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――世界が明日滅びますように。


 わりと本気で願ってしまった。

 うら寂れたどことも知れない神社の前で、名前も知らない神様に手を合わせて。

 いい年したおっさんが。

 普通だったら、家庭でも築いて、いいパパさんでもしてるような年齢のわたしが。

 思ってしまったんだ。

 こんな落ちぶれたおっさんが、人もいない、小さな神社の前で必死こいて祈っている様子は、たぶん誰から見ても不審者度マックスで、よくある「事案」になったりなんかして、と思わなくもなかった。

 単に小学生女児とすれちがっただけで警察に通報されたこともあるわたしである。

 さすがにこれ以上寄れませんってところまで道端に寄ったんですがダメでした。

 ブロック塀に身体をこすりつけるように歩いたんだけどね。それがいけなかったのかな。

 とはいえ、ここには誰もいない。

 コミュ障経歴が長いわたしにとっては、他人はエイリアンと同じで、常時ステルスゲームをしているようなものだ。そんなわたしからすれば、人から見られているだけで、なんとなく全身の肌があわだつような感じがする。

 いまはそんな感じがしなくて。

 ただ自分だけがここにいて。

 だから、いま、ここにはわたし以外のだれもいないんだ。

 それにべつに本気じゃなかった。

 わりと本気だったけど、本当の本当に本気ってわけじゃなくて……。

 神様なんて存在がいることを信じて、神様だよりをしてたわけでもない。

 いたらいいな程度の感覚。

 いるなら救ってみせろというような傲慢さ。

 わたしは切実ともいえないほど、軽い気持ちで、ちょうど、七夕かなにかで子どもが無邪気に願うのと同じような軽さで、願っていたんだ。

 世界よ滅べなんていっても、本気で実現する気概もなければ能力もないわたしにとっては、どんな想いだって中途半端だ。本気の本気で世界が滅んでしまえとかそういうのではなく、なんとなくひとりなのが嫌で、このままではひとりで死んでしまう予感がして、なんともならない現状に嫌気が差して、でも自分が死ぬのは嫌で、そんな、普段からの薄いヴェールがかかったような優しげな顔をした絶望に、薄味でなんの苦味もない代わりに胸の奥がきゅっと締まるような、『何事もなさ』に、わたしは思ったんだ。

 ああ、世界はなんで滅ばないんだろうって。

 まあ……、会社は倒産したんだけどね。

 もちろん、わたしが社長をしていたとかそんなんではなく。

 万年平社員のわたしは、会社にとってもたいして貴重な人材ではなかったろうし、それはべつにいいんだけど。他人とコミュニケーションをとること自体が不器用なわたしにとっては、いまからほかの会社を見つけて、ほかの人に自分をあわせて、生きていくのがとてもつらいことのように思えた。

 周りのみんなは、なにげないふうにやっているそれを、いちいち時間がかかるわたしは、たぶん、もうなんかね。すっごく燃費の悪い車みたいなものなんだろうと思う。

 他人は一リットルのガソリンで百キロメートル走るのに、自分は三キロしか走りませんみたいな。

 みんな何ヶ月も前にね、会社が倒産するってわかってて、優秀な人たちはみんないつのまにかいなくなってたよ。

 わたしだけ知らなかった。

 だれも教えてくれなかった。

 それなりに仲がよいと思っていた事務の子だって、ある日突然いなくなっていたんだ。

 残ったのは、わたしだけ。

 給料もないのに残務処理だけさせられて、さすがになんだろうって思ったけど、ほとんどありもしない責任感を問われて、罪悪感をくすぐられて、いまようやくやりきったと思ったら、もう明日から来なくていいからって、そんな終わり方だった。

 はぁ……、ぐんにゃりする。

 クソデカため息しかでてこない。

 貯金もちょっとしかありません。親も早くに死んで、彼女なんて生まれてこの方できたことありません。それもこれも、全部が全部、社会が悪いとか周りが悪いってことじゃなくて、自分が何もしてこなかったことが、現実になっただけのこと。

 吐きそう。

 心臓が冷たい感覚がする。

 そして泣きそう。

 絶対涙目になってる。

 生まれて三十年以上経って、もうわかってるんだけど。

 わたしはたぶんダメな人間なんだろうと思う。

 がんばって、自分なりに人とかかわろうとしてきたし、誰かのためになるように自分がその人にとってお得な人間だと思われようとしたけれど、たぶん本質的には、他人のことが嫌いなんだと思う。

 それでいて、さびしいなんて思ったりもして。

 だから、そんなわたしが救われるには、絶対的ななにかにすがるしかなくて、そこでもどこか他人にすがるしかない自分に心底嫌気がさして、ぐるぐると堂々巡りを繰り返す思考のなかで、世界が滅びてしまうように神様にお願いするしかなかったんだよ。

 ほんと、誰でもいいから助けて!


