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レベル2

 さすがに、スースーする。

 なにがというのは、言うまでもない。

 わたしは、いま、下腹部がノー装備状態なのです。

 それに、薄く透けるようなネグリジェだと、なんだかいろいろ見えそうでおちつかない。

 もじもじしてしまう。

『あら、そういえば、お着替えがまだだったわね』

 クインがわたしを手招いた。

 なんだろ?

 あ、なるほど。

 クインの近くには大きめのタンスがあった。

 樫の木かなにかでできているのか、それなりの威圧感があるくらいでかいサイズのタンス。

 その一番下の段から、服をとりだし見せた。

 おおう。

 これは……、ええ、わかります。

 わかりますとも、これはいわゆるワンピースというやつですね。

 クリスタルブルーの髪と翠色の瞳に似合いそうな真っ白なワンピース。

 おっさんなので、あまりよくわからないのですが、見た目的に全力でフリルというかリボンがついてたり、ふわふわな感じで、美少女だけが許される装備って感じだった。しかもノースリーブ。脇見えちゃうタイプ。

 これはあきらかにハイエースされちゃう装備ですわ。

 わたしは本能的にあとずさる。

 ええ、わかります。

 わかりますとも。

 あなたがそれをわたしに着させたいのは重々承知しております。

 しかし、それは、今のわたしにはあまりにも酷な仕打ち。

 少女レベルが足りないのです。

 まだわたしは少女歴一日の若輩もの。

 さすがに、いきなりそんなかわいらしい装備は、なんというか、女装しているようで恥ずかしい。

 自分の視点からでは、見えるのはせいぜい、おなかくらいまでなのだ。

 鏡でも見ない限り、あの美少女な姿が自分のものだとは認識しづらい。

 心の中では、まだまだ日本にいたときのおっさんの姿が想起され、ツライものがある。

『ん。どうしたの。嫌なの?』

 わたしは何度も首を横に振る。

 この動作が『いいえ』をあらわすことを、わたしはすでに認識している。

 クインの表情は、わたしからはなんともわかりづらいものがあったが、それでも残念そうな声色に思えた。

『じゃあ、これはどうかしら?』

 次に見せたのは、セパレートタイプのシャツとスカートだった。

 ワンピースに比べれば、ハイエース力は落ちるが、やはり少女装備なのに変わりなく……。

 わたしは再度首を横に振る。

『いやなの?』

「んん?」

『いや?』

「うぃや?」

『いや?』

「いや!」

『いやなのね?』

「いや! いや!」

 ん。たぶん、いまわたし、嫌だって気持ちを伝えているぞ。

 もしかしたら「いいえ」に相当する言葉なのかもしれないが、いずれにしろ否定的ニュアンスなのは間違いないはず。

 クインの言葉を真似て言ってみたら、なんとなく彼女もわかったようだ。

『そうなの。いやなのね。でも困ったわ。ほかには、なにかあったかしら』

 今度は長文になったので、よく聞き取れなかったが、クインはまたタンスの中をごそごそと漁りはじめた。

 あの、ですね。

 できれば、ズボンがいいのですが。

 そんな願いもむなしく、候補にあがるのは少女っぽい服装ばかりだ。

『んんー。どうしてなのかしら。やっぱり、人間の服ってわたしたちと異なるのかしらね』

 ついには、腕を組んで、うんうんうなり始めてしまった。

 わたしもさすがに罪悪感を覚える。

 見ず知らずの他人の世話をいきなりしてくれるクインは、おそらくきっと、いい人なんだと思う。

 そんな彼女の好意を無碍にしてしまうのは、人としてどうなんだろう。

 それに……。

 生まれてからいままで、人と接するうちに学んできたことがある。

 わたしには価値がないってこと。

 わたしは他人にとってみればどうだっていい存在だってこと。

 何かを与えなければ見返りはなく、わたしは利益のある人間でなければ誰からも見てもらえないってことだ。

 今のように無償でわたしのために割かれた時間というのは、それだけわたしという存在を認めてくれるということで、わたしはそのことに感謝しなければならない。

 全身全霊をもって、ありがとうと伝えなければならない。

「クイン……クイン……っ」

