長い話は嫌いじゃない
ドラゴンを倒し、五年ぶりの故郷。
~村の広場~
ヒサギさんの、
「この子が何か村に、害を与えたら私が責任を取る」
とすごい剣幕で放った言葉(嬉しかった)と、倒したドラゴンの確認、先生達との問答で、俺は一応ハツガ(仮)として大部分の人に認められた。
納得いかない人もいるが、それは当たり前だと思うし、今はこれでいい。
その後、帰還祝いと村ぐるみの宴会みたいになって、皆が楽しそうにしているのを先生と眺めている。
「すまないな、みんなで騒ぐための理由にしてしまって。喜ばしい事は久しぶりでね。たまにはこんな騒ぎも必要だから、許してほしい」
苦笑しながら、いいですよと返す。
先生は少し考えた後、
「女神による蘇生と、機械の心臓か。私の検査の限りは君の言っている通りだ。体内はあんなに活発だった炎の魔力もなくなり、わずかな地の魔力が流れている。ハツガ、本当に村の外での魔法の使用は注意しないといけないぞ。それに、ドラゴンが倒せたからって……」
昔の様に先生が長々と話しているの様子を懐かしんでいると、顔が真っ赤になったダンさんがフラフラとした足取りでやってきて話に加わる。
「先生よぉ、心配してるやつらもいるが、やっぱり魔力が少なかったり、一度死んでるってんだからこいつは死霊人って訳ではないんだよな?」
「そうだね、連中は膨大な魔力と何より死なないと言われている。ハツガは該当しないかな。それに噂だが、やつらの価値観だとサクラを助けたり、我々とこんな風に談笑なんてしないさ。人を下等種族や、道具として扱うらしいからね」
俺も先生から聞いた程度しか知らない。
死霊人……自称、死を乗り越えた人、人を越えた人らしい。
こいつらもヴェルガ師匠の言っていた人への殲滅戦に関わってくるのだろうか?
倒すべき相手として。
眉間にしわを寄せ考え込む俺を気にしないで、ダンさんが嬉しそうに背中を叩く。
「ってことは、女神様に選ばれて、この村をまた救ってくれた英雄ってわけだ!ハツガよぉ、大きな男になったなぁ!ところで、お前さんこれからはどうするんだ?この村は男手大歓迎なのは今も同じだから仕事はいくらでもあるぞ」
今後か……決めていた、女神様からの頼まれ事を果たすために動く。
「世界を周ろうと思ってます。死んだはずの俺が動く事で起こる可能性を、希望を一つでも増やしたい」
立派になりやがってと大袈裟に目頭を押さえる仕草をしているダンさんを横目に、先生はそうかと頷く。
「今回サクラを救ってくれたみたいにか、改めて礼を言わせてくれ。ありがとう」
「そんな大袈裟な、俺は先生やサクラに世話になった恩を一つ返しただけですよ」
心をくれたサクラに、知識をくれた先生には返しきれないほどの恩がある。
先生は急にそっぽを向き、そうかとまた同じように頷いていたが、ダンさんが急に笑い出した。
「お!先生、泣いてるんですかい?ハハハハハ!」
「違うからね!……さて、そろそろサクラの様子を見に帰ろうかな。先に戻るよ二人とも。ハツガ、明日には回復してると思うから、話相手でもしてやってくれると彼女も喜ぶよ」
「それじゃ」と、こっちを向かないで行ってしまった先生を見ながら、ダンさんはあれは照れ隠しだなと笑い、俺も二人と昔の様に話せて、自然と笑顔になっていた。
騒ぎが一段落した後に、今回の戦利品で肉と売れそうな物と使えそうな物を少々もらった。
あとは村で有効に使ってもらおう。
ヒサギさんと保存食のためにドラゴンの肉を干したり、燻製の準備に夢中で完全に忘れていた槍の回収に女神の樹辺りへ向かう事にした。
投げた場所に立ち、飛んでいった方向を確認していると、どこからか「オイ」と声を掛けられる。
