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(ポジション的には)悪役令嬢の子育て生活–どうやら、××を育てていたらしいです。–

作者: 島田莉音


深く考えずにお読み下さい。


よろしくどうぞ‼︎






その日、ヴィオラ・アルカは自分の寝室の枕元に現れた赤子を見て……言葉を失った。




キラキラ輝く銀の髪に、海みたいに綺麗な瞳。

雪みたいに真っ白な肌に、桜色の頬。

プクプクした手がヴィオラの長い亜麻色の髪を引っ張る。


「あぅ〜」


ふにゃりと微笑む赤子。

その笑顔を見た瞬間、ヴィオラはガバリっと赤子を抱き締めた。


「あぁ……可愛いっ‼︎ぷにぷにしてるわ‼︎可愛いわ‼︎」


キャキャ‼︎とはしゃぐ赤子は、亜麻色の髪にアメジスト色の瞳を持つヴィオラとは一切似ていないし、彼女が産んだ赤子ではないの明白だ。

しかし、そんなことはどうでもいいくらいに赤子の可愛さに首ったけになっていた。


「可愛いは正義‼︎そう、正義なのです‼︎」

「あう〜‼︎」




これが、ヴィオラ・アルカ公爵令嬢と……後にエストと呼ばれることになる赤子の出会いだった。





*****





この世界の名は、エストレア。



神様と人の距離が、とても近い世界だ。

森羅万象を司る神々と、人間・獣人・エルフ・ドワーフ・天使・悪魔といった人々が共存している世界とも言えるだろう。



そんな世界では、不思議なことが起きるのは当たり前で。

人間の王が治める国アストロ国に住むヴィオラの元へ、赤子が現れたのもそんな不思議なことの一つとして処理された。

そう……だから、驚くことはないのだ。



この世界から名前をとって〝エスト〟と名付けた赤子が、一週間ほどで五歳児に成長するのも。










「ゔぃお‼︎」


五歳児でありながら、とても美しい容姿を持つエストがアルカ公爵家の令嬢……ヴィオラに抱きつく。

まだ、エストが来て一週間だというのに、この屋敷にいる者達はエストの可愛さにメロメロだった。


「どうしたの?エスト」

「だっこして‼︎」

「はぅ、可愛い‼︎」


………特に、ヴィオラは少し危険なぐらいにエストを可愛がっていた。

彼女は現在、十七歳。

王太子の婚約者であり、今年、王太子が卒業すると共に婚姻することが決まっているが……王太子よりもエストを気にかけるぐらいだった。


「うふふっ、まだまだ軽いけど……最初に比べたら充分重いわねぇ」

「うー?」


エストを抱き上げて、視線を合わせる二人。

こてんっと首を傾げるエストのあざとさに、ヴィオラは相好を崩した。


「エスト。可愛いわ」

「ゔぃおのほうが、かわいい」

「はぅ‼︎」


ふにゃりと笑うエストに、ヴィオラはノックアウトされる。

子供が親の真似をして言ったに過ぎないと分かっていても、彼の言葉の威力は凄まじかった。


「はぁ〜……エストは本当に可愛いわねぇ」

「ゔぃお、ぼく、おとこだよ」

「知ってるわよ〜?」

「おとこに、かわいいはうれしくない‼︎」


そんな風に言う時点で可愛いのだ。

ヴィオラはクスクス笑って、彼の額にキスをした。


「っ‼︎」

