レベル21
ミニーの腕の中で揺られていると、ふと歌が聞こえた気がした。
どこかで聞いたような懐かしい旋律だ。
『めーりさんの羊。羊。羊。めーりさんの羊……えっとなんでしたっけネ?』
『知りませんよ。姐さん。そんなことよりどうするんすか。これから』
『おまえ。このサウンドを教えてくれたのは、マイプリンセスなんですよネ。いい加減にしとかないと、ぶち殺しますよネ』
『勘弁してくださいよ。ただでさえ統率取れてない状態で、冒険者たちもバラバラなんですから。なにか成果をあげて帰らないとヤバイですって』
『この亜人たちの国に無傷で近づけると知っただけで大成果ですネ。だから、いくらでも代えがきく冒険者たちがどれだけ死のうがいいんですってネ』
『じゃあ、帰りましょうよ』
『ダメですってネ。マイプリンセスは、ある人物を探しているんですってネ?』
『ある人物って誰でしたっけ。おれっちもう帰りたいっすよ』
『おまえただ帰りたいだけですネ……。そうですネ。マイプリンセスと同じく絶世の美少女で、神言の侵食能力が他者と隔絶しており、そうそう、ちょうどあんな感じの……おう。いましたですネ。ははん。聞いてたとおりの容姿ですネ。ビューリホー。プリティー。どんどんパフパフ』
なんだあいつ。
いつもの通学路の途中でちょうど見かけたのは、矮躯ではあるが、わたしやミニーみたいに小学生っぽくはなく、たぶんおそらく中学生くらいの年齢設定の女の子だ。
髪の毛はピンク。頭にはミニサイズシルクハット。
目元にはアイライン。
化粧を落とせばかわいいと思うのに、あえてめちゃくちゃにしている感じ。
その子はいわゆるゴスロリ風の服を着ており、傍らにはかなり大きめのパペット人形をかかえ、そいつに向かって話しかけている。
なにやら会話をしているような、そんな雰囲気だ。
ミニーは無言のまま、わたしを地面におろした。
そして抜刀。
キアも鋭く槍をかまえ、油断なく見据えている。
どうやら彼女が、今回の侵略者のリーダーかなにからしい。
『おまえがリーダーですか?』
ミニーが何か言っている。
たぶん確認しているんだろう。
そうしたら、彼女は不意に笑い出した。
心底おかしいとでもいうように、腹を抱えて笑っている。
なんなんだいったい。
『リーダーですって。コロちゃん。このメリーさんが薄汚い冒険者たちのリーダーですってネ。笑えますネ』
『姐さん。リーダーじゃないですか』
『違いますネ。メリーさんはメリーさんだけでもよかったんですがネ。マイプリンセスが戦争前には何人か死んでたほうが箔がつくっていうから、そうしただけですネ。正規の兵を使うのはもったいないから、メリーさんが使われてるだけですってネ』
『小間使いっすね』
『コロちゃんの言葉は辛辣ですってネ。あまりいい加減なことぬかしてると本当にハラワタぶち抜くですネ』
『姐さん勘弁してくださいよぉ』
『ふん。黙って働くですネ。さぁて……。お前とお前と、そしてお前。ふむふむ。どうやら三人しかいないようですネ。どうでもいいですが、他の冒険者たちはどうしたんですネ? 百人くらいはいたはずですがネ』
『捕まえたです』とミニー。
『ほぉ。捕まえたんですネ。ということは、もしかすると、残っているのは私だけですネ?』
『やばいやばいよ。姐さん』
「たいしたことじゃありませんネ』
『姐さんが時間かけすぎるのが悪いんじゃないっすか』
『ふふーん。どうせ亜人の村を占領できるほどの戦力でないのは元からわかりきっていますネ。適当に殺して帰ればいいだけですネ』
『でも、姐さん。あの白い子を連れて帰るよう言われているんすよね』
『そうでしたネ』
『は? どういうことです?』
ミニーが怒りをにじませた声をだしている。
『そこのプリチーな人間をですネ。連れ帰るということが、ついでのついでなのですネ』
『ナイを……なぜです』
『そんなの知らないですネ。ただ、メリーさんの大事な大事なマイプリンセスがそう望んだから、メリーさんはそのようにするだけなのですネ』
『姐さんは姫様のことが大好きだからな』
『させないですよ。ナイは大事な友達なのですから』
