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レベル13

『じゃあ、ミニー。ナイを守るのよ。それと刀は禁止だからね』

『わかってますってお母さん。いざというときは峰打ちにしとくです』

『峰打ちも禁止!』

 別れ際にアニーとミニーが元気に言い合ってた。

 クインもたぶん一時帰宅なのだろう。

 なんの仕事をしているかはわからないけれど、ニートってわけでもないようだし。

 きっとわたしがいると邪魔にしかならない。

 いまはしばしのお別れ。

 しかし、これがツライ。

 子どもっぽくなってしまったせいなのか、胸の奥がきゅーってなっちゃうよ。

 いかないでって言いたい。

 でもそんなことを言えるはずもない。

 できるだけ、クインには迷惑をかけたくないし、わたしはいい子でいたいのだ。

「クイン……」

 わたしは手のひらを振って、バイバイを表現する。

『ナイ。つらかったら。いつでも帰ってくるのよ』

『おおげさね。クインは。いやだったらミニーといっしょに帰ってこさせるわよ』

『ああ、でも心配。あんなに儚げな様子で』

『もともと線が細いだけじゃないの』

『ほら、あんなにも悲しそう』

『それは、そうかもしれないけれど、これからほとんど毎日学び舎に通うのに、そんなに気にしてたら何もできないわよ』

『ああ、ナイっ』

『今生の別れみたいになってるじゃないの。そんなふうだとナイも引きずられて不安がるわよ』

『そ、それもそうね。ナイ、またね』

『またねです』

 わたしの代わりにミニーが答えた。

 この『またね』は、

 バイバイ、あるいはさようならに相当する言葉だろうか。

 それとも「またね」かな。

 そういえばずいぶん昔に英語の授業で、"フェアウェル"の意味を習ったっけ。

 フェアウェルは砂漠の民が行き交うときに、交わされる言葉で、広大な砂漠の地で再び出会える可能性はほとんどないに等しいんだけれども、それでも、もしかしたら会えるかもしれないという再会の祈りをこめた言葉なんだそうだ。

 一期一会の中に垣間見える再び会いたいという気持ち。

 そんな気持ちが言葉の中に含まれている。

 つまり、何がいいたいかっていうと、

 この「またね」はわたしの中で、それくらいの気持ちをこめた言葉だってこと!

「クイン。またね?」

「ええ。またね」

 最後に撫でられましたので、たぶんこれでいいと思います。



 さて、クインやアニーと別れて、今わたし達はオベロンの後をついていっている。

 やっぱり、ぴょこぴょこ跳ねてるんですが、それは……。

 気にしたら負けだろう。

 校舎の中はさきほどと同じく閑静としていて、わたし達しかいないみたい。

 まるで田舎の分校のように趣のある建物の中を歩くというのは、どこか廃墟をひとりで探索するようなワクワクした気持ちが生じてくる。

 わたしはプチ廃墟マニアだったんです。

 といっても、あまりそういった場所に行くわけではなく、ネットとかで炭鉱や廃校やらの情報を調べては悦にいっているだけの口だけ野郎でした。

 でも、廃墟の物が死んでいくような静かな感じって好きなんだよね。

 滅びの美学というか。

 滅びにはおそらく郷愁の概念が含まれるのだろう。

 ここはべつに滅んでるわけじゃないけどね。

 すごく懐かしい感じがする。

 校庭にいた子らの影はいつのまにやらいなくなっている。

 授業が始まっているのかな?

