水色髪の悪魔
~シュガルディの街中~
「……で、いきなり氷の髪を突きつけてきたのですよ?信じられます?野蛮だとお思いません?」
「どうせ、キアレが余計な事言ったのでしょう?」
「フフッ、ルナ様の仰る通りだ。君が気が付かない間に、敵を増やしているなんて、いつもの事だからね」
「ちょっと二人とも!私の味方ですわよね!?」
お嬢様の反応に、笑い声が返ってくる。
女性三人、姦しいとはこの事か。
だが、姫君に騎士、それに魔術師のお嬢様、周りへの配慮がある故に、不愉快な賑やかさでは当然なかった。
楽しそうな後ろ姿をのんびり眺めながら、護衛の俺は後に続く。
御前試合で敗北した騎士・クリスを励ますためであり、お忍びでの見回り。
姫様発案のちょっとした外出だ。
「でも、氷の髪とはすごいね。相当、繊細な魔法では?」
「認めたくありませんが、その通りです」
「ホーリー並みの魔法の使い手だったりしませんか?」
「ルナ、いくらなんでもそれはあり得ませんことよ。それに、ホーリー様の様な麗しの魔女ではなく、あの女は悪魔ですわ悪魔!」
興奮気味なのか、落ち込んでいたクリスの気を紛らわすためか、キアレはオーバーなリアクションと共に、二人に話す。
いつもの重苦しい鎧も外し、男装に近いラフな格好も相まって、解放的に見えるクリスはルナの狙い通り、良い気分転換にはなっている様に見える。
「悪魔と言いますと、最近、現れたなんて噂が……」
魔女か……。
姿変わらず、長年この国に仕え、町を守っているらしい。
彼女が扱う信じ難い大規模な魔法を、俺もこの目で見た。
この国の人達は、当たり前の様に慕っているが、何者なのだろうか?
「なぁ、ホーリー……様ってどんな人なんだ?」
噂話で盛り上がる三人に、疑問を一つ。
顔つきも服装も個性もバラバラな三人だったが、俺の質問に、皆きょとんとした同じ様な表情になる。
「どうと言われましても……私にとっては、育て親であり、恩人である大切な人ですよ。……シン殿もご存じの通り、竜に蝕まれたこの身、幼き頃は制御もできず、化物扱いで、城門の前に捨てられていたそうです。醜き我が身が、騎士として振る舞えるのも彼女のお陰です」
クリスは少し視線を上に向け、頬をかきながら照れくさそうに教えてくれる。
「皆の憧れだと思いますけれど?一流の魔術師を志した者、魔法に触れた事のある者なら、彼女の素晴らしさは一目瞭然。……ああ、私も先生のお役に立てる魔法の使い手になりたいですわ」
うっとりと、心酔っぷりを十分に見せながらキアレは語る。
「うーん、私にとっては一緒にいるのが当たり前と言うか、この国を動かすために、欠かせない存在ですかね。どんな人ですかー。フランクが厳しいから、優しさの塊ですかねぇホーリーは」
のんびりと考え込む様な仕草をしながら、ルナは微笑む。
恩人、先生、臣下……方向性は違えど、三者三様にホーリーへの信頼を教えてくれる。
「そんなにホーリーの事が、気になるんですか?」
「これは、もしかして、美しい先生に?」
「ああ、そういう……」
何だ、三人揃ってその顔は。
まったく……。
「碧雨が降って祭りも終盤、流石に来た時程、賑やかさは無いな」
女性の好奇心……面倒なので、周りを見ながら適当に喋る。
「あっ、話逸らしましたよ」
「まあまあ、ルナ様その辺りで」
むくれるルナをクリスがなだめてくれる。
足を進めていると、街の端……この街を囲う城壁に辿り着く。
その更に外側が結界……これがこの国の守りの要。
そして、巨大な門を見上げ、先日の魔法を思い出す。
操られた水流が、生き物が如く、ここから流れ出ていった大規模な魔法。
「ここが南門。門はもう一つ北側にありますの。そして、東に先日、御前試合が行われた丘があり、西にはお城。結界に囲まれた城下の町一つですが、皆、希望を捨てずに生きている……それがこの国、シュガルディですわ」
熱心に門を見上げる俺に、にこやかにキアレが話掛けてくる。
「協力関係を結べる国や町を、もっと多く見つけたいですね……この結界だけでは、この国の守りもいずれ限界を迎えるでしょう」
「……そうかもしれませんが、私が生きている間はそんな心配しなくていいですよ」
門の上部と空の間を、真剣な眼差しで睨むクリスを安心させるかの様に、ルナは優しく答える。
そんなルナを心配する声が、もう一方の友人から、聞こえる。
「何もかも一人で、背負わないでくださいな。貴女のその重荷は、冷血なフランクに押し付けられた物……」
「キアレ」
「……失礼いたしましたわ」
「いえ、私を心配してくれているのは、十分に分かっていますから……」
重苦しい空気の中、三人の会話が途切れる。
……しょうがないなぁと、空気を変える話題を投げようと、口を開いたその時!