――で、具体的にどう助ければいいわけ?


 いや、それはもう、異世界転生とかですかね。


――異世界転生して何をしたいの?


 ハーレムとか、チート能力でみんなに好かれてちやほやされたいっていうか。

 って、な、なんですかこれ?


「あの、ちょっと。ちょっとお客様少々お待ちください。頭の中に声が聞こえるんですが!?」


 まるっきり変質者のアレな発言をするわたし。

 だって、声が聞こえるんだもん。

 やばい。やばいよ。

 本当に。

 なんか少女っぽい声が。

 こいつ直接脳内に……!?


――混乱しているわね。


「えっと、はい。こういう経験がいままでなかったものですから」


――あたしは、この神社に棲んでいる神よ。


「神様でしたか……」

 

 神様っていたんだ。

 いや、もしかしたらわたしって……。

 コミュ障がいよいよ末期の自家中毒になって、もうすでに狂っているのかもしれない。

 SAN値ピンチって感じで。

 ただ、声の主が悪い存在にも思えなかった。

 だって声だけで美少女だとわかる。

 美少女は正義。

 したがって、絶対善。


――魂を賭けるほどの切実な想いにつられてきてみれば……、わりと余裕あるわね。


 やばい怒ってらっしゃる。

 声の正体がなんなのかわからないが、それなりに社会経験をつんできた私はピンときた。

 逆らっちゃいけない声だ。


「申し訳ございませんでした」


 腰を九十度に曲げて誠心誠意謝った。

 一瞬、土下座をしようかとも思ったが、あれは逆にまずい。

 どこか演技めいて見えるので、本当に謝ろうと思ったら、あまり逸脱していないほうがいい。

 誠実に。誠実に。


――あんたの思考なんて筒抜けなわけだけど。


「申し訳ございません」


――はあ。もういいわ。


「ありがとうございます!」


――じゃあ、本題に戻るけど、あんた実際に何を願っているわけ?


「えっと、それは、わたしの願いを叶えていただけるということでしょうか?」


――願いにもよるけどね。神様なんてものは、願いを叶えてなんぼなのよ。


 どうやら、この声の主は、女神様かなにかで、わたしの願いを叶えようとしてくれるらしい。

 人生で、たぶんこれほどのビッグチャンスはなかった。

 どうしよう。

 おなか。おなか痛くなってきた。

 こんなチャンスがくると、ちっぽけなわたしはあたふたするしかない。


――べつに時間切れなんてないわよ。時間をかけてでもいいから『言語化』しなさい。


「言語化?」


――言葉にしなさいってこと。それがあたしの権限ってわけ。


「願いを口にしろと?」


――そう、口にしなさい。


 当然、世界が滅びてしまえなんて願いではなかった。

 それはわたしの弱さが、自分自身を消してしまいたいという言葉を、直接的に言語化できなかっただけだと思う。だって死ぬのは怖いし。

 でも、このダメさ加減をなんとかするには、自分自身をゼロに戻して、最初からやり直さないといけないようにも感じていた。

 そう。

 三十幾年生きてきた経験からすると、たぶん正しいと思うんだけど。

 馬鹿は死ななきゃなおらないって言葉は本当なんだ。

 前に進めない馬鹿さ加減。

 何もしない馬鹿さ加減。

 他人に傷つけられるのが怖くて、何事も踏み出すことのない馬鹿さ加減を消してしまいたい。

 異世界転生してちやほやされたいとか、

 チート能力を得て、みんなにもてはやされたいとか、

 そんな願いは副次的なもので、

 たぶん、本質的には、誰かに自分の存在を認めてもらいたいんだ。

 つまるところ――、わたしが願っているのは。

 他人とわかりあいたいんだ。

 誰かと損得ぬきで。

 それでいいって思われたいんだ。


――さあ、言いなさいな。


「わたしのコミュ障をなおしてください」


――それは、あんたの心を変質させる願いよ。本当の願いはそうではないでしょ?


