腹筋マリッジブルー
旅の途中、幻影に守られた村に連れ込まれる。
そこで、人の過去と未来を見る事のできる女の子に出会う。
~村長宅~
悲惨な未来の自分……レシアは、俺の一言に怒りと憎悪、嫌悪など大量の負の感情を込めて睨んできた。
怯まず続ける。
「身だしなみを整えているのに、鏡が割られている。つまり、準備を終えた後に、自分の目で未来をつい確認したのだろう。結婚に対して不安か期待か君の感情は分からなかったが、その表情で確信した。この結婚式は、一般的に行われる祝いのものではないな?」
目を見開き、怒りを露わにしたレシアに胸ぐらを激しく掴まれる。
怒れる意志と強気な行動に反して、か弱く細い腕だった。
「勝手に現れただけでも気に入らないのに、この状況でお前は私の詮索までするのか!お前に何が分かる!お前に!何が!」
「勝手に」と、きたか。
彼女的にはサクラだけがこの村に来るべき人だったようだ。
そう言うなら、勝手に続けさせてもらおう。
「それに、幻影の魔法の発生源はおそらく墓だ、それも一つのな。カリマさんの話では、お前の親父さんが作った様だが、墓を基盤にするなんて考えにくい。村を守る大切な物だ、常時魔力を放つ術式と道具にはもっと適したものがあるはず。つまり、これは仕掛けではなく……」
「言うな!黙れえええええ!」
「親父さんの遺志、執念と言った方が適切か。死んでも村を守ろうとしている尊敬すべき男の魂だな」
ハッとした表情を見せた後、レシアは下を向いてしまった。
この様子だと、親父さんの死を受け入れきれて無い感じか。
つまり死んだのは最近……だろうな、今は完璧でも墓だけで村を覆う幻影が持ち続けることは考えにくい。
女神である師匠の加護ですら、弱る時もある。
生前は、村を守るために毎日何かしら行っていたのだろう。
死んでも村を守るか……。
俺の口は自然に言葉を紡いでいた。
「事情を聞かせてくれ、力になりたい」
だが、萎れていた彼女だったが、この言葉に怒りが再燃し、燃える瞳で睨みつけ、激しく叫ぶ。
「得体の知れないあんたなんかに、解決できる事じゃないのよ!犠牲になるのは私だけで十分でしょ!大人しくしてなさいよ!」
犠牲……?こんなか細い女の子がか?それを聞いたらここから先、退く気は無くなった。
瞳に緋色の熱が宿る。
「君の力になりたい」
真剣な表情でもう一度言う。
「何で……?会ったばかりなのに、意味分かんない。それに、無理だってもう、見えたもの私の未来……」
彼女を見つめ言葉を待つ。
「何でそんなに必死なのよ……赤の他人のあんたが……。分かった、分かったわ、話だけはするから……。どうにかできるものじゃないから、手はず通りサクラと食糧補給したら出て行きなさいよ。本当は明日サクラを巻き込まないで、見送って終わりだったのに……」
彼女は話始めた。
始まりは、父が怪我をして倒れてた一人の男を村の外から運んできたところから。
幻影の範囲外で倒れていたのを父が放っておけなかったらしいの、優しい人だから。
男はデリック・ロウベルと名乗り、父に本当に感謝している様に見えた。
ひどい怪我の割には男の治癒は早く、父のおかげとずっと言っていたわ。
そして数日、彼は村の事をかなり手伝い、村人とも交流を深め仲良くなってきていた。
ある日、父がデリックにこの村に住まないかと誘った。
この村は昔、父の故郷があった場所なんだけど、人が居なくなってしまって、村を再興することが父の夢だったから、人を増やそうとしていたの。
デリックは嬉しそうに快諾した。
それから、私は数回しか見ていないんだけど今思えば毎日だったかもしれない。
彼は幻影の範囲外に出て、何かをしていたの、誰にも気づかれない様に。
そして何日が経ったあの日、……。
レシアが黙る。
すまない、無理をさせてと言うと大丈夫と返ってくる。
彼女は大きく息を吐いた後、一気に続きを話し始めた。
デリックが数えきれないくらい魔物を引き連れて、村に戻ってきたの。
何回か夜中の外出で魔物を集めていたみたい。
