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代理戦士

 

 ~試合会場・観客席~


 ハツガの一撃で、クリスの顔の守りは欠け、素顔を現す。

 歓声の大合唱、鳴り響く黄色い声。

 うっとりする女性に、食いつく様に身をのりだし見る男性。

 美しい素顔は、魅了の呪いか天性のカリスマか。


「はあああぁぁ、自分のとこの騎士がダメージ受けたんですよ?何ですかこの歓喜の声。あー、やだやだ」


 不満な気持ちが溢れだし、ロウェルはわざとらしく耳を塞ぐ様な仕草をする。

 

「ほら、でも右腕問題ないようですよ?喜んではどうですか、ロウェル」


 隣から聞こえるリオの声に、「ええ、まぁ」と複雑そうな表情。

 ハツガの右腕……装着したロウェル製の義手の状態は万全、強引に行った接続も今のところ問題はなさそうで一安心する。

 


 逆に、クリスの勝利を信じて疑わない部下は苛立ちを積み重ねる。

 グレイはこの攻防の結果に一欠片ひとかけらの納得も無く、不満を漏らす。


「火属性を纏った殴り程度で、隊長の兜を傷つけるたぁどんなイカサマだぁ?神聖な戦いでふっざけんなっての」


「落ち着いて下さいな副隊長。それにしても、戦いの時に楽しそうにしている隊長、久しぶりに見ましたわ」


「俺との訓練でも、兜の下はあんなもんだと思うぜ?」


「……嘘ばっかり。軍で誰もクリスの守りを突破できたなんて、聞いたことありませんわよ」


「ん?キアレ、何だ?」


「……いえ、何も。……あら?雨が近そうですわね。時間は想定より長く取れなさそうですが、クリス……あなたはどう出るのでしょうか……」



 キアレという名のお嬢様の呟きは、誰の耳にも届かず、砂埃の混じった風と共に流される。

 


~試合会場・貴賓席~



「ルナ様、ホーリーが碧雨へきうが近いと」


「む、文字通り水を差されるとは、この事ですか、フランク?」


「私にそんな顔を向けても、天気は良くなりませんよ、姫」


「あんなに楽しそうなクリスは久しぶりなのに、もったいないです」


 ムッと向けられた姫様の顔に、宰相フランクはドライに返答する。

 周りに人もいないため、年相応の可愛らしい反応。

 だが、紙をめくり表を裏にする様に一瞬で女の子は、この国を治める姫君に変わる。


「……元々、雨は観測されてた故、民も備えておろうが、周知を出せ。区間封鎖はいつもと同じ、指揮は其方そなたに任せる……ここで止めてもクリスは昂ったままでしょうし」


「ハッ」


「試合の制限時間と門に関しては、ホーリーに任せます。時間が来れば、試合は中止。仕方ありません」





 ~試合会場~



「刀だけではなく、槍でも我が大剣を凌がれると、自信無くしますよ!」


「嬉しそうに、殺意全開で剣を振りながら言う言葉ではないと、思いますよクリスさん」


「殺意だなんて、大袈裟……ハアアア!!!ですよ!」


 刀を投げ捨ててしまってから、槍に持ち替えたハツガは、豪雨が如き剣筋を丁寧に捌く。

 踏み込まれると致命的、敗北を防ぐために間合い管理に血を注ぐ。

 兜を破壊してしまった反動か、思い切りやっても相手は死なないだろうという無茶苦茶な信頼を感じる。


 僅かな隙を見つけ、横薙ぎで足払いを狙うが、緋色の槍は蹴り返され、眼前に迫る大剣を紙一重でかわす。

 攻めの代償は、顔の傷となって帰って来た……かわしたはずなんだがなぁ。

 頬の血を拭う暇も無く、戦闘を継続する。


「刀だとワイルドでしたけど、槍だと紳士的な攻撃なのですね!」


 結局のところ、この美しい素顔だけでは、男か女かも分からない。

 そんな雑念を吹き飛ばす重い一振りと一緒に、言葉も飛んできた。



「貴方は、普段の礼儀正しい態度とは正反対。デンジャラスですね」


「戦場で礼儀正しくても、国は守れませんからね!」


 そりゃそうだ。

 ……ひたすら打ち合っているのも芸が無い。

 観客もいる、そろそろ流れを……。




「両者!一時待て!」



 あ?

