現在24歳、まだまだエルフとしては子供であるが、許婚の話もエルフの里で進行中だと聞いた。
早めに性別を戻さねば、誰とも知れない男の妻にされてしまうのだ。
「性転換の魔石とか上級ダンジョンでしか手に入らねぇし、かといって潜るには攻撃力がねぇ。なら1級冒険者に付いて回って買い取るしかないからな」
それが俺がキャリアーをしている最大の理由だ。
「でもよ?女湯に入り放題ってのは惜しくねぇか?」
オラフがにやついた髭面をずいっと寄せてくる。
鼻の穴を広げて気持ち悪い、酒臭い。
その顔にホットミルクが入っていたカップを叩き付けて距離を離す。
「おまえ、反応するもんがないのに見ても、ムラムラして発散できないから地獄だぞ?」
そう返す。
鼻を抑えて仰け反ったオラフが「それもそうか」と納得する。
「あのー、ご注文のオムライスです・・・」
そう言って持ってきたのはネリンだ。
栗色の腰まである髪をゆったりとした三つ編みにまとめており、たれ目で柔和に見える顔は美人と評していいと思う。
なにより、その胸がけしからん。
顔だけなら自分のほうが上だと思うがその小玉スイカでもぶら下げてるんですかと聞きたくなる胸はギルドの制服に締め付けられてその存在を強く主張している。
まだおどおどしているのは先ほどの奴らとの件を気にしているからだろう。
「ん、食べさせて」
そう言って持ってきてくれたスプーンを手渡して口を開ける。
これくらいは役得として許されるだろうと思うのはおっさん臭いだろうか?
「え・・、あのエルさん?ギルドはそういうところでは・・・」
そう言って戸惑っていたが、口を開けたまま動かないこちらに覚悟を決めたようにスプーンで救ったオムライスを運ぶ。
「んーー」
思わず満面の笑みが浮かぶ。美人のお姉さんに食べさせてもらうなんて一時間○千円のお店にでも行かなければ体験できないことだ。
先ほどまでの苛立った気分も吹き飛ぶというものだ。
頬に手を当て、足を軽くばたつかせて喜びを表現してから口を開けて次を催促する。
「せっかく美人なのにもったいねぇ・・・」
そうオラフが呟くが、お前はネリンさんのどこに不満があるというのだ。髭抜くぞコラ。
「あ、動くからほっぺたにケチャップが・・・」
そう言ってネリンさんが指で拭ってくれたのでオラフのことはすぐに忘れた。
俺の見た目が子供なためか一度こういったことをし始めたネリンさんは小さな子供にするように接してくれる。
正直俺のほうが年上なのだがハイエルフになってよかったことの一つだ。
結局俺はネリンさんに最後までオムライスを食べさせてもらった。
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