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月下で剣士

ハツガは女の子と村を守るために、魔物の群れと人狼をサボテンと迎え撃つ。

~村の外~

 

 よりによって満月か。

 月明かりが荒野を照らす。

 風が吹いているのはありがたい。

 


 デリックは俺と対峙した時に退いたが、これは人の姿で得体の知れない奴を相手するより、最大の力で戦った方がいいと判断したのだろう。

 となれば、再び村に来るのは、宣言した昼ではなく、人狼の力を大いに発揮できる夜のはず。

 そう予想し、急いで少しの罠と準備を先程終わらせた。

 

 エチュード君に集めてもらった、臭いのきつい赤い花を砂と魔力で固め、投げると炸裂する物、そうだな……そのまんま赤い砂玉でいいか、これを多く用意した。

 あとは、その辺の石を魔力で加工し投擲する石、石斧、石槌を生成し罠の近くに忍ばせる。

 装備は槍と刀一本ずつ。

 準備だけで魔力が尽きそうだ。

 


 火属性なら戦いながら焼き払えばいいだけだが、無くしたものの話をしても仕方ない。

 そのために五年鍛えたんだと自らを鼓舞する。

 そして今回の相棒、魔力で動く植物、ヒトカゲサボテンのエチュード君を眺める。


「サクラのいない分、頼らせてもらうぞ」


 サボテンが頷く。

 言葉を理解できているのかは知らないが、心は通じているだろう!たぶん!


 


 俺がサボテンと絆を深めていると、遠くに翼竜を先頭に黒い塊が見え始める。

 死霊犬や四足歩行の獣の魔物たちの集団、数える気にもならない圧倒的な物量。

 翼竜は誘導か。


「大軍に策は不要ってか。……数を集める事があの野郎の最大の策だろうな」


 フンと鼻で笑うが状況的には笑えない。

 過剰戦力だろ、あの小さい村に。

 群れの頭脳を一応やれるデリックがいないのが不幸中の幸いか。

 先陣切って張り切る風にも、真面目に指揮を執るタイプにも見えないし、弱ったところに追い打ちかけにくる性格だろうなぁ。



 


 翼竜を見つめながら、レシアを思い出す。

 

 自分の未来を見た彼女は絶望していた。

 自分への悲劇を避けられない運命と諦めていた。

 特殊な目を持った、普通の女の子。

 

 そうだ、普通の女の子が苦しい目にあって、強がってごまかしていたけど、恐怖を忘れられなくて自らの犠牲を受け入れていた。

 それをどうにかしたいと思った。

 死んでも守りたいという彼女の父の遺志を見た。

 今も見えない村がその証。

 戦う理由は十二分。




「この体、この魂は戦いの女神と共にあり。我が主の優しき願い、この身を捧げ、成し遂げん!魂は女神と共に(アルマ・カプセラ)!」



 作られた体を限界まで魂に近づけ、機械の心臓の歯車を無理やり回す。

 魂から修業の経験をより深く読み込み、身体能力を強引に上げる。




 見えない村へ辿り着くには、同じ道から来るしかない、回り込まれる心配はなく、ここで迎え撃てばいい!



「行くぞ!」




 地を蹴り、翼竜への距離を一気に詰め、魔物の群れめがけて槍で叩き落とす。

 エチュード君が予定通り、赤い砂玉を群れに投げ続け、嗅覚の優秀な魔物達が怯む。

 その隙に、黒い塊の中に落ちる翼竜を追いかけ、そいつの尻尾を掴み、黒い塊をかき混ぜる様に振り回し、投げつける。

 蜘蛛の子を散らすように、逃げる魔物もいれば体勢を立て直し、向かってくる連中もいる。

 


 槍を振り回し一匹でも多く薙ぎ払う。

 懐に入られれば刀で斬り伏せる。

 一槍、一刀を両手にそれぞれ持ち駆け抜けながら戦う。




「おおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」




 ここにいるどの獣より、激しく吠える。

 間違いなくこの場にいるどの生き物よりも、生きたいという意志がある。

 それを力とし、魔物を切り裂き、死霊犬を突き刺す。

 

