レベル18
恥っ。
なんだろう。
昨日のわたし、ちょっと中二病はいってませんでしたか?
"いまは友達になれなくても、いつかはきっとなれますよね。"
"もうわたしは彼女の名前を知っているんだから。"
ああ、かゆいかゆい。
なんだろう。エルフちゃんの名前をゲットして、舞いあがってしまったのか。
キアのムスっとした顔がかわいすぎたのが悪い。
そうだよ。
わたし、ぜんぜん悪くない。
思い出すと激しく後悔するが、黒歴史なんてそんなもんだ。
それに、よく考えるとわたしの外形的な行為は、案外普通。
単にキアに名前をきいて、飴だまをあげただけ。
おかしな行為ではないはずだ。
むしろ、紳士的なナイスガイの行為じゃないか?
そう思うことにしよう。
そんなわけで、三日目の学校です。
昨日のキアの暴走はそれなりに問題にはなったようだけど、誰も怪我してなかったのと、一応は剣術という怪我をするのが可能性としてありうるとされる授業だから、お咎めはなかったみたい。
ちなみに、二日目の学校は案外普通に学校しているなって感じだった。
昨日は壮絶といってもいいバトルフィールドに巻きこまれたせいか、いまいち他の授業の印象が薄くなってしまったが、それぞれに教科書があるみたいだし、わたしも一応教科書もらったんですよ!
今は小さなナップサックを背負って登校してます。
もちろんミニーも隣にいますし、どうやら家が学校とわたしの家との線上にあるのか、コメットもいっしょです。
なんというか。とてつもなく充実している。
やっぱり小学生は最高だぜ!
学校に到着すると、さっそくキアに「おはよ」と声をかけた。
キアはキッとこっちを睨んで、しかし『おはようございます』と優雅に返す。
そのあと長々と注釈の言葉が入ったが、何を言われているかはわからない。
『いいですか。我々エルフ族は挨拶をされたら必ず挨拶を返す礼儀正しい種族なのです。たとえそれが血塗られた歴史を持つ人間であっても、同じことです。公平と平等こそが掲げる理念ですからね。だから、私はおまえに挨拶を返したのであって、そこには親愛の情はひとかけらも含まれていませんので、誤解なきようお願いいたします』
「ナイ。わかった」
よくわかんないけど、わかったことにするんだ。
だいたい、女性の言葉については、八割がた男は理解できないよ。
わたしなんてコミュ障だから、九割は理解できない。
だから、わかったことにするんだ。
なされるがまま。理解しようと思っちゃいけない。ただただ彼女達の言葉は正しい。
そんな気持ちです。
『本当にわかったんですか』
『ああもう。ちょっとナイが優しくするとこのエルフは』
『あなたには聞いていません』
ミニーとキアも相変わらずだけど、ちょっとだけ仲良くなったかなという感じもする。
女の子どうしのことだからね。
よくわからんとです。
さて、今日の授業は課外学習のようです。
先生の引率の元、向かう先はなんと森。
柵の内側から覗きこむと薄暗くて不気味に感じる森も、みんなといっしょに行けば、それほど怖くはない。
学校の裏手には、森の入り口はここですよーという感じに看板が設置されていて、みんなそこから入っていくようです。
そうそう、今日、ひとつうれしいことがありました。
なんと、わたしズボン装備です。
正確にはキュロットスカートという代物っぽいけど……。
いいんです。ちゃんと股先が分かれているから、わたしの中ではズボンなんです。
おそらく今日が課外授業ということをミニーが伝えてくれて、それでこういう服装になったのだと思います。
みんなも少し軽装だ。
ミニーはいつもの和装スタイルだけど、スカートの丈がちょっとだけ短いかな。
綺麗な膝小僧がまぶしいです。
そんな感じでガン見してたら、ミニーに見られてた。
美少女の深淵を覗きこむ時、わたしもまた深淵に覗かれているのです。
いえ、足フェチじゃないですよ。
わたしぜんぜん足フェチじゃないです!
