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レベル11

 なんかよくわからんが外に出ることになった。

 ふうむ。

 てっきり、ミニーといっしょに遊んでこいってことだと思ったが、そういうわけではないらしい。

 クインもアニーもついてきてるし、どうやらピクニックみたいな感じなのかな?

 それにしても、落ち着いてみれば、この世界の空気はなんだか澄んでいるように感じる。

 環境汚染もなにもない未発達な文明。

 周りは自然で覆われていて、少し先には奥の深そうな森が見えていて。

 だからなのかな。

 空がとんでもなく高いように感じる。

 照りつける太陽はあったかくて、でも暑すぎなくて、仮に季節があるとすれば初夏なのかな。

「お日様……かわいい」

 なんとなく、天気がいいね的なことを言ってみる。

『ん? お日様がかわいいの?』とクイン。

「はい」

『そう。面白い表現ね』

 なでられました。

 もうそれだけで、わたしは安心感マックスです。

 いま歩いているところは教会と思わしき例の建物を超えて未知のエリアだ。

 まだ誰とも遭遇していないのは、そもそもこの村の人口が少ないせいだろうか。

 建物どうしが五十メートルくらいずつ離れてる感じだからね。そんなものなのかもしれない。

 ミニーはわたしの少し前を先行して歩いている。

 ふりふりと誘う猫しっぽがなんともたまらない気分にさせる。

 ふりふり。

 ふりふり。

 左右に揺れてる。

 いやぁ。異世界って本当にいいですね。

『ナイ。こっちです!』

 ふ。子どものようにはしゃいじゃって。

 なんだか年相応でほほえましい。

 わたしも、なぜだかうれしくなって駆け出してしまった。

「ふゅひひ。ミニー。いっしょ! いっしょ!」

『はいです。ナイといっしょに行くです!』

 体重がもとの三分の一程度になってしまったせいか、ともかく軽い。

 しかし、遅い。

 子ども特有のエネルギィでダッシュしてしまったが、身体能力は普通。

 たぶん普通。

 小学校のときのわたしとそんなに変わらない。

 百メートルを五秒フラットで走るなんてのは夢のまた夢で、せいぜい十五秒ってところじゃないかな。

 ていうか。

 息が。

 切れるんですけど。

「はぁ……はぁ……ミニー。いっしょ……」

『あれ? どうしたですか』

「ナイ……倒れる」

 ぼてっ。

 と、その場で倒れてしまうわたしでした。

 いや、本当にミニーが早すぎるのが悪いんだからねっ!

 わたしはそんなに遅いわけじゃないんだからねっ!

