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20/25

レベル19

 結局、崖を登る方法ですが、お姫様抱っこという方法しかありませんでした。

 ミニーはどんな脚力しているのか、わたしを抱いたまま、ジャンプだけで崖を飛び越えたのです。

 とんでもねぇ。

 わたしがもしも『飛ぶ』とか『ジャンプ』とかを覚えていれば、簡単だったろうに。

 ちなみにさっき覚えた『行く』だと、どういうふうに行くかは指定していないので、想像力で補っても、現実を侵食する力が働かないと思います。というか、一歩まちがえば、"石の中にいる"状態になりかねないので、怖くて使えません。

 万能と思われる言葉の力も、ピタリとはまらないと力を発揮しないようです。

「ミニー。ここ」

 さっそく崖を登りきったので、わたしはミニーに降ろしてくれるように頼んだ。

『ん。ダメです』

「ダメ?」

『ダメです。ナイが走るより、ボクが走ったほうが速いですから』

「ふぇ」

 小学五年生にお姫様抱っこされているおっさんって、一体……。

 これがうわさに聞くお姫様が抱っこというやつか。

 感慨深い。

 そのまま、ものすごい勢いでミニーが走り出し、わたしは風になった。



 現場に到着したのはわずかな時間だ。

 五分も経ってない。

 わたしが全力で走るより遥かに速くないですか。

 ちょっと落ちこんだりもしたけれど、わたし元気です。

 声の主はすぐに見つかった。

 大木の下敷きになっている"人間"だ。

 たぶん人間だろう。

 年の頃は二十代半ばくらいの若い兄ちゃんって感じ。バンダナを巻いて、レザーアーマーのようなものを着ているのが見える。

 顔は痛みに歪んでいて、真っ青になっている。

 うっ血しているのかもしれないな。

 人間だと思ったのは、いわゆる異形ではなかったからだ。

 この国にいる人たちは、誰もが人間とは異なる身体的特徴を有しているから、そういった特徴がこの人には見当たらない。下半身が馬でしたって落ちかもしれないけれど、まあ、たぶん違うだろう。

 それになにより――、

 キアが槍をその人に向けているという事実が、彼が人間であることを如実にあらわしていた。

『人間ですか……。里の近くまで侵入してくるとは一流の斥候ですね。何か言い残したことはありますか?』

『ま、待ってくれ。オレは斥候じゃない。冒険者だ。たまたま森の中に迷いこんだらここまで来ちまったんだよ。本当だ。信じてくれ!』

『わかりやすい嘘ですね。人間がエルフの防衛網を突破するには、網の目のように張られた陣を突破しなければならないんです。偶然に突破できるものではない。この最終防衛ラインを突破しているという時点で、あなたは意図的にここにやってきたといえる。いいなさい。何人ここに来ているんです?』

 キアが槍を突きつける。

『う……違う。誤解だ。オレはただ』

『わかりました。もういいです。とりあえず……終わりにしましょう』

『ひぇ』

 あ、なんかちょっとまずい感じ。

「だ、ダメ!」

『なぜ止めるのです? 同胞が殺されるのが嫌なんですか。所詮、あなたも人間ということですか』

『待つです。そんなに簡単に殺すより、尋問したほうがよくないですか?』

 ミニーが援護射撃をしてくれているようだ。

『ナイの言うことを聞きたいだけでしょう』

『まあそういうところもあるですね。ただ、実際問題、この人間がどうやってやってきたのかわからなければ、危険を放置することになるですよ』

『それはそうかもしれませんが、人間は生きているだけで危険なんです。だったらここで――』

『その判断を自分たちがするより、情報を持ち帰ったほうがよくないですかね』

『……』

 一瞬のにらみ合い。

 昨日の再来かと思ったが、キアはなんらかの折り合いをつけたらしい。

 槍をはずした。

 明らかに人間さんも一安心といった感じだ。

『助かったぜ嬢ちゃん。嬢ちゃんが止めてくれなかったら、オレ死んでたかも』

 ん。

 わたしですか?