 大剣を振りかぶったクリスがそのまま止まり、後ろに大きく跳躍する。

 こちらも槍の構えを解き、声のした方に目を向ける。


 審判を担当する魔女・ホーリーが何か唱えると、声が頭の中に直接響く。


「碧雨が、間もなく降る事となります。ルナ様の決定により、この試合は、これより制限時間付きとなります。時間は五分。その後、観戦に来られた皆様は、騎士の誘導に従って避難をお願いいたします。何か不安な点がございましたら、いつも通り我が弟子達にご報告よろしくお願いいたします」


 「えー」という不満そうな声や、「雨かー」といった残念そうな声が観客の方から聞こえる。

 つまり、この声はここに居る全員に聞こえているらしい。



「碧雨?」


「ああ、雨ですよ。激しい雨なので、試合もあと五分……ずっっっと打ち合っていたかったんですけどねぇ」


 状況を飲み込めないままクリスに疑問を投げても、戦闘の快感に浸って余り役に立たない。

 


「残念ですが、あと五分で中止になるという事でございますよ、スザクさん」



「そうですか」


 ホーリーが柔らかい表情で教えてくれる。

 雨で中止か。

 姫様や国のいろんな人が来ているこの行事でも、雨程度でも中止になるのか。

 


「では!仕切り直して、これから五分となります!両者、よろ……」


 ホーリーの宣言の前に、クリスが割って入る。


「先生、竜鎧我鱗アルミュキュールの使用許可を」 


 いつも穏やかな表情の魔女だが、嫌なのか面倒なのか、露骨に顔をしかめ、鎧の騎士の問いに答える。


「はぁ、クリス。心が乱れてございません?そこまで、決着をつけたいのですか?」


「はい」


 クリスの迷いなき返事、真っ直ぐな瞳に、ホーリーは深く溜め息を吐き、


「はいはい。構いません。どうなっても私は、知りませんからね」


「やった」




「スザク様」



 始まる前にクリスが声を掛けてくる。


「私、この国が大好きなんですよ。だから、どうやってでも守りたい。戦場で負けたら全てを失う……そう思っています。だから、戦う。だから、勝つ。スザク様は、何の為に戦っているのか、伺ってもよろしいですか?」



 スザク・ロードナイトに対する問いか。

 ……兄貴が何の為に戦っているかは知らないが、今の俺は……。



「スザク・ロードナイトの名を汚さぬ為」


「……?名誉ですか?」



「二人とも、再開しますよ!」


 ホーリーの呼びかけで問答は中断される。


「では、両者!改めて、始め!」



 合図が終わるや否や、ノータイムで飛来する大剣に襲われる。


「はあああ???」


 こいつ、あのデカブツを投げつけてきやがった!

