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10/25

レベル9

 ちょうど料理を作り終わったクインがアニーたちを出迎えて、わたしたちは昼食をいっしょに食べることになった。

 あの……ですね。

 なぜか、さきほどからミニーさんがわたしにべったりなんですが。

 具体的には腕に腕をからめて、動く気配がありません。当然テーブルの配置も、わたしの隣にミニーが来るほかなく、クインとアニーが隣どうしというよくわからない配置になっている。

 解せぬ。

 べつにミニーにはたいしたことはしていないように思う。

 あえて言えば、刀で触られたことぐらいか。

『そういえば、クイン』

『なに、アニー』

『最初に謝っておくわ。さっきね。ミニーがナイに刀を突きつけたの』

『え?』

『この子はね。癖みたいなもので。気に入ったものを刀で触りたがるのよ』

『そうではないのです。ボクは手で触るより刀で触るほうが正確に物事に触れることができると思ってるです。つまり、気に入るかどうかを見極めるために刀で触るのであって、気に入ったから刀で触れるというようなクレイジーなやつとは違うです』

『そ、そうなの。ナイは怖がっていないのね?』

 ミニーがなにやら言っている。

 クインは少したじろいでいるようだ。

 あのぶっとび具合からすれば、いたしかたないところなのかもしれない。

 会社にも一人か二人はいたよ。

 とんでもないマイペースなやつが。

 べつにミニーがそういうやつだというつもりはないけれど、他人と違う感性で生きている人なんて、それこそごろごろいるし、わたしはそういう人だっていていいと思う。

『心配ないです。ナイは優しい。ボクのことも許してくれたです』

『そ、そうなの?』

「はぃ……」

 たぶん、「はい」でいいよな?

 よくわからないけれど、ミニーが怒られるのは本意ではないし、わたしが許したことも本当なんだ。

 それにしても、刀マニアなんだろうか。

 ミニーはパンケーキを自前の小刀で切り分けている。

 分かたれたパンケーキを見ると、なんともいえない気分になってくるのはなぜだろう。

 数分前にこうなっていたかもしれない自分を幻視しているからだろうか。

『はい。ナイ。あーんです』

「ふぇ?」

 小刀でぶっさされたパンケーキを、ミニーはわたしの口のあたりに持ってきていた。

 やばい。これまちがいなく『あーん』だ。

 瞳がめちゃくちゃギラギラしている。

 薄紅色の唇が、半月のように弧を描いている。

 そこから顔を覗かせたちっこい八重歯が、彼女が肉食獣であることを如実にあらわしていた。

 やばい。

 猫耳界のやばいやつだ。

 ていうか――。

 前世でやってたヤンデレなゲームを思い出しちゃった。

 これを受けないと、バッドエンドが待ってる気がしてならない。

「あ、あーん」

『よーく、もぐもぐするですよ』

「はい……」

 わたしは逆らいません。ええ、逆らいませんとも。

 猫耳少女にされるがままなんて、前世だったらご褒美なんだから。

 それに、べつに悪意があるわけではないことはわかった。

 ミニーはミニーなりにわたしと仲良くなろうとしているのだろう。

 彼女と彼女の母親であるアニーとの関係を考えるに、おそらくミニーはタルサのことも知っているだろう。

 つまり、彼女にとって、わたしは異物であり、もしも、少しでもその違和感が耐え切れないものになるのであれば、本当にわたしは斬りふせられていたかもしれないのだ。

 ミニーがわたしと仲良くしようとしているのは、善意に解釈すれば、そのような確執というか、確執とまではいえないまでも、違和感をねじ伏せて、理性的に対処しようとしている結果なんだ。

 つまり、ミニーはいい子なんだろうと思う。

『かわいいです。ボク齢十歳で、餌づけする楽しさ知っちゃったです』

『いやいや。それはナイに失礼でしょ』

『お母さん。見てください。パンケーキのブロックを口に運ぶときのナイの様子を』

「ん?」

 また、『あーん』だ。

『もぐもぐするですよ』

「もぐもぐもぐ……、おいしい」

『ほら、かわいい』

『確かにかわいいけど。かわいいけど。ダメでしょ。それ』

『なにがダメなのですか? ナイもおいしいって言ってるです』

「おいしい……」

 おいしいけど、確かにおいしいけど。

 盛大に男的なエネルギィが失われていくのを感じる。

 わたしの中のなけなしのプライドが。

 男だったときの記憶が。

 見た目同世代の女の子にさえ、被保護者として扱われることによって、急速に衰えていっているのを感じる。

 うう。

 うれしいんだけど。うれしくないよ。

『なんかちょっと涙目になってる姿も、とってもかわいいです』

『いやそれって……、どうなの』

 アニーさんが呆れ顔でなにやら言っているが、ミニーは止まる様子はなかった。

 結局、わたしは最後のひとかけらまで、『あーん』で食べさせられることになった。



 もう食べられないよ……。

 じゃないよっ!