 なに言われているかわからなかったけど、どうやら感謝されているみたいだ。

 キアを止めたことで結果的に命を救ったことになったからかな。

 感謝されると照れちゃう。

『あ。そろそろ時間切れみたいですねー』

 ミニーが気軽な声をだした。

 ミニーの声はちょうど背後から聞こえてきたので、自然そちらを向く形になる。

 チラっと影。

 ん。なんですかね?

 もう一度見てみる。

 紅い?

 森の中にその色はとても浮いていて、まるで自動販売機のように場違いな感じ。

 よく見ようと思って目をこらすと、木の陰から複数の何かが飛び出した。

「ふぇ」

 紅い。炎のように紅い体毛をした狼だ。

 血走った瞳がこちらを狙っている。

 グルルとうなっているのは、どう考えても、『食べちゃうぞー』案件。

 これガチです。

 ガチでヤバイ。

 狼さんは戦闘意欲まんまんで、食いしばった口元からはダラダラと涎がこぼれている。

『ブラッドウルフ……』

 人間さんが足元で絶望の声をあげた。

 引き継いであいかわらず余裕の声色なのはミニーだ。

『ギルドランクでCランクの雑魚モンスターですよ。ただし、群れることも多く、実質的にはB相当と言われてるです。キアいけるですか』

『ふん。言われるまでもありません』

『昨日みたいに炎は使っちゃいけないですよ!』

『そんなの常識でしょう。エルフを馬鹿にしないでください!』

 

 わたし、動けません。

 でも、キアとミニーにとっては日常だったのかな。

 戦闘が日常系なんて勘弁してくださいって感じなんですが。

 最初に狼をほふったのは、キアが唱えた氷の矢だ。

『氷の矢よ。敵を貫け! アイシクルランス』

「こおりぬ。やお。てきをぬけ。あいしきゅるらんぷ」

 ダメ。

 真似して唱えてみても発動せず。

 どこが氷に相当するのかわからないと、唱えても意味がない。

 そもそも『氷』だけでは氷のつぶてみたいなのが手のひらに生じるだけで意味がないかもしれないのだ。

「あいしてゆらんぷ。らんぷ!」

 ええい。なんか出ろ。

 あ、なんだか光ってる氷みたいなのがでた。

 なんじゃこりゃあ。

 意味わかんないです。

 やっぱり知ってる言葉じゃないと無理だ。

 ど、どうしよう。

 わたしの今知ってる言葉ってまったく戦闘的じゃないぞ。

 デッキにセットされたカードがクソの役にも立たない状態でカードゲームしてる気分だ。

 たとえば仮に『着火』を唱えても、手のひらにライターサイズの火が出るだけだし。

 こんなことなら、攻撃魔法を教えてもらうんだった!

 ミニーは直角的な動きで、ズバズバと狼たちを斬り捨てているが、しかし、それにしたって数が多い。

 ぞろぞろと狼たちは現在進行形であらわれてきていた。

 波状攻撃のように徐々にこちらに近づいてきている。

 唯一の救いは、大木が倒れた状態なので、背面は壁になっていること。

 逃走は難しいが、背後から襲われる心配はない。

 ミニーは最強といって強さで、まったく心配する要素はない。的確といっていい処理速度だ。

 キアも健闘しているが、こちらは戦闘自体にはそれほど慣れていないのか、狼の処理の仕方が遅い。

 一匹を倒す間に、距離をつめられて、槍を使ってなんとか防いでいる状態だ。

 飛び掛られているうちに、もう一匹というふうに、何匹もが損失も気にせずやってくる。

 普通、こんなことは野生の動物ではありえない。

 損失が大きすぎるから。一匹二匹がやられたら帰っていくものじゃないの?