 教室はいくつかあるようだけれども、どれも透明度の低い刷りガラスなので、どんな子がいるのかはわからない。けれど人がいる気配はする。

『シャーロット先生。いるかのう?』

 ある教室の前で止まり、オベロンは扉をノックした。

『はぁい。どうしたんですの?』

 聞こえてきたのは甲高い声だ。

 すっとドアの向こうから伸ばされる細い手。

 ていうか、細すぎる手。

 単純に小さいって意味ではなく、まるで麺棒かなにかのようだ。

 節目というか関節というか、ともかくそれらがはっきりと見えた。

 まるで人形の腕みたい。

 色合いはすべらかな肌色をしていて、なんだか人間風だし。指先もちゃんと五本あるんだけど……。

 びっくりしたのは腕の数。

 千手観音様のようにというほどではないが、腕が六本もある。

 足もいれたら八本。

 そして目の数もたぶん八つ。

 大きなブラックダイヤモンドみたいな色合いをした瞳が大きく二つついているんだけど、その上に、小さなティアラを装着しているみたいに、額のあたりに六つ瞳がついている。

 合計すれば八つの瞳。

 果てしなくどうでもいいけれど、この人が三人いたら二十四の瞳だな……

 ふぃへ。

 もうわかりましたよ。

 この人、蜘蛛なんですね。蜘蛛人というべきなのだろうか。

 正直ちょっとだけ怖いと思ってしまった。

 忌避感とまではいかないが、やっぱりケモ耳とは違って、だいぶん異質な感じ。

 蛙さんはまだなんとなく愛嬌あるけれど、虫はよくわからない。

 いわゆる白目にあたる部分がないので、どこを向いているかまったくわからないし、虫ってどこか機械めいたところがあるから、ちゃんと会話できるか不安なんです。

 ただまあ、声は普通だったな。

 むしろ若いというか。

 明るい性格というか。柔らかい感じというか。育ちがいい感じというか。

 着ているものもレース控えめのブラウスで、もしも人間だったら美人なお嬢様系先生って感じかもしれない。

 ともかくプラスの属性もってそう。

 いまどきの言い方をすれば陽キャラっていうの?

