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17/25

レベル16

 家についたわたしはようやく自分の靴を装着することで、地面におりたつことを許されましたよ。

 ほっと一息。

 自分の足で歩けるということはやはりいいものだ。

 それと同時に、クインに抱っこされないというのは寂しいものだ。

 ミニーも先にアニーに連れられて本格的に寝ちゃったみたいだし。

 わたし、またソファでまるまるくらいしかないのでしょうか。

 ソファで足をぷにぷにするの嫌いじゃないですけど。

 今なら、髪をくるりんくるりんしながら足ぷにできそうです。

 まったく生産性ないですけど!

『ナイ。のどかわいてない?』

「ん?」

 クインのコップ持って飲む動作。

 ああ、なにか飲みたくないか聞いてるんですね。

 本当に細やかなところに気が配れる素敵な女性だ。

 クインのことをあの女神様はまるで母親のように言ってたけど、そんなことないよ。

 わたし、マザコンじゃありません。

 ひとりの女性として幸せにしたいと思ってるんです!

「はい」

『ん。わかったわ。待ってなさいね』

 わたし待つ機械。

 もちろん、同じ家の中なので待ったといってもせいぜい数十秒だ。

 コップの中にはオレンジジュース色した液体が入っている。

 タンス型冷蔵庫に入っていたのか、コップを握ると少しだけ冷たかった。

『気をつけなさい。一応ガラスだから』

「はい」

 ニュアンスでわかる。

 気をつけて飲めってことですね。

 もしかしたら激辛とか、人間には飲めない液体だったら困るので、最初はちびちびと飲んだ。

 あ、一口目でわかったけど、これ普通にオレンジジュースだ。

 ずじゅじゅじゅ……。

 クインが隣に座ってきた。そして自然な動作で頭を撫でられる。

『ナイは今日いっぱいがんばったわね』

「ん。がんばた?」

『がんばった』

「がんばった?」

 って、なんだろう。

 クインがやってる動作は、さっきランドルフのおっさんがやっていた力こぶしを作るような動作だ。

 もしかすると『がんばった』って、筋肉がすごいとか、力持ちって意味かな。

「ナイ、がんばった?」

『ええ。とってもがんばってたわ。本当にえらいわ。知らない国で言葉もわからないのに』

「ランドルフがんばった?」

 二の腕を見せながらわたしは確認する。

『あれ? ち、違うのよ。がんばったはそういう意味じゃなくて』

 なんか違うみたい。

 力こぶしにあまり意味はないのかな。

 元気いっぱいとかそういうことかな。

 わりとわたし素の状態はダウナー気味ではありましたけれど。

「クイン。がんばった教えて」

『そうね……、どういったらいいかしら』

 だいぶん悩んでいるところを見ると、かなり高等な概念らしい。

 目に見える名詞や動作じゃないみたい。

 これも一種の評価にまつわる言葉かな。

 確定ポジティブ言語である『かわいい』と同じ系統の。

 こういうのは状況のサンプルがたくさんいるんだと思う。

 だから、いまのわたしがわからなくてもたぶんしかたないし、クインが教えられなくてもしかたないよ。

 なんとかしてわかってあげたいし、クインはなんとかしてわからせてあげたいって思ってるかもしれないけれど。ちょっとレベルが足りないみたいです。

「クイン。ナイ。わかった」

『え。わかったの?』

「ナイ。わからない。わかった」

『そう。わからないって思っちゃったのね。ごめんなさい』

「んーん。ナイごめんなさい」

 クインは悪くないんだ。

 ああ、クインが哀しげな表情になってる。

 そんな顔にさせるつもりはなかったんです。

『ナイはこんなに一生懸命なのに。私のがんばりが足りないせいで』

 クインはこんなに一生懸命なのに。わたしのがんばりが足りないせいで。


 はぁ……。


 ふたりでため息をついちゃってるのでした。

『お風呂あがったわよー。って、何、落ちこんでるの?」

 あ、お風呂上りのほかほかな感じなアニーだ。