『にゃ? 地面なにかあるですか?』
「ふひ…ヒュフフ……ミニー。葉っぱ」
『はい。葉っぱですね』
「あおむし」
『そうですね。あおむしですね』
「フィヒ。ナイおなかすいた」
『あ、あおむし食べるのはやめておいたほうがよいですよ』
「ミニー。いっしょ」
『はいです。今日もいっしょですよ!』
ミニーはいつも元気でかわいいな。
☆
森の中に初めて入ってみた。
明らかに外より涼しい。
すべてが木陰で少しだけ薄暗い感じがしたが、それでも空は四角い箱のように切り取られているし、木漏れ日がいくつも差しこんでいて明るい。
なんというか清浄な空間。
思った以上に空間は広がっていて、草を切り分けなくては進めないといった感じじゃない。
遠くからは水のせせらぎが聞こえてきて、種類のわからない綺麗な鳥が何羽か木の高いところを飛んでいる。
なんというか……一言で言えばだけど。
マナの木ありそう。
『森の中は危険な動物もいるから気をつけてくださいまし』
おっといけない。
シャーロット先生の声にみんなが反応している。
「はーい」
わたしも遅ればせながらも声をあげる。
背伸びして右手を大きく上げてわかってますアピールだ。
ワンテンポずれることになって、ひとりだけ声をあげる形になってしまった。
みんなが一斉にこっちを見た。
『なにあのかわいい生物×2回目』
『人間ってかわいい生物?』
『ナイちゃんちっちゃいのに背伸びしているのかわいい』
『オレもしかしたらナイちゃんのお父さんだったかもしれん』
『食べちゃいたいくらいかわいい×7回目』
『むしろ踏まれたい』
『あの必死さがいいんだよな』
『わたしもしかしたらナイちゃんに名前覚えられてないかもしれない』
『かわいい……』
『あの、いい匂いがですね。ここまできてるんですが』
『脇……ですかね』
『は。もしかしてナイちゃんが脇をあげたときにフェロモン的ななにかが』
『学術的研究として、腕をあげたときの人間の脇のあたりに興味がありますね』
『やっぱりこの教室、変態がいるよ。それもたくさん』
『二の腕ぷにぷに。マシュマロみたい』
『髪の毛スーハーしたいな』
『ワタシ、友達……友達……ひひ』
『性欲をもてあます』
『こいつぶれないな』
『ナイハオレノヨメ……』
『また、機人が変なこと言ってやがる』
『ナイちゃんあいかわらず天使的なかわいさ』
なんかはずい。
シャーロット先生はいつもの調子でクラスのみんなをうまくコントロールしている。
パンパンと六本の腕を打ち鳴らして、注目を集めた。
『注意事項を述べておきますの。昨日までの時点で、この森の一角。皆さんが今いるところはエルフの方々に魔物を駆逐していただきました。おかげで私達は危険も少なく森に入りこんでいるわけですの。もともとこの学校の区画は森の中でも隘路が多く、したがって、迷うということも少ない状況ですわ。ただし、絶対ではありませんので、魔物も少しは入りこんでくるかもしれませんし、あまり遠くにいってはいけませんわよ』
また、みんなが『はーい』と声をあげている。
わたしもこっそりエアはーいをおこなうことで難を逃れた。
我ながらセコイが……。
たぶん、内容はミニーが理解しているから大丈夫だろう。
クラスのみんなが思い思いに徒党を組んで森に入っていくなか、キアはあいかわらず孤高をつらぬいている。もしかしないでも、この子って若干ボッチ気味だよな。
しかたない。
ここは大人のわたしが一肌脱ぎますよ。
『キア。キア』
『なんですか。人間』
「キア。いっしょ」
『は? なぜ私が人間なんかといっしょに行かなくてはならないんです』
絶対零度といっていい視線に、なぜかゾクゾクしちゃう。
でも、これも一種の虚勢なんだ。
キアらしい防衛手段だと考えれば、ほほえましい。
やべ。によによしちゃう。
要はツンデレじゃん。
『なんですか。そのにやけた笑いは……気色悪い』
『あー。また、ナイが性悪エルフに近づいているです』
あ。ミニーにバレた。
まあ、さりげなく近づいたといっても、わずか数メートルくらいの距離だしな。
ミニーはわたしの隣を離れないので、バレるのはしかたない。
『ミニー。キアいっしょ』
『ええー。それはちょっとやめておいたほうがよいです』
『ふん。とりまきが反対のようですね。それでは失礼します』
あ、行っちゃった。
しかたない。さりげなく後を追おう。
今のわたしならストーカーに間違えられることもないはず。
なんていえばいいか。
そうそう。
会社からの帰宅途中で、たまたま赤い服を着たOLさんと方向が一緒になっちゃって、わたしはスマホをいじりながら、必死に無害アピールしていたことを思い出したわ。
相手は森の主といってもいいエルフちゃんだし、たぶんわたしが後をつけているのはバレバレだろう。
でも、たまたまいっしょの方向になってもいいよね。
あ、ダメですか。
キアが突然後ろを振り返って、ものすごく睨まれた。
でも、へこたれません。
わたしがこっちに行っても、べつに問題ないはずです。
ところで今日の授業の目標ってなんなんだろうな。
普通の異世界ものだったら、魔物の討伐とか薬草とってこいとかあるだろうけど……。
推定小学校だしな。
生徒にそこまでさせるとも思えないし。
もしかすると、単に散策するだけ?