 なんとなく声や雰囲気からすれば、クインより若く、十代後半くらいの予感がするんだがどうだろう。

 顔つきも、なんというか幼い感じがするし。

『あら。校長先生。どうしたんですの?』

『新入生が二人ほど入る予定でな。シャーロット先生に見てもらおうと思ったんじゃよ』

『ほぅん?』

 じーっと見られてる気がします。

 わ、わたしやっぱり捕食対象なんでしょうか。

 虫だけに無視してください。虫だけに。

 ふぃひひ。

 下半身がジョバってしまいそうです。

『すんごくかわいらしい子ですわ……、この子もしかして、に、人間だったりするのかしらん』

『そうじゃよ』

『お、おうふ。そうなんですの。お、お名前なんていうのかしら』

 あ、名前聞かれた。

 ここは速やかに答えて少しでも印象をよくしておきたい。

 たぶん、この人は担任の先生ってやつだろうし、これからここで学ぶのなら長い付き合いになるのだろうから。

『ナイ。名前ナイ。名前どうしたの?』

 名前はなんですかと聞いたつもりである。

『んえ?』

「んえ?」

 なんかすごい名前だったような。

 いもむしか何かをまちがって口に含んじゃったみたいな声を出したぞ。

 こんな発音、常時できるかまったくもって不安です。

『ああ、その子は少し言葉に不自由しておってな。最初は名詞だけをゆっくりと話すのがよいじゃろうな』

『え、ええ、そうなんですの?』

『この子が特別なんじゃよ。ただ、器質的にどうこうというわけではなく、言葉を知らないだけじゃ。教えてあげればいずれは話すことができるようになるじゃろう』

『ふぇー。そうなんですのね。わかりましたわ』

 いろいろと、オベロンと話してたみたいだけど、一区切りついたみたいだ。

『シャーロット先生って呼んでね』

 六本の腕全部を自分に向けて、『シャーロット先生』と連発している。

 腕だけで集中線みたいになってものすごいアピール力だ。

 そして、わたしにもわかりやすい。

 さすが担任の先生(と思われる人)。

 ちょっと長い名前だけどがんばりますよ。

「しゃーろっとせんせ」

『でへへ。なんかやたらかわいい感じですわね。人間ってこんなにかわいい生物ですのね』

『珍しいからといって、ほかの生徒と態度は変えなくてもよいぞい。それに、こちらのミニー嬢が放置されておるではないか』

『あんっ。申し訳ございませんですわ。ミニーさんっていうのね?』

『はいです。ミニー・アルゴノートっていうです。以後お見知りおきをです』

『あら偉いですわ。ちゃんとご挨拶できるのね。私はシャーロット。気軽にシャーロット先生と呼んでくださいまし』

『シャーロット先生。よろしくです』

 なんだか仲良しな雰囲気で大変結構。

 別に怖い先生ではないみたいだ。

 担任の先生ってほんと人生左右するし、大きい存在だと思うよ。

 シャーロット先生の長い腕って便利そうだな。

 今もわたしとミニーが同時に撫でられている。

 すごい便利。

『ちなみにこの子の後見はどなたなんですの?』

『ああ、姫様じゃよ』

『は?』

『クイン様の御子じゃ。だからといって丁重に扱えとは言っておらん。それは姫様も望むところではないのでな。シャーロット先生はいつものように授業をしてくれたらよいのじゃ』

『ええっ。ちょっと、それは難しいですわ。あの、姫様の御子ということは、よ、養子ですの?』

『そのあたりの事情はよくわからん。会って一日といっておるから、どうするかも決めておらんじゃろう』

『ふぇぇ。まかり間違えば、この国の王位継承者になっちゃいませんの!?』

『無いとは言えんの』

『人間がこの国の姫様になるなんて、そんなことありえませんわ』

『そりゃそうじゃろうな。じゃが、この国はどんな種族も平等に扱われることを理想として抱いておる。論理的には人間もそこに含まれる。つまり、人間の子が王位を抱くということも可能といえば可能ということになるじゃろうな……』

『そんな軽い感じで言わないでくださいまし』

『いや、わしは単にそういう可能性もあると言っただけじゃよ』

『も、もしかしすると、それをナイさんに教えるのがわたくしということに。ふぇぇぇぇぇ』

『そのときは連帯責任じゃよ。姫様の破天荒な行動を止められなかったわしらのな』

『わしらのって、勝手に巻き込まないでくださいまし!』

『大丈夫じゃ。いざというときはわしが責任をとるぞい』

『ふぇぇぇ……でも、人間かわいいぃぃ……』

 なんだか身悶えてますが、大丈夫ですかね……?



 教室の中に入ったら、お決まりのイベントがある。

 前世でもともかく苦痛でしかなかった、最悪のイベント。 

 つまりは、自己紹介である。

 といっても、今のわたしにできることは限られている。

 みんなにできるだけ悪印象をもたれないように、第一印象をできるだけ良いものにする。

 そのためには……。

 ど、どうしたらいいんだろう。

 今の手持ちの武器は……。

 ええっと。『ナイ』という名前。『はい』『わかる』『好き』というポジティブそうな言葉。

 あとは用途不明だがポジティブ言語確定の『かわいい』くらいか。

 どうすべ。

 これ、詰んでませんか?

 ただ、おそらくシャーロット先生も、ミニーもわたしが言葉を話せないことはわかっていると思われる。

 だから、自己紹介は代行してくれたりしませんかね?

『じゃあ。自己紹介しましょうか? ナイさん、ご自分の名前言えますの?』

「ナイ?」

『名前いえますの?』

「名前、ナイ……」

『それでいいのですわ。名前を知ってもらわなくては何も始まりませんのよ』

 頭撫でられました。

 ちょっと無機質な感じがするけれど、ソフトなタッチで八十点です。悪くないです。

『はい。みなさん。注目してくださいまし』

 壇上にあがった先生が軽く場を沈める。

 ガヤっていた推定小学生クラスのみんなは少しだけ声を抑えた。

 わたしとミニーもいっしょに壇上にあがる。

 こういう注目を集める場所というのは苦手だ。

 いくつもの視線が身体に突き刺さるような感覚を受ける。

 だいたいの子らはわたしのことが珍しいのか、好奇心にあふれる目をしていた。

 あ、後ろのほうにはさっき会ったエルフちゃんがいる。

 ものすごぉく、こっちを睨んでいる気がするんですが。

 むしろ視線が槍みたいに刺さってくるんですが。

 気のせいではないですよね。

 うう。

 おなか痛くなってきました。

 シャーロット先生は、その視線に気づいているのか気づいていないのか、淡々とした調子でイベントを進めていく。

『今日からふたりの新しいお友達が入りますのよ。じゃあ、まずミニーさんからよろしくお願いしますわ』

『はいです。ミニー・アルゴノートというです。こっちにいるナイとは切っても切れない関係です。もしもナイをいじめたら、切っても切れる関係にしちゃうですから、気をつけるといいです。具体的には首と身体が泣き分かれというやつです』

 なんだ?