 これはこれで、なんというか健康美って感じ。

『ナイがね。教えてっていったのに教えてあげられないの』

『そんなんでいちいち気にしてたら一緒に暮らしていけないわよ。まだ一日しか経ってないから気にしない』

「でもね。この子は言葉を知っているはずなんでしょ』

『そういえば、オベロン教授がそんなこと言ってたわね。翻訳? してるんだっけ』

『そうよ。だから教えられないのは私の力量が足りないせい』

『ふぅん。で、何が教えられなかったの?』

『がんばってるって。そう伝えたかったの』

『がんばる、か。これは相当難易度高いわね。なんというか抽象的なのよ』

『そうね。確かにがんばるって具体的な概念じゃないものね』

『そうよ。それに人それぞれ感じ方が違うんだから、がんばるってなかなか教えづらいんじゃないの?』

『そうかもしれない』

『ま、ほどほどにがんばりなさいな。どうせ、子どもは黙っていても成長する』

『ミニーちゃんはちょっと成長しすぎな感じもするけどね』

『まあね。親としては子どもの成長が楽しくもあり哀しくもありって感じかしら』

『ふふ。本当……わたしもまたこんなふうに感じるなんて思いもしなかった。タルサが死んでから、砂漠の砂を噛むような生活だったのよ。生きていて、生きていなかった』

「あなたも成長しているのよ』

 なんだか、夜のリラックスした雰囲気。

 やっぱりふたりは仲がいいな。

 どういう関係かはわからないけれど、ごく自然に親友って感じがする。

 とてもじゃないがふたりの間に入っていける雰囲気じゃない。

 でも、なんだかそれでもいいんだ。

 日常系のアニメを見てて、和むというかそんな感じ。

 わたしが強いてそこに入っていく必要はないかなって、そう思う。

『ほら、ナイが退屈してるわよ。お風呂入ってきたら』

『そうね。ナイ。いっしょにお風呂いきましょう』

「ん?」

 いっしょにって言われた気がする。

 いっしょに、どこに?

「ナイ。クイン。いっしょに?」

『そう。いっしょに』

「ん? 外?」

『違うわ。お風呂』

 あ、抱っこですね。わかります。

 もういまさらアニーの前で恥ずかしがる必要もないので、されるがままですよ。

 おそらく否定が入ったということは、外ではないってことだけど。

 あれ、ちょ、ちょっと待って。

 そっちって、キッチンの向こうって、もしかしてお風呂ですか。

 ヤバイ。ヤバイ。それは本当の意味でヤバイ。

 クインはいくら犬っぽいっていっても、女性なんだ。

 それにわたし自身の身体に対する拒絶反応も怖い。

 まだ心の準備というものがまったくできていない。

 小学五年生の身体になじんでないんです。

 実によくなじんでないからぁ!

「ナイ。ここここっ!」

『だ~め。ちゃんとお風呂入らないと、女の子でしょ』

 無慈悲なダメ宣言入りました。

 抱っこされている状態なので、いくらイヤイヤしても抵抗は無意味だ。

 一瞬、神言で切り抜けようかと思ったけれど、万が一でもクインを傷つけるわけにもいかないので自重した。

 結果として、脱衣所に連行されたわたしはさながら捕獲された宇宙人みたいなものだったろう。

 もう一切の抵抗が無意味だと悟ったわたしは、解剖される前のおさかなの気分で、されるがままだった。

 しかし、よく考えてみてほしい。

 わたしが自分ひとりで入る→恥ずか死

 アニーといっしょに入る→もっと恥ずか死

 ミニーといっしょに入る→単なる犯罪です

 クインといっしょに入る→ちょっと恥ずか死

 といった感じで、いずれにしろわたしは恥ずか死ぬしかないじゃない。

 だったらもう時の流れに身を任せてしまってもいいんじゃないだろうか。

『さっきまであんなにイヤがってたのに、いまはおとなしいわね』

 そして全裸状態へ突入したが、例によって自分の視線だとおなかあたりまでしか見えないし、おっぱいなんてあってないようなものだし、むしろ前世のほうがちょっとおっぱいあったかもしれませんね!?って感じなので、気にならなかった。

