雨降って、地緩やかに
試合後の小休止
~丘の上・試合会場~
この国一の戦士と言われた、クリスとの一戦を終え、激しい雨に打たれる事も気にせず、余韻に浸る。
「スザク」
重々しい低音の呼びかけに、ゆっくり振り返る。
傘を差した体格の良い黒衣の男が、投げてきたもう一つの傘を受け取る。
宰相のフランクから、多少……ほんの少しだが、いつもの険しい表情と違った雰囲気を感じる。
「そいつは、水除けの術式が組み込んである。使えば濡れる事もないだろうが、既に手遅れか。それはそれとして、おめでとう」
「構わないんですか?こっちを祝って」
「聞いてないのか?クリスが勝てば、この国の勝ち。シンプルにおめでたい。君が勝てば、英雄が竜に勝つ……この国にとってありがたい英雄譚をなぞる。こっちもめでたい。御前試合だなんて言うが、めでたい祭りの一部、そんなものだ」
「え?そうなんですか?」
間抜けな返事にフランクは、軽く笑う。
「ああ、自分を出汁にしてもいいと、クリスが言い始めてな。どんな理由を付けてでも、貴公と戦いたかったのだろう」
「クリスが竜……。いや、竜の属性を持っている事には驚きましたよ」
戦いで見せた姿形の変化、装備だけではなく、あいつ自身も竜に近づいていた。
だからこそ、竜殺しが機能し、こちらの一撃で決着となったのだろう。
俺の言葉に、宰相はいつもの難しい顔に戻る。
「否定はしない、とだけ言っておこう。ま、あまり私がベラベラ喋るのもな?」
本人に聞いてくれ、と話はそこから発展しなかった。
沈黙の中、「失礼」と宰相は煙草を取り出す。
一本口にくわえた後、コートから何かを探すような仕草をしていたので、パチンと指を鳴らし、蒼炎を指に灯し、宰相の方に手を伸ばす。
どうせ、蒼炎は明日まで持たない魔力だ、使い切ろう。
「ありがとう。懐かしいな、貴公と話すきっかけになったのも、火をくれたこのやり取りだったと、記憶している」
以前も見た、目からは圧力、口元だけ微妙に笑ったその顔はどうやら好意的な物だったらしい。
煙を吐き出すその横顔には、緩みもある様な気がした。
丘の上である現在地から、街を見下ろしながら隣で呟く声が、耳に届く。
「住民の避難は無事完了。クリスがしばらく使い物にならない分、仕事が増えて困ったものだ。ふむ」
「……す、すいません」
「ハッハッハ!気にするな。文句を言うなら貴公ではなく、クリスへだ。あれは強さこそ一流だが、まだまだ未熟。グレイも頑張ってはいるが、私としては貴公のような心身共に成熟した片腕がいてほしいものだ」
「……冗談ですよね?」
「私が無駄を嫌っているのは知っているだろ?民が、この雨対策に女神ヴェルガに祈る事が理解できない様な男だ。冗談に聞こえたのなら、もう一度……」
「あー、いや考えておきます。はい。ところで……、」
話を変えよう、知らない内にこの国の騎士になっていようものなら、兄貴になんて言えばいいんだか。
「雨に避難を要したり、女神様へ祈ったりする程、誰も彼も不安になるんですか?」
「ああ、そうか貴公は碧雨は見たことがなかったか……そろそろだ、見ていたまえ」
丘の上から眺めるこの「シュガルディ」の街並みは、土を材料とした高層な建物が多い。
それも、バラバラに並んでいるわけでは無く、直線の道に沿って規則的に並んでいる。
道はというと、直線的であり、所謂、碁盤の目というやつだろうか、そんな街並みだ。
「水捌けが悪いみたいですね」
激しい雨により、道がどんどん水に覆われていく。
「この地は砂漠の真ん中。土が水を吸う事に、慣れていない……それに地面は地属性の魔力が豊富で、水属性の入り込む隙間もない。……さぁ碧雨だ、傘を手放すな」
へ?
透明だった雨水は、濃い青緑色となり、矢の如く降り注ぐ。
激しい音に釣られ見上げると、空が碧色となり、雲すら見えなくなっていた。
「結界に守られてないと、あれがそのまま落ちてくる……水が塊となって叩きつけられる、想像するだけで恐ろしい。だが、結界のお陰で雨と表現できる程度のものにはなっているだろう?」
いや、まぁそうだが、みるみる内に街の水位が上がっているように見えるんだが。
「そうだな、一階は沈む」
事もなさげにさらりと宰相は言ったが、街は大丈夫なのか?