 数か所で村の方へ近づく魔物達を罠である砂の渦が捕まえたのを確認。

 わき腹に噛みついた狼の様な魔物に肘打ちをかまし、剥ぎ取りながら槍を背に、刀を納刀後に石槌に持ち代える。

 魔力を足に込め、獣より速く駆け、渦に飛び込み動きの鈍った魔物を叩き、殴り、吹き飛ばす。

 自分が離れた内に前進を試みる群れが、もう一つの罠にかかる。



鬼砂鮫(おにさざめ)!」



 地中から、砂でできた小型の鮫を喰らいつかせる。

 魔力的に少数しか生成できなかったが、足止めにはなったか。


 横を通り抜けようとする連中に石斧を投げつけ、群れには、石と赤い砂玉を投擲する。

 怯ませ再び、槍と刀を手に群れへ突っ込む。

 その時、討ちもらしたり、駆け抜けようとする魔物をエチュード君が正拳突きで倒したりぶっ飛ばしたりしているのが見えた。

 有能すぎるだろあいつ……。

 合図を送り、相棒に感謝しながら、制圧を続ける。

 

 傷は増えるがこの体は高揚感しかなく、痛みは無い。

 時が経っても、逃げる相手は追わず、向かってくるヤツは返り討ちにし、傷つけられたらそれ以上のダメージを与え、目が合えば先手を撃つ。

 夜が深くなっても、ひたすら続けた。





 娘を守るといった親の気持ちは分からないが、死んでも守りたい人がいる気持ちは分かる。

 

 未来の自分が、痛めつけられ、殺される恐怖なんて軽々しく分かるなんて言えないが、原因を絶つ事はできる。

 

 これは第一歩だ。

 俺が人を助けるためにどんなに絶望的な戦いにでも、足を踏み入れるといった決意。

 そして一歩目故ゆえに、こんなところで死んでいる場合ではない。

 死を許してくれない幼馴染もいる。

 遊びで人を殺し、苦しめ、利用しようとするあいつをここで野放しにするつもりはない。



「ハァ、ハァ……、クソッここまでか」



 胸の機械は動きが鈍り、魔力はほぼ無く、刀は折れ、罠は尽き、大型の猪に投げ刺した槍は、回収している暇はない。

 屍の山から、一人の男を見下ろす。




「ちょっとさぁ、やりすぎじゃない?有象無象と言っても集めるの大変なんだからさぁ」


「……どこかへ逃げたのも、いくらかいるから、それで許してくれ」


 飛び降りヤツの眼前に立つ。

 似合わない刀なんか下げて、やる気十分だな。



「はぁ、村一つ、女の子一人のためによくやるねー。ふらふらだけど大丈夫?オレと殺し合いできる?」


「戦いなんて、いつも万全な状態なわけないだろ。コンディション整えて挑めるなんて、試合か決闘かよ。そう思ってんなら、相手である俺に敬意払ってお願いしますってお辞儀をしろ」


 デリックのダルそうな表情が一気に怒りへと変わり、殺意を込めて睨みを向けてくる。


「はぁー、人ってのはこれだから……。弱くて弱くて弱いくせに、口ばっかり達者でさぁ!」


 満月の光の(もと)、目の前の男は人狼へと変わり、遠吠えが響き渡る。

 先程までの紛い物じみた殺意ではなく、獣の、本能からの空気を震わす殺気が放たれる。



「ウオラァ!」


 鋭い爪での連撃を下がりながらスウェイでかわす。

 人の時とは比べものにならないくらい破壊力、殺傷力がありそうだ。


砂の籠手(サンド・ガントレット)。……ッガハッ!」


 両手を砂の籠手で肘まで覆う。

 体中に痛みが走り、込み上げてくる血を吐く。

 魔法を使えばやばいか……。


「きったねえもん飛ばしてんじゃねえよ!」



 とガードの上から殴られ、その状態のまま後方に吹き飛ばされる。

 続けて突っ込んでくる爪のラッシュを籠手で弾く。

 