 よくわからないが、みんなが引いている。

 あ、ミニーがこっちを見て、にこって笑った。

 その顔、かわいいんですが、邪悪。

 圧倒的邪悪。

 そして、ヒュっという音だけがした。

 壇上にあった机が綺麗に二つに両断された。

 さすがに器物破壊はまずいんじゃと思ったが、そんなことを考えていたのは数秒にも満たない。

 ミニーは何事もなかったかのように、その真っ二つになった机を持ち上げて、ぴたっとあわせた。

 くっついた……。

 意味わかんないです。

 切れ味が鋭すぎて、木のほうが切られているのに気づいていないとか。

 そういう漫画的な表現になるんでしょうか。

 もしかしたら魔法的ななにかなのかもしれませんが、誰も言葉を発しないところを見ると、たぶんこの世界でも超絶といっていい技なのだろうと思います。

『さ、さあ、面白い冗談でしたわね。みんな拍手』

 そしてまばらに起こる拍手である。

 このやらされている感がなんともいえない気分にさせるんだ。

『さ。次はナイさんの番ですわ』

 優しくシャーロット先生に背中を押された。

 つまり、次はわたしの番らしい。

 どうすんだよ。この状況。

 場が暖まってるとかいうレベルじゃねーぞ。

 みんな青ざめた顔をして、わたしのことを見ている。

 さっきのわけのわからない状況をかんがみれば、当然のことだと思う。

 ミニーがやりきった顔をしているが、どう考えてもやりきってないよ!

 むしろ逆。

 わたしここからどう盛り上げればいいの!?