 目の前の超人猫娘はたぶん本気で走ったらもっと早かったのだろう。

 いまもわたしを心配そうに見つめているが、彼女自身は汗ひとつかいていないし、息も乱れていない。

 こっちはもうだめ。

 はぁはぁしちゃう。

 変な意味はないけど。

 ちょうど、朝起きて、無呼吸症候群だったのか、ものすごく心臓がドキドキしているときに似ている。

 不整脈ですか、これ。

 というか、もしかすると貧弱なんですか、この身体。

 たぶん、そうかも。

 それに、それほど意識していなかったけど、やっぱり女の子っていうことが大きいのかもしれない。

 だったら、ミニーはどうなんだって話だが。

 ともかく――、休憩。



 しばらくすると、クインとアニーが追いついてきた。

 わたしはすぐに疲れてしまう性質のようで、その間ずっと座りっぱなし。

 ミニーも無理強いはせず待っててくれた。

 ようやく体力が少し回復した。

 しばらく、子どものようにはしゃぐのはやめておこう。

 そう。

 わたしは大人なのだ。

 子どものようにめちゃくちゃに走りまわったりはしない。

 わたしは握りこぶしを作り、ひそかに決意した。

『なんだか汗かいたナイ、とってもいい匂いがするです』

「にゃっ!?」

「はぁ。癖になる。やめられない感じです」

「にゃっ。にゃっ。いや」

 この子はやっぱり匂いフェチなんだろうか。

 頭に顔をうずめて、くんかくんかするのやめてください……。

 ああ、座ったときについた土埃を払ってくれるんですね。

 なんだかそれが言い訳のように思えるんですが。

 神様仕様のボディのせいか、ほとんど汚れてなかったし。

 しかし、やってもらったことは素直にうれしい。

「ミニー。ありがとっ」

『いいのですよ。役得というやつなのです』

 にへらと笑うミニーの顔には邪念はない。

 まあそうだよな。

 小学生女児が同じぐらいの年頃の友達に邪念を抱いていたら、それはそれで恐怖だ。

 ミニーはたぶん獣人ってやつで、その種族の特性とかで、きっと匂いフェチなんだろうと思う。

 多少スキンシップが過剰気味なのも、べつに悪いことではない。

 むしろうれしい。

 ろ、ロリコンじゃないですよ。

 本当ですよ。

 子ども相手に変な気持ちを抱いたりはしません。ええ、しませんとも。

 わたしなら断然巨乳の女。映画女優で言うと、イザベル・アジャーニがいい。

 ただ、無条件に戯れるという、そんな関係がうれしいだけです。

 やっぱり、仕事とかの関係っていうのは、いろんな打算と計算があるものだし、もちろんそうじゃない関係もあるんだけど、完全に割り切れない部分もあるからね。

 いわば、社会に属しているがゆえに、最も社会と隔絶された存在になれるのが社会人なんだ。

 人の心なんてひとつもわかりあえなくても、生きていけるというか。

 機械的に対応できる。

 誰にも共感せずに。

 誰とも本当の言葉をかわさずに。

 だから、ダメなんだろうなとも思うけどさ。

「ミニー。好き」

「えへへ。ボクも好きですよ」

 友達は大事にしようという話です。



 そんなこんなで到着したのは、クインの家よりも、教会よりも、もっと大きな建物だ。

 なんだか中から甲高い声が聞こえる。

 これって――、

 もしかして学校ですかね?

 あれ、もしかしてわたしってここに通うことになってるんですかね?

 たった一日で、まだ言葉も覚えてないんですが。

「く、クイン?」

『どうしたの、ナイ』

「ナイ。ここ?」

『ええ。そうよ。これからナイはここに通うの』

「え?」

『ん?』

 わたしはしばらく固まっていた。

 いや、そんな、不安でいっぱいです。

 いまはクインがそばにいるからなんとかなっているが、ミニーしか知らないなかで、いきなり学校に通うなんて、ボッチまっしぐら。便所飯がうまいに決まってるじゃないですか。

『クイン。なんだか、ナイがショック受けてるみたいだけど』

『さっきの、やっぱりわかってなかったのかしら』

『ボクといっしょに行ってくれるって言ったです……』

 なんだか全員が落ち込んでいるように見えるんですが。

 罪悪感が半端ない。

 そうなってしまっては、日本男児としては、やはり皆様のご意見に従わなくてはならない。

 ええ、自分の意見を押し殺し、空気様のために全力を尽くすのが日本人です。

「ナイ。わかるます」

『え、ナイが……あっさりと中に』

 いいんだ。

 クインがちょっと心配げに見てたけど、わたしはそのまま校門と思われる場所から中に入った。

 やべえ緊張する。

 学校でのわたしというのは、なんと言えばいいか、いじめられるということはなかったんだけど、存在感もなかった。目立つなんてことはまったくなく、あ、いたの? という感じだ。

 ミニーの対応は、わたしの人生の中では例外中の例外で、あたふたするほかないんだけど、それはやっぱり、今のわたしが無害でかわいらしい少女のかたちをしているせいなのかもしれない。

『なにやら無理やり感あるけれどいいのかしら』

『ボクとしてはどっちでもいいです。ともかくいっしょに学校いければあとはなんとかなるです。ナイをいじめるやつはちょっと刀の錆にすればいいです』

『それはダメだって言ってるでしょ』

『お母さん。世の中パワーだと思うです。パワーこそ権力を生むです』

『あんたは素早さ極振りでしょうが』

『ああ、そうでしたです。でも、たぶん、こんな学校に通ってるやつなんて、ボクより弱いに決まってるです』

『まあ、近衛の私に勝てる時点で、それはそうかもしれないけれど、お母さんとしてはちょっと自重という言葉も覚えてほしいわ』

『これでもだいぶん自重してるです』

『ほんとかしら』

『ほんとほんと。ちゃんと、ナイとも仲良しです』

『まあ、ナイはかなり優しいからね。同じ調子だと友達できないわよ』

『そんなこと言うお母さんは嫌いですっ!』

 なんだかみんなゆっくり歩いてきてるから、わたしだけが先行する形になってしまった。

 それはそれで不安です。

 ミニーとアニーもなんだかんだでやっぱり親子だし。

 クインは走るような人柄ではないし。

 ああ、ほんのちょっとの距離なのに不安。

 わたし、やっぱり退行してる。精神がちょっとだけ子どもに戻っちゃってる気がする。

「クイン。いっしょ」

『はいはい。ちょっと待ちなさい』

 時間にすれば数秒だが、ようやく隣に来て、ドッキング。

 クインと手をつなげて一安心である。

 もちろん、未知の領域に対する不安は残っている。

 でもまあ、そうやってひとつずつクリアしていくしかないんだ。

 中に入ると、案外にかっちりとした校舎という感じではなく、高さの統一された建物がいくつかまばらにたっていて、渡り廊下のような石畳の道がそれぞれをつないでいる形だ。

 たぶん、土地だけ見れば昔通った小学校とそれほど変わらないと思うんだけど、やはり建築技術の関係か、それぞれの建物はそこまで大きくはない。ここからじゃ全貌はわからないけれど、やっぱり平屋で横に長い。

