レベル15
女神様曰く、「魔王を倒せ」らしい。
なにその無理ゲー。
わたし、幼女ですよね。幼女って言いましたよね?
「あの魔王って、もしかするとアレですか? RPG的に言えばラスボスにあたるような」
「そうね。おおむねそんな認識でいいんじゃない?」
「この世界にも魔王っているんだ」
「あ、誤解しないように言っておくけど、魔族の王のことではないわよ。そいつはそいつで別にいるから、まちがってやっちゃわないように気をつけなさい」
「じゃあ魔王ってどこにいるんですか?」
「人間の国」
「人間の? ここって人間の国じゃないんですか」
「ええ、この大陸の北半分が人間の国よ」
「なんで人間の国に魔王がいるんですか。おかしいでしょ」
「そうね。おかしいわねぇ。ほんとどうしてこうなったのかしら。運命の神がああしろこうしろってうるさいからこうなったのよ。ああ、思い出しても腹立つ」
なぜだかご立腹のご様子。
神様関係も人間関係と同じく複雑なのだろう。
「ま、いますぐってわけじゃないわ。今のあんた、最強だけれども最弱だもの。着火は着火に過ぎず、業火にはならない。そういうことよ」
ううむ。
確かに今のわたしは弱いな。
魔王っていうのがどんな強さかは知らないけれど、少なくとも小学生レベルの単語能力は身に着けたい。
「そうね。それに名詞で現象を起こすのは若干弱いのよ。例えば、指差し確認しながら火といえば、火はでるかもしれないけれど、想像力だけで補填するには侵食力が足りないから、現象もしょぼくなる。火よ巻き起これと言えれば、もう少し強くなるんだけどね」
「ご教示いただけないんですか。辞書的な何かとか」
「そんなのないわよ」
「ないんですか……」
「その代わり、ひとついい法則を教えてあげるわ」
「なんですか?」
「め・い・れ・い」
アヤシイまなざしな女神様。
わたし、下僕になっちゃいます!?
「なるかぁッ! 単に命令形を教えてあげるって言ってるのよ」
「おお……」
これは案外にすごいことかもしれない。
いままで、単語でしか気持ちを伝えてこなかったわたしだが、これからは『教えて?』とか『食べて?』とか『いっしょに寝て?』とかおねだりできるかもしれないのだ。
甘え方の差が違いすぎる。
「なんだか残念な使い方をされる未来が見えるんだけど」
「いや。ははは。それも一例ってだけですよ」
この世界の命令形も前の世界とほとんど変わらないルールらしかった。
つまり、一種の活用形として表される。
語尾を少し変更するだけで命令形になる。
「この命令形を使えば、神言も相当に現実世界の侵食能力があがるわ。当社比二百パーセントアップよ!」
「おお! でも動詞ほとんど覚えてないです」
「覚えなさい」
「はい」
「じゃあ、そういうことでね」
女神様、薄くなって消えそうな気配。
「あ、待って。待ってください」
「ん。なによ?」
「あの、さっきの魔王の件なんですが……」
「なによ?」
「納期はいつまでなんでしょうか?」
「知らないわよ。運命の神にでも聞きなさい」
あ、これ……知ってる。
丸投げってやつだ。
わたし知ってる……。
☆
女神様が消えちゃったあと、部屋の中は再び薄暗い空間に逆戻りだ。
しかし、静寂の中に温もりが残留しているように感じるのは、ここがどこかわかったからかな。
ここって、たぶん教会だ。
教会は平屋の大きな建物だけれども、確かに講堂の端には扉がいくつかあったからな。
たぶん休憩室か何かだろう。
重い扉を開けて、細長い通路にでる。
廊下もほのかな明かりはあるものの、やはり全体的に薄暗い。
けれど――、
「着火」
今のわたしには"これ"がある。
神様は神言とか言ってたけど、要は魔法だよね。
言葉と想像だけで現象をなすというシンプルな構造。
そうあれかし。
ってまさに神様的なパワーだと思う。
この世界の人間や魔族も全員少なからず使えるけれど、想像力と侵食力が強いほうが勝つんだっけか。
そんな小難しいことはわたしにはよくわからない。
ただ、暗闇を払う力があるなら少しだけ便利だってことぐらいだ。
と、クールぶってみるが。
ふぃひひ。
ヤバイ。にやけてしまう。
やっぱり魔法という存在に対する興味は尽きない。
誰かを傷つけたりとか、世界を壊したりなんかやりたくもないし、興味もないけれど。
例えば、単純に空を飛びたいなとか、考えたりする。
ぺたぺたと石の床を歩いていると余計に考えちゃうんだ。
ちょっと浮いちゃいたいなって。
世間からは浮きまくっていたわたしだけれども、空を浮いたっていいじゃないか。
それに今は飛んでいきたい気分なのですよ。クインのもとに。
クインどこにいるんだろう。
「クイン?」
『ナイ?』
あ、遠くからかすかに声が聞こえたぞ。
わたしはすぐに駆け出していく。
時間にすれば廊下を歩いていたのは、数十秒くらいだったろうが、
クインの声が聞こえてからは、まさにせつなの瞬間だ。
魔法なんて使わなくても、わたし飛んでいきますよ!