 しばらく防戦が続く。

 弾いて弾いて弾く。

 隙が見つからず、作るしかないか。




「魔法使えても、男じゃこの程度だよなぁ!あの連れの美人ちゃん連れてこいよ!お前より戦い楽しめそうだし、痛めつけて、倒せばもっと楽しい事できるしよぉ!」



 不愉快な言葉が耳に入り、全身に力が入る。

 振り回される片腕を掴み、襲いくるもう一方の爪を力強く弾く。

 「なッ!」と一瞬驚く声が聞こえた気もしたが、



「オラァ!」



 腹部に拳を叩き込む。

 ダメージを受けヤツが怯んだ隙に、腹ァ!顔ォ!顔ォ!攻撃の手を休めず続ける。

 牙が抜け、弾け飛ぶのが見えた。



「てめええええええええええ!!!!!!!!」



 怒りで我を忘れ突っ込んでくるデリックに両肩を掴まれ、組み合う形になる。

 爪が刺さり、血が流れる。まずいッ。



「おおおおおおお!!!!!!」



 咆哮と共に人狼を押し返し、投げ飛ばすが、狼野郎は笑いながら、俺の肩と横顔を切り裂きながら、悠々と着地する。

 腰の刀に手をかけ、


「はぁー、泥臭い、めんどくさい。これは昔々、戦いの女神サマに捧げられた刀でよぉ名前は義経、魔物サマがゴミくずの人を効率良くやれるための刀、つまり対人へのダメージはでかくなる。分かる?勝てないよ?」



 爪は弾けていた砂の籠手を片方試しに投げつけると、軽く両断された。

 マジか。

 

 力任せに振り回される刀をかわす。

 こいつ剣の鍛錬なんて積んでないな、さっきまでの方が厄介だった気もする。

 ただ、あの刀の切れ味は本物だ、一撃もくらうわけにはいかない。


 刀の軌道を見続け、振り下ろされたその時、刀を踏みつけ、顔に掌底をくらわす。



「ってっめえええ!!」



 後ろに下がった瞬間、魔物の死体につまずく。

 しまった……。

 転がりながら死体をヤツに投げつけ、刀を突き刺す様に飛んでくる人狼をかろうじて避ける。

 デリックは興奮しながら地面に刺さった刀を抜くより、俺を殺すことを優先し、飛びかかってくる。

 抑えつけられ、視界には、上がる砂埃と、人狼、それに満点の星空が見えた。





「遺言はあるううううぅうううぅぅ?」

 


 顔を近づけ勝ち誇り煽ってくる。

 気持ち悪いな、だが好機。



「レシアはお前には、もったいない」


 


 頭へ残った魔力を全てまわす。

 地面へ潜る魔法を応用し、頭だけ思いっ切り沈め、溜めの空間を作り、頭突きをきめる!


「ガッ!!!」


 怯んだ人狼の胸に、拳二発、蹴り一発で無理やり距離を取らせる。

 両者立ち上がり、俺はヤツの後方を指さす。



「いって、てめええええ……なんだよ」



 デリックが後ろを向くと、ラリアットを構え全速力で走るサボテンが目に入る。



「は?」

 


 流石に、理解が追い付かず、狼狽える。

 合わせる様に俺も駆け出し距離を詰める。

 そして同時に!


砂の挟撃(サンド・サンド)!」


「ッグッ!!う、嘘だろ・・・こんなの・・・」



 人とサボテンのラリアットによる挟撃が、人狼を崩す。

 俺は素早く義経と呼ばれる刀を引き抜き、


「お前にはもったいない、いい刀だ。もらうぞ」


 跳躍一つでデリックの眼前に迫る。

 修業で得た、師匠が人狼を討った技を記憶から引っ張り出す。




「向かい風・砂塵」



 袈裟斬り、斬り上げ、そして喉への止めの突き。




 遠吠えから始まった人狼との戦いは、断末魔無く静かに終わった。

 死亡を確認していると、エチュード君が俺の槍を回収して持ってきてくれていた。

 指示通り、いや指示以上に大きな働きをしてくれた相棒に対し、感謝を込め


「ありがとな」


 と、サボテンとハイタッチをかわす。

 棘が刺さるがどうでも良かった。

 魔力も気力も空っぽになった俺は、槍を杖に、見えない村を目指す。

 村へ近づくと、弓矢で倒された魔物が何匹もいた。

 

 急に走り出したエチュード君が嬉しそうに駆け寄る先に、女性が座り込んでいた。

 サクラだ。

 疲れ切った表情で微笑みながら、


「お疲れ様でした」


「お前……家の中に居ろって。……まぁフォローしてもらってたみたいだし、すまないな。……あと、ありがとな」


「最後の方よく聞こえなかったので、もう一回」


 バーカと小突きながら、手を差し出す。

 立てないんだろ?と聞くと、ええ。と返ってくる。


 

 二人で支え合いながら歩きなんとか幻影の境界線を越え、村に着いた俺達は泥のように眠った。

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