「今のエストはまだ可愛いわ。将来、大人の男性になったら……格好いいになるかもしれないわね」

「っっっ‼︎おとなになる‼︎」

「でも、大人になったら、私と一緒に寝れなくなっちゃうから……もう少しだけ子供でいてね」

「っっっ⁉︎」


エストはそう言われて、ガ〜ン……と言う効果音が似合いそうな顔で衝撃を受ける。

そんなエストを見て、ヴィオラは可愛いと小さく呟くのだった。






*****




エストを育て始めて早半年。



最近のヴィオラの悩み事は、婚約者である王太子シード様のことだった。






「ヴィオ?」


見た目は五歳児のままだが、言動は少しばかり大人びてきたエスト。

東屋でお茶を飲んでいたヴィオラは、心配そうな顔をする彼に微笑んだ。


「どうしたの?エスト」

「困った顔、してるから」


甘えるように彼女の膝の上に座るエスト。

自分が甘えるように見せかけて、ヴィオラを甘やかしてくれるエストに……彼女は優しく微笑んだ。


「大丈夫よ?」

「嘘」

「………即否定するのね……」

「うん。だって、僕にとってヴィオは大切な人だから。困ってたら分かるよ?」


可愛い笑顔を浮かべながらそう言うエストに、彼女は思わず泣きそうになってしまう。

ぎゅうっとエストを抱き締めて、彼女は呟いた。


「私、悪い女なんですって」

「……………ヴィオが?」

「そうらしいわ」


最近、王太子と共にいる令嬢がいる。

フレア・マシー子爵令嬢だ。

どうやら、彼女と王太子は只ならぬ仲らしく……王太子は婚約者であるヴィオラを蔑ろにし始めていた。

しかし、ヴィオラはそんなことを気にしていないし、婚約解消したいなら喜んで受けようとすら思っていた。

しかし……いつの間にか、ヴィオラは彼女を虐めていると、濡れ衣を着せられていたのだ。


「やってもいないのに、私が扇動したと。フレアさんが虐められていると、王太子に怒鳴られてしまったの」

「ヴィオはしてないんでしょ?」

「えぇ。創造神エストレアに誓って」


この世界を作ったとされる、世界と同じ名を持つ神。

その神に誓うと言うことは、命をかけると言っているのも同様だった。


「なら、気にしなくていいと思うよ」

「……………エスト……」

「僕は、ヴィオの味方だからね」


ヴィオラは、子供に慰められるなんて……と弱った笑顔を浮かべる。


「ヴィオ、大好き」

「………私も大好きよ、エスト」





だが、この時の彼女は思いもしなかったのだ。



これから……更なる試練が、彼女を待っていることをーー。






*****




パンッ……‼︎



ヴィオラの頬がじわじわと痛む。

彼女は目を見開いて……自分の父親を見つめた。


「お父、様?」

「見損なったぞ、ヴィオラ」

「…………………え?」


優しかったはずの父親も、母親も、兄も、使用人達も。

全員が蔑みの目で彼女を見る。

昨日まで、至って普通に暮らしていたのに。

良好な関係で、過ごしていたのに。


「貴様、フレア嬢を暗殺しようとしたんだとな」

「……………………え?」

「知らぬとは言わせぬぞ、ヴィオラ」


そこから語られたのは、兄とフレアが共にいた時に暗殺者に狙われたということ。