 これがいわゆる"魔物"なのかな。

 ミニーとキアの防衛線をすり抜けて、一匹の狼がこちらに飛び掛ってくる。

 ひぇっと目をつぶっちゃう。

 わたし、無力。

 死んだ。これ死んだわ。

 と思っていると、なにも衝撃がこない。

 キャウンというわりと大きな断末魔が聞こえた。

 うへ。

 そっと目を開けて見ると、狼の首元に小刀がささってる。ミニーの装備だ。もしかすると、わたしが食べたパンケーキって血塗られた装備品で食べさせられていたのかもしれない。

 妙なところが気になってしまうわたしです!

『まずいですね。ちょっと数が多すぎます。守りながらは少し不利です』

 ミニーの強さを動物的な本能で感じとったのか、ミニーにはなんと五匹がかりで飛び掛っている。

 さすがにこれでは一本の刀しかないミニーは不利だ。

 かわして斬るという動作をしていると時間がかかる。

 それに――、ミニーとキアの防衛線を再び突破する個体もでてくる。

 迫る影。

 今度こそ絶体絶命。

 わたし、食べられちゃう。食べられちゃうからぁ!

 どうする。

 あ。ああ。そうだ。これならどうだ!


「倒れて」


 因果なんて無視だ。

 ともかく倒れろ。

 そう念じて、唱える。

 わたしの中に眠る膨大といっていい現実侵食能力シニフィアンが、力任せにごり押しパワーで現実を改変する。

 かくして、狼の一匹は因果もなにもなく、その場で倒れた。

 言葉によって倒れたという結果が生じた。

 ただし、あくまで『倒れた』という状態であって、気絶とか、そういう状態異常を起こしているわけではないから、当然、すぐに起き上がる。

 でもそれでもよかった。

 なぜなら、数秒でも時間を作れれば、ミニーが駆けつけてくれる。

 切り伏せるのに一瞬もかからない。

 さすがミニーさん。頼りになる。

 この調子なら、みんなをサポートできるかもしれない。

 わたしは指差し確認しながら、狼が『倒れる』よう、唱える。

 対象指定なし。

 持続時間なし。

 副詞も、補語も目的語もなしの、単純極まる動詞だが、

 しかし、唱えれば、絶対に倒れるのだ。

 対象指定については、わたしが狼が倒れるところを想像すれば誤認はない。

 キアやミニーが倒れることはないので安心だ。

『この人間……。たった一言で、出来事の因果連鎖を支配しているというのですか』

『なんだか知らないけど、ナイはすごいです』

 そんなこんなで紅い狼。しめて百匹。

 討伐完了。

 わたし、単に弱体化呪文かけまくってただけですけどね!