そして、幻影はいい隠れ場所を作れるからもらうと。
皆殺しにしてもいいが、村には恩があるからと言って条件を出してきた。
幻影の魔法とレシアを渡せば他の村人は見逃してやると。
そもそも幻影の魔法は渡せる物でもなかった。
それに私を魔物の群れに渡すなんて当然、父は断った。
……その瞬間、お腹を一発殴られて……腕が貫通していた。
あいつは村の食糧庫を把握していたから、根こそぎ奪い、餓死するか私を渡すか決めとけと、去ってしまった。
私の未来の記憶を見たら、明日には来るとは思う。
なるほど、村近くの殺気の正体はそれか。
つまり村は見張られている。
悲しそうにレシアが続ける。
お父さんは、すごい幻影魔法の使い手だったんだ。
戦闘はからっきしだったけど。
私の目にも、幻影をかけてくれてて、自分や家族の過去、未来は見えなかった。
お前は普通に生きたほうがいいって。
お父さんが死んだ時はこの力を使ってればって思った。
でも、お父さんが正しかったと今では思うよ。
だって、自分が何日か後には、暴力にさらされ、嬲られ、犯され、殺される……そんな光景が頭から離れない!頭の中で繰り返される、避けられない運命が怖い!……。
「こんなの耐えられないよ」
レシアは自分だけで抱えていたものを全て吐き出し、うなだれる。
静寂に包まれる中、俺は思考を巡らせ、割と単純な解決策を口にした。
「魔物を追い払って、デリックとやら倒せば良くないか?」
「無理よ!魔物の中には死霊犬も混ざっている普通の人では倒せない。そうでなくとも数が桁違いよ!百や二百は超えているはず!それにあいつだって……」
「うわあああああああああああ!!!!!」
外から悲鳴が聞こえ会話を中断する。
レシアを置いて先に家から飛び出す!
村の入り口の方に人が集まっている、倒れているのはカリマさんか。
茶髪の大柄な男がダルそうに喋る。
旅をしているとは思えない、おしゃれ重視な服装。
服は高価な物だろうが、胸元を大きく開け、品の無さを醸し出している。
「おいおい、大袈裟な。ちょーっと小突いただけなのにあんなに飛んじまってさぁ。それにお前らもうるさいよね、なになに?元気あり余っちゃってんの?すごいねー、これなら食べ物だけじゃなくて水もいらなかった?ハハハハハハ!!!!」
俺の到着と同時に、騒ぎを聞きつけサクラも出てくる。
「おおーっと、新顔二人、なーるほど助けてもらってんのかーつまんないねー」
「デリック!」
レシアが遠くから叫びながら近づいてくる。
何で今日にといった顔か。
ヤツはなめ回すように全身見ながら、
「いいじゃん、いいじゃん。ちゃんと言った通り綺麗にしといてくれたのか!俺のために!君はいいなぁ、その美しい姿だけじゃなく、その特殊な目!全てをオレのために捧げてくれるなんて嬉しー!」
やはり、あの目がヤツの狙いの一つか。
カリマさんと、はしゃいでるヤツの直線上に入りかばう様に立ち、後ろではサクラがカリマさんを介抱している。
強がりか、さっきまで俺と話していた時の迷いや弱さは見せないで、レシアが怒鳴る。
「食糧は持ってきたの?返してくれるなら、私はあなたの言うことに従うわ!」
デリックは機嫌良く笑顔で頷きながら、
「オッケー、オッケー!君がその気なら食い物なんていらないから返す返す。おい!お前たち!」
魔物が次々と袋を飛ばしてくる。
レシアが確認して、こっちを見て頷く。
どうやら本当に食糧らしい。
「じゃあ行こうか!オレの花嫁さん!」
レシアが向こうに行こうとすると、カリマさんがダメ、行かないで、行かないでと呻く。
砂に魔力を込め、仕込む。
その時、俺の近くにいた村人が叫んだ。
「ダメだ!ダメだ!女の子一人犠牲にして助かるなんてできねえ!おい待てえ!」
デリックは不思議そうな顔をして近づいてくる。
拳を引き、力を溜めながら笑いながら言う。
「え?何で彼女がくれた生きるチャンス捨ててんの?」
腹部の貫通を狙ったパンチだとレシアは分かった。
父を殺した時と同じだったから。
あの光景が蘇り恐怖に包まれる。