そんなこと、ヴィオラは知りもしないし関わってすらいない。

なのに、この場にいる全員はヴィオラが犯人だと疑っていなかった。


「………よもや……実の兄すら殺そうとするとは。恥を知れ‼︎」

「そんなことっっ‼︎してません‼︎」

「連れて行けっ‼︎」

「きゃあっ⁉︎」


使用人達がヴィオラを拘束して、引きずっていく。

その途中で、すれ違うエスト。

彼の姿を見て、ヴィオラは目を見開く。


「エスーー」

「…………許さない」

「ーーーーえ?」


エストの瞳はとても冷たくて。

ヴィオラは言葉を失くしてしまう。

そのまま、彼女は屋根裏部屋へと放り込まれてしまった。

ガチャンと外から鍵がかけられて。

ヴィオラは一人になったその場所でへたり込む。


「………エストにも……嫌われた?」


冷たい目。

ずっと一緒にいたのに。

あんなに、触れ合っていたのに。

〝許さない〟と、言われてしまった。


「…………っっ……‼︎」


ヴィオラはその事実に涙を滲ませる。




その叫び声は………声にすら、なっていなかった。





*****





監禁されて一週間。



無理やり外に出されたヴィオラは、風呂に入れられ、綺麗なドレスを着せられて連れ出されていた。



エストを育て始めてから一年。

監禁されて一週間の今日は……学園の卒業式。

つまり、このドレス姿は卒業パーティーに参加させられるのだろうと……ヴィオラは把握していた。

ろくな食事も与えられず、虚ろな瞳でどこが見つめるヴィオラはまさに幽鬼のようで。

これから起きるであろうことも、なんとなく把握してしまっていた。

学園のダンスホールに辿り着くと、ヴィオラは罪人のように連れて行かれる。

そして、ホールに入るなり……地面に跪かされた。



「ヴィオラ・アルカ」



彼女の目の前には、見目麗しい青年達と薄紫色の髪を持つ可愛らしい少女。

王太子シードとフレア達だった。

彼らの視線は蔑みの目で、それは周りにいる生徒達、生徒の保護者である貴族達もで。

ヴィオラはそれを無表情に見つめていた。


「貴様はここにいるフレアを虐めるだけでなく、実の兄諸共暗殺しようととした‼︎それも、三日前も階段から突き落としたそうだなっ‼︎」

「……………」


一週間、監禁されていたのに三日前に彼女に接触することなどできやしない。

その言葉を聞いた瞬間、ヴィオラは分かってしまった。

これは、自分を嵌めるために仕組まれたのだと。


「そんな女が未来の国母になれるはずがない‼︎申し開きはあるかっ‼︎」

「…………………」


もう、彼女は諦めていた。

今更何を言おうが、王太子達の目は断罪を決めているのだ。

今、ヴィオラが否定の言葉を言おうが……彼らは更に蔑むだけだろう。



「よって、創造神エストレアに宣言する‼︎ヴィオラ・アルカを国外追放とし、アルカ公爵家からも勘当する‼︎国外追放は優しいフレアの恩情だ‼︎感謝するが良い‼︎」



創造神に宣言するというのは、撤回が利かないということで。

ヴィオラは笑う。

壊れたように、笑う。

どうして、こうなったのか?

どうして、皆、変わってしまったのか?