 本格的におなかが痛くなってきた。

 このままトイレに駆け込んで下校時間まで引きこもりたい。

 うう。

 だけど、この世界で生きていく以上は、名前くらい言えるようにならなきゃ。

 そうでなければ、自立もできないし、クインを助けて生きていくなんてことも当然できやしないんだ。

 乗り越えるべきは前世の自分。

「名前ナイ……です」

 わたしは自分の名前を伝える。

 状況的には静まり返っているからかえっていい。

 わたしのか細い声でも届くだろう。

「ここ好き。ナイ。いっしょ。友達。いっしょ」

 ここが好きって言いたい。

 いっしょに学びたい。

 友達になりたい。

 そういう正直な気持ちを伝えた。

「ありがとう」

 聞いてくれてありがとう。

 そんな気持ちを伝えた。

 わたし、とても恥ずかしいです。

 顔が熱くなってきた。もしかすると耳まで真っ赤かもしれない。

 まばらに拍手の音を聞いた気がしたが、わたしには聞こえてなかった。

『なにあのかわいい生物』

『人間でしょ。知ってる』

『思っていた以上にちっちゃいな』

『なんか涙目になってる。庇護欲が刺激されちゃいそう』

『食べちゃいたいくらいかわいい』

『下手に手を出すと、あいつに斬りつけられそうだぞ』

『でもなんかいいな。必死って感じで』

『人間の友達ってなんか面白そうじゃない。あの子、友達になりたいって言ってるんでしょ』

『かわいい……』

『なんかすごくいい匂いがここまで来ているんですがそれは』

『フェロモンじゃね?』

『バッカ。人間はフェロモンだしてねーはずだぞ』

『学術的研究として、それは確かめてみなければなりませんね』

『変態がいる』

『二の腕ぷにぷにしてそう』

『髪の毛長い。つやつやで綺麗』

『友達……人間の友達……ふひひ』

『性欲をもてあます』

『おまえも変態かよ』

『ニンギョウ二シテ、カイタイ』

『げ、機人が人間に興味もってるぞ。マジかよ……』

『天使様って本当にいたんだ』

 なんか、みんなこそこそ話しているんですが、わたしの精神力はすでにゼロですよ。

 うう、願わくば、いい印象を持たれたと思いたい。

 しかし残念ながら、わたしにそれを判別する術はないのだ。

 シャーロット先生に指示されたのは後ろの席。

 そこに行くまでの間になぜかみんなの視線がわたしをロックオンしていた。

 たぶん危険生物制御装置のように思われてるんじゃないだろうか。

 つまり、ミニーを制御できるとか思われてないだろうか。

 そんなことは一切ないんですがね。

 いまだに首筋に舌で舐められた感触がのこってますよ。

 と、ともかく、気にしていてもしょうがない。

『ふん。私の隣に来るとはいい度胸ですね』

 わたしとミニーが配置されたのは、ちょうどエルフちゃんの隣の席だった。

 わたしをはさんで左側にエルフちゃん。

 右側にミニーという状況だ。

 とりあえず顔をこっちに向けてまで睨んでくるのやめてくれませんかね……。

 エルフちゃんにはなぜか恨まれているようだが、今度は対抗してミニーがこっちを猛烈に見ている。

 わたしを通り越してエルフちゃんと視線で戦いあってるようだ。

 真ん中にいるわたしはさながら戦場のまっただなかに取り残された一般人みたいな心境です。

 ああ、おなかがいたい。

『人間がクイン様を篭絡し、学び舎にまで侵入してくるとは信じがたい状況です』

『いい加減にしろです。さっきの机みたいになりたいですかぁ?』

『ふん。あれくらいのこと。私でもできます』

『にゃんだとう』

『そもそも暴力にうったえるというのが人間寄りの考え方です。大方、その人間にほだされて洗脳されたというところでしょうか。かわいそうに』

『いい度胸してるですね。休み時間に少しお相手してやるですよ』

「ふん。愚かですね。今日はこの授業で終わりです。休み時間はありません』

『だったら放課後に校舎裏に来るです』

『なぜあなたごときの言葉に従わなければならないのですか』

『ボクに負けるのが怖いですか?』

『は。安い挑発ですね。争いは同レベルじゃないと起こらないのですよ。私とあなたではそもそも争いなんて起こりようもありません。あなたのレベルは低すぎます』

『にゃーっ、やっぱりいけすかないですっ!』

「ううう……」

 なんでしょうか。

 この状況。

 まるで二人して空爆しあってる中、わたしだけがちょうど爆心地にいるような。

 できれば、ふたりしてどこか別のところで言い合っててください。

 それに授業中なんですよ。

 中身はぜんぜんわからないんですけど、みんなこちらを見ています。

 雰囲気的に、ちょうど真ん中にいるわたしのせいみたいになってるし。

 ただでさえ転校生補正で様子見な状況なのに、こんなんじゃ友達もできそうにありません。

 明らかにいまのわたしは危険物件じゃないですか。

 隣のエルフちゃんは怒っていてもさすがにエルフなだけに、超絶かわいいですけど、できれば普通に友達百人ほしいんです。ぼっちめしはイヤなんです。

「友達。ミニー友達」

 しかたなく攻めやすそうなミニーのほうを説得してみる。

『う。なぜそんな目で見るですか? もしかしてこいつの肩を持つですか?』

「ミニー。好き。友達いっしょ」

『うう。わかったです。今日のところは何もしないです』

『それがお前の手口ですか』

「と、友達っ!」

 エルフちゃんのほうにも万人に共通するメッセージをこめてみる。

 友達という言葉。

 そして笑顔だ。

 あれー?