『そうですか。まあいいですネ。もともと、おまえたちの意見や意思など、まったくもって問題にならないですネ。メリーさんはしたいようにする。そういうイキモノですからネ』
『姐さんは、究極の自己中だからな。がはは』
『おまえ少しだまってろネ』
一人芝居なのか、よくわからないが、ゴスロリ少女は人形の顔のところをグーパンしていた。
なんだこいつ。
正直なところ、どこか違和感のあるキャラクターだ。
人を人とも思ってないような。
そうか。
人間にとっては、ミニーやキアがいかに人間っぽくっても、少し違う生命だということになるんだろう。
いや、こいつにとっては、"誰だって"そうなのかもしれない。
他人のことが根本的にどうでもよく、誰とも価値観をあわせようとしない。
それは、もしかすると、"別に殺してもかまわない"というレベルなのかもしれない。
でも、ミニーの強さは折り紙つきだ。
キアだって、同じくらい強い。
そんなふたりが同時でかかれば、いくら、相手が推定魔王の手先だとはいえ――。
倒せるはずだ。
倒せるよね? ね?
わたしは戦力外でしょうが、一応デバフ魔法は使えますし。
相手を弱らせることができる。
しかも、ほぼ確実に。
これは大きいですよ。
『ひとつ聞きたいです』
ミニーが再び口を開いた。
いつものフンワリした調子とは違い、どことなく鋭い戦闘モードだ。
『なんですネ。いまのメリーさんはとっても気分が良いので、答えてあげますネ』
『おまえ……、ここに来るまでに誰かを殺しましたか?』
『ふうん。なんでわかりますかネ』
『おまえからは血のにおいがするです。しかも、ごく最近の……』
『へはは。そんなのわかるんですネ。もちろん、殺しましたヨ。ここに来るまでに……幾人かのエルフと……んうー。それと、そういうことですネ。おまえの親しい人もメリーさんついつい殺しちゃってるかもしれませんネ』
『おまえ……許さないニャ……』
「へっへへふっひひひ。確かここに来るまでに手当たり次第、強盗まがいのことはしているですネ。そうそうお前と同じような猫耳ついたやつも殺しちゃったですネ。少し強かったですが、たいしたことはなかったですネ』
瞬間、ミニーの殺意が膨れ上がる。
なにかの言い合いで折り合いがつかなかったのか。
いや、それよりも――もっと根源的な。
怒り。
憎しみ。
そういった負の感情が、奔流となって垂れ流されているようだ。
隣にいたミニーの姿がかき消えた。
え。
と思う暇もなかった。
本当に一瞬で姿が掻き消え、ミニーの刀は目の前のゴスロリっ娘が"何かを言う暇すら与えず"に切り裂いたかに思えた。
『ふえっへっへ。困りましたですネ。そんなに戦闘的だと、メリーさんおまえを殺すしかなくなりますネ』
ゴスロリ娘の身体は、半透明のシールドのようなもので守られていた。
『姐さん。油断してっと、殺されますぜ。今のこいつ、音よりちょっぴり速かった!』
『音より速いですかネ。確か、いとしのマイプリンセスによれば、音とは秒速340メートル程度と聞いた覚えがありますネ。こいつ、もしかすると亜人の中でもかなり速いほうではありませんかネ』
『姐さん間違いねえよ。こいつは亜人最強クラスだ』
『十歳程度に見えるのに、強いんですネ』
と、背後から強烈な熱気。
キアの指先には大きな火のカタマリが燃え滾っている。
『ファイアバレット!』
いくつもの火線が伸びた。
それらは正確にゴスロリ少女の身体を射抜いたかに思えた。
『あひゃー。そっちのエルフも戦闘的ですネ。実に実に、亜人らしい野生的な行動ですネ』
火弾は完全に弾着した。
しかし、それもまた、正体不明のシールドの前に掻き消えた。
おかしい。
だって、彼女は一言も喋っていない。
長ったらしい台詞は喋っているけれども、どうも『バリア』や『シールド』に相当する言葉を唱えていないように見える。
『コロちゃんの中にはいくつものマイプリンセスの言葉がたゆたっているのですネ。メリーさんのためにマイプリンセスが作ってくれた、自動殺戮人形。それが、このコロちゃんなのですネ』
『常時シールドを展開。そんなことが可能なはずがないです』