「い、いやああああああ!!!!!助けて!誰かぁ!誰かぁ!」
耳に悲鳴が突き刺さる。
「キアレ、ルナ様を頼む」
「え、ええ、クリス。お気をつけて」
一言告げ、一番に駆け出したクリスに続く形で、走り出す。
声の聞こえ方から、距離はそう遠くはないはず。
人がちらほらといる通りを走り抜け、建物をいくつか通り過ぎると、街角に人だかりを発見する。
「道を開けなさい!」
クリスの怒鳴り声に、騎士の声だと気が付いた数人がパッと避け、先が見えるようになった。
一人の女性を、男性二人が引っ張っている。
片や腕を掴み、片や後ろから抱える様に持ち上げようとしていた。
一瞬、白昼堂々、女性が襲われていると思ったが、全くの見当違い。
女性は、足元が砂に埋もれていた。
右足の足首を掴まれたかの様な、砂の浸食はじわじわと広がりを見せ、あっという間に膝へ到達する。
「誰か、地属性を扱える者は!」
「今、呼びに行……ああ!来ました!」
剣を携えた騎士らしき人と共に、魔術師の女性が駆け寄って来る。
女性を掴んでいた男性二人は、ほっとしたように手を離す。
「頼みます」
「はい」
クリスの言葉に魔術師は頷く。
砂に捕まった女性に向けて、右手をかざし、魔法を展開しようと魔力を込める。
彼女の魔力に、打ち負けたのか、砂の浸食は収まり、地面に戻る。
被害に合っていた女性は、何度も礼を言い、頭を下げる。
自由になった足は問題ないと、二歩、三歩。
その様子に安心したクリスが息を吐く。
魔術師が、調査の為にその場に屈む。
右手を伸ばした……瞬間!
砂が牙を剥く!
魔術師の右手が、地面から伸びた砂に絡みつかれる。
「きゃあああ!!クッ!この!離れろ!」
「建物の中に入ってください!」
クリスが周りの人達に叫ぶ。
砂埃をたてながら、人々は慌てていなくなる。
「外れろ!外れろ!のいてよぉ!お願いだからぁ!」
女性の声は段々と弱々しくなる。
騎士は、クリスを見つめ指示を待つ。
先程と、同じ様に砂による浸食は進み、肘辺りまで範囲が伸びている。
クリスは目を閉じ、思考する。
目を開き、覚悟の表情と共に、腰に携えた剣を抜く。
「……治療できる者の手配を。腕を斬り落とします。魔法での解除では、この次、その次と連鎖的な被害が出る」
肩まで砂に覆われた魔術師の女性の顔が青ざめる。
「待て」
口を挟む。
怯える瞳に頷きで応える。
「……シン殿。砂は魔力に反応しました。それに魔法での対処では、襲いかかる砂は段々と強力に……」
「俺が引き受ける」
「待ちなさい」
クリスの言葉を無視し、魔術師の砂に覆われた腕を掴む。
地属性の魔力を込め、息を吸う。
「……ハァ!」
一気に解放し、人を襲う砂を四散させる。
「行け!ここから離れろ!」
腰の抜けた魔術師を騎士に任せ、義手の右腕に地属性の魔力を集中させる。
「お前も俺を心配している暇があったら、ルナを拾って、城で対策でも考えろ!」
他人に苦労と危険を押し付けるのを嫌う、真面目な騎士に一声叫ぶ。
「……っ!勝手な事を。どうかご無事で!」
素早く切り替え、クリスは駆け出す。
その後ろ姿が遠ざかるのを確認し、地面に集中する。
乾いた大地全てが敵……それはないだろう。
魔力なら、地面に豊富に感じる上に、俺への魔力供給も止まらない。
地上の魔力を狙う仕掛けか、生き物か?
