マリーの小さな村
その村は宮殿の広大な敷地、人の踏み入れぬ森の中にあった。
一人の女性の為に造られた小さな小さな村。母屋と連結された離れ、小さな小屋の他、隣家すらない。
池があり、池より小さな畑があり、庭では家禽が餌をついばむ。
働く農夫は雇われ者、この『村』の主人ではない。
主人の名はマリー。
それまで宮殿に隠し部屋を造り、公務の合間を見て息抜きをしていたが、子供らと日の当たる場所で遊びたいと考えた。
それがこの人工村である。
だいたいにして宮殿の生活は好みでは無かった。
母は女帝と呼ばれながら質素に暮らす子煩悩な質であった。家庭的な生活にマリーは親しんでいたのである。
輿入れした国境の向こう側は異世界であった。
まずもって国境を越える際に衣服・飾りを全て剥ぎ取られた。母国の物を全て捨てられ全裸で国境を越えたのである。
身一つとはよくある言い回しだが現実に実行させられるとは思わなかった。
マリーは泣きながら国境を越えた。
夫はおとなしい良い人であったが、国の方針がこれまたおかしい。
『国民に王候への憧れを持たせる為、生活の全てを解放する』
つまり見学者がまとわりつくのである。
食事程度ならまだいいが、夫婦の夜の生活までだ。見学者はベッドにかじりついてマリーを見た。
派手な暮らしぶりを見せろとの要望である。身を飾り立てるだけでは受けが悪かった。
半ばヤケクソで馬鹿げた飾り鬘を作ったら受けた。やはりおかしい。
くたびれたマリーが息抜きをするのは隠し部屋。独りで湯あみを楽しみ、食事も作った。
小さな村は雇われ者が世話をするほかは無人であった。マリーはたまに子供を連れ、花を摘んだり農作業の真似事をした。
母屋も離れも質素に見える。しかし扉を開けるとシャンデリアが吊るされていた。高級品の家具と大理石で囲まれた空間。間違っても農村の家では無い。
もっとも、宮殿に比べればだいぶ質素ではある。
一枚の絵がある。
質素な食器戸棚とテーブル。二人の子供が母と共にあり、母は鍋をテーブルに下ろそうとしている。
幸せそうな風景だ。
母親の名はマリー。
処刑の日まで牢獄で子供達と安らかに暮らした時の絵である。
───────終。