『実際には常時ではないですネ。単に、おまえたちの害意に反応して、神言をイフ構造で囲っているわけですネ』
『おれっちのおかげじゃないですか。姐さん』
『ひへへ。おまえの力はメリーさんのものネ』
『アイシクルランス!』
ほぼ闇雲といっていい、キアの一撃。
しかし、それも霧散する。
なんだこれ。
ソシャゲのレイドボスだってもう少し柔らかいぞ。
『だから、ダメですネ。さすがはマイプリンセス。可愛いだけでなく、メリーさんのことを心から考えてくれる。ああ、メリーは幸せですネ』
ゴスロリ少女は自らの身体をかき抱いて、悦にいっていた。
どう考えても変態です。ありがとうございました。
『キア。火力が足りないです。集中させるですよ』
「私に命令しないでください。ですが、しかたありませんね。一斉にかかりますよ』
ミニーは居合いの構え。
刹那。距離がつまる。
もはやこの程度の距離はミニーにとってはゼロに等しい。
それとほぼ同時に、キアは炎を束ねて巨大な一本の槍を形成する。
投擲。
風と空気が震えた。
遠ざかる陰影。
それすらも――。
シールドにはばまれている。
『ひひひひへへへへへ。どいつもこいつもメリーさんを傷つけようとするんだから困ったものですネ。世界はメリーさんに優しくない。だったら、滅ぼさなきゃいけない。コロちゃん。まずはクソみたいなあのエルフを刺し殺してくださいネ』
『へいへい。姐さんのおっしゃるとおりにしますよ』
来る。
猛烈にイヤな予感がする。
人形がケタケタと気味悪く笑った気がした。
『キア。避けるですっ』
『っく――』
くるくると光の粒が回っている。違う。それは槍だ。光の粒子で出来た槍。
それらがいくつも空中に散布されて浮いている。
直接照準。
確実に射殺す。そんな殺意を感じる。
いくつもの槍がキアの身体めがけて突っ込んできた。
「キアっ!」
わたしは近くにいたキアに手を伸ばすが、弾丸のようなスピードで突っ込んできた槍を受け止めるには致命的に時間が足りなかった。
いくつかは自前の槍で防いだ。
しかし、数があまりにも多かった。
キアの身体はあっさりと、槍の餌食になった。
「だ、ダメ」
『んぅ……なにがいいたいんですかネ。この世は所詮弱肉強食……こいつは弱いから殺されるだけなんですネ。メリーさんは何も悪くないんですネ』
「なに言ってるんだよ。ぜんぜんわかんねーよ。くそが」
わたしは無意識に日本語で毒づいた。
もう疲れたんだよ。
こんなわけのわからない状況で、せっかく友達になれたキアも傷つけられて。
コミュニケーションもクソもなかった。
もう、目の前にいるこいつと顔を合わせたくなかった。
けれど、現実ってやつはいつだって目の前にいて、消えろといったって消えてくれない。
「やめろよ……」
『おまえ、何いってるですかネ?』
「……ほんと、やめてくださいよ。なんでそんなことするんですか」
『あー。なんの言語ですかネ。空間ごと祝福するような鈴鳴りの声。マイプリンセスに匹敵する神言の力を感じますネ』
『たぶん。姫さんが言ってた、ニホンゴってやつじゃねーですかい。いま形態素解析にかけたけど完全に一致してましたぜ。恐ろしいほどの現実侵食能力を感じるっす。もしも神言であれば……おれっちたちはあっさり殺されてますねぇ。おお怖い怖い』
『ふへっ。これがニホンゴですネ。マイプリンセスの口からつむがれるのと同じ言語ですネ。あああ、感慨深いですネ。もっと聞かせるですネ。おまえ……、とてもいい声で鳴きそうですネ』
なにやら言っているが、これはチャンスだ。
べつにキアは即死したわけじゃない。
わたしを今すぐどうこうするつもりがないのなら今のうちに治してしまえばいい。
「キア。キア治って」
陽だまりのような優しげな光に包まれて、キアの傷が治っていく。
『ああ……、治せるんですか。いいですネ。ただこれだと面倒くさくもありますネ。そうですネぇ…あなた名前はなんていうんですか?』
「ふぇ?」
突然の『お名前なんですか』という何度か聞いたフレーズに固まる。
わたし、いきなり名前聞かれちゃってます?