わたしの身長以上ある大きな扉を開けて、ようやくクインの姿が目に入る。
やっぱり、講堂にクインはいた。
わたしはダイブした。
「クイン。ただいま」
『ん。ひとりで起きれたのね? 裸足寒くなかった』
抱っこの状態で、足を触られる。
少しこそばゆいが、たぶん温めようとしているんだろう。
実際、石の冷たさでわずかにかじかんでいたから、クインの手があったかい。
もう、離さないんだからッ。
くんくん。クイン。くんくん。クイン。
『あらあら。みんなに見られてるわよッ』
「ふえっ!?」
一瞬、なにか違和感を覚えた。
それは圧倒的な視線の数。
えもいわれぬ筋肉の裏側あたりで感じる視線の暴力だった。
見渡してみると、講堂内はたくさんの人たちでいっぱいだ。
誰もが人間とは少しだけ姿かたちが異なっていて、昼にあった子どもたちとは違い、みんなそれなりの年齢のように思う。
たぶん大人かな。
み、みんなにガン見されていて、少し恥ずかしいんですが。
「クイン。ここ」
地面を指差して降ろしてくれるように懇願する。
『ダメよ。裸足だと寒いでしょ』
なぜかわからないけれど拒否された。
いや、本当に恥ずかしいんですけどぉ。
さっきから、クインは『ダメ』としか言ってくれない。
これはNOという意味で間違いないだろう。
あわわわわ。
わたし、ダメなんですかぁ。
ダメって単語はわりと汎用性高そうだけど、クインに否定されるのはなんか哀しい。
「ナイ。ダメ?」
『んん。ダメじゃないけど、裸足はダメ』
やっぱりダメみたい。
しょぼーん。
そんな感じで落ちこんでると、
『クイン様。その子が例の子ですかな?』
と、話しかけてくる人がいた。
少しだけ視線を向ける。
「ふぇ……」
最初に話しかけてきたのは、なんというか。
ひとことで言って……。
筋肉モリモリのマッチョマンという感じの男だった。
しかし、エルフ耳。
なんで胸はだけているんだろう。
皮でできたベストを着ていて、胸元が開いている。
しかしながら、胸毛とかは一切なく、なんというか褐色肌は表面ツルツルでわりと綺麗。
なんといえばいいか。
もしもこれが褐色ロリエルフだったら、めちゃくちゃ犯罪的だったろうにと思った。
エルフっていえば、基本見目うるわしいんじゃないの?
男も細マッチョか、イケメンって感じなんじゃないの?
でも、すっごい筋肉です。
胸ピクできそう。
ちなみに胸ピクとは、大胸筋をピクピクさせる高等テクニックだ。
『ほら。ナイ。名前』
あ、ハイ。
クインに優しく促された。
自己紹介ですね。わかります。
『名前、ナイです……』
『おお。かわいらしいお嬢さんですな。キアのやつが気になるのもわかります』
「名前……、名前」
自己紹介なのに自分だけというのは、なんだか寂しいものだ。
わたし、必死にアピールしてるんだけど。
このおっちゃん細かいことには頓着しない性格なのか、なぜか脈絡もなしにフロントダブルバイセプスしてました。
正直ちょっと意味わかんないです。
『名前、教えてといいなさい』
あ、クインがいいこと教えてくれた。
わたしは『教える』という動詞を覚えた。
これはすべての足がかりにもなりうる、最強に近い言葉のひとつだな。
心の奥底に刻んでおこう。
そして、フロントダブルバイセプスから華麗にサイドチェストに移ったマッチョさんに
「名前、おしえて?」
と、わたしは小さく言った。
『おお、私の名前はランドルフ・クォンセット・ニューズという。エルフ族の長だ。ランドルフと呼んでくれ』
「らんどるふ」
『良い子だ』
わっしわっしと撫でられた。
なんか、わたしの頭、りんごみたいな状態で、すぐにでも握りつぶされそう。
それくらい体格差がある。
しかし、気の優しいおっちゃんって感じだな。
心が幼女だったら、さすがに怖かっただろうが、わたしの場合、中身おっさんだから、ぜんぜん怖くない。むしろ、シュワちゃんあたりが直撃世代ですからね、筋肉って若干憧れたりする部分もあるんだ。
そっと手を伸ばして、胸のあたりを触ってみたり。
セクハラですが、美少女がする分にはまったくセクハラと認定されない。
おおう。
胸ピクしとる。
