「ゲーム」を始めた理由
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彼は、小学生の頃から友達の多い人。
周りへ勝手に人が群がる、そんな男性。女性からも人気があるし、私とは正反対の世界にいる。彼の容姿が端麗かはさておき、優しさとか、気が利いているとか、きっと性格が良いのだと思う。
たしか、中学三年生の春頃だったかな……
彼はよく、友達とゲームの話で盛り上がっているのを多々見かける。私はゲームとはやったこともないし、興味もない。それでも席が隣なのだから、会話が聞こえてきてしまうだけのこと。
「お前なぁ……毎日その雑誌ばかり読んでて、どんだけ期待してるんだよ?」
「だってさ、β版がイイ感じだったからね。明日のオープンまで待てないよ」
――ベエタバン?
効きめとかの話かな?
何に効くのか分からないけれど、
ちょっと気になるな……今度探してみよう。
この時は、何かの医薬品かと思っていた。
それと「明日のオープンまで待てない」とも言ってたし「そんなにドラッグストア楽しみにしてるの?」とまで謎は深まる。
……けれど、彼がゲームを好きでも他の話題は勿論ある。
中学生にしてみたらオッサンくさい話だけれど、ゲーム以外の話題があって当然と納得――そこはそこ、これはこれ。
思わず無言で頷く。その動作は大きめ。
――その時だった。
独りで頷く、結構な勢いで気持ち悪い姿を彼に見られてしまう。
彼の周りに集まっていた数名の男子も、数秒間は固まっていたっけ。
ある意味、激熱。
その沈黙を破ってくれたのは、気の利く彼だった。
当然ながら、感謝。
「ゆ……優恋さんも知ってるの?」
せっかく間を取り持ってくれたのだし、何か答えなくてはと知ったかぶる。
「う、うん。ベエタバンでしょ? あれ最高だね」
「だよね? 優恋さんも”参加”してたんだね。β版」
……そういう薬なの?
酸化するとか、危ない薬なのかな?
「もし良かったら、明日のオープンから一緒にどうかな?」
――なんで!?
そこまで危ない薬のために並ぶとかは、ちょっと無理。
上手く断っておこう……
「ごめんね……気持ちは嬉しいけれど、もうやめとこうと思ってるの」
何となく間が悪い。全然上手く断れてなかった。
少なからず中毒だから止めますみたいな返答に。
満面の笑みを浮かべて誘ってくれたのに、断って悪かったとは思うけれど……
さすがに連れドラッグストアは無理かな、と。
けれど、気を悪くされても困る。
やはりここは気を遣っておくべき。
「大丈夫! わたし、先生にはこのこと黙ってるから安心してね」
「はい? 別に隠してないけども!?」
私は良いことをしてしまったようだ。
とても気分が良い。けど、なにコノ冷ややかな視線。
彼は、私の気遣いへ動揺した様子で机に置かれた雑誌を床に落とす。
落ちた途端にパサリと開かれたページ。
きっと何度も同じページを読んでばかりいたのだろう。
その部分にくっきりとした折り目がついていた。
……これってゲームなんだよね?
思っていたより凄い綺麗なんだなぁ。
キャラクターも可愛い。
隣の席である私の足元へ――そして雑誌を拾い上げる。
何となく可愛くて、背景が綺麗。たった少しの間だったけれど、これがゲームというものに惹かれるきっかけとなった。
「あ、ごめんね。拾ってくれてありがとう」
少なからずゲームへ興味を示したのは確か。
それは自身の心の内で知れる。
けれど、ゲームの何が楽しいのかは分からないことから、口が開く。
「あの……あのね。なんでゲームするの? 面白いところとかあるの?」
「「「「「――――ェ!?」」」」」
教室の中心で私以外が「エ」を叫んだ。
なぜか謎めいた表情を浮かべ彼は言う。
「そんなことは、優恋さんと然程変わらないと思うけど……」
――それって面白さが分からないのにゲームしてるのかな?
そういうものなのか、ゲームって。
と、思いながらも会話は続く。
「あ、ごめんごめん。面白いとは思ってやってるつもりさ。でも、その面白いところは人それぞれだからね。俺の場合はチャットとか、協力しあうところとか好きだな。一人じゃ何もできない感じが……ね」
「そうなのね……」
彼は他人とコミュニケーションを図るのことが好きなのだろう。
性格から考慮しても、合点がいく。そんな性格が羨ましいと思ったことさえあるのだからと、嘘ではないことが良く知れた。
「ほら、チャットなら言葉を選んでから送信できるよね? 表情とかも分からないしさ。気兼ねなく会話できるっていうのかな?」
――なるほど。
それなら私でも普通に会話とかできそう。
今まで会話を避けてきたのは、言葉のせいではないのだから……
もしかして彼も、こうやって気を遣いながら会話するのに嫌気が?
それなら、人との接し方はどうあれ私と同じなのかも?
ここで彼が照れ笑いを浮かべ言った。
「”何となく”……かな。他に自分の居場所が欲しかったからかも?」
今でもはっきりと覚えている。
この「何となく」が、妙に共感できたことを。
そういうものかもしれない、こう思えたのは彼のお蔭だった。
今までの概念を崩す言葉。何事でも深く考え込んでしまう自分の性格が嫌い。物事を楽しみたいのならば『何となく』くらいの軽い気持ちが必要なのかもと思ったほどに、心に響いた。
曖昧さ、それが娯楽を楽しむにあたり最も重要なのかもしれないとまで。
買い物をするのもそうだ。せこせことしていたら、満足のいく買い物はできないだろう。何となくこれいい、みたいな感覚で衝動買いは良くないかもしれないけれど、後悔はしないもの。逆に、これ欲しいけれど高いからやめておこう……などでは、後悔をしたりすることが多いような気もする。
結局「買っちゃった」みたいなことに満足感を得る。
だからこそ、何となくとは考えずに行動を起こせる”何か”を感じたと解釈できよう。そう解釈することが、後悔に繋がらないのだから……
この日、両親を説得してパソコンを購入した。
条件は二年間のお小遣い半額。それでも、全く後悔の念はなかった。
つまるところの「買っちゃった」で、御座います。
それに……
彼に似た性格と私と同じ名前を持つ『優恋』に出会えたことに感謝さえしていた。