婚約者にも、家族にも信用してもらえなくて。

エストにも嫌われて。

もうヴィオラは何もする気が起きなかった。

このまま……。



「あーぁ。馬鹿やってるよ、こいつら」



しかし、そんな彼女はその声で思考を止める。

いつの間にか、彼女の左右に二人の青年が立っていたからだ。

群青色の髪を持つ青年と焦げ茶色の髪の青年は、ヴィオラを見て笑う。

そして、パンッと手を叩いた。


「解除の神の名において命ずる。《魅了効果解除》」

「耐性の神の名において命ずる。《魅了耐性発動》」


パリンッ‼︎とガラスが割れるような音と共に、人々はハッとする。

そして、ザワザワと騒ぎ始めた。

それはそうだろう。

彼らは今更ながらに、このおかしな状況に困惑し始めたのだから。


「なっ……これはっ……」


シードはギョッとしながら腕に抱いていたフレアから離れる。

それと同時に取り巻きと化していた青年達も彼女から距離を取った。


「ヴィ……ヴィオラ‼︎」


シードは地面に跪いたヴィオラに駆け寄ろうとするが、亜麻色の髪の青年と金髪の少女が二人の間に立ち塞がった。


「不動の神の名において命ずる。《ヴィオラ様を除く全員、動くな》」

「癒しの女神の名において命じますわ。《ヴィオラ様を癒し給え》」


彼の言葉でその場にいた人々は動けなくなり、少女の言葉でヴィオラの健康状態は癒される。

その四柱の神の出現に……人々は余計に混乱する。

一体、何が起きていたのだと。


「………どうして…貴方達が……」


フレアは四柱の神を睨みつける。

そんな中、凛とした声が響いた。



「君が色々とやり過ぎたからだよ」



『っ⁉︎』


ゆっくりと開かれるダンスホールの扉。

そこに立っていた人物を見て、人々は息を飲む。

美しい青年だった。

その言葉だけでは言い表せないほどに、白皙の青年だった。

煌めく銀の髪に、海のような瞳。

色白い肌を包む服も、同じ白。

彼が、神であることは一目瞭然だった。


「あ……貴方様はっ……」


フレアが目を大きく見開き、固まる。

それと共に神々は膝をついて頭を下げるが、彼はそんな神達に目をくれない。

彼の目は、真っ直ぐにヴィオラを見つめていた。


「………………待たせてごめんね、ヴィオ」

「……………エスト……?」


ヴィオラが名前を呼べば、彼は……エストは泣きそうな顔で笑う。

そして、一目散に彼女に駆け寄り、抱き締めた。


「ごめんね、本当にごめん。もっと早く僕が動けてたらっ……ヴィオを苦しめることもなかったのに……‼︎」

「…………なっ…⁉︎」


ヴィオラは混乱する。

エストが大きくなったのは……前の前例があるからちょっと不思議なことだと割り切れる。

しかし、彼は〝許さない〟と言っていた。

ヴィオラは、自分は嫌われたのだと……思っていた。


「エストは……私を嫌いになったんじゃないの?」

「………嫌いになんかならないよ?」

「だって……許さないって……」

「あぁ、それはあの女に対してだよ」


エストは酷く冷たい目をフレアに向ける。

そして、ヴィオラに向ける優しい声とは真逆な、冷たい声で話しかけた。



「君は何をしてるのかな、魅了の女神」



『っっっ⁉︎』


魅了の女神。

それが、フレア・マシーの正体だと……エストは言う。


「人々を魅了して、ヴィオを無実の罪で断罪させて。何がしたかったの?そんなことする必要があったの?意味が分からないよ」

「そっ……それはっ……‼︎」

「どうして王太子達を魅了した。どうしてヴィオラの家族を魅了し。どうしてこの場にいる者達を魅了した。まさか……遊び感覚だったなんて言わないよね?」


エストの声はどこまでも冷たい。

フレアは可哀想なほどに震えてしまっていた。

それでも、エストは止まらない。


「なんの権限があって人々の意思を捻じ曲げた。神と人が共存するこの世界では、ありとあらゆるモノの運命を捻じ曲げることだけは許さないと告げたはずだ。僕が少しばかり隠れていたから。表舞台にいなかったから。調子に乗ったのか。遊んでいいと思ったのか。どうしてそんなことをした。どうしてこの子にした。どうして僕の愛しいヴィオを悲しませた」