「基本、我が国では一階に物は置かず、閉鎖し碧雨に備える。そして……」
水が動き始める。
高所から、低所……流れの摂理に従うわけではなく、束の様にまとまってまるで生き物の様に動く。
それは、城で見た木像……竜を思い出させるうねりだった。
ある一つの水流は、オアシスの湖に飛び込み、貯水され、他の水流は勢い良く門から出て行き、街の水位は下がっていく。
「あれを、ホーリーが操っている」
「なッ、一人であの物量を?」
「街には何年も掛けて彼女が術式を仕掛け、水を誘導できるようにした。だからこそ、この国の皆は彼女を碧水の魔女と呼び、尊敬し、慕っている」
そりゃ、そうだろ。
これだけの芸当をこなし、国を災害から守る……英雄じゃないか。
「あれを習得しようと努力する弟子も多いが、到達する者はいない。この国としても、後継者は欲しいが……な?」
目標が遠すぎる。
努力でどうこうなる魔術かよ。
だが、必要なのだろうな、彼女だけに頼るわけにもいかないこの国には。
魔女の後継者が。
「と、こんな所だ。……こんな魔法があったと、学校の生徒への土産話にでもしてくれたまえ」
「……はい……」
圧倒された。
あの暴力的な雨を、日常的に凌いでいるのかあの魔女は。
世界は広い……。
~次の日・客間~
「……きて……ださい!」
兄・スザクとしての役割がほぼ終わったため、仮面を外し、幻影の魔法も解除し、元の姿に戻って部屋に戻るなりベッドにダイブし、眠りに落ちた。
疲労もあって、起きる気にならないが、なぜか一人で泊まっているはずの部屋が騒がしい。
「起きてください!」
「うおおお!!!」
耳元で叫ばれ、飛び起きる。
目に入るのは、小柄な女性。
丸く大きな黒い瞳に、紫色の髪。
褐色の肌に、上物の服。
「げぇ!!ルナ!!」
「何ですか、げぇ!とは!」
頬を膨らませているのは、この国を治める姫様じゃねえか!
落ち着け、落ち着け!
仮面を外した俺は、ええと……訳合って、「シン・ナナゴウ」という偽名を名乗り、傭兵として招待されていた……はず。
そんな俺の所に国のトップが……。
「どうしたでおじゃるか?」
「……?寝ぼけてないで、傭兵さん!出かけますよ!」
ああ、そういえば、この姿の時、彼女を助けた事もあり、砕けた感じでやり取りしていたよな。
うん、確かそうだ。
それで、拙者と出かけるとな?
「碧雨の後ですから、見回りです。あのあの!護衛しながら、付き合ってもらえませんか?」
目が覚めてきた。
「へ?俺が?騎士を連れて行った方が……」
当然だ。
守ってもらうなら、赤の他人より、身内。
周りもその方が納得するし、安心する。
俺の返答に姫様は唇を尖らせ、眉を八の字にする。
「プライドがあるじゃないですか?」
「誰の?」
「クリスです!クリス。」
……クリス?
試合で気を失った後は、治療に連れて行かれたところまでは知っているが……。
「落ち込んでしまっているのです!」
軍の隊長ともあろう方が、そんな弱いメンタルなのか。
「ああなるとあの子は引っ張り出すのが、効果的ですからね。でも、あの状態で部下は辛いわけですよ。ですから、協力をお願いしたいのです」
仕方ない、原因は俺にもあるし、付き合うくらいお安い御用だ。
支度を済ませ、ルナと共に扉から出ると、少し派手な服装に、キツイ目つきのお嬢様と……。
顔に布をぐるぐるに巻き隠した、変人が待ち構えていた。
「誰?」
「私は、キアレ・エスタラと申します。まぁ、あなたがルナを助けたという方ですの?本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる礼儀正しい女性に、対応しつつ、見た目と印象違うなと、そんな事を考えるが……。
隣の顔を隠した変人が気になり過ぎる。
「シン殿……試合を見ましたか?」
げ、どんより沈んだ声だが誰かは分かる。
昨日、激しく戦い、倒したクリス本人だ。
「ええ、まぁ」
「……ああああああああああ、私は国の代表でありながら、なんて恥を多くの人に晒したんだあああああ」
いつもの礼儀正しい言動や全身纏う鎧をとっぱらったその人は、敗北に嘆くただの……とは言えないがとりあえず女性だった。
うーむ、女性の顔面を蹴り飛ばしたらしい。
「はいはい、落ち着いて。さぁ見回りに行きますよ」
うなだれるクリス、それをなだめるルナ、二人の前を歩くキアレ、三人の女性と共に、街へ見回りに行く事になったらしい。
「そういえば、三人はどういう集まり……いや、違う。どんな関係なんだ?」
クリスの様に怪しい恰好ではなく、自然な感じで顔を隠す布を身に付けたルナに質問する。
「友達ですよ。小さい頃からの」
「へー」
そこで、終わってしまった会話を、無理に続ける事無く、そういえば、祭りはちゃんと続いているのかと、女性陣の後ろを歩きながらぼんやり考えていると、城門付近で見慣れた人達が目に入る。
ルナ達に会釈をした、その二人の女性は、俺の横を通り過ぎるその時、
「楽しそうですね?私達をほったらかして」
水色の髪の女性の言葉に、背筋が凍る。
「……ばーか。フンッ」
黒髪の女性の言葉に、慌てて振り返る。
旅の仲間達は早足で去ってしまった後だった。
姫様の頼みじゃ仕方ないじゃないか……。
どうしたものやら、どうにかしないとなぁ……。