振り返ると、長身で赤い長髪の美人、翡翠色の瞳。
もう会わないと思って、別れ際にはちょっと恥ずかしい言葉を交わした女神様がうっすらといた。
「は?」
「なんだ、その顔は。泣いて喜べ私の泥人形。それともあれか?生き返ったからもう用無しって言いたいのか!?冷たいなお前は!」
ああ、なるほど確かに蘇生してもらった今、特に用は無いしそれでもいいか。
無視して槍を探しに行こうとすると、
「オイ!無視とはいい度胸だな。いいだろうここは私のテリトリーだ。体を分解して塵にしてやる」
「おお!美しい師匠様、再び会う事ができ、うれしゅうございますー」
「一番痛みが激しくなるようにバラバラにするか」
素早く土下座をかまし、真面目に向かい合う。
疑問を口から出そうとしたその時、「分かっている」とでも言いたげな笑顔を見せ、言葉を被せる様に説明を始めた。
「お前との縁が強くなったせいか、長くはないがお前には見える様になったらしい。会話も可能だ。それよりもまずは、要件だ。ドラゴンの心臓を、樹の近くに埋めてほしい。お前が持っているだろう?」
バラバラになっていた物を集め、保管はしていたので埋めていると、上から師匠が早口で喋っているのが聞こえてきた。
「これで、樹の魔力や加護は強まるはずだから、しばらくの間、村の心配はしないで各地を周るといい。あと、ドラゴンとの戦いは微妙だったな。サクラに力を使わせたのは、非常に良くない。ああ、ちゃんと技や魔法に名前を付けていたのはグッド。お前には私の加護があるからな。例えば、迫撃掌底は大きい魔物に有効な技と世界に記憶された。今後デカブツに叩き込むと有効……かもしれない。この辺は私の力が弱ってなければ良かったんだが、すまない」
俺が返事を返す間もなく師匠は喋り続ける。
「あと、槍はあそこにあるからな!あの木の向こう。あれは、魔力を払うだけでなく一時的に、貯蔵できる事はちゃんと覚えているか?上手く使えよ!あと、そいつはレプリカだから壊れてもここまで来れば新しいのを用意してやれるはず!(だから、ちゃんと顔見せに来い、用が無くとも来いって時間切れか・・・)」
師匠、頑張って喋ってたけど最後の方、聞こえなかったな。
とりあえず元気そうで良かった。
教えてもらった場所で槍を回収し、女神の樹にいってきますと一言告げ村に戻る。
スタートはここから。
何日か村周辺の魔物狩りと旅の準備に費やした。
回復したサクラも付き合ってくれていたが、どうもよそよそしい。
女性への気遣いや小粋なトークは苦手分野だが、さてどうしたものか。
家族への墓参りを終え、五年前のドラゴンの襲撃で崩壊した自宅跡地を何かないかと調べていると、やっとサクラから声を掛けてきた。
「ハツガさん、これからどうするつもりですか?」
ほら、聞きました?「さん」付けに、丁寧な口調、悲しい。
どうやら幼馴染には、大なり小なり警戒されているらしい。
「むやみやたらに移動して、人に会えないと意味がないからとりあえず、シュレ・アルクスだったか?学校とやらがある町を目指すよ」
「あそこに入るには、通行許可書か紹介状が必要ですけど、どうするつもりですか?」
先生に頼むよと、見向きもしないで適当に流していると、正面に回り込んできて、ズイと不機嫌そうな顔を近づけてくる。
緊張するからやめろって。
「私が持っていますから、一緒に行きましょう。それにスザクさんに会っておくべきです」
ああ、こいつそこの学校行ってたっけ。
大人しく安全な村でいてくれれば良かったものを。
「分かった分かった、なら明日の朝十時、村の入り口で集合な」
「あ、明日?・・・分かりました。ええ、いいでしょう明日ですね」