 わたしはクインに申し訳ない気持ちになってしまった。

 なんというか、とても打算的だが、わたしは亡くなったタルサの代わりにここにいるのであって、その任務をまっとうしなければならないというか。

 タルサになれるとは思ってないけれど。

 タルサみたいに愛されるとは思ってないけれど。

 少しでも、愛されるようにふるまいたい。

 つまり、そんな打算まみれの可愛さアピールだ。

 いまのように、ミニーにばかりかまっていたら、クインに嫌われちゃう。

 それは、ないと思うけど。

 思うんだけど、クインが一番なんだからね。

『ナイって、なんだかミルクと石鹸の匂いがするです。とても、かんのう的で、よーえんな匂いです』

「なっ!?」

 首筋あたりの匂いをかがないで。

 おっさん臭が、おっさん臭がするのですか?

 ちがう。これ、あかんやつや。

 ミニーの目はとろんとしていて、獲物を狙う獣な感じ。

「イヤ。イヤ、ミニー。ごめんなさい」

『ふふふ。これはナイがそうさせたです。しかたないです』

「んなーっ!」

 首筋ぺろぺろするのやめてください。

 これが、この世界の標準なのですか。

 いや、違う。

 クインもアニーも混乱しているみたいだし、どうもこの子が特殊――。

 なんて思う暇もない。

 ざりっとした感覚が首のあたりを走りぬける。

 舌先が少しざらついていて、ちろちろと舐められると、なんだか背筋のあたりに電気が流れたみたいになる。

 ちゃんと拒絶しないと、大変なことになっちゃう。

「ミニー。イヤ!」

『なにがイヤなのか、はっきり言ってくれないとわからないです』

「にゃー!?」

 わたしは逃げ出した。

 クインの後ろに急いで隠れる。

 ミニーは確かにかわいいけれど、子どもっぽい無鉄砲さがわたしには怖い。

 子どもってやっぱり暴力の塊なんだと思わざるを得ない。

 世の中の仕組みや人間関係の怖さもわかってないから、心の距離なんてものともせずに、すぐにこちらに向かってくる。

 走りまわる爆弾みたいなものだ。

 彼女たちは欲望に素直すぎる。

 確かにおっさんの時だって仲良くしたかったよ?

 もし、機会があればだけど。

 ミニーみたいな小学生程度の女の子と話す機会があったとしたら、事案になるかもしれない不安を抱えつつも、普通の対応ぐらいはできたと思う。

 だけどね。

 今はよくない。よくないというか危険だ。

 今のわたしは単なる被捕食者で、食べられちゃう側だ。

 もう首のあたりがミニーの涎のせいでベトベトなんです。

 髪の毛もスイっと一房もちあげられて、思いっきり吸引されたし。

 蕎麦食べるみたいに匂いかがれました。

 うう。

 食べないでください。

『ミニー。あなた、飼ってたうさちゃん可愛がりすぎて衰弱させちゃったことあるでしょ』

 アニーさんが、たぶん諌めてくれてる。

 ミニーは不満げな顔だが、しかし、あきらめている様子はない。

 緊張感がある空間。

 クインはわたしの頭を撫でてくれてる。安定の優しさ。

『まあ、そういうこともあったですね。でも、ナイは人間ですよ。うさちゃんよりは丈夫です』

『いやいや、かまいすぎると嫌われちゃうわよ』

『え?』

「え?」

 アニーが何かを言ったら、ミニーは驚いた表情のまま固まった。

『え、って何よ。普通嫌がるでしょ』

『えーっと。確か、ボクが外の世界で人間さんに会ったときは、刀でぺしぺし叩きながら友達になろうって言ったら、泣きながら感動してくれたですよ?』

『それ、違うから。普通に脅してるだけだから』

『脅してるなんて人聞き悪いです。だっていつだって首斬れるぐらいの実力差があるですよ。それなのに斬らない。これって友情以外のなにものでもない気がするです』

『少し、育て方まちがったかしら。クイン、ごめんなさいね』

 頭を抱えるアニー。

 あきらめないでください。

 わたしの貞操やらなにやらがこの一戦にかかってるのに。

『いえ、いいのよ……』

『この子、実のところ、私よりも強いのよ。勝手によくわからない剣術覚えてくるし、勝手に魔物を狩りまくってくるし。一番呆れたのはちょっと遊びにいってくるっていって、血まみれた姿で帰ってきたと思ったらギルドランクでAランク指定のドラゴンを単独で狩ってきたときね。こっちは傷でも負ったのかと思って肝を冷やしたのに、ただの返り血で服が汚れただけで。しかも動機がドラゴン肉が食べたかったからよ』

『そ、そうなのね。ミニーちゃんは強いのね』

『べつに強くないです。単純に素早さ極振りしているだけです。そんなことより友達です。ボクはひそかに友達作るのがスペシャルうまい天才にゃんこさんだと思ってたですが、違ったのですか』