 それから、しばらくして息が整ったところで、キアが口を開いた。

『これだけの数が集まったのは、おそらくは人間のせいでしょう。森の魔物は人間が好物と聞きます。人間の中にある神言に対する感応力が魔物を引き寄せるそうです』

『この人間が呼び寄せたですか』

『あるいは、ナイが呼び寄せたのではないですか?』

『まあ、しょうがないですね』

『……ふんっ』

 ふぅ。

 さすがに日頃、ゾンビゲーばっかりやってたわたしでも、リアルグロ画像はヤバイって。

 ただ、紅い体毛のせいか、あまり血が目だたないのが御の字。

『死体の処理どうするですか。速くしないと血の匂いでまた集まってきますですよ』

『そうですね。まず死体は埋めましょう。それから、私がエルフの里に行って、事情を説明してきます』

『ん。まあ妥当ですね。じゃあ、さっさと穴を掘るです』

『言われなくてもわかってます!』

 キアがなにやらモニャモニャと唱えて、何もないところに穴を穿つ。

 穴といっても、もはや井戸のようなとてつもない深さのものだ。

 そこに、わかりやすく石のつぶてで周りを固めている。

 神言って使い方次第ではこういうこともできるみたいだね。

 どうもわたしのやり方は力任せの力技で、やっぱり何世代にもわたって練り上げられてきた、想像力というものは、速さも力も洗練されているような気がする。

『その長ったらしい呪文って唱えなきゃダメなんですか?』

『べつに唱えなければ発動しないというわけではありません。ただ、神言というのは、ずっと同じ言葉により同じ現象を起こしたほうが、熟練度があがるといわれています』

『想像の幅を限定しているですか?』

『まあ、そんな感じですね。はっきり言えば、"水"とか"火"とか、あるいは"倒れて"などの一言でもたらされる現象には限りがあります。この子は異常なんですよ』

『ナイを異常扱いするなです』

『事実です』

「ミニーどうしたの?」

『聞いてくださいです。この性悪エルフがナイのことを悪く言うのですよ』

『悪くは言ってません。事実を述べたまでです』

 ふむ。

 よくわからないけれど、キアとミニーがまた喧嘩しているのかな。

「キア。ミニー。いっしょいっしょ」

『いや、そういう甘やかしがいけないと思うです』

『誰がこんなアホ猫なんかと……』

 それから後は大変だった。

 なにしろ百匹からなる狼の死体を埋めるのだ。

 キアはなにやら魔法を唱えて、狼の死体を浮かせ、そのままゲーセンのぬいぐるみゲットする機械の要領で、どんどん運んでいってるし、ミニーは鞘のままの刀で、ひょいっと放り投げる感じで穴に入れてる。

 わたしは……、ええ、普通に運ぶだけですよ。

 ミニーに止められたんですが、わたしだって手伝いたかったんです。

 狼の死体は一匹だけでも相当重かった。なんというか米俵一表とまでは言わないまでも、それに近い感じ。

 正直、引きずる形でひいひい言いながら一匹入れるのが限界だった。

 かつ、血まみれた状態になってしまった。

 うう。

 せっかくクインが着させてくれたお洋服が。

『ほら。言ったです。そのまま待っておけばよかったのに』

 ミニーがなにやら言っている。

 その指摘はたぶん、想像どおりで正しい。

 わたしって要領悪いな。ほんと。

 落ちこんでいると、キアがいつものきつい眼差しでわたしを見ていた。

 いいんですよ。馬鹿にしてくれて……。

『人間……、そこに立ってなさい』

『む……む?』

 キアが地面を指差している。ここに立ってろってことですかね。

 廊下に立ってろみたいな?

 わたし、戦力外通告受けちゃってますか?

『まあ。陽光もかなり強いですし、すぐ乾くでしょう。洗浄』

 おおおお。バブリーな。バブリーな何かがわたしを包む。

 洗濯機に洗剤を入れすぎたときみたいに、大量に発生した泡がわたしの身体を包んでいた。

 水もしたたるいい女なんつって。

 なんつって……。

 へくしっ。

『乾燥もついでに』

 続いて、風が巻き起こり、わたしの身体を撫でていく。

 そんな感じで、人間丸洗いに挑戦してしまうわたしでした。

「キア。ありがと。ありがとっ」

『勘違いしないでください。わたしはあくまで地面についてる血痕をできるだけ消そうとしただけです。たまたまあなたが邪魔くさくもその中途に立っていただけで、あなたをことさら洗ってあげようとしたなんて思わないでください』

「ありがと」

 いやー、キアっていつも長ったらしい注釈つくけど。

 要は勘違いしないでよねってことでしょ。

 わたし知ってる。

 そしてやっぱり返す言葉は『ありがとう』で間違ってない。

 もはや、エル友ゲットしたといっても過言ではないのでは?