「おっ……お待ち下さい‼︎そこにいるヴィオラ・アルカは貴方様の愛し子なのですかっ⁉︎」

「貴様がヴィオの名を呼ぶなっ‼︎消滅させるぞっっ‼︎」

「ヒィッ⁉︎」


フレアはとうとう許しを請うように地面に跪き頭を下げる。

そして、大声で叫んだ。


「お許し下さい‼︎まさか……その女が貴方様の愛し子とは知らずにっ……‼︎」

「………………」


エストとフレアの間には、とても殺伐とした空気が流れる。

ヴィオラは本当に何がなんだか分からなかった。

フレア……魅了の女神は、ひたすらエストに謝っていて。

エストの態度も、その女神よりも上のような感じなのだ。

一体、何が……。


「おっと、事情が分かってなさそうっすね」


すると、エストに抱かれたヴィオラを覗き込むように、解除の神が見てくる。

エストはそんな彼に険しい顔をした。


「解除の神。お前は男だから、ヴィオに話しかけるな」

「………うわぉ、独占欲ぅ〜……。癒しの、代わりによろしく」

「分かりましたわ」


解除の神の代わりに癒しの女神がヴィオラを見つめる。

そしてふわりと微笑んだ。


「初めまして、わたくしは癒しの女神ですの」

「ヴィ……ヴィオラ……です」

「状況が分かっておられないようなので、わたくしが説明致しますわね」


癒しの女神は「ついでに皆さんもお聞きなさいませ」と告げて、話し始めた。


「ヴィオラ様がお育て下さったエスト様は、お分かりのように神でございます。正式なお名前は……」


彼女は一度、言葉を区切って微笑む。

そして、その名を口にした。



「創造神エストレア」



「……………え?」


ヴィオラは、人々はその名前を聞いた固まる。

そんな彼女達に、癒しの女神は告げた。


「つまり、ヴィオラ様はエストレア様の最も大切な方という訳ですわ」

『なっ⁉︎』


それを聞いた人々は絶句する。

それはそうだろう。

今、彼らが断罪したのは……創造神の大切な存在なのだから。

そして、その事実はヴィオラ自身も仰天させる。

自分が育てていたのは……恐れ多くも創造神であったのだから。


「エストレア様が幼くなっていたのは、単に雲隠れしていただけですけれど……それを機にそこにいる女狐が、貴方達を魅了してヴィオラ様を無実の罪で断罪致しましたの」


癒しの女神は目を伏せて悲しげな顔をする。

それを見たシードは、慌てて叫んだ。


「そっ……そんなっ‼︎」

「あら?貴方がなさったのに、どうしてそんなに驚いていらっしゃるの?」

「ちっ……違う‼︎わたしは魅了されていたんだろう⁉︎なら、先ほどの断罪も無かったことにーー」

「…………お前達は僕に対して宣言したんだぞ?」

「……………あ……あぁぁぁあっ……‼︎」


シードは頭を抱えて、叫ぶ。

エストレアの名を出すということは、絶対だということ。

シードの告げた言葉を、撤回することは不可能だったのだ。


「さて……魅了の女神。お前は何が目的で僕のヴィオラを断罪させようとした?創造神エストレアの名において命じる。《魅了の女神よ、真実を話せ》」


エストの冷たい声が、フレアに命じる。

彼女は……静かに、シードを見つめた。


「その……わたしは、シード様に恋をして……」

「恋をして?」

「…………ロマンチックな展開を……演出したくて……」

「……………そのために、ヴィオラを無実の罪で断罪したと?」


エストの声はまた一段と、冷たくなった。

いや、実際に物理的にも冷たくなっているのだ。

エストが放つ怒りは、冷気となってダンスホールの床を、壁を、天井を凍らせていく。


「………人間の男に恋をしたから?その恋をロマンチックに演出するために?ヴィオラを傷つけたと?あぁ、なんて反吐が出る理由なんだ」


エストは黙り込んだヴィオラを強く抱き締め、彼女の頬を撫でる。

その瞳は、顔は……フレアに向ける冷たいモノとは違い、優しいけれど……真剣な表情で。

彼は、静かにヴィオラに聞いた。


「ヴィオラ。君は公爵家から勘当され、国外追放された。つまり、君を縛り付けるモノは何もない。だから、僕が連れて行っても問題ないよね?」

「…………………え?」

「愛してるんだ、ヴィオラ。君が捕らえられた時……僕は許せなかった。ヴィオラが嘘をつく人じゃないって、傷つける人じゃないって僕が一番よく知っていたから。だから、何かしらの干渉があるんだろうって。干渉した奴を許せなかった」


エストは泣きそうな顔で、ヴィオラの額に優しいキスをする。


「君を救うために、僕はエストからエストレアに戻るしか無かった。時間がかかった所為で、一週間、ヴィオラに辛い思いをさせた。でも、僕は君を連れて行きたい。共にいて欲しい。伴侶として生きて欲しい。愛してるんだよ、ヴィオラ」