『おもしろい子ですな。筋肉のよさがわかるとは、キアのやつはまったく理解しとらんからな。まったく、見習わせたいものです』
『そ、そうなの』
『エルフ族も軟弱者ばかりになって、二言目には神言ばかり。まったく……、筋肉こそが機能美あふれる真の芸術作品だというのに。嘆かわしい』
『少数派というものはいつだって受け入れられないものね』
クインが世を儚んでいる。
その理由はまったくわからないけれど、わたしとしては慰めるほかない。
すんすんっ。
『しかたがないので、最近、里の少年たちには筋トレを命じておるのですよ。きっと十年後にはいい筋肉たちが醸成されている頃でしょう』
『ほどほどにね』
『ははは。たいしたことないですぞ。まずは軽く腹筋を百回ほどやったあとに、腕立て伏せを百回。さらに重りをつけた状態で森の中を全力疾走するくらいですからな。私のようになるにはまだまだ百年ほどはかかるでしょう』
『お願いだから、ナイは誘わないでね……』
『いや、この子はもしかすると筋肉に惹かれとるかもしれませんぞ』
『お願いだから』
おお、クインがなんだか必死な様子だ。
なぜそんなことになっているかまったくわからないが、焦りに似た表情は初めて見る。
ちょっとだけ得した気分だ。
『姫様がそうおっしゃるならしかたありませんな。ともかく―ー』
ランドルフは翻って、講堂にいるみんなに向かって声を上げた。
『皆の者。私は人間の子ナイには危険性はないと判断した。もちろん学び舎に通うことも許されよう。これはエルフ族の長としての言葉であり、すべての責任を負うものである!』
なんだか知らないけれど、みんな納得の雰囲気だ。
それから、わたしのところにひとりずつきて、ひとことふたことなにやら言葉を交わして去っていった。
正直なところ、たくさんいたから名前は覚えられなかったけれど、わたしもせいいっぱい自己紹介しました。
がんばりました。はい。
☆
帰り道はクインといっしょ。
でも、わたしは歩かせてもらえなかった。
裸足じゃダメってことらしい。
まあいいんだ。
こうやって抱っこされているのも慣れたし。
小学五年生程度の、わりとしっかりとした少女してるけれど、クインからしてみれば、幼稚園程度の大きさに過ぎないんだろうし、精神的にもたぶんそれくらいに見られてるみたいだし。
意思疎通ができない分、余計いろいろしたくなるんだろうな。
そんなふうに計算しちゃう自分が、少し嫌だけど。
クインになら、ちょっとわがまましたくもあって、もう依存しちゃってるのを自覚しています。
もう、こうやって甘えてるだけで幸せなんだからしかたない。
『よかったわね。どうやら受け入れられたみたいじゃない』
傍らで歩いているのは、どこにいたのかアニーだ。
実は講堂の後ろにいたみたいだけれど、さすがにあれだけたくさんいたら気づかなかったよ。
そして、アニーの背中ではミニーが寝息をたてている。
さすがにこの時間まで起きているのは、小学五年生クラスでは厳しかったのだろう。
なぜだかドヤ顔になるわたし。
なんだかほほえまっくすなんですが。
普段のかしましい様子とかけ離れた静寂の雰囲気が、逆に彼女のかわいらしさを際立たせている。
ああ、もう。幸せ。
「クイン。教えて」
『どうしたの? 突然』
「ナイ好き?」
「ええ、好きよ」
「クイン好き!」
そんな感じでいちゃいちゃしながら家路についたのでした。
☆
覚えた言葉
『ナイ』『クイン』『名前』『はい』『いや』『倒れる』『アニー』『どうしたの』『料理』『着火』『消火』『水』『おいしい』『好き』『ここ』『葉っぱ』『空』『お月様』『卵』『お日様』『あおむし』『おなか』『ぺこぺこ』『りんご』『梨』『すもも』『いちご』『さなぎ』『ちょうちょ』『タルサ』『ミニー』『ごめんなさい』『友達』『ありがとう』『わかる』『いっしょ』『オベロン』『またね』『おかえりなさい』『ただいま』『外』『眠たい』『ダメ』『教える』『ランドルフ』
魔王は出す・・・・・・!出すが・・・・・・今回 まだその時と場所の指定まではしていない
そのことをどうか諸君らも思い出していただきたい