 フゥヒヒ。



 狼の死体を処理したあと、キアはひとりで報告に向かうようだ。

 その間、わたしとミニーは人間さんの近くで待機していることになる。

『む……うっ』

 しかし、まずいかもしれない。

 あれからだいぶん時間が経っているが、男の顔色は悪い。

 地面が落ち葉で覆われていて柔らかく、多少は身体が沈みこんでいるからまだマシなんだろうけど、

 木に潰されてだいぶん時間が経っているのか、あるいは内出血しているのか、このままでは持たないように思えた。

「ミニー」

『ん? なんですか?』

 わたしは男を潰している大木を指差し、それを手の動きで持ち上げようと提案する。

『うーん。しかし、逃げてしまう確率もありますし……。あまり薦められたものでないですね』

「ミニー。ダメ?」

『だ、ダメじゃないんです。ただ、どちらにしろ、いまのボクたちではこの木を動かすことはできないんじゃないですか』

「ん」

 わたしはさらに提案する。

 唇の近くを指差し、神言による救出を提案だ。

 わたしの神言はおそらく現象の因果をある程度無視できるので、木に対して『どいて』とか言えば、簡単にどかすことができるような気がする。木だけに。ですね。フィヒ。

『なんですか。その動作。唇に指をちょこんと触れて、物ほしそうにする様子。とてもヤバイです。なにかいけない扉が開いてしまいそうです』

 どうも違う伝わり方してるような。

「ミニー。教えて」

「あ、ああ……そういうことですか」

 教えての言葉とともに、木を指差せば、さすがに伝わったらしい。

『この場合は、どんな言葉がいいですかね……そうですね"斬る"なんてどうです?』

「きーる?」

『そう。斬るです』

 ミニーが刀を見せて、ブンと振りぬく。

 なるほど、そういうことか。『斬る』ね。

 これって、かなり攻撃性のある言語だな。

 気をつけて使わないと……。

 わたしは大木の前に移動し、精神を集中させる。

 想像力で対象を指定しないといけない。

 まちがっても男の身体が切断させるところなんて想像しちゃいけないので、呼吸を整えて、しっかりイメージした。

「きーる!」

 音はなかった。

 当然だ。斬るといっても斬る動作があるわけではなく、斬られたという現象が直接導かれているから。

 大木はパカリと二つに割れて、なんとか人間さんを救出できましたよ。

 顔色もよくなってきたので、一安心です。



『いやぁ、すまねえな。なにからなにまで』

 男がなにか言っている。

「はい」

『この子。言葉がしゃべれねーのかい』

『そうじゃないですよ。たった数日で、既にかなりの意思疎通ができるようになってきてるです。単に知らないだけなのですよ』

『おお、そうかい。ていうか、この子人間……なのか?』

『ナイはナイですよ。それより。逃げ出そうとは思わないほうが身のためです。ボクは強いですから。それに……ナイみたいに優しくありませんから』

『ナイちゃんって言うのか……将来美人さんになるぜ』

『まあ、それには同意です』

 それから、二十分も経ったころに、キアがエルフたち数名を引き連れてきた。

 あ、筋肉エルフさんがいる。

 この人、なんとなく、家名がキアと似ていたような気がするんだよな。

 難しくて聞き取れなかったんだけど。

 まあ、まさかキアと親子関係ってことはないよね。

 もしそうだとしたら、遺伝子の神秘感じちゃう。

「らんどるふ!」

『おお、ナイか。話は聞いておるぞ』

『お父様。早く拘束と尋問をお願いします』

『わかっておる』

 首の動きだけで、他のエルフ達が迅速に動く。

 ふたりの屈強そうなエルフ(筋肉量はランドルフよりは少なめ)が男の両脇から腕を差し入れて、男を立たせた。たぶん、捕虜的な扱いなんだろうけれども、そこまで無体な扱いはされないみたい。

『心配することはないぞ。人間よ。我々は無為に命を奪う種族ではない。自衛はするが、弱っているものをことさら痛めつけようとするものではないのだ』

『へいへい。わかってますって……』

『おい、おまえランドルフ様に軽口を叩くな』

 男が何か言うと、別のエルフがなにやら注意した模様。

『ああ、そうだ。命助けられたからってわけじゃないんだが……、最初に言っとくぜ。オレは本当に斥候じゃないんだ。しがない冒険者のひとりなんだよ』

『ほう。続けろ』とランドルフのおっさん。

『国はオレ達みたいな冒険者をたくさん雇い入れたんだ。何人雇い入れたのかは知らない。傭兵家業みたいなもんだしな。聞いた噂だとそんなに多くはないらしい。せいぜい百人程度と聞いている』

