「ヴェリテ」にした理由
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実のところ、私にはもう一つ名前がある。
――ヴェリテ。
これは、私の好きなゲームアバターの名前。
ヴェリテとはフランス語で『真実』という意味。小学生の頃まで母親の国であるフランスに住んでいたこともあり、何となくフランス語になってしまった。
もし仮に『真実』なんて、漢字名のネームにしたら『まみ』とか呼ばれそう。
普通に『しんじつ』では、なんか名前ぽくないからカタカナで『ヴェリテ』とした。
ではなぜヴェリテなの、と聞かれたら……その答えを言う気は無いのだけれど、ゲームの私に気づいたら分かるかも。
私は俗にいうネナベというやつ。ゲーム内では女性でありながら男性アバターを使用している。
このゲームを始めたのは、孤独感からだった。
友達を作らなくなった頃から帰りに寄り道することもなくなったし、部活動もやらない帰宅部。ただ学校へ行き、帰宅する毎日の日常から抜け出したかったのだと思う。
もう二年以上も同じゲームばかりしているから、今では『そんな理由だった』とまでしか思い出せないのだけれど……そんな、思い出せないほどにこのゲームがお気に入りだということ。
けれど、男性アバターにした理由は判然としている。
本当の友達、という誰でも持ってそうで自分には無いものが欲しかった。
……それでも、始めの頃は苦労したなあ。
ゲームなんてやったことなかったし、今まで溜め込んでたお小遣いを全部つぎ込んで買ったパソコン。きっと安いパソコンだっただろう。それでも中学生には高価な買い物に違いない。
……とはいえ親が半分以上だしてたから、買ってもらったようなものか。
文字を打つだけでも指がツルかと。タイピングができるまで、誰ともチャットなんかしなかった。文字が打てないのに、話しかけれた時の緊張感は半端ない。
ドキドキが止まらない、というか困る。
初めてのチャットは『w』×三。
みんながチャットしているのを眺めながら……
「……あ、これ笑ってるんだ? そっかあ。文字打てなくても、これだけなら大丈夫かな」
こう独り言で納得。
話しかけられたら取りあえず『一文字二文字に草生やせばOK』なのは、リアルでもゲームでも同じなのだろう。この法則が結構つかえたりするから、面白い。
「ヴェリテさん。パーティーお願いできますか?」
「はいwww」
「いきなり誘ってすみませんでした」
「いいえwww」
「ヴェリテさんって、強いよね」
「えwww」
不思議にも、本当にこれだけで会話が弾む。
ちょっと馬鹿にしているようにも思えるけれど、常に笑顔は基本。
――だって漢字の変換も大変だし、ひらがなで草生やすしか皆のチャットについていけなかったんだもん。
ヴェリテが強いのかなんてよく分かっていないけれど、学校と自宅での勉強以外はゲームしかしてないのだから、強くなってしまったのかも。
なぜか、この『強い』というのがゲームでのステータスみたい。
強いというだけで、仲間がどんどんと増えてゆく。頑張った分だけ人気を博するからこそ、楽しくて仕方がない。
毎日、毎日、ゲーム。こんなにハマるとは思っていなかった。
私がなぜ、多々あるゲームの中からこのゲームを選んだのか。
とくに意味は無い。『何となくキャラクターが可愛いかったから』とか、そんな理由だった。もともとゲームなんてやらなかったこともあり、何が良いのかなんて分からない、何を選んでも同じだから……結局は、そういうこと。
今でもこのゲームしか知らないけれど、それでいい。ゲームよりもコミュニケーションが取りたいだけで、只々強くなろうとしている。他のプレイヤーが、どんな理由でゲームをしているのかなんて、考えたこともない。
けれど、失敗したことも……
「ヴェリテ君……あのね」
「はいwww」
リアルもアバターも女性、そんな貴男女には自分が男性であると嘘をついていた。その場の感じから何となく分かったのだけれど。
「ワタシ、このゲームではヴェリテ君が一番好きよ」
「ありがとうwww」
やはりこうきたか、と。
……ゲームの世界でも、こんなことがあるんだな。
こう思って、勉強にはなった。
「良かったら、リアルとかで会ってもらいたいな……」
「ごめんwww」
今考えてみると、これはさすがに怒ったのだろう。
貴男女は二度と現れなかった。草を生やす場所には注意が必要なのだと。
私としては、その理由を説明するほどチャットで伝えることができない。漢字変換でさえも儘ならないのだから、まるで嘲笑しながらフッたように。リアルなら普通に怒って当然だと思う。
この失敗が教訓となり『草』を減らした。
その代わりといってはなんだけれど、チャットの方法を変えてみることに。
例えば……
「あの――」
「どうしたのヴェリテさん?」
「今日ね――」
「うん」
「リアルで忙しいから――」
「うん」
「あまりチャットできませんwww」
こんな感じ。この方法なら自分から話しかけることも。
単調な文字を繋げながら、相手に待ってもらう方法。間に合わないから待ってもらう、これなら何とかチャットで会話できるようになった。けれども、なんか癖で草生えちゃう。
先にチャットが難しいと伝えておけば無理に話しかけてこないし、返事が遅かったりしても分かってくれる。『これは使えるな』と思ってしまった。
これ以降は少しずつタイピングも慣れてきて、今では気にもならなくなってきた……といっても、打ち方とかは基本で学ばなかったこともあり、バラバラ。後から治そうと努力してみたけれど、基本でやると打ち難くて。
一度慣れてしまったスタイルを治すのは難しいのだな、と改めて感じた。面倒くさいから、今でもバラバラな打ち方でチャットしている。
フレンドも多くはなったけれど、本当の友達と想えるひとは、そうそう簡単に見つかるものではない。リアルで会っても、自分が女性であることを打ち明けても分かってくれるような友達が欲しい。
結局のところ、そんな下らないことから始めたゲームだけれど、いつかは――
――そんな私にも、本当の友達と想えるひとが。
初めはネームから惹かれただけだった……
そう、あれは今から一年前のこと。