 どうやら、自分の心を神様に素直に言うことすらできないみたいだ。

 本当にあきれるほかない。

 わたしはわたしのままで、もう少し他人とうまく関われるようになりたいんだ。

 そのためのツールが欲しい。

 なにか支えになってくれる道具が欲しい。


「もっとうまく言葉を使えるようになりたいんです。自分の思っていることややりたいことを、誰かに正しく伝えられるように。そうすれば、もしかするとわたしも少しはマシになれると思うから」


――そう。あんたの願いはわかったわ。


 承諾の声色のように思えた。

 もしかして、わたしのコミュニュケーション能力が格段に上がったり?

 交渉能力マックスとか?

 そうなればうれしい。

 言葉を発する覚悟みたいなところは、わたしがわたしである限り、わたしがどうにかするしかないけれど、言葉をもっとうまく扱えたら、きっと誰かを傷つけないですむし、誰かに傷つけられることも少なくなるだろう。


――まあ、そうなるためにはかなりの練習が必要だけどね。


「そうですね」


 なにげない応答。

 よく考えたら、神様とはいえ、十代の女の子のような声の持ち主としゃべったのは何年ぶりだろう。

 涙が。


――じゃあ、面倒くさいんで、そろそろ送り出すわね。


「え?」


――なに驚いているのよ。あんた最初に言ってたでしょ。異世界転生したいって。


「いやそれは、最初はノリで言ったというか、そもそも、わたしの願いは言葉をうまく使えるようになりたいってことで……」


――だから、いくらでも練習してくればいいじゃない。


 やばい。やばいぞ。

 この女神様、なんだか言葉が通じないタイプだ。


――あん? 言葉の神に向かって言葉が通じない?


「あ、いや、申し訳ございません。何卒ご容赦のほどお願いもうしあげます!」


――とりあえず、片道切符だから、あとは適当にがんばってね。


「いえ、あの、その」


――適当って言葉の意味、わかるわよね?


 はい、それはもう。

 適当というのは適切にという意味ではなくて、本当に自分にとってはどうでもいいから、好きにしろ、だけど口答えは許さないぞっていう意味ですよね。


――わかってるじゃない。じゃあね。


「わ!?」


 突然、足元にブラックホールのような穴が開いたと思ったら、重力そのままの形で、まっさかさまに落ちていく。女神様の計らいだから、まさか死にはしないと思うが、めちゃめちゃ怖い。

 絶叫マシンもかくやという勢いで、わたしは悲鳴をあげる。

 何秒もなかったと思うが、真っ暗闇を落ちていくのは想像を絶する恐怖だ。

 まるで死のようだと感じた。

 そういえば、異世界に転生するんだから、それも当然なのかもしれない。

 お決まりのように、絶叫しながらも、まとまりのない思考ばかり積み重なっていく。

 そして、恐怖がついに臨界を迎えた瞬間。

 わたしは意識を手放した。



 なんだかふわふわしてる。

 なんというか今までの自分と違うような。

 まどろみに近い感覚のせいで、よくわからないが、

 それでも手も足もなにかに触れているのがわかる。

 なんか、もこもこしているから毛布みたいだ。

 目は開かない。

 すぐに眠りにおちそうなそんなギリギリの感覚。

 まるで、異世界転生のテンプレのような。でも、赤ん坊ってわけでもなさそうだな。

 手も足もそれなりに動くし。

 って!

 わたしは飛び起きた。

 やべ。

 あの女神様、確実に異世界転生させるって言ってた。

 異世界転生というのは、異世界トリップと違って、基本生まれ変わりだ。

 あ。

 と、わたしは気づく。

 手がほっそい。まるで子どもの手だ。

 色白の細い指先には、小さな貝殻のような爪がまるで宝石のようにちりばめられていて。

 なんだか。

 まるで。

 まるで、そう女の子みたいな。

 小さな女の子の手のような。

 まるで、ではなくて、まるっきり女の子しているような。

 視線が泳ぎまくってしまう。

 お、お、落ち着け。

 まだあわてるような時間じゃない。

 だって、そう、もう半ばわかっていたけれど、まだ確定したわけじゃないんだ。

 ここがどこかもわからないが、とりあえずいきなり野生スタートってわけでもないようだし、わたしはなんとか気を落ち着かせて、ゆっくりと自分が寝ていたらしいベッドから降りてみる。