『おまえのような者たちは最近見ていないぞ。ここ一ヶ月でお前が始めてだ』

『そりゃそうだよ。オレたちは谷を越えてきたんだ』

 あたりがざわついた。

 妙にシリアスになるエルフの皆様方。

 ついでにキアもシリアス顔で、くっころ要素が五十パーセント増し。

『どうやって谷を越えてきた? あそこは瘴気で覆われているはず。生き物は突破できんぞ』

『ガスマスクだよ』

『なんだ。そのガスマスクとは』

『オレも詳しくはしらねーよ。ただそのガスマスクってのをつけると瘴気の谷を越えることができるんだ』

『おまえ、それは今持ってるのか?』

『いや、谷を抜けるまではよかったんだが、谷から森に入ったところで、魔物に襲われてどっかいっちまった』

『ふむ。しかし、谷を抜けるまでは最低でも一週間はかかるだろう。その間、そのなんたらというマスクを被っていて、食事はどうするのだ』

『コテージを張るんだよ。昼のうちに進んでコテージを張り、空気を浄化して休憩するんだ』

『なるほどな……。しかし、そんなことを教えてよかったのか? 同族に対する裏切りになるのではないか? 無論、我々が気にするところではないが』

『それには二つほど理由がある』

『言ってみろ』

 男はおどけたように肩をすくめている。

 実際わたし、じーっと聞いてるけれど、息を詰まるような空気にちょっと気が滅入りそうです。

『ひとつは、命を救われたってのが大きいな。できれば、オレは五体満足で国にかえりてーんだ。だから、あんたらに媚を売る。ガスマスクをなくしたオレが無事国に帰るには、森を抜けるしかねーからな』

『その願いはかなわんかもしれんぞ。人間と我々は捕虜の交換などの取り決めをしているわけではないからな』

『知ってるさ。だから言っただろう。命を助けられたのが大きいって。最初に一番でっかい施しもらったんだ。命を助けるのと国に帰すのだったら、どっちが大きいって話よ』

『それはおまえの勝手な願いだろう』

『かもしれない。だけど、そう分の悪い賭けでもないと思った。なんというか……、人間の国じゃ、あんたらは食人してるって言われてるんだよ。それぐらい、文化もクソもねえって思われてる。けど、あんたらと実際に会って話を聞く限りじゃ、そんなにかわらねーって思ったんだ』

『ふむ……。一応、筋は通っているか。それで、二つめの理由はなんだ』

『これは信じてもらえねーかもしれねーけど。冒険者達をひとまとめにしてたリーダーがいてよ。そいつは、なんというか、戦闘狂なんだ。だから、ここに到着するまでにさんざん言われてた。もしも亜人に捕まったら、あえてここに来た方法を教えろってな』

『意味がわからん。あえて防衛を強化させようというのか?』

『抵抗するのを殺すのが好きなんだってよ』

『そいつの名は?』

『えっと、なんだったっけな』

『隠すとためにならんぞ』

『隠しちゃいねーんだけどよ。みんなそいつの強さには一定の敬意を払ってたからな。姐さんって呼んでたんだ。名前は……なんだったか思い出せねーよ』

『女か』

『ああ。そうだよ』

『ふむ……。そいつはどこまで来ている?』

『谷は越えてたからな。近くまでは来てると思うんだが、魔物に襲われたあとは、みんなバラバラになっちまったからわかんねーよ』

『いいだろう。ひとまずはこれで終わりだ。あとでまた本格的に尋問するかもしれん。それまでに傷の手当をしておけ』

『ああ、頼むぜ……あと、嬢ちゃんありがとうな』

「ん。ありがと?」

 わたしですかね?