「いやあああああ!!!」
ドスッと鈍い音がし、レシアが目を開けると、さっきまで得体の知れない奴で、自分の力になりたいと言っていた理解できない男が、デリックの拳を腹部で受け止めていた。
「で?生きるチャンスが何だって?」
俺は白い歯を見せ、不敵に笑いながらヤツに声を掛ける。
目が合うと、ヘラヘラしていた表情は無く、無表情といったところか。
面白いものが見れた。
徐々に怒りの感情が表れるが、抑え込んでいるみたいだな。
手にダメージが入ってる事を、冷静に受け入れているようだ。
俺の事を得体の知れないやつだと思ってくれればいいが。
「チッ、興ざめだ。今日は一旦帰る。村の連中!いいか!明日の昼までに幻影の魔法のやつも用意しとけよ!レシアちゃんの献身に免じて、村は見逃すつもりだったが邪魔が入って気が変わった!用意できなかったらレシアちゃん以外皆殺しだ!その男を怨めよ!」
魔物を引き連れて、デリックは村から出て行った。
レシアは気が抜けた様にへたり込み、かばった村人は兄ちゃんありがとよと言葉を残して、気絶してしまった。
動ける村人で食糧を片付け、彼らは絶望的な状況に参ってしまい、何も言わないまま、村の守りである幻影の発生源を探している。
カリマさんはサクラに任せ、倒れた人を家に運び終えると、レシアが寄ってきた。
「あの、ハツガ、私なんて言っていいか分からなくて……。大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫、気にすんな。それに一時凌ぎだ、まだ言葉はいらない。ところで確認したいんだが、あいつって……」
俺が言いかけると彼女は頷き、
「そう。普通の人じゃないよ。人狼。だから、魔物を引き連れて指示できてると思う」
「そうか、それが分かればいいや」
「どうするつもり?私が行って、あと一か八かお父さんのお墓を事教えて、全部渡せば村の人は、助かるかしら?」
アホかと軽く頭にチョップを入れる。
いったー、何よ!と睨まれるが可愛いもんだ。
「大切なものを、あんな奴に一つもくれてやる必要はないだろ?」
「え?」
聞き返されるが、聞き流し、家で大人しくしてろと言ってサクラを探しに行く。
村長宅を目指していると、カリマさんの治療を終え、外で何かを探しているサクラを見つけた。
俺を見つけると怒った顔で近づいてきて、いきなり服をまくられる。
いやーエッチ。
……やせ我慢ばれていたか。
「馬鹿な事言ってないで、ほら青くなってるじゃない。やせ我慢なんかして。でもこれで済んでるって魔法も使った?」
「少しな。……治療、頼んでもいいか?サクラも限界近いかもしれないが」
「何私に遠慮してんのよ」と笑い飛ばされてしまった。
サクラの顔色は良くない。
そうだよなここに来てから、慣れない治療魔法ずっと続けているもんな。
治療しながらサクラが尋ねてくる。
「あの時、レシアさんが連れて行かれてたらどうするつもりでした?」
「尾行して、魔物の数をちょっとずつ削って、あいつ倒して彼女の救助。んで、籠城戦かなこの村は幻影があるし、リーダー潰して魔物だけなら相当有利だと思う」
「一応、考えてはいたんですね。見捨てるわけなくて安心しました。で、これからはどうします?」
治療を終え、俺の腹筋を確認する様に優しく叩きながら聞いてきた。
「何とかする。エチュード君借りるぞ」
「え?あの子を?……今の私がついて行っても足手まといですか?」
「いや、今からいろいろするから、エチュード君の方が適任ってだけだから、ホントだから」
拗ねた顔のサクラに弁明する。
「ああ!レシアを見張っといてくれ。彼女が自棄になって、自分から説得しに行くとか言って夜中に行かれたら、困るだろ?あと、カリマさんも頼む」
慌てていろいろ言う俺を見て、察したらしく溜め息を吐きながら、しょうがないですねと言う。
俺の手を握り、真っ直ぐな瞳を向けられる。
「絶対無事に帰ってきてくださいよ、また村は守ったけど死にましたなんて許しませんから」
「了解。必ず」