 ますます睨まれてるんですが。

 わたしどこか間違っているんでしょうか。

『そういうふうに優しさを見せて油断したところを攻めてくるのが人間の汚らしいやり口です』

『ナイはそんなことしませんよっ。おまえの友達になりたいといってるだけです。おまえがそう思うのは勝手ですが、ナイの気持ちまで踏みにじらないでくださいです』

『それはあなたがまだ人間にだまされたことがないというだけでしょう』

『違います。ボクはこう見えて外の世界に何回も行ってるです。悪い人だってたくさん見てきたです』

『なら知ってるはずでしょう。人間の醜さを。その悪性を』

『だから、それはナイとは関係がないといっているです。人間の悪さはナイとは関係がないです』

『血はごまかせませんよ。血は水よりも濃いものなんです。そいつの中にも穢れた血が流れている以上、どうしようもなく悪性を秘めている。それがいま顕現していないからといって、油断していると殺されますよ』

『ああ、もう、こいつはダメですね。いまはナイに免じて許してあげるですが、いつか必ずシメてやるです』

『ふん。少しくらい剣技ができるからといって、侮らないことですね。わたしはあなたの百万倍は神言に通じています』

『エルフだからって、調子のるなです。神言がいくらうまい種族だからって、レベルを上げて物理で殴れば問題なんてないですから!』

「うう……」

 一度は収まったかに思えた空中戦も、わたしの言葉がきっかけになって再開してしまったようです。

 もう、わたしは貝だ。

 貝になるしかない。

『はい。そこ、もう少し静かにするんですのよ』

 ようやく舞い降りた救世主の言葉。

 シャーロット先生のありがたいお説教の言葉だ。

 もしかするとわたしにも向けられているのかもしれないが、ここはもう祈っておくほかない。

『申し訳ございませんでした。あまりにも雑魚がうるさいものでしたから』

『ボクが雑魚なら、おまえはクソ雑魚なめくじあたりがお似合いです!』

「うう……おなか」

『はい。そこまでにしますのよ。先生もあまりうるさくすると怒らないといけませんわ。わたくしにかわいい生徒を怒らせないでくださいまし』

 シャーロット先生の声がいよいよ鋭いものになったので、エルフちゃんとミニーはふたりして押し黙ることになった。普段優しげな先生がドスのきいた声をだすと怖いよね。

 それからは無言の圧力タイムだが、もはや何も言うまい。

 沈黙のほうがまだマシだ。

 ちなみに授業については言葉がわからないこともあって、まったく内容が入ってきませんでした。

 ただ、周りの様子をひそかに観察してみると、おそらく今の授業は地理か歴史かなと思う。

 わたしもミニーも今日はまだ教科書もなければノートも何も持ってない。

 しかし、驚いたことに、生徒みんなに教科書が配られているし、ノートがわりか小さな黒板もある。

 それで、シャーロット先生のところにある黒板には、ひょうたんのような形の何かが書かれていて、ところどころに文字を書き加えている。おそらくはここの地形について書いているんじゃないかと思うわけですよ。

 そのひょうたんみたいなのは、ここの『県』か『国』、『島』あるいは『大陸』そのものなんてこともありうるかもしれない。

 ただ、おそらく大陸だと思うのは、シャーロット先生がひょうたん型地形の周りに青い斜線を引いたからだ。

 たぶん青い線は海をあらわしているのかなと思うわけです。

 だから、『島』ないしは『大陸』かなと思う。

 ちなみに島か大陸かの違いって、広さくらいしかなかったと思うし、この際どっちでもいいだろう。

『ここがわたくし達の住む大陸。超がつくほど極稀れに大陸外から人が流れ着くこともあるから、その人たちのためにアーミテッドと名乗ることにしておりますわ』

 ふむふむ。

『そして、ここ。この線を境に北側が人間が暮らす国。この線から南側がわたし達が暮らす国なのですわ。互いに国と認めていないので、単に国と呼称されておりますけれど、太古の昔はひとつの国に仲良く暮らしていたなんて伝説もありますのよ』

 ふむふむ。

『基本的に北と南を行き来する方法は、海を越えるか、森を越えるか、谷を越えるかの三択しかありませんの。ただし、海は大荒れ。外海を行き来する航海術はいまのところ発明されておりませんし、陸に沿って行き来するのもかなりリスキーな行為ですわ。そして、森。森についてはエルフ族が住んでおり、防衛しておりますの。いままでかれこれ五百年は防衛線を突破されたことはないと言われておりますわ』

