「フレンド」を願った理由
◆
――優恋との一日は気づけば終わっていた。
それほどに充実していたのだと思う。一日何をして何を話していたとか、とくに思い出せるものではないけれど、あっという間とはこんな時のことなのかも。
今日の最後に……
「ありがとう。ゆうこさん」
と、御礼を送信した。
この平仮名の『ゆうこ』としたのは、自分との区切りみたいなもの。これがもし『優恋』と呼んでしまうと、自分で自分の名前を呼ぶ、ちょっと痛い子になってしましそうな気がして……結局のところ、どちらで呼んでもリアルでは同じことになるけど、チャットだと違う人みたいになるから便利。
――けれど、今日は楽しかったなぁ。
明日も会ってくれるかな?
――――
次の日。
一度『囁きチャット』を送っていたこともあり、その履歴から優恋との連絡は容易だった。自分としては楽しかったけれど、相手がどうだったかまでは分からない。それでも、もう一度会いたいなと。
とくに返信が遅れることもなく、優恋は承諾。優子が迷惑している様子も無く、昨日と似たり寄ったりの会話。
同じような流れで、本日で五日め。
いい加減に、しつこいかなとも思ってしまう。フレンド登録してこないことからも、じつは困ってたりして……などと考えてしまったり。
考えてみたら、フレンド申請を願ったプレイヤーは未だ存在しない――と、いうよりも申請をしたことがないのだ。フレンドを願ってくるのはいつも他のプレイヤーばかりで、それを只々承認していただけ。
フレンドを申し出るのが、なぜか照れくさい。今更……と言われそうだけれど、何事も一歩めは勇気がいるもの。とくに私の場合は、友達を作ることに関しては避けてきたリアルが憎い。
ここ五日間、フレンドのことなど話題になっていない。優恋がフレンドを願わないのは、やはり誘われて困っているのだろうか。
……毎日囁くとか、ちょっとストーカーぽいカモ?
なんて思ったりもして。
そんな不安を取り除くためにも、確かめてみる必要がある。
「ゆうこさん。フレンドって多いほう?」
「多いと聞かれたら、多いですかね?」
「そうなんだね……ゆうこさんって人気ありそうだし」
優恋は性格が良い。私なんかよりも遙かに。
きっと面倒だろうけど、二人のみで五日間も遊んでくれたのことからも悪い人であるはずがない。
「人気なんかでは……ただヒーラーはフレンドがいないとやっていけないので」
「そういうものなの? ヒーラーさんって大変なんだね」
予想に反した答えが……
人気があると思ったのは正直な気持ち。それが優恋には社交辞令のように感じ取ったとしても『友達がいなければゲームを続けられない』という答えが返ってくるとは。
……友達が欲しいとは思うけれど、
フレンドがいなければ、なんて思った事なかったな。
続く優恋の返事は。
「ヴェリテさんって面白いですね。笑」
「なんで?」
――今、笑わせる要素があったの!?
リアルで、驚愕した。
「そのヒーラーに『さん』付けるとか?」
――あれ? それダメ系なの?
知らなかった……とはいえ、ポチッと返信。
「付けるべきなのかな……と。ゲーム自体、これが初めてだから」
「そんなに強いのに!? でも『さん』は要らないと思いますよ。笑笑」
そうこれ……
この感じが、優恋を男性だと気づかせた。
女性同士なら、こんなことを突っ込んではこないだろう。例えば消しゴムや鉛筆に『さん』をつけたとしても、あまり気にもならないから。
それでも、無知だったことに恥ずかしさを感じながらも。
「そんなこというなら、ゆうこさんも敬語やめよう? 普通に話してもらったほうがいいかな」
「うん。なら、そうする」
敬語は初めの頃から気になっていた。
分かっていて敬語で返さなかったのだけれど、普通に会話してもらう機会を伺っていた。
……こう、素直に受け止めてくれるところがイイな。
どんな人なのか、と想像心を掻き立てる。
「これからは”ゆうこ”って呼ぶね」
「OK! こっちもヴェリテって呼ばせてもらうよ」
顔も、声も、歳も、何も分からない。
只々、性格が貴男に似ている優恋と、貴男の姿を重ねているのかも……
このまま終わりたくない、そんな感情が指を動かし、文字へといざなう。
「ゆうこさ――」
削除。
「ゆうこ。僕とフレンドになってくれない?」
「うん。勿論いいよ」
初めて願ったフレンドは、ひとつ返事で承諾された。
優恋はいま、リアルでどんな表情をしているのだろう。
あの日、卒業式で貴男が友達を願った気持ちが分かったような気がする。
ここで、改めて気づけたことも。
優恋は私を男性だと思っているはず。それはチャットの返信からでも分かる。優恋がアッチ系かは別として、男性としてのヴェリテを気に入ってくれているのは確か。
……優恋には、決して女性だと明かしてはならない。
女性だと告げたことで今を変えたくはない。それが恐かっただけなのだと思う。僅か数日間でも、家族のように寄り添い、助け合い、ゲームを楽しんだ時間は紛れも無く二人だけの世界だった。
これが優恋にとって日常茶飯事だったとしても、私には初めて『この人といると楽しい』と思える人なのだから。
もともとゲーム内で男性と偽っているのは、自分を容姿だけで判断される現実世界が嫌になったから。本当の友達とは、恋人とは、そういうもので判断するものではないと信じている――というよりも、そうであってはならない。
だからこそ、優恋には同性として接してもらう必要がある。そこに友情が生まれたとき、優恋と本当の友達になれると信じて……
「やっと自分から願えるフレンドができたね。今日は頑張ったよ、優恋」
リアルで笑顔を隠しきれないまま、自分を称えた。