素直に答えたほうがいいんでしょうか。
とりあえず、手のひらから癒しのパワーはでつづけてるんで、いまは時間稼ぎしたほうがいいかもしれない。傷がふさがるにはもう少しかかりそうだし。
「名前はナイ……です」
『いっひっひ。いい名前ですネ』
なんだか知らないけど笑われた。
べつに変な名前じゃないと思うんだけど。
確かにちょっとした手違いで生まれた名前だけど。
もうみんなその名前で呼んでくれるんだ。
おかしな名前じゃないのに。
『いひひ。失礼しました。メリーさんの名前も教えておきますね』
名前?
――メリーランド。
『それがメリーさんの名前ですネ。これからマイプリンセスにナイをお引き合わせするまで、ずーっといっしょに顔を合わせて移動することになるんですからネ。よくよく覚えておいてほしいですネ』
「めりぃらんど?」
『そうですネ。いいにくければメリーでもいいですネ』
「めりーらんど……」
『強情ですネ。そこもまたかわいらしいところですネ』
『姐さん。かわいい子には荼毘を着せろとかいって、結局殺しちゃうじゃないですか』
「いっへっへ。さすがにマイプリンセスが望む子を殺したりはしないですネ』
なんだか知らないけど、メリーランドという名前らしい。
こいつの目的は知らないけれど、一種の躁状態なのか。
それともシールドに絶対の自信があるのか。
隙だらけだ。
キアの傷は回復した。
だけど、失った血と体力が元に戻るまで時間がかかる。
絶対安静だ。
どうする。これから。
キアはあどけない顔を苦痛にゆがめて気絶している。
まだミニーはあきらめていないようだけど、わたしの神言で果たしてメリーランドを打倒できるんだろうか。
いまだに覚えた言葉の攻撃性能には定評のないナイさんである。
確かに『斬る』は覚えたけれど、あれは加減がわからないし。
正直なところ、人間を切り刻むのはさすがに躊躇しちゃう。
もちろん、最後には決断するけどさ……。
『さーってどうするですかネ。ひとまず、ナイ以外のいらない子にはご退場願いますかネ』
『斬るですっ!』
ミニーが再び一撃を加える。
シールドで防がれるのはわかっているが、ミニーは動きを止めない。
もしかすると、シールドにもエネルギィの限界があるのかもしれないし、今はそれしかできないからだ。
わたしはワンパターンだが、いつものように昏倒の呪文を唱える。
「倒れて!」
『う。ぐ。げ』
蛙のつぶれたような声をだして、メリーランドは膝をついた。
効いてる!
でも完全には倒れない。
なんで?