 ちなみにもちろんクインも脱いでるんだけど……。

 はい。

 体毛のおかげで、常時服を着ているようなものでしたね。

 おかげでぜんぜんエロくないです。

 むしろ、服着てないと、そこらにいるワンちゃんと変わりないよ。

 失礼極まりない表現だけど、酒屋のシロがちょっとサイズ的にわたしの二倍くらいになっただけだよ。

 お風呂場に入ったあとは、なんというか日本の古い家屋を思い出すつくりだった。

 四角く切り取られた鏡が設置してあって、自分の姿を視認して、少しだけ興奮したりもしたけれど、大丈夫です。こんなの一時の気の迷いに決まってる。

『はい。ここに座ってね』

 あ、銭湯とかによく置いてある腰掛けだ。

 クインに肩をつかまれて、そのまま座るように指示された。

 わかりました。

 実をいうと、腰の長さくらいあるこのクリスタルブルーといいますか、湖水色をした髪の毛をどうやって洗えばいいか考えあぐねていたんです。

 誰かに洗ってもらえるなら、それに越したことはありません。

 異世界だからもしかすると石鹸か何かで洗うのかなと思ってたけれど、そうではなかった。

 どこからともなく取り出してきた、謎の白い球を木の桶のなかに入れて、そこに「水」と唱えると、例によって、水がでて、すぐに溶けて泡状になった。

 現代社会でもこういう商品あったと思うけどよくわからない。

 けれど、これってほとんどシャンプーですよね。

 すごい。泡が。泡が。あわわわわ。たれてきましたよ。

「く、クイン?」

『あら。久しぶりだから、加減がよくわからなくて、ごめんなさいね」

「あばばばばば」

 目が。目がぁ。

 染みました。

 ほとんど現代社会に匹敵するといってもいい文明力だけれども、さすがにシャワーはないのです。

 ついでにいえば、シャンプーハットもね……。

 なんというか、髪のボリュームがすごいせいか、わたし洗ってもらってる最中は泡のお化けみたいになってるかもしれない。もっさもっさしているし。

 あ、このまま身体も洗う感じなんですね。

 たぶんヘチマか何かを思わせるスポンジ状の植物で、わたしの身体は丁寧に洗われてます。

 指先から足先まで、なんというかゆりかごから墓場までみたいな言い方になっちゃったけれど、もういたれりつくせりですよ。クインのことは素敵な女性だと思ってるけど、今はどっちかというと自分の身体に意識が向かってる。肌の感覚がやっぱり少女のものは敏感で、触覚が男とはだいぶん違うんだなと思いました。

 わたし冷静に見えますでしょうか。

 いいえ。めちゃくちゃ焦ってます。

 こうやって少しでも客観視しなければ、いつでも恥ずか死ぬくらい焦ってます。

 でも、少しは緊張感がとれてきたかな。

 クインは相変わらず優しいし……。わたしが焦っていても、たぶん幼女が始めてのお風呂で緊張しているくらいにしか思ってない。

 つまり、わたしが内心で何を思っていても、それは幼女のかわいい仕草に過ぎないのだ。

 気楽にいろいろ考えていい。

 いろいろっていっても変な意味じゃない。

 わたしは変態ではないから、自分の身体が少女になったからといって欲情するような輩ではないのだ。

 少女の身体に欲情なんてしない(欲情しないとは言ってない)。

 欲情するって言ったら、神言の関係上、そのとおりになっちゃうのかは謎ですが……。

 冷静に事実だけ拾えば、さすがは神様ボディといったところ。

 ほんのちょっと洗っただけで、わたしの未発達な肢体はつやつやと全身が輝いて見える。

 水気をたっぷり含んだ髪の毛がほんのり上気した肌にぴたりとくっつくと、なんというか、えっちぃ感じ。

 自分の髪の毛でむしろ裸は見えないはずなのに、そのほうが艶かしいなんて、不思議です。

 わたし、わたしが不思議……。

 少しドキドキしちゃうくらい。

 いやいや。えっちなのはよくないと思います。

 そんなこんなで、クインといっしょに湯船の中。

 クインは自分の身体はさっさと洗ってしまっているというか、たぶんわたしといっしょに始めてお風呂に入るということで、そのあたりはわたしを優先したのだろうな。

 幼女ファースト。あると思います。

 いや幼女じゃなかった。少女だった。いかんいかん。

 あの神様が変なこというから。

 小学五年生は幼女ではなく少女。

 この主張はたとえ神様相手でも変えるつもりはない。

 幼女なんて、赤ちゃんくらいの年齢でしょ。

 このままではクインのためとかいいながら、クインに甘やかされるだけのダメな夫みたいになってしまう。

 わたし、ヒモじゃん……。

 美少女でヒモとか勘弁じゃん……。

『ん。お風呂いやなの?』

 わたしが首を振っていたせいか、なにかクインが勘違いしているようだ。

 ちなみに、この湯船だけれども、わたしの身長でもギリギリ首くらいは出せる。

 しかし、溺れるとでも思われたのか、しっかりと抱っこ状態。

 クインのふとももに足を乗せている感じだ。

 もしも、クインが普通に人間の女性だったら、かなりドキドキしたかもしれませんが、そういうのないんです。いえ、クインのことを女性として見れないとかそういうのじゃなくてですね。プラトニックなものなんですよ。