 なんて速さだ。 

 不意を突かれ、辛うじて構えた槍は大きく弾き飛ばされ、蒼炎を操り何とか軌道を逸らせるが、羽織っていた兄貴の上着が切り裂かれる。



「牙、解放。爪、解放。醜き我が身を慈愛で包むこの国に感謝を。民に感謝を。竜鎧我鱗アルミュキュール!」


 大剣の投擲の後、立ち止まっているクリスが確認できる。

 比較的近い刀の下に駆け寄り、回収する。

 刀を取った瞬間、大歓声が起こる。

 間違いなくこっちではない。


 クリスを確認する。


 分厚く重々しかった鎧は、体にフィットするように軽そうに変形し、腕に装着している籠手は、ドラゴンの鱗を思い出させる。

 そして、その先の手の爪は、人のものではなく、刃物の様に鋭く長く、楽しそうな口元からは牙を覗かせる。



 目が合った。

 蛇の目……いや竜の目だ。


 地を蹴ったそれを一瞬で見失う。

 辛うじて刀の峰に右手を当て、襲いくる爪を受け止めた……。

 はずだったが、そのまま押し負け、観客との仕切りになっている、水の壁に叩きつけられる。

 特段、衝撃を吸収してくれるような事もなく痛みで顔が歪む。



「おらあああああ!!!来たぜ隊長の本気!一気に畳んじまえ!!!」



 背後で盛り上がる観客の声が、耳に届く。

 刀を両手で支え、相手の左手と張り合うが、刀は竜の鱗に阻まれ、刃物として機能しない。



「他者の為に戦う者、名誉の為に戦う者……。力の差は見えたと思いますけど、どうします?」


 ……。


 冷たい視線に、不敵な笑みで応える。


「そうですか」



「降参しないみたいなので、止めにしますね。久しぶりの強者との戦い、楽しかったです」



 その宣言から、一呼吸置き、クリスの空いた右手は鋭くハツガの左肩に突き刺さる。

 怒号、叫び、悲鳴。

 人の発する音が、世界を埋め尽くす。


 ホーリーが手を上げようとしたその時、地面に雫一つ。


「雨?」


「熱ッ!!!!」


 クリスが反射的に、怯んだ。

 体に突き刺した、竜の手が焼かれたのだ。

 


「この体が、火属性に負けたのですか!?ありえない!!」


 動揺するクリスを押し返し、追撃しようとするが、冷静に距離を取られる。

 


「やれやれ、兄貴の真似事だったが、上手くいったか」


 体に刺された物に、体中の魔力を流し蒼炎を叩き込む……馬鹿げた戦法だと思っていたが、役に立つとは。

 数滴の雨が体を濡らす。

 静かな水が身に沁みわたる。



「先生、いえ、貴方様が負ける姿は見たくないですねわたくし



 軽く手を上げ、声援に応える。

 屈み、傷口から流れる血を右手に付け、マッチに火をつける様に、右足に素早く一回擦る。

 こちらを狙うクリスが目に入る。

 右足が蒼炎を纏う。



 相手の跳躍。

 高速の襲撃。




「勝ちたいのは理解できる、だが、焦り過ぎではないか?隊長さん。」




 軽く跳ねる。


 

蒼脚そうきゃく!」



 振り切られた炎の右足は、竜と化した騎士の顔面を捉え、対面の水の壁に叩きつける。

 静まり返る会場。

 しとしととした雨音の中、クリスが地面に落ちる音が鈍く響く。


「時間です!試合終了!」


 魔女の宣言が、時間の訪れを示し、試合は終わる。






 ……。



 ホーリーに傷を治療してもらった後、しばらく試合会場から移動する気になれなかった。

 騎士達が指示を始め、ざわつく観客を誘導する姿をぼんやり眺めていたら、二人駆け寄って来る姿が目に入る。

 水色の髪の美人とひょろ長い怠そうな男。

 


「いやー、やりましたね!俺の傑作の右腕とその他の肉!」


「やかましい」


「素敵でしたよ、ハツ……コホン、先生!」


「ありがとうございま……うわっと」


 へらへら笑いながら、軽口を叩くロウェルに一言返しながら、飛びついてきたリオさんを受け止める。

 喜ぶ二人を見て、この国での主目的を終えた事を実感しホッとする。

 戦えない兄・スザクに変わって、この戦いで勝利する。

 しかも、スザクに変装して。

 馬鹿げた話だったが何とかやり遂げた。


 兄貴のコートはボロボロになり、泥にも汚れてしまった。

 でも、あいつの名前に敗北という傷をつけたくなかった、俺の子供っぽい意地は何とか張り通した。


 それが戦う理由でもいいだろ?清廉な騎士殿。

 


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