 わたしは初めに選ばれたワンピースを指差し、彼女の名前を口にした。

 クインは、しばらく、何事かとわたしのことを見ていたが、やがて得心したらしく、大きくうなずいた。

『着てくれるのね』

「ン」

 わたしはうなずく。

『いいのね? 最初は嫌がってたのに大丈夫なの?」

「ン」

 再度うなずくのです。大丈夫だ。問題ない。

『じゃあ、はいって言ってちょうだい。は・い』

「あい」

 クインの優しい声色にたまらなくなって、ぎゅっと抱擁をかわす。

『ありがとう。ナイは素直ないい子ね』

 頭をやさしく撫でられた。

 それだけで、わたしは胸の奥がいっぱいになってしまう。

 わたしの勝手な思いこみかもしれないが、人から認められたのがうれしい。

 そのワンピース、謹んで装備させていただきます。



 ネグリジェの前の部分のボタンを、クインは丁寧にはずしていく。

 あ、あの、わたし、こう見えて三十歳超えているんですが。

 着替えさせてもらうなんて恥ずかしいんですが。

 それに、見た目的にみても、小学五年生程度はあると思うので、たぶん日本人的感性からいって十歳程度の年齢だと思う。十歳が他人から着替えさせてもらうかというと、考えにくい。

 普通、お着替えっていうのは、せいぜい三歳児くらいまでじゃないのか。

 それは、クインたちがやっぱり人間とは違うということなのかもしれないし、あるいは文化的に異なるということなのかもしれない。ものすごく子どもをかわいがる文化があるとか。

 しかし、抵抗はできない。

 ここで『いや』を唱えてみたところで、着替えること自体を否定しているように捉えられてしまっては困る。

 とすると、ここはされるがまましかないんだ。

 残念だけど、そうするしかないんです……。

『はい。ばんざーい』

 ジェスチャーで手をあげるように指示されたので、わたしは万歳の格好をする。

 もはや、気分は敗残兵。

 一想いにやってください。

 シュポンと首のところからネグリジェが脱げて、いよいよわたしはノー装備状態になる。

 完全に真っ裸の状態です。ノーパンですから、私を守る装備はいよいよなくなってしまった。

 下を向いたら、見えるのはおなかの部分。

 下腹部は、まだ恥ずかしいので、ちらちらとしか見ませんよ。

 クインからは完全に幼児の扱いを受けているが、わたしの感性からすれば、この体はやっぱり小学五年生程度はあるので、まだ幼さはあるものの、この世代特有の妖艶さを持ち合わせているように思う。

 おなかのあたりの肌のきめこまやかさや、すらりと伸びた足先を見ると、なんというか自分自身が清らかな存在になったように感じる。ええ、もちろん前世は一切、女性を知らない清らかな存在でしたがなにか!?

 うう……。

『なんて……、かわいらしいのかしら。ナイって本当に人間なのよね? 妖精や天使じゃないわよね』

 クインがなにやら驚きの声をあげ、固まっている。

 あの固まられても困るんですが。

 わたし、ストリップ状態なんですが。

 はやく着せてほしいんですが。

 途中だと、困るからぁ。身を守るものないからぁ。

「クイン……いや。いやぁ……」

『あ。ああ、大変。ごめんなさいね』

 最初に手渡されたのは、真新しいパンツ。

 前の部分に小さなリボンがついているのは、この際無視だ。無視。

 恥ずかしいとか考えている暇はない。

 着ていない状態より恥ずかしい状態なんてないんだから。

 これでようやくノーパン状態から復帰できる。

 次にワンピースだが、これはどうやって装備したらよいのかわからなかった。

 たぶん貫頭衣の一種だから、頭からかぶっていけばよいのだと思うのだが。

 不安げにクインを見つめていると、彼女がやってくれた。

 やっぱり頭からなんですね。

 いったんすっぽりとかぶったあとは、腰まわりまで引っ張って、それから微調整。

 全部クインがやってくれました。

『はい。おしまい。かわいいわ』

 感謝の言葉をまだ知らないので、わたしはとりあえずクインに抱きつくことにした。

 それにしても、異世界転生してから、すでに前世を越える勢いで抱擁しているな。



 覚えた言葉

 『ナイ』『クイン』『名前』『はい』『いや』

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