 どれくらいの子どもたちがここにいるのかな。

 と、考える間もなくぞわりとする。

 わかってる。これは前世でよく感じた不躾な視線だ。

 よく見てみれば、校舎の向こう側はちょうど中庭というか校庭のようになっていて、今は休み時間だったのか、幾人かの子どもたちが遊んでいたようだ。

 その子たちが、わたしを見ていた。

 まちがいなく、わたしを。

 クインでもアニーでもミニーでもなく、わたしを。

 なにか珍妙な動物でも見るかのように、興味深そうに見ていた。

 たらりと汗が浮かぶ。

 不整脈のように動悸が激しくなる。

「く、クイン!」

『大丈夫よ。怖がらないで』

「はい……」

 頭を撫でられたので、渋々ながらもうなずくほかなかった。

 おーけー。おーけー。落ち着けわたし。

 子どもたちも遠巻きに見ているだけで、別に近寄ってくることはないし、必要以上に恐れる必要はないんだ。

 それにしても、やっぱりここって人間がいない。

 こちらが見られている以上、いやでもわたしも彼らを見ることになるわけだが、やっぱり、人間とはどこかが違っていた。例えば、よくわからないけも耳がついてたり、うろこ状の肌を持ってたり、鳥の翼のようなものがちらりと覗いているような子がいた。

 こんな言い方をしてしまうのはなんだが、やはりどうしても異質な存在であることを感じてしまって、それが怖いんだ。

 彼らが異形であるがゆえに怖いのではなくて、

 たぶん……わたしがエイリアンであることが怖いんだ。

 もしかしたら人間ってわたししかいなくて、レッドデータガール状態だったりするんだろうか。

 今むしょうに人間に会いたいです。

『人間……ですか?』

 そして、校舎の中に入ろうとする寸前。

 鈴の鳴るような声を聞いた。

 視線を感じてふと横を見る。自然と視界に声の主の姿が入った。

 そこから、一瞬、時が止まった。

 まあ息を呑んだってだけなんだけど。

 そこには天使がいたように思う。

 あまりにも鮮烈すぎて脳みそが少し許容範囲を超えた。

 いや、マジで。これヤバイって。

 ヤバイヤバイヤバイ。佐賀のヤバイばーちゃん。

 意味わかんないけど20代の後輩が言ってた意味がわかる。

 ヤバイという言葉しかでてこない。

 それほどの、完全無欠としかいいようがない超絶美少女がそこにいた。

 わたしの貧相な語彙力では、彼女の魅力を万分の一もあらわせないと思う。

 だから、印象だけを述べますと、なんというか超がつくほど精巧なお人形さんという感じ。

 すべてのパーツが完璧すぎて、もう完璧という言葉がゲシュタルト崩壊しそうなくらい。

 特に茫洋とした深みのある、お月様のような色をした瞳を見ていると、なんか変な気分になってくる。

 切れ長の眼をしているせいか、なんだかにらまれてるみたいだけど。

 ていうか、本当ににらまれてるみたいだけど。

 で、顔を見るのはヤバイと思って、身体全体を見ると、そっちもヤバイ。

 白い肌が空間から遊離しているみたいだ。

 色の薄い金髪が腰のあたりまで伸びていて、スーパーロングヘアを形成している。

 わたしと違って、エビテールにしていない。だけど、重力にしたがってさらりと流れている髪はなんだか清水のように綺麗だ。

 体つきは華奢。

 触れたら折れそうなくらい。

 けれど、ミニスカートから伸びる手足はそれなりに筋肉もついていてしなやか。

 細腕。生足。

 やばい。

 なんかすごい身体柔らかそう。絶対いい匂いする。

 おっぱいはそんなになさげだけれども……。

 まあそりゃそうである。

 そんな彼女もやっぱり今のわたしと同じく、小学五年生くらいの身長しかないわけで。

 成長途上って感じ。

 未確認で進行形なおっぱいに、夢を託すほかない。

 ただそんなことは些細なほど、なんというか身体の線が究極美少女をまさに体現していた。

 こんなに綺麗な子なんて前世でも見たことないぞ。

 フォトショで加工したコスプレ画像でもなかったくらい。

 かわいいっていう言葉がふっとんだ。わりとマジで。

 こんなに簡単に言葉を失っちゃうってことあるんだね。

 べつに一目ぼれとかそういうわけじゃないんだ。

 ともかく、なんというかこんな綺麗な子がいたんだっていうことに、高尚な芸術作品を見たような感動を覚えてね。おじさん、年甲斐もなく興奮してしまったのよ。

 はい、わかります。わかります。

 この子の種族、わたしもうわかってしまったもんね。

 長耳で、美形。

 どこからどう見てもエルフだ。

 ちなみに、わたしのボディはどちらかといえば、かわいい系です。

 え。聞いてない?

 こりゃまた失礼しました。



 覚えた言葉

『ナイ』『クイン』『名前』『はい』『いや』『倒れる』『アニー』『どうしたの』『料理』『着火』『消火』『水』『おいしい』『好き』『ここ』『葉っぱ』『空』『お月様』『卵』『お日様』『あおむし』『おなか』『ぺこぺこ』『りんご』『梨』『すもも』『いちご』『さなぎ』『ちょうちょ』『タルサ』『ミニー』『ごめんなさい』『友達』『ありがとう』『わかる』『いっしょ』

猫耳がロマンだとすれば、エルフとはいったいなんなのか……

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