別れの痛み(物理)
村を守った。
~村長宅~
疲労感が抜けないまま、憂鬱な朝を迎えるかのように目を嫌々開く。
俺は何をしていたんだ?とぼんやり体を起き上がらせ、……そうだサクラは!と片腕をついて飛び出そうとするとベットから落下した。
「やっと起きたと思ったら、何をしているの?」
声のする方を見ると、着飾った状態ではなく普通の恰好をした、青色と灰色のオッドアイの女の子レシアがいた。
「……誰だ?」
「はぁー!?あんた、わ、私のせいで体がボロボロになった上に記憶まで……どうやって償えばいいのかしら。恩を返すために、一生尽く……」
「いや、軽い冗談だ。どれくらい眠っていたか教えてくれないか?」
額を押さえて、頭を働かせようとしていると、キッときつい表情のレシアが睨みつけてくる。
「笑えない冗談よ!心配したのに!まったく……、あなた達が村の入り口で眠っていた時から、だいたい一日たったわ」
すまん、と頭を下げる。
一日か、何日も経ってたよりかはマシだな。
周りを見る限り、村長の家の様だが、破壊された様子もなく、レシアもいる、何とかやり遂げたか。
俺が考えこんでいると、
「……ありがと」
聞こえるか聞こえない程の、ささやくような小さな声が聞こえた。
「昨日の朝、あなた達があんなところにいたから、何が起こったのかと村の周りを確認したら、魔物がたくさん倒れてて……昼を過ぎてもデリックも来なくて。助かったのか半信半疑だったけど、サクラがあなたが魔物もデリックも倒してくれたって」
うつむいて、早口に喋っていたレシアが一呼吸置き、こっちを見つめ、雲が晴れ透き通った青空の様な笑顔で
「だから、ありがと」
と言ってくれた。
その後すぐに真っ赤になったのを見て、つい、にやついていたらその顔やめなさいよ!と言葉が飛んできたのを笑って受け流した。
「でもやっぱり分からない。どうしてこんな無茶をして私……私や村を助けてくれたの?報酬が約束された戦いでもないし、名誉を得られる戦いでもないのに」
そうだよなぁ、メリット求めず、損得考えてないなんて不気味だよなぁ。
理由なき人助けをして、変な目を向けられない職業があるならそれを名乗りたい気分だ。
「苦しんで、自棄になって、諦めてひどい顔をしていたそこの美人の笑顔が見たくなっただけだよ」
俺は笑顔が好きなんで、と続けているとさっきより真っ赤になったレシアが「バカ!」と何か服っぽい物を投げつけて出て行ってしまった。
俺の服か、何か所か裂かれていたものを縫って直してくれていたのか、感謝せねば。
……やっぱり普通の女の子だよな。
助けられて良かった。
村に出て、少し歩く。
一つの墓、レシアの父親の墓に辿り着く。
村を覆う幻影の発生源であろう墓石に手を当て、魔力で研磨し、コーティングを施す。
これで、しばらくは壊れないし汚れないだろう。
「人って不思議だよな、どうして自分より大切なものができるのだろうか」
人の体が終わっても、人の思いや意志、信念、感情、こういったものは死んでも残るのだろうか。
この村には残っていた。
人の可能性はまだまだ分からない事だらけだ、やはり人には滅亡はまだ早い。
ぼんやりしたまま歩いていると、村の人達から食糧をもらいながら楽しそうだが困惑もしているサクラを見かけた。
もっと持っていけと勧められているみたいだ。
「ここからシュレ・アルクスに二人で行くだけですから、これだけで食糧は大丈夫ですよ。ええ本当に。フフッ、あ、ハツガさん。目を覚ましたんですか?あなたも、もう大丈夫って言ってくださいよー」
「お、兄ちゃんも来たか。いや本当に礼をしたりねえんだよ。ここには大した物もないし、せめて食べ物だけでもってな」
回復した様子の村の人達を見ながらホッとし、
「また来ますよ。今そんなに慌てて全部やることないですよ。この村には、まだまだ先があるんですから」
この先、未来のことがある。
そのことをかみしめ満面の笑顔で彼らは、
「そうだな、二人のおかげで未来がある。村長の遺志継いでこの村でっかくしねえとな!」
と、たぶん本来の明るさを取り戻した人々を見てサクラと目が合い、お互い嬉しそうに笑った。
旅の準備を終わらせた俺達は、次の日の朝レシアとカリマさん、それに村のみんなの見送りの中、出発しようとしていた。
カリマさんは悲しい顔をしながら、
「もう、行かれてしまうのですか」
「はい。あまり長い期間学校に行けないのもまずいので。私はシュレ・アルクスにいるので来た時は気軽に訪ねてくださいね」