唐突に言われた時間にしては、明日は早かったのか顔をしかめていたが頷き承諾してくれた。
準備に取り掛かりますと、彼女が行ってしまった後もしばらく村を捜索し、何とか刀一本調達できた。
性能のいい槍があるから出番はないかもしれないが、念のためということで。
正直言うと、村の外に出て、別の町へ行くというだけで気持ちは高まっている。
人との出会い、見知らぬ魔法、学校とやらについてなどいろいろ考えだすと止まらなくなり、結局眠れず、一晩槍を素振りして過ごしてしまった。
翌朝村の入り口に向かうと、なぜか人だまりができていた。
なるほど、みんなサクラを見送っているらしい。
行き辛いなぁと思いながら静かに近づくと、一番に気が付いたヒサギさんが、こっちこっちと手招きをしている。
ハツガちゃんにもこれと、にこにこと微笑みながらお守りを渡してくれた。
「この村の土に、女神様の魔力を貯めてみたのよ。旅の無事、祈ってるからねぇ」
「ありがとう!これ何気にすごいな。魔力を留めておけるなんて」
ダンさんと村の人達もこっちに来て、何か入った袋をくれた。
「お前、一文無しだろ?村のみんなからだ。この村で貨幣なんてあんまり出番がないから遠慮なく持ってけ!向こうでも使えるやつだからな!」
「え?え?え?本当にいいんですか?みんなも?」
焦る俺にみんなは頷いたり、助けてくれた礼だから気にすんな!といろいろ温かい言葉に、泣きそうになっているのをばれない様に、何回もありがとうと返す。
肩を叩かれ振り向くと、先生が
「これは、君がこの村の住人だという証明書だ。必要な時に使ってくれ。あとスザク君に手紙。君のことは私が保証するとも書いておいたから、無いとは思うけど疑われた時、見せれば少しは役に立つかな。……厳しい旅になると思うが、君の思うままにやればいい。志は間違ってないからね。そして、いつでも帰って来なさい、この村はどんな君でも受け入れるから」
死んで生き返る以上の変わり様なんてないだろうからな!とダンさん笑いながら付け足す。
俺は気力に満ちた目でみんなを見まわし、
「またこの村に恩ができました!危険が及べば必ず駆けつけ、みんなの力になるからな!それじゃ、いってきます!」
と、大袈裟な挨拶をしてしまったかと少し恥ずかしくなりながら、礼儀正しく綺麗にお辞儀するサクラと共に手を振って加護の境界線から出て行った。
長い時間歩き続け、夜空の一番輝く星が見え始めたころ、星から方角を読み取りながら、サクラがふと呟いた。
「性格、明るくなりましたね」
「そうか?ああ、そうかもな長い間、人に会ってなかったから喋りたいのかも。あと師匠の影響かもな。うるさいし。」
「……師匠ってヴェルガ様ですよね。どんな方でしたか?」
「女神様だから、最初は無慈悲なものかと思ってたが、人間臭い、感情豊かな女神様だったよ。戦いが好きで、あとは背の高い美人だったかな」
ぶっ通しで修業した事もくだらないやり取りも、真剣な眼差しも忘れられない思い出だ。
騒ぐあの人を思い出して、ついふふっと笑ってしまった。
「……いい思い出だったみたいですね。美人ですか、……ふーん」
「ああ、あの人に命拾ってもらったんだ。お礼に願いの一つくらい叶えないとな」
人を滅亡から救う……か。
こんな無理難題に挑戦するのは、やはり俺は失う事に耐えられないんだろうなぁと、隣でちょっと不機嫌そうな彼女を眺めながら考える。
これが旅の始まり。
人を守りたいと女神が蒔いた種は、どんな景色を作るのか。
赤い炎は失うが、緋色に燃える心は、失わず。
与えられた土の体で、男は走り出す。
女神は、見つめる。
これが希望の発芽と信じて。
やっと旅立ち