「男性」と偽る理由
◆
――二ヶ月後。
優恋との日々が楽しすぎて、ついつい睡眠不足ぎみに。
朝からあくびを何度もしながら登校することが多くなった。
「おはよう、優恋さん」
貴男は、いつもいち早く爽やかな挨拶を贈ってくれる。
「あ、おはよう」
勿論、挨拶は返す。
高校生活はまだ始まったばかりだけれど、必ず毎日挨拶をしてくれるのは有り難い。一応、中学の卒業式に貴男の友達申請うけたからね。社交辞令だろうけど、そんなことはどうでもいいこと。
しがない会話を数度交わす。
――やっぱり、優恋と似てる。
なんか、話し方とかそっくりなんだよなぁ。
「ふぁあ……あ、ごめんごめん。俺、さいきん寝不足ぎみなんだよね」
「そうなの? 勉強ばかりしてるとか?」
まさか、貴男も寝不足仲間だったとは……
けれど、学生なのだから勉学に励んでいても可笑しなことではないだろう。
もっぱら私の場合はゲームで、なのだけれど。
「え? いや……ゲームばかりしてるだけだよ。勉強なんてとんでもない」
――あれ?
ゲームで寝不足って、よくあることなのかな?
こう思いながらも、ゲームの話なら結構詳しくなったつもり。
ある程度共感できれば会話は弾むものだ。
「そっかあ、ゲームなんだね。じつはわたしもゲームで寝不足だったり……」
「やっぱ、優恋さんもゲーム好きなんだね。いい友達になれると思ってたんだ」
貴男は嬉しそうに照れ、笑う。いつみても爽やか。
……ゲームが好きなんて言ったことないけれど、
そんな理由から卒業式に友達申請してきたんだね。
とりあえず理由は知れた。
それに加え、同じゲーマーとしてどんなゲームをしているのかも、気になる。
「ねぇ。あなたは、どんなゲームしてるの?」
「ん? あの、あれだよ。前にみてた雑誌のゲーム」
――それって。
ワタシがやってるゲームと同じだ。
と、言っても当たり前か……
あなたの雑誌をみてゲーム始めたんだから、ね。
心中で納得しながら会話を続ける。
「アレかぁ。わたしもやってるけれど、今度一緒にやる?」
この質問がいけなかったのか、貴男は深く悩み始めた。
迷っているのか、困っているのか……
「誘ったら迷惑だったのかな? ごめんね」
「いいや、とんでもない! ただちょっとだけ、難しいというか、恥ずかしいだけなんだ……そのうち、ね」
「うん。それなら気が向いたら誘って――」
その時だった。
――ね、眠い。
二人は同調したように、同時におおきなアクビをしてしまう。
お互いの視線が合い、恥ずかしさも急上昇。
「――あ、はははっ! いやあ、参ったな!」
「ふふ……ゲームって面白いよね」
完全なる照れ隠しで、あとは笑うしかなかっただと思う。
貴男がなぜ断ったのかなんて、この時はなにも分からない。
けれども……
その真意を聞くまでの時間は残されていない、と会話は終わりを告げる。
周りの女生徒から、ひそひそと聞こえてくる嫌味と冷たい視線。
「あの女、また色目使ってるのね……」
「彼、ああいうコが好きなのかな?」
「ボッチだから構ってやってるだけでしょう? あり得ないし!」
本人は気づいてないだろうけど、貴男は女生徒に人気がある。
性格も顔も良いのだから、それは頷けるところ。けれど……この状態が続くと貴男の人気度を下げてしまう。
「あ――、わたし先いくね」
「――ちょっ! ゆ、優恋さん!」
止めてくれる声は、耳を貫くほどはっきりと聞こえた。
同じクラスにも拘わらず、逃げるように走り去る私を見て貴男はどう思ったのだろう。やはり、貴男は私とは別次元の世界の人間なのかもしれない。結局は名ばかりの友達であり、本当の友達ではないのだ。
住む世界が違い過ぎる。そう思ってまたゲームの世界を求め続け……
……――――
――ログイン。
「ゆうこログインしてるかなぁ?」
なんて、自室での独り言はもう慣れっこ。
一日の中で嫌だったことは、全てゲームで解消する。これがストレスを溜めないための基本であり、私のやり方。
「ごめん、ゆうこ待った?」
「ううん。今来たところ」
男女の会話は逆だけれど、これが挨拶みたいなもの。
優恋は決して私を絶対に裏切らない。
貴男との会話を周りに気兼ねなく進められるような……
リアル優恋には、そう貴男と重ねているから楽しいのだろう、逢いたいのだろう。
この日、優恋は妙なことを言いだす。
「ヴェリテ。ネカマってどう思う?」
「ねかま? 何それ?」
当然ながら、ネカマを知らなかった。
「あれ? ネカマ知らない人?」
「うん。知らなきゃダメなの?」
「いや、そうではないけど……ネカマってのは女性アバターを使用してるのにリアルは男性ってことね。ネット・オカマの略称でネカマ」
――それ、優恋じゃん。
自分みたいな奴って言えばいいのに回りくどいな。
もしかして、私みたいに隠しているのかな?
それならば……
「その、ネカマさん――の気持ちって分かる気もするかな? リアルに無い自分を求めるのもゲームの楽しみ方だもん。悪くはないと思う……それがどうかしたの?」
ここで否定してしまっては、自分を否定することになる。
「そっか。そういう人って気持ち悪いのかな……とか、考えちゃったからさ」
「なにが気持ち悪いのかよく分からないけど……だってゲームだし、ありなんだと思う。 仮にリアルで性転換している人だって、同性が好きだからとか、同性と結ばれたいから決意したと思うよ?」
優恋はこの言葉をどう感じたか分からない。
それでも、私は女性としての意見を述べた。他の人がどうあれ、女性は男性より性転換へ偏見を持たないと思っている。もし、自分が同性を好きだったとしたら、男らしく振る舞うなどの行為をしていたのかも。
やり方の問題であり、それが恋を成就するための努力なのだから……
人生を楽しくするのが努力ならば、ネカマとして女性と偽るのもまた努力であり、只々女性アバターを使用したいと思うのも楽しむ方法のひとつ。
「あ、うん。ここで性転換の話を持ち出すとか、ヴェリテは変わってるんだね」
思わず送信してしまった感に悶える。
男性に対してこのネタは無しなのか、と。
「だだだだだから仮に、なの! 僕はそういう趣味ないんだからね!?」
私、必死。タイピング・ラッシュ。
「そ、そうなんだね。ごめん、ちと疑ってた……」
「なななな、なんですと――――っ!?」
男性と偽りながら本音も出てしまう。
所詮、男性ではないのだからこれは仕方がない。
「至ってノーマルなんだからね! ゆうこ馬鹿じゃないの! わたしは普通に男の人が好きだもん!」
我、失敗。
「はい? やっぱソッチ系なの!?」
やってしまった、コンチクショウ!
今さら取り消すのは厳しいで御座るか?
なんとかしなければなるまいて――
何語かも分からないほどに動揺しているけれど。
「違う、違う、違いますってばっ!」
なぜか敬語。
「ほら、男性と女性って変換間違えることとかあるよね?」
「いや、無いと思うけど……」
「ありますから! ここは引けないしぃいい!?」
「引けないんだね……今日のヴェリテ、なんか必死だよね」
「――で、あるからして……」
「なにがあったの、先生!?」
強引でも、ここは譲れない。
優恋には、貴男への気持ちを気づかれたくなかったのだからと今では思う。