 ふむふむ。

 いやぜんぜんわからんのだが。

 わかってるふり作戦だ。

 少しでも授業に参加している振りをしないとね。

 なんというか身が持たないよ。

 シャーロット先生がひょうたん大陸に引いた一本の線はたぶん国境なんじゃないかな。

 大陸を任意の線で横断するなんて、国境くらいしか考えられないし。

 わたしの目論見がまったく検討違いで、実はひょうたんのおいしい調理方法でも授業していない限りは、たぶんあってると思います。ひょうたんって食べられるのか知らないけれど。

 それにしても。

 なんだかエルフちゃんが少しうれしげな顔をしているのはなぜだろう。

 わたしへの認識が少しあらたまったのならうれしいのだが。

 とかなんとか、エルフちゃんをチラ見してたら、ナズェミテルンディスと言わんばかりに睨まれた。

 だめだこりゃ。

 やっぱり貝にならなきゃ。

『そして最後に、大陸のちょうど真ん中をはさむ巨大な谷を通る方法ですが、ここには常に生き物を殺す瘴気が蔓延しており、生き物が通り抜けることはできない地形となっておりますのよ』

『人間たちが神言を使って飛んできたらどうなんですか?』

 クラスのひとりが手を上げた。

 水もしたたるいい男というか、身体が半透明の水のような男の子だ。

 精霊か何かなのだろうか。

 それともスライムとか。

 よくわからんけど、ともかく優等生っぽい雰囲気だぞ。

『そうですわね。確かに谷に満ちている瘴気は谷に溜まっている形になっておりますので、空中を飛んでいけば問題ないですわ。ただし、その距離が問題なんですの。谷の正確な距離はだれにもわかりませんが、だいたい鳥族の人間が飲まず食わず眠らずで一週間ほど飛び続けてようやく到達する程度の距離と言われてますのよ。まずその長大な距離を飛び続けることは、さすがに神言が飛びぬけてうまいとされる人族でも不可能とされておりますわ』

『じゃあ、休憩のたびに脇の森に止まればいいんじゃないですか』

『そういうやり方も考えられますわね。ただ、その場合は、少なくとも七日間は森の中を野宿しなければならないということになりますわ。さすがに勝手知ったるエルフの方々が気づきますし、森にいる魔物も大勢の人間がいれば、自然とそこに集まるようですわ』

『つまり人間はこちらには来れないってことですか?』

『そうですわね。エルフに探知されにくい少人数で穏行に長けた人間ならばもしかしたら可能かもしれません』

『じゃあ、ナイちゃんはどうやって来たの?』

 と、今度は緑の羽がふわふわしている女の子から声があがった。

『そ、そうですわね。確かにどうやって来たのでしょう……』

『先生も知らないの?』

『残念ながら、校長先生にはまだ詳しいことは聞いてないのですわ』

『ナイちゃんに聞いたらダメですか?』

『べつに聞いてもいいですわ。校長先生には特別扱いはしないでいいって言われていますのよ。ただし、ナイさんは言葉を知らないようですの。聞いてみても、こちらが望む答えがかえってくるとは限りませんわ』

 さっきからちらほらわたしの名前があがっているような気がする。

 みんな通常のスピードで話しているせいか、いまいちわからんのだけど。

 どうなんだろうなぁ。

『わかりました。せんせー。あとでナイちゃんに聞いてみます』

 緑色の鳥羽した天使みたいな子が、こっちに向かって手を振った。

 おお、わたしだ。

 わたしに向けられているぞ。

 わたしも勢いよく手を振る。

 やっとまともなコミュニケーションがとれたような気がするよ。

 いやー、よかったよかった。



 覚えた言葉

『ナイ』『クイン』『名前』『はい』『いや』『倒れる』『アニー』『どうしたの』『料理』『着火』『消火』『水』『おいしい』『好き』『ここ』『葉っぱ』『空』『お月様』『卵』『お日様』『あおむし』『おなか』『ぺこぺこ』『りんご』『梨』『すもも』『いちご』『さなぎ』『ちょうちょ』『タルサ』『ミニー』『ごめんなさい』『友達』『ありがとう』『わかる』『いっしょ』『オベロン』『またね』


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