よくわからないので、ミニーだけが頼りだ。
「ミニー。いっしょ」
『はい。いっしょです』
ミニーはわたしの心を知っている。
☆
それから十分くらい散策後。
キアの様子はあいかわらずだ。森の中をさくさく歩き、今日はじめて装備している弓矢で時々上のほうを撃っている。高い音を立てて矢が飛ぶと、音も無く落ちるなにかの果実。
さすがはエルフ。弓矢がうまい。
「りんご?」
なんとなく赤かったので、ミニーに聞いてみた。
『ん。りんご食べたいですか? ああ、あのエルフが落としているのを見たですね』
「ん」
とりあえず頷いておく。
すると、何を思ったのか、ミニーはわたしを少し下がらせて、それから目を閉じた。
一呼吸。
居合い。
風というより、ソニックブームか何かだ。
風を切り裂く音が笛のようにヒュンと鳴った。
ぽとりとわたしのところに落ちてくる果実。
あの、ミニーさん。べつにわたし果実が欲しいわけじゃないんですが……。
にこりと笑うミニーを見ると、わたしもにこって笑うほかなかった。
しゃり。
あ、これ本当にりんごだ。
☆
さらに十分後。
だいぶん奥まったところにきたな。
どうやら森も高低差があるようで、行く道がどんどん細くなっているようだ。
まるで森だけど谷のよう。
見上げれば、ちょうど崖のようになっていて、自力ではまず登れそうにない。
どんどん枯れ葉の厚みが増しているような気がする。
どこかの時点で、引き返さないといけないだろう。
というか、もうそろそろ引き返すべきなのでは?
キアの細い身体でも、もう進めなくなっちゃうよ。
もしかして、わたしが後を追ってるから、くるりと方向転換して戻るのが気まずいとかなんでしょうか。
あーわかります。
確かに、あるあるだ。
行こうと思っていた店が予想外に閉まっていて、なんとなく周りの通行人に閉まってるのを知らないのに来店しようとしたお馬鹿ちゃんと思われるのが恥ずかしくて、引き返すことなく素通りして、そのまま大回りで帰ること。
ありますよね? ね?
とりあえず、大人なわたしが、そういった恥ずかしさを引き受けてしかるべきだろう。
「き、キア!」
わたしは大声をあげて、彼女を呼び止める。
彼女は振り返ってこちらを見た。
彼我の距離は五十メートルくらい。
しかし、キアがわたしのほうを見たのは一瞬だった。
彼女は何かに気づいたらしく、崖の上のほうを見ていた。
そして、いきなり駆け出すと、自前の本物の槍を投擲し、崖に突き刺しそこに乗った。
槍を利用して大ジャンプ。
すごい身体能力。
キアは一息で崖を上りきり、最後に突き刺さっていた槍についていた縄を手繰り寄せた。
そ、そんなにわたしとすれ違うの嫌だったんですかね。
いくらボッチ経験が高いわたしでも、さすがに落ちこむんですが。
『ん……、なにか人の気配がするですよ』
ミニーが何か言っている。
猫耳近くに手を当てて、何かを聞いているようだ。
なんだろう。
――『けてくれ……』
ん。
――『助けてくれ……』
意味内容はわからずとも、この心臓をわしづかみにされたような危急の声は、生命ある存在ならすぐにわかる。
この声、助けを求めている。
たぶん、キアはその声を聞いて、向かったんだろう。
「ミニー」
わたしはミニーを見る。
できれば、連れていって欲しい。
どうしてそう思うのかというと、結局、わたしは効率を求めているのかもしれない。
なんといえばいいか。
わたしはわたしの価値を信じていない。
そんなこと言うと、怒られるけれど。
本当にそう思っていて、だから、誰かを助けることができれば、わたしの価値も少しは認められるかもしれない。そんな打算が働く。
女神様もがんばれって言ってくれたし、できる範囲でがんばりたいんだ。
まあ、まずはこの崖を登りきらないといけないわけだけど。
見たところ、高さは十メートルくらい。
時間をかければ登れなくはないだろう。
しかし、ヘルプの声には焦りがあったように思う。
早くかけつけないと間に合わないってことも考えられる。
やはりミニーの力を借りるしかない。
「んー。ナイはここで待っておくのがいいと思うですが。なにやら不穏な気配もしてきましたし』
「ここいや。ミニーいっしょ」
『でもですね……』
「ミニー。ダメ?」
『だから、その目はずるいですって。いきますか?』
そうこれが『行く』ですね。
「ゆこう」
『ゆくです』
そういうことになった。
☆
覚えた言葉
『ナイ』『クイン』『名前』『はい』『いや』『倒れる』『アニー』『どうしたの』『料理』『着火』『消火』『水』『おいしい』『好き』『ここ』『葉っぱ』『空』『お月様』『卵』『お日様』『あおむし』『おなか』『ぺこぺこ』『りんご』『梨』『すもも』『いちご』『さなぎ』『ちょうちょ』『タルサ』『ミニー』『ごめんなさい』『友達』『ありがとう』『わかる』『いっしょ』『オベロン』『またね』『おかえりなさい』『ただいま』『外』『眠たい』『ダメ』『教える』『ランドルフ』『お風呂』『海』『おはよう』『いってらっしゃい』『いってきます』『キア』『行く』
ちょっとここから急展開すぎるように自分では感じてます。
どうしてこうスムーズにいかないのか。
慢心……環境の違い……