一人目は、魔法を使える救助側を狙った囮として捕獲した……なんて考えたくはない。
そうだとしたら、厄介すぎる。
腹を括り、右手を地面に近付ける。
地面から、蛇が飛び出して来るかのように、砂がこちらを狙う。
落ち着いて、向かって来る砂を鉄腕で握り潰す。
「何だよ、余裕じゃ……ッ!」
体を捻り、回避を試みるが、脇腹を掠める蛇が如き砂が視界に入る。
殴ると四散し消えてしまうが、気を抜かず全方位に警戒する。
背後からの襲撃に、回し蹴りを叩き込む。
飛び散った砂が向かってくるのを振り払い、弾き飛ばす。
十を超える砂を迎撃し、消えない敵を処理しつつ、あれを持って来ていない事を後悔していると、
「この辺りの方々の、避難は完了しましたわ!」
キアレの声が聞こえ、振り返る。
魔導書を片手に、術を展開する。
「伏せてください!雨の輝き!」
素早く屈むと、散弾の様な水が、砂の蛇を吹き飛ばす。
キアレのドヤ顔が見えたのは、一瞬。
標的を変えた砂が、波となり、キアレを飲み込もうとする。
……今までは紐状の動きしかしなかった。
物理的対処では、攻撃に大きな変化は無かった。
クリスの推測通り、魔法での対処では砂がその分強くなるのか?
分析を進めるが、キアレの悲鳴が聞こえ、思考を中断する。
「迫撃掌底!」
砂の波に掌底を叩き込み、吹き飛ばすと、頭を抱え、うずくまったキアレと対面できた。
恐る恐る顔を上げ、涙目の彼女と目が合う。
「え?あれ、私、無事?あ、……ギリギリではなく、もっと早く助けてくださいな!」
じわじわと彼女を狙う砂を蹴り飛ばす。
キアレを抱え、移動を試みる。
跳躍し、距離を取っても砂が追跡してくる事を確認。
「苦情は後で聞く。魂は女神と共に」
術を起動し足に魔力を回し、強化する。
「追いかけて来てますわよ!」
「それでいい。君は魔力を、手にでも集中させてくれ」
「それって、追われ続けるんじゃ……」
「正解。城で迎撃する」
「私が囮ですの!?ふざけないでください!」
「君は必ず守る」
真剣な声に、彼女は大人しくなってくれる。
「……約束しましたからね」
「ああ」
付かず離れすで、追いかけてくる砂を確認しながら、人気の無い道を選び駆け抜ける。
魔力を原動力にしているなら、対処法はある。
仲間の誰かと連絡が取れれば……。
「クリスとルナは大丈夫なのか?」
「ええ、クリスがついていますし、ルナはホーリー様の迎撃魔法に守られています。あ!砂が速度を上げていますわ!速度を上げてください!速く!速く!」
……。
今はうるさいお嬢様に、傷一つ負わせない事に専念するか。
街を抜け、オアシスへと続く階段が目に入る。
城まであと少し!
「ッ!いけません!砂がこちらへの追跡を、渋り始めましたわ!街へ引き返そうとしています!」
こんな所で!
「俺が食い止めるから、君は城から、スザク・ロードナイトの赤い……うおッ!」
正面から赤い閃光が、一直線に向かって来る!
かわしたそいつは、勢い落とす事無く、うごめく砂に突き刺さる。
「それは、これの事でしょうか?」
砂の魔力は打ち消され、活動を停止し、復活の気配も無い。
突き刺さったそれは、マキリ・アルム……師匠からもらった、魔法を打ち消す俺の槍。
「あらあら、女性を抱きしめていらっしゃるのですか……そうですか……」
階段の上から、槍を投擲した水色の髪の女性の言葉。
「あ、あ、……悪魔ですわ」
キアレの言葉に唾を飲み込む。
氷のようなリオさんの視線に、俺は苦笑いを返すしかなかった。