わたしってすごい魔法が使える幼女じゃないの? 神様。
『信じられないですネ。たった一言で、ゲドシールドを越えて現実をねじまげましたネ』
『姐さんヤバイっす。今のでシールドの三割は持ってかれた。速いとこ、あいつを無力化したほうがいいっすよ』
「た、たお」
『喋っちゃダメネ』『喋るなよ。おまえ』
あれ。
おかしい。
声が出せない。
わたしの口はまるで金魚のようにパクパクと動かすことしかできない。
魔法を封じる魔法なんてものも開発されてて当然か。
どうしよう。
わたし、これの解き方知らないよ。
あっという間にフツーの女の子になっちゃった。
『ふひひ。さすがに危なかったですネ。よく言葉を知らないからそういうことになるんですネ。通常、概念を操作する神言は相手の肉体に内在するゲドシールドを越えなければ作用しないネ。シニフィアンがゲドシールドを越えれば現実は侵食される。たとえナイが最強に近い神言使いだとしても……、さすがにマイプリンセスの力には敵うはずもないネ』
『ほぼ、オレっちの力っすけどネ』
『おまえはマイプリンセスからメリーさんがもらったものネ。メリーさんが所有者。メリーさんの力』
『へいへい。わかってますよ。それでどうするんすか。お次は』
『そこの猫耳を殺しなさいネ』
『わかりましたよ。人形使いの荒いマスター様』
「んーんー」
なんか喉元を震わすしかできないぞ。
口は開くんだけど、喋れない。というより喋るという行動自体が封じられているような。
『ナイ。大丈夫ですか?』
ミニーが振り返ってわたしに何かを確認している。
わたしは口を手で押さえながら、こくこくと頷いた。
ミニーは慎重な足取りで、少しずつ弧を描くように歩みを進める。
いつでも斬りかかれる距離なのに、そうしないのは時間を稼いでいるのもあるだろう。
わたしは必死にもごもごしてますが、謎の力で押さえつけられてどうにも喋ることができません。
涙目になってます。
うう。
『さーて、まずはこんなもんでどうですかネ』
メリーランドが空中に投射したのは、正八面体のかたちをしたクリスタル状の物体だ。
まるでビットかファンネルみたい。
ブオォンという奇妙な音を響かせながら、あたりを漂っている。
レーザー撃ってきそう。
そう思ったら、本当に撃ってきた。
赤黒い色をしたレーザーが空中を切り裂いた。予備動作も予兆も何もないシンプル極まりない攻撃。
だからこそこの攻撃はえぐい。
光の速さで攻撃が飛んでくるんだから。
並みの人間では数秒も持たずに貫かれるのがオチだ。
ただし、ミニーは並ではなかった。
読んでいたのか。
ミニーは何かを察知して飛びのいた。
人の形をした物体が、こんなにも速く動けるなんて信じられなかった。
空振りに終わったレーザーは、なんの補強もされていない道路をやすやすと削り、えぐり、土の塊をブスブスと蒸発させながら減衰した。
一撃目は避けた。
でも――光の速度だ。
あのレーザーはいったいどの程度の頻度で撃ちつづけられる?
『死ぬネ』
答えは二秒だ。
わりと余裕があるほうか。
ミニーにとっては一撃を避けるのはたいした労苦でもないらしい。
猛然と突き進むレーザーをミニーは易々と避け、ここで再びメリーランドに迫る。
インパクト!
シールドは割れず、しかし雷が地面に落ちたかのような衝撃がこちらまでやってきた。
『ちぃ。さっきの減衰で、かなりダメージを受けてるっす。今の攻撃で2パーセントさらに減少したっすよ』
『そんなことをわざわざ教えるとか、おまえ、スクラップにしてあげようかしらネ』
『だって、シールドが無くなったらおれっち壊れるっすよ。いやっすよ。姐さん』
『そんなの知ってるわネ』
無駄口を叩いている間にも、ミニーの攻撃はとまらない。
目にもとまらぬ速さの連撃で、むちゃくちゃにシールドを乱打している。
『ああ、面倒ですネ。ほら、これならどうですかネ』
メリーランドが再び何かを唱えると、先ほどのビットの数が増えた。
今度は三。
さらに、五。
全部で九。