 まあ、そうやってバリア張ってるだけでしょ。という心の声は否定できないけどね。

 ただ、できれば、お風呂くらいひとりで入りたいなぁなんて……。

「ナイ。お風呂。いっしょイヤ」

『ダメよ。溺れたらどうするの』

 やっぱりダメですか。

 毎日いっしょに入るの、ほとんど確定しちゃったかもしれません。

 お風呂もひとりで入れないなんて、恥ずかしくないんですか。

 そんな内なる声が聞こえた気がした。



 とりあえず、さっぱりしました。

 今度はパジャマに着替えて、お茶をのませてもらって、それから歯磨きして、トイレして、アニーにおやすみいって、クインといっしょに寝室です。

 今朝方、わたしが目覚めた場所だ。

 ここにはベッドひとつしかないのですが……。

 正直、知ってた。

 もはや、こうなることは知っていたんです。

 疚しい心はひとつもないので、べつにそれはいいのですが、しかし、隣に人の気配がいる状況だと、わたし寝られないかもしれません。

 よく考えたら、夕飯のあとに寝ちゃってたので、微妙に目が冴えてますし。

 どうしよう。

『さ。いっしょに寝ましょう』

「いっしょ?」

『そうよ』

 ええい、ままよ。

 と、現実世界ではほとんど言いそうにない台詞を脳内で唱えながら、わたしはベッドのなかに突入した。

 季節は推定初夏。

 すこし寝苦しいかなと思ったけれど、夜は少しだけ肌寒くて、クインの体温があったかい。

 そういえば、自分の体温もあったかいのかな。

 子どもの体温って大人より高いといわれているし。

『タルサのこと思い出すわ……』

「タルサ?」

『そう。ナイが名前を聞いてくれた子よ』

「ん。はい」

 名前という単語が聞こえる。

 そう。

 お昼に名前を聞いた。

 クインの子ども。

 たぶん亡くなってしまった女の子。

 わたしが代わりを務められるとは思わないけれど、クインの心に一助でもなれたらと思う。

 そんな気持ちを、言葉にしたいんだけど。

 どうすればいいんだろう。

「ナイ。タルサ友達」

『ええ、そうね。きっといい友達になれたと思うわ』

「クイン。タルサ。教えて?」

『タルサは本を読むのが好きな子だったわ。いろいろな物語を読んで、聞いて、自分なりに解釈して、大きくなったら、冒険者になりたいって言ってたの。最初はね。海に行きたいって言ってたわ。絵本の中でしか知らなかった海をたぶん本当に見たかったのね」

「うみー?」

『そう海。ザブーン。ザブーンってなってる水たまりよ』

 クインが腕をつかってウェーブを作っている。

 そして水という単語。

 ああ、「海」ですね。

「海。わかります」

「そう、ナイは海を知っているのね」

「はい。海。かわいい」

『また、かわいいなの。ナイって詩人の才能あるわ』

「うみー」

 たぶん、タルサは海が好きだったとか、そういう感じかな。

 言葉の詳細はわからなくても、クインの寂しさのようなものが伝わってくる。

 寂しさを止める方法なんてわたしにはわからない。

 ただ、ひたすらに抱きつくだけだ。

 もうそれしかないよ。

『ナイは本当に優しいわね』

「クイン。好き……」

 そんな感じで、わたしの初めての夜は更けていった。



  覚えた言葉

『ナイ』『クイン』『名前』『はい』『いや』『倒れる』『アニー』『どうしたの』『料理』『着火』『消火』『水』『おいしい』『好き』『ここ』『葉っぱ』『空』『お月様』『卵』『お日様』『あおむし』『おなか』『ぺこぺこ』『りんご』『梨』『すもも』『いちご』『さなぎ』『ちょうちょ』『タルサ』『ミニー』『ごめんなさい』『友達』『ありがとう』『わかる』『いっしょ』『オベロン』『またね』『おかえりなさい』『ただいま』『外』『眠たい』『ダメ』『教える』『ランドルフ』『お風呂』『海』

TSだし、ま、多少はね

中身おっさんだとサービス回もクソもないな……。

しゃーない。切り替えてこ。

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