 なにか空気が弛緩したような気がする。

 あ、尋問が終わったからですね。

 ランドルフが再び首をクイっと向けると、男はどこかに連れて行かれた。

『それにしても、まずいことになったな』

 ランドルフは口元に手を当てて思案顔をしている。

 さすがにどうしたのって聞く雰囲気じゃないな。

 わたし、空気読める子。

 それに、ミニーもなんというかそんなに興味なさげだし、たぶんわたしたち小学生組にとってはたいして関わりがない話なのか。うーむ。キアは二の腕あたりをプルプルさせるほど力入れてるみたいだし。よくわからん。

 人間が魔族の国に入るのって、そんなに問題なのかね。

 まあ、確かに前世でもさんざん某国やら某国が侵犯してきてるの問題になってたけどさ。

 たかがひとりじゃんって思っちゃう。

 それにさっきの人って、なんと言うか冒険者風味だったし、国の軍隊とかとは無縁の空気だったんだけど。

 そういうのも演技だったとか?

 ただ、事態を飲みこめてないのはたぶんわたしだけで、他の人はミニーを除いて、緊張している感じがするんだよな。ミニーはたぶん強者の余裕という感じがするし、いつも超然としている面もあるから、平均的な感受性からすると、やっぱり緊急事態なのかも。

 うーん。

 わからんちん。

『キア。おそらく我々が思うよりも事態は切迫しているぞ』

『侵入者がどこにいるのか見つけ出さなければなりませんね』

『いや、それもあるが、それよりもだ。あの男が言っていたことが本当だとすれば、人間たちにとって、今回の侵入はおそらくは冒険者そのものが斥候だったのだろう。仮に百の数倍、あるいは数十倍の軍隊がそこまで来ているとするならば、恐ろしい事態である』

『エルフは強い種族です。百であろうが千であろうが、誰ひとりこの国の土を踏ませなかったではありませんか』

『森に守られていればな。普段、我々が防衛するときは、人間が群れて来ようとも森が守りとなる。分断も容易であろうし、魔物は人間を優先的に襲うからな。しかし、今回のように谷を越えてくるという場合、損耗はほとんどないといってよい。場合によっては、村の者を集めて、王都まで退かねばならぬかもしれぬ』

『戦いましょう。私も戦います』

『下がれキア。子ども達を前線に出す親はいない』

『父様。お願いです。私も戦わせてください』

『ダメだといっている!』

 ランドルフが腹筋に力をいれて大喝する。

 いやぁ。

 空気が震えますよ。

 親子喧嘩でしょうか。

 いやいやまさかね。どう見ても、美少女と野獣って感じですよ。

『父様!』

『いまお前と言い争っている暇はない。ひとまずはシャーロット先生と合流し避難しなさい』

『イヤです!』

『頼む父としての願いだ。聞いてくれ』

『父様……わかりました』

 渋々といった様子で引くキア。

 その顔もプリティなのだから困っちゃう。

 あ、なんか物凄く空気読めてない感じがするので、黙ってますよ。

 それにしても何が起こってるのだろう。

 だれかわたしに説明してください。

 なんでもしますから。



  覚えた言葉

『ナイ』『クイン』『名前』『はい』『いや』『倒れる』『アニー』『どうしたの』『料理』『着火』『消火』『水』『おいしい』『好き』『ここ』『葉っぱ』『空』『お月様』『卵』『お日様』『あおむし』『おなか』『ぺこぺこ』『りんご』『梨』『すもも』『いちご』『さなぎ』『ちょうちょ』『タルサ』『ミニー』『ごめんなさい』『友達』『ありがとう』『わかる』『いっしょ』『オベロン』『またね』『おかえりなさい』『ただいま』『外』『眠たい』『ダメ』『教える』『ランドルフ』『お風呂』『海』『おはよう』『いってらっしゃい』『いってきます』『キア』『行く』『斬る』

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