それらはクルリクルリと空中を回転しながら、バラバラの間隔でレーザーを照射する。
間髪をいれずにミニーが動く。
一撃。
まずは手近にあったひとつを叩き斬った。
ビット自体の防御力はさほどでもないらしい。先ほどから、数の多さでレーザーの隙をなくして、ガンガン撃ってきているが、まだミニーには余裕があるようだ。
軽くかわして、また一撃。
そうやって数は減っていく。
『ほら、これでどうネ』
さらに増えた。
無限に召喚できるのか。
このままだと処理能力を超えちゃう。
どうにかしないと。
えーい。
気合だ。
気合でなんとかしろ、わたし。
「ア……ァ……」
声は一応出るようになってきてる。
本当だったら、解除とかそういう言葉を覚えていれば早いんだろうけど、今の手持ちの言葉じゃ、そういう洒落た言葉は知らない。
いや、あるじゃん。
ひとつだけこのデバフ状態を解除できそうな言葉……知ってた。
わたしはゆっくりとひとことずつ言葉をつむぐ。
気づかれてはまずい。
わたしは口を手元で覆いながら、慎重に言葉を唱える。
幸い、メリーランドはこちらを注視していない。
ミニーの強さが効を奏している。
あれだけのビットの数もものともせず、
避け、
かわし、
一撃をいれ、
またかわし、
さらに回避しながら攻撃している。
ビットの数はいま、二十に達しようとしている。
もはやレーザーの数だけで空が紅く染まりそうだ。
ただ、ひとつミニーにとっても救いなのは、そいつらはなぜかわたしを攻撃できないということだ。
つまり、火線上にわたしを捉えることができず、空間に余白が生まれている。
ミニーはそこをうまく利用しているようだ。
「な」一言目。
しかし、メリーランドは大きく舌打ちをすると、さっさと布陣を変えた。
いままでのようにバラバラの布陣ではなく、わたしたちを横に捉えた形だ。
しかも、相当な高度と距離をとっている。
この形だと、メリーランドを攻撃しようと前にでれば、必然そこを横から狙われる形になる。
ここは守りに入ったほうがいい。
けれど、わたしの願いとは裏腹に、ミニーは土を蹴った。
前に対する布陣が無くなったのなら、愚直にボスを攻撃する。
そんな心構えらしい。
さすがに侍ガールは考えることがアホみたいに一直線すぎるよ。
ミニーはうっすらと笑っていた。
まるでこの状況を楽しんでるかのように。
刀の軌道が点のようにシールドを貫いた。
『さらに……3パーセント減少』
『撃つネ』
両サイドから放たれるレーザーを、ミニーは軽やかに避ける。
そうか。
あえてシールド側に突っ込んで、反対側から撃たせないようにしている。
これなら火線の数は半減する。ギリギリ避ける余地ができる。
それにしたってとんでもない技量だが。
「お」二言目。
メリーランドは手元から光でできた槍を出現させた。
ビットだけでなく、直接の攻撃。
しかし、これをミニーは迎撃する。
シールドからミニーに突き出されるその瞬間を狙っていたみたいだ。
『きぃ。シールドは一方通行ですネ。おまえの攻撃だけは透過できないですネ』
『ああ、もうめちゃくちゃだよ。姐さん。遊んでないでさっさと……』
『うるさいですネ。わたしはいま楽しいですネ。こんなにも抵抗する亜人は久しぶりですからネ』
『悪い癖でちゃってるぅ。おれっちは警告したっすからね』
ミニーは無言のまま攻撃を続けている。
あいかわらず、シールドは破れていないが、メリーランドの顔つきに焦りがみられるようになった。
ここはあとひとつ。
一押しをしとくべきだ。
あと一言。
「れ」三言目。
つなぎあわせた『な・お・れ』の言葉。
その瞬間に、ふっと、喉元が軽くなった。
やった。やったぞ。喋れます。
『げ。ヤバイ。とんでもない現実侵食能力を再び感知したっす。あいつもう解除しやがった』
『む。速いですね。しかたありません。再び、封印してしまいますネ』
あ、まずい。
あいつらの挙動がさっきと同じだ。
このままだと同じ結果が待ってる。
なにか防御する手段はないのか。
わたしの知ってる言葉で……。
ああ、わかんねー!