「…………エスト……」

「お願い、ヴィオ。僕と一緒にいて?」


魅了されていたとはいえ、ありもしない罪で彼女は断罪された。

ここにいる人々に蔑まれたのだ。

そして、エストレアの名を使ったことで……ヴィオラはこの国にいられなくなった。

こんな人達と共にいることはできない。

だったら、ずっと一緒にいたエストと。

自分を欲しがってくれる……エストと共にいる方が、良かった。


「…………エストは」

「…………ん?」

「エストは、いつから私を愛してたの?」

「小さい頃から大好きって言ってたじゃん」

「…………親に対する愛情だと思ってたわ」

「まさか。僕が小さい時から、僕が抱いていた感情は……一人の女性に対する恋慕だよ」


エストは、一人の女性としてヴィオラを愛してくれている。

なら、彼女は何も気にすることはない。

ヴィオラは……ポロポロと涙を零しながら。

でも、嬉しそうに笑いながら。

彼の首に腕を回した。


「エスト。私を連れて行って」

「うん。君を連れて行くよ」


その言葉に、エストは蕩けるような甘い笑顔を浮かべる。

そして、そのまま彼女をお姫様抱っこした。


「あぁ、そうだ」


エストはふと思い出したように、フレアとシード達を見つめる。

そして、冷笑を浮かべた。


「折角だから、お前と王太子達を同じにしてやろう」

「……………え?」

「創造神エストレアの名において命じる。《魅了の女神の力を剥奪し、その身を人間のモノへと変質させよ》」

「あ……あぁぁぁぁぁあっ⁉︎」


フレアの叫び声と共に彼女の身体から、光の塊がふわりと這い出てくる。

エストはその光の塊をぎゅうっと握り締めた。



「あぁ、ついでだ。創造神エストレアの名において祝福しよう。王太子シード・フォン・アストロと元魅了の女神フレア・マシーの婚姻を。そして、その取り巻きの男達は……永遠に婚姻を結ぶことなく、フレア・マシーの燕となることを」



祝福なんかではない………その言葉、呪いだった。

王太子シードとフレアの二人が、お互いから逃げられないようにするための。

取り巻き達が、逃げて幸せになることができなくなる。

人として死ぬまで……王太子達が共に歩むことが決定する、呪いだった。


「よかったな?結婚したかったんだろう?共にいたかったんだろう?侍らせたかったんだろう?王太子の妻になってからも、そこにいる男達をずっと侍らせ続ければいい」


いっそ残酷だった。

エストは、王太子となることは祝福していない。

つまり、王太子シードを廃嫡することも可能なのだ。

そして、シードには弟がいて……廃嫡しても問題はない。

もう少しすれば、それに気づいた国王によって……シードとその妻となるフレア、その燕となる青年達は辺境の地に幽閉されることになるだろう。

エストはそんな未来を想像して、ほくそ笑んだ。


「ではな、愚か者達。僕はもう二度と、この国を訪れないだろう」


創造神エストレアがそれを口にするということは、人によってはこのアストロ王国を見捨てたと勘違いする者もいるだろう。

それでも良かった。

エストは運命を曲げた訳ではない。



フレアへの神格の剥奪は、人々を魅了して意思を操ったことに対する断罪だ。


エストレアの名前を使って祝福したのは、本当に単なる祝福だ。

この祝福に関してだけは……絶対の力を発動させない、言葉だけのモノだったのだから。


そして、二度と訪れないと告げたのは……事実を告げただけだ。

エストはヴィオラを苦しめた国になど、もう二度と来る気はないのだから。



だから、これは運命を曲げたのではなく……屁理屈で押し通しただけなのだ。


エストは呆然とする人々を放置して、ヴィオラをお姫様抱っこしたまま、ダンスホールを後にする。

廊下には、白い翼を持ち騎士服姿の天使族の青年と少女が待っており……エストを見て頭を下げた。


「エストレア大神殿所属神殿騎士団がお迎えに参りました」

「エストレア様、空中都市トレアにお戻りを」

「あぁ」


エストレア大神殿とは、その名の通りエストレアを崇め祭る神殿だ。

彼はそこで日々を暮らしていた。

なんとなく、雲隠れしていたが……今日からまた、あの場所で神と人々の暮らしを見守るのだろう。





大切な、ヴィオラと共にーー。






*****






数十年後ー。



花が溢れる空中都市の白亜の神殿で。

美しい銀髪の少年が、両親に見守られながら……無邪気に走り回っているのだったーー。







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― 新着の感想 ―
[気になる点] 仕事サボって他人の婚約者に横恋慕してた屑が。 部下の無法を利用して、略奪愛した。 って事で良いんでしょうか・・・
2019/05/16 12:24 退会済み
管理
[一言] 諸外国から創造神に見捨てられた(と思われている)アストロ王国を継がなきゃならなくなった第二王子がひたすら気の毒で……。 彼は(おそらく)何も悪いことしてないのにね。 このまま、王太子に継がせ…
[気になる点] 女神の魅了とかいう普通逃れようもない能力によって操られたのに愚か者扱いで女神と一蓮托生になる取り巻きズがさすがに可哀想 抵抗のしようもないだろうし、能力弾かれたら気遣うあたり王子はちゃ…
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