『百八十度違うわっ!』

『もしかしてボクって友達作るの苦手ですか?』

『それ以前に、激烈に人間関係作るのが苦手っぽいわね。もともと知ってたけど……。あなた、私以外とまともにしゃべってないから、こうなるのよ』

『でも、人間さんとはそれなりに仲良くなってたですよ? ほら、商人の娘さんとか』

『だからぁ。仲良くなってねーっつってんだろが。刀を首に当てられた状態で友達になりませんかなんていわれたら、誰だって土下座しながらお願いするに決まってるつーの!』

『アニー……落ち着いて』

『刀って、ひんやりしてて夏場だと結構気持ちいいと思うですが』

『アホか。魂まで凍えるわ』

『ひぐっ。ボク、ただ仲良くなりたい思ったです。ほんとです。ほんとですよぅ』

『だからね。仲良くなりたいなら、もう少し穏便にしなさいな』

『穏便ってなんですか。ボクらは人間と殺し合いしてるですよ。だったら命のやりとりも言葉のやりとりもかわらないはずです。むしろ、混じりけのない真実として、斬ったり斬られたり、突き刺したり突き刺されたり、殴ったり殴られたりするほうが理にかなってるです。嘘がないですから』

『嘘も方便というでしょう』

『嘘つきになりたくないです』

『だったら、ナイとは友達にならなくてもいいわけね』

『うう。ずるいです。ずるいです。ボクはナイと仲良くするのは、ナイがいいって言ってくれたからです。お母さんは関係ないです』

『でも、いま現に嫌われちゃってるわよね』

『これは……、うう、ちょっと、ちょっとナイの機嫌が悪かっただけです』

『間合いの問題よ。あなたが一歩出れば相手は一歩下がるでしょ。本当、剣術は天才でもこんなことすらわからないんだから。いい。ミニー。あなたが人間のことを好きになりたいって思ってるのは知ってる。それは悪いことではない。むしろ、いいことだと思うわ。ただ、相手のことを考えなさい。そうしなければ、単に辻斬りをしているのと何も変わらないわ』

『わかったです……』

 言い合いを制したのはどうやらアニーのようだった。

 まあ、十歳程度の女の子が母親に勝てるわけもない。

 話の流れはよくわからんかったが、涙目になったミニーの様子から、どちらが勝ったかは一目瞭然だ。

 これで、危険は去ったと考えてもいいよね?

 クインの後ろから、ちら見すると、ミニーは「ごめんなさい」と言ってきた。

 素直な子なんだよな。

 たぶん。

 答えは「はい」と返しておいた。

 美少女からの謝罪を拒むおっさんなんて、たぶんこの世には存在しないと思うわけです。

 それからのミニーは少しおとなしかった。

 見た目的にもそんなに快活という感じではないミニーだが、今は輪をかけておとなしい。

 まるで、借りてきた猫のようだ。

 そんな、ミニーがちらちらとこちらを見ている。

 わたしもべつにミニーと、なんというか変な関係のままでいたいわけじゃない。

 どうしたらいいんだろう。

 そうだ。こういうときこそ、絶対のパワーを持つ言葉だ。

「ミニー」

『どうしたですか? 友達作りが実は超絶下手だったミニーさんに何のようですか』

「ナイ。ミニー。好き」

『えふぇ?』

「ミニー。好き」

「ボクのことが好き?」

『好き。好き。ミニー好き』

「わーん。ボクも好きですよう」

 いきなり抱きつかれたので、びっくりしたけど。

 これでいいのだ。

『ナイ。本当の意味で、ボクとお友達になるです。なるですか?』

「とーだち?」

『と・も・だ・ち』

「はい! ナイ。ともだち。ミニー友達!」

『やっぱり好きです。ナイすごくかわいいです』

 ギュウギュウと抱きしめられるなか、わたしの脳内に衝撃が走った!

 小学生女児と友達になるという事案発生。

 もしかして、人生勝ち組かもしれない。

 ちょっぴりデンジャラスな女の子だけど、ミニーはわたしのようなニセモノではない天然由来成分の美少女なのだ。

 その欲望に素直な様子は、若かりし頃の自分を眺めているようで、ほほえましい。

 わたし、ほほえマシーンになっちゃう。

 しかし、それにしても……。

 小学生くらいの女の子同士って、どんなふうに遊んだらいいんだろう。

 コレガワカラナイ。



 覚えた言葉

『ナイ』『クイン』『名前』『はい』『いや』『倒れる』『アニー』『どうしたの』『料理』『着火』『消火』『水』『おいしい』『好き』『ここ』『葉っぱ』『空』『お月様』『卵』『お日様』『あおむし』『おなか』『ぺこぺこ』『りんご』『梨』『すもも』『いちご』『さなぎ』『ちょうちょ』『タルサ』『ミニー』『ごめんなさい』『友達』

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