『喋っちゃダメネ』『喋るなよ。おまえ』
「い、イヤ!」
もうともかくイヤですって言ってみた。
意識を強く持てば、なんとかなるかもしれないという謎理論。
アクションゲームでもレバガチャ気合でなんとかすることあるじゃん。
まったく期待していない行為だったが、どうも効を奏したらしい。
何も起こってない。
いつもと同じように喋れる。
『は? はあああああ? そんな曖昧な概念操作で、レジストするだとぉ! なんなんだよ。おまえは……。ズルいじゃねえか!』
『姐さん落ち着くっす。ここは本気でやっとかないとまずいっすよ。まずは亜人のほうを殺しましょう』
『……ふへっへっへ。そうでしたネ。所詮この子はまだ言葉を知らぬ幼子。覚悟が足りないのなら、一気にやってしまえるメリーさんのほうが強いですネ』
だから、無駄話が多いって言ってる。
女子はこれだから困る。
「倒れて」
『ちょ、まっ。ぐぎぎ』
『ランクAの冒険者が百人がかりで唱えた神言よりも強力な現実侵食能力だ。シールドの減衰率が二割をきってる。姐さん早いとこ始末しちまいましょう』
『わかってるネ!』
だいぶん追い詰めてる感はある。
けれど、なぜだろう。
圧倒的に有利に思えても不安感が消えない。
その理由は、あまりにも知っている言葉が少ないということに帰結する。
わたしは現実を侵食する能力が高いがゆえに、適当に言葉を唱えても他を圧倒することはできる。
けれど、概念上カスりもしない言葉を言われたら防ぎようがないんだ。
さっきの『イヤ』で自分に対する言葉は防げるけど。
けれど……。
『うごくな』
地獄の底から声が聞こえた気がした。
この世のすべてを怨嗟する、そんな声だった。
メリーランドは、わたしとメリーの両方に言葉を投げかけた。
「……い、イヤっ!」
わたしのほうはすぐに解ける。
でも、「治れ」が間に合わない。
メリーランドとミニーの距離は数メートルもなく、ビットにたった一言命令するだけで、容易に貫ける。
『そう。メリーさんを傷つける存在はみんないなくなってしまえばいいネ!』
メリーランドは、怒りや憎しみをあえて抑えた声で言った。
わずかながら笑みを浮かべた、その手にはさきほど見た光熱の槍が握られている。
その槍が、ミニーの柔肌を食い破ればどうなるかは、簡単に予想がついた。
『おまえの力じゃないです』
ミニーは決然とした表情をしている。
『は?』
『おまえはただの弱い人間に過ぎないです。ほとんどの力はその呪い人形のせい。おまえの力なんて一割もないです』
『そうですネ。フフフヒッヒッヒ』
メリーランドは狂ったように笑った。
長いか短いかわからない時間、笑い続けた。
と、突然、メリーランドは顔を伏せた。
睨み付けるミニー。
『それで言いたいことは終わりか?』
メリーランドの顔から感情が消えうせると、持っていた槍をなんのためらいもなく、ミニーのほうへと投げつけた。
「やめろォォ!」
空間が凍りついたような気がした。
息ができなかった。
わたしの叫びもむなしく、ミニーの小さな身体は光の槍によってまともに刺し貫かれ、そのままの勢いで、地面を転がり、最後に木の幹にあたってようやく停止した。
高熱によって生じた煙があたりに靄を作り、やがてその靄の中から現れたミニーの身体が糸の切れた人形のように力無く地面に落ちる。
尋常じゃない血の量。
急速に散大していく瞳。
メリーランドのこれ以上ない笑みに、わたしも反射的に筋肉がひきつり、笑みのようなものが顔にこびりついて離れない。
わたしは、言葉を失った。
☆
覚えた言葉
『ナイ』『クイン』『名前』『はい』『いや』『倒れる』『アニー』『どうしたの』『料理』『着火』『消火』『水』『おいしい』『好き』『ここ』『葉っぱ』『空』『お月様』『卵』『お日様』『あおむし』『おなか』『ぺこぺこ』『りんご』『梨』『すもも』『いちご』『さなぎ』『ちょうちょ』『タルサ』『ミニー』『ごめんなさい』『友達』『ありがとう』『わかる』『いっしょ』『オベロン』『またね』『おかえりなさい』『ただいま』『外』『眠たい』『ダメ』『教える』『ランドルフ』『お風呂』『海』『おはよう』『いってらっしゃい』『いってきます』『キア』『行く』『斬る』『治す』『メリーランド』
ストーリーラインさんが見当たらない