カリマさんとレシアがサクラと握手しながら別れを惜しむ。
「サクラ、本当にありがとう。巻き込んでしまったのにこんなに助けてくれて。二人の村にもいつか案内してね」
サクラとレシアが握手しているのを眺めて行ると、いいにおいの柔らかい感覚に包まれる。
「ハツガさんも本当にありがとうございました。あなたはこの村の英雄です。ここを故郷と思っていつでも来てくださいね。私待ってますから」
カリマさんに抱きしめらている。
やったぜじゃなく、二人の視線が冷たいので、慌てて離れながらまた来ますと答える。
「あ、あとこいつ頼めないか?」
サボテンのエチュード君についてレシアに尋ねる。
続けてサクラも頭を下げる。
「外より安全なここにいさせてもらえませんか?魔力が切れたら普通のサボテンに戻るんですけど……」
この子も戦ってくれたんでしょ?当然いいわよ。
とレシアも快諾してくれて一安心だが、共に戦った相棒、戦友との別れか……。
俺達は向かい合う。
どちらからという事もなくお互いに歩み寄り抱きしめあう。
悲しい、痛い、これが親しいものとの別れの痛み、心が痛むというやつか……。
「棘、刺さってますよ」
サクラの冷たいツッコミに、不満顔を向けても相手にされなかった。
村の人達ともわいわい別れの言葉を交わし、また来ると言っていると、視線を感じコホンと咳払いが聞こえたので、目が合ったレシアがいる少し離れた場所で彼女の正面に立つ。
「あなたの記憶は、過去は真っ白で未来はグチャグチャで分からなくて、母と私の未来の記憶にもいなくて得体の知れない人物だった。だけどそれは、私達の未来を変えてくれる可能性を持った人ってことだったのね」
一呼吸置き、彼女は俺の目を改めて見つめる。
「ねぇ、今の私の未来を見ても、笑ってる姿が見えるの。普通に朝起きて、普通に料理して、普通に生活してる。もうあの気持ち悪い未来も悪夢も見ない。……これ全部、あなたのおかげなの。私を捕えて死しか見えなかった光景を、日常に塗り替えてくれてありがとう」
「君の力になれて良かった」
やっと普段から笑う彼女を見れるようになって本当にそう思う。
「ねぇ、耳貸して」
俺は彼女の高さに合わせ耳を寄せる。
内緒話するために彼女は、自分の口元を隠すように顔に手を添えて顔を近づけてくる。
「……」
言葉は無く唇が俺の耳に触れる。
まぬけに口を開け、固まっている俺から、素早く離れたレシアは真っ赤になって、俺とは目を合わせてくれなかった。
幻影の境界線手前で、村の人達に手を振り、サクラはお辞儀をし俺達は村から出発した。
境界線を越え振り返ってもやはりそこは普通の景色だった。
「こんなとこに村があるんだな」
「ええ。目の前で見ても分かりませんね」
歩いていると倒したであろう魔物が見え、夢ではなかったことを再確認する。
「人狼を倒して、村一つ救ったなんて、故郷の村のみんなやあなたを知っている人が聞いたら喜んでくれそうですね。立派な結果だけではなく、人のために行動するあなたが変わってないと」
「そうか?だといいんだがな。……まぁ、今回の結果はサクラやエチュード君のおかげだよ。サボテン育てようかなぁ」
「あ、育てやすい種類を教えましょうか?向こうの環境に適した子がいいですか?それとも旅に連れて行けるようなタイプの子が……」
「そ、その話はまた今度しような?な?いやー、レシアも笑う様になって良かった良かったと!」
「あ、そういえばレシアさんと最後にコソコソと何話してたんですか?」
「……ナニモハナシテナイヨ」
挙動不審になっているが、嘘ではない。
嘘はついてない。
サクラは不満そうな顔で見てくる。
「何ですかその顔。まぁ今度行った時に、彼女に聞きますよ。……あれ、そういえば、あの村ってなんて言う名前でしたっけ。場所は覚えているんですが」
あ、そういえば。何だ?
「また行けば分かるさ」
「そうですね、また行きましょうね」
外から村は幻影で見えないが、救った笑顔は幻ではない。
ハツガの村の外での初陣は勝利に終わった。
世界に記憶された技が更新されたのを感じ取った女神ヴェルガ、は弟子の戦果を確認する。
ハツガは今回、人狼を倒したのか。
止めは私の技か、うんうん修業の成果がでてるな。
で、新しく記憶された技は……。
「サボテンとのラリアットでの挟撃が人狼をダウンさせやすくなっただぁ!?」
お前次いつ使うんだよこんな技。
二章終わり