 おおう。なんというか少しベッドが大きく感じる。

 いまの自分はパジャマというか、ネグリジェのようなものを着ている。

 そこから足首だけがちょこんとでているみたいなんだけど、どうみても、足のサイズだけで子どもだとわかる。

 部屋の隅に化粧台があった。

 そして、覗きこむわたし。

 そこには、呆然とたたずむ薄いエメラルドグリーンの瞳をした女の子がいた。

 わずかに揺れた首筋から、さらりと髪の毛が流れる。

 一本一本がまるでワイヤーロープのように細くて湖水色をした髪。

 ほんの少しだけ蒼みがかっていて、銀にクリスタルブルーを混ぜたような色合い。

 あまりにも細すぎてまるで絹糸のようだ。

 ただし、わりとボリュームはあって、腰の長さくらいまである。

 誰がしてくれたのかはわからないが、尾っぽのところが赤いリボンでまとめられていて、ちょうどエビテールになっている。

 エビテールというのはポニーテールの亜種みたいな髪型だ。

 ポニーテールが一度上に上がって、それから下がるのに対して、エビテールは下がったまま髪の毛をまとめるタイプのことをいう。

 なぜそんなのことを知っているかって?

 どんな髪型が一番萌えるのか、ひそかに研究していたからです。

 美少女との接触なんて、小学校以来まったくなかったわたしからしてみれば、目の前の少女はそのありえない配色もあいまって、まるで宝石のように輝いてみえた。

 ごくり、とおとがいを揺らしてみれば、鏡の中の女の子も、当然同じ動作を返す。

 すげえ。最高に美少女してる。

 軽く手を振る女の子。

 わたしです!?

 軽くウインクする女の子。

 わたしです!?

 猛烈に首を振ってイヤイヤする女の子。

 わたしでした!

 ああ、そう。

 そうだよ。

 わたしだよ。どう考えてもわたし以外の何者でもないよ。

 なんだこれ?

 ちょっと。おかしくないですか。

 ひとしきりの興奮が収まってきたら、今度は困惑が頭をもたげてくる。

 そうだよ……。

 これってどうなんでしょうか女神様。

 異世界転生という言葉ではなくて、異世界トリップだったらワンチャンあったのかな。

 童貞的な意味でだけど。

 まあ、問題ないともいえるのかもしれない。

 わたしの願いの根っこの部分は、誰かと適切に(この場合、本当の意味での適切だ)言葉を交わしたいということであって、べつに性別がどうなろうと問題ないのかもしれない。

 やりなおすって意味では、このほうが問題ないのかもしれないし。

 むしろ、若くなった分、有利なのでは?

 そう、鏡の中の女の子は、人智を超えたありえないほどの超美少女のように思えたが、たぶん年の頃は見た目年齢的に小学五年生って感じだ。

 小学五年生。

 わたし自身にも小学生という時代はあったはずなのだが、いまやそれは過去の彼方。

 いまでは、小学生女児に話しかけただけで通報される時代である。

 つまり、わたしにとってもっとも接触しちゃいけない人種なのだ。

 ただし、今は違う!

 小学五年生の女の子にちょっと言われてみたい台詞をしゃべってみても、自分の体なら誰にも迷惑はかけないし、問題ないはずだ。

 だから、わたしはいろいろと試してみたくなった。

 たとえば、こう!

「しょ、小学五年生相手にこのザマなんて恥ずかしくないんですか」

 それが――、

 その言葉が、

 わたしがこの世界で始めて発した言葉だった。

 ちょっと興奮した。

 とても恥ずかしかったです。

この作品は、ノクターンの、とある高名な、おっさんがめちゃくちゃにされてる作品にインスパイアされた作品です。主人公がめちゃくちゃおもしろかわいいので、ファンとしては読んでほしいかな。でも、ノクターンなんで未成年は見ちゃダメですよ。

また、前回の反省を活かし、今回は第一部完程度の区切りが良いところまでは書きました。300ページ分(15万字)くらいはストックがあるので、20日くらいは毎日投稿できる計算です。毎日19時くらいに投稿できたらなと思います。しばしお付き合いいただけますと幸いです。

あ、あと、今日はもう一話投稿します。

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