翔ける、賭ける、欠ける
~試合会場・視点ロウェル~
「遅い!」
御前試合開始の時間が近づいても、当事者のスザク先生……に変装したあいつはまだ現れない。
待たせてしまうかもしれないのは、この国の重役の方々だ。
姫君、宰相殿、国一の魔術師に、軍のトップの隊長。
……遅刻した場合を想像するだけで、い、胃が、腹が痛む。
「あらあら、そんなに声を荒げて。まだ時間はあるのに、心配性ですねロウェル」
観客はこれより内側にと、騎士達に誘導され、観戦できる範囲内のほぼ最前に陣取れた。
そして、隣にいる女性……リオが、ほのぼのと話しかけてくる。
「この大事なイベントでの遅刻ですよ?考えただけでも気が滅入りますよ、姉さん」
「大丈夫、大丈夫。あ!あのお方、素晴らしい魔力だと思いません?」
「ちょ、指差さないでくださいって。国のお偉いさんですからねあの人達。あと俺達は観客ですから、落ち着いて見て下さいよ落ち着いて」
普段は見た目麗しく、お淑やかな姉ではあるが、知り合いの目も無く旅先の興奮も合ってか楽しそうにはしゃいでいる。
……戦闘力の高そうな人を見ると、大なり小なり反応してしまうのは、いつも通りだが。
姉との他愛無い話と共に時間は流れる。
会場にやって来る人も更に増え、賑やかさを増していく。
波となって押し寄せる雑談達、迫ってくる人の大人数の気配、人口密度が上がる感覚に、自然と舌打ちしてしまう。
姉のたしなめるような視線に気付かないふりをしたその時、溢れる雑談の隙間から気になる会話が耳に届く。
「ルナ様達が招いたからって不安になり過ぎてたな、キアレ。媚を売りながら、コンディションに探りを入れたが、ありゃ隊長が余裕で勝つぜ」
「本当ですの?グレイ副隊長」
「まあな。魔力は上手く制御できていないわ、属性にはノイズが掛かってるみたいに不安定だわで、あんなのが人に教える立場なのに驚きだぜ。ホーリー様みたいな魔法の指導者がいない外なんて、そんなもんかねぇ」
「……負けないのであれば、安心ですわね」
「ただ、賭けにもなんねえんだよなぁ。みんな隊長が勝つつって。攻撃何発で終わるかっていう条件にしようかねぇ」
最初の一撃の人気が高そうだがと、笑い声と供に言葉が続く。
普段ならこの程度の会話、気にも留めないが現状の不快感とイラつきのまま、声のする方に睨む。
数人の人越しに、長い黒髪を後ろで結んだ綺麗な顔立ちの優男と目が合う。
こちらに気付いたそいつは、人をかき分け向かって来る。
そいつの移動に頭を下げ、道を譲る人がいる事から、それなりの立場の野郎らしい。
俺の服装が、見慣れぬ制服であると認識したのか、
「これはこれは、客人の連れの方でしたか。無粋で無礼な会話を、お耳に入れてしまい大変失礼いたしました」
安い挑発だ。
初対面の人にこの態度……どうやら、俺達がこの国にやって来た事すら気に入らない、とでもいうのだろうか。
「ちょっと、グレイ様……ってあら?あなたその制服、シュレ・アルクスの学生ですの?魔法を学べる町の?」
「え、ええ」
優男の後ろから、先程の会話の相手と思われる、少し派手目な上衣とスカートの繋がった服装、額を出し、きりっとした目つきに押し負けそうな女性が会話に加わってくる。
俺と目が合うと、フフッと口元を手で隠し上品に笑った後、
「薄味ですわね。極薄。隣の女性は、違いますけど、あなたの様な薄い魔力でも、入学を許されるのですね。ちょっとがっかり。魔法を学ぶ学校を中心とした町と聞いていましたが、教師も生徒もレベルの方は……」
「黙れキアレ!」
「……ッ!」
キアレは息を呑み、グレイの鋭い叫びに驚く。
先程まで、俺や町、そして先生にまで悪態をついていた口は閉じられる。
黙ったのは彼に注意されたからか?いや、そうではない。
こちらに振り向く事すらしない姉・リオの水色の髪一部分が、氷を纏いリーチを増し、キアレと呼ばれる女性の喉元に突きつけられていた。
「素晴らしい魔力だが……お嬢さん覚悟できてるのかい?」
「そっちが絡んできたんだろうが!」
我慢できなくなり、勢いに任せて怒鳴る。
どよめきと、遠慮がちな「ふ、副隊長」と止めようとしているのか、ただただ怯えているのか分からない声が周りから聞こえる。
「わーかってるよ。大事にもしないしない。キアレも言葉が過ぎたし、構わないよな?」
涙目で、お嬢様が何回も激しく頷く姿が見える。
……姉さんに本気で怯えているな。
「ただ、ウチの国のモンが凶器突きつけられてんだ。何もなしってのは……な?美人さん?」
「おい!」
ただの因縁じゃないか!
「もやしはすっこんでろ!」
「なんだと!」
「ロウェル」
喧嘩一歩手前、静かな呼びかけに従い、大人しく一歩退く。
代わりに前に出る姉と対面し、驚き、そして嬉しそうな顔でグレイが述べる。
「わぉ、美人なだけでなく、度胸もあると見た。良い面構えだ、……ウチの隊に入らないか?それで水に流してやるぜ」
「おい、ふざけた事……」
「この国で一番お強い方はどなたでしょうか?予想を超える強者の言葉なら、一考に値しますけれど」
ちょ、ちょっと姉さん何まともに取り合ってんの!?
こんな話、突っぱねればいいのに。
「私だ。私は自分をそう思っているし、そうだと信じている」
胸を張り、迷いなくグレイは答える。
気に入らないヤツだったがその一連の行動は、眩しく羨ましかった。
「だが、……」
「当然、最もお強いのは、隊長ですわ」
観客スペースの境界線の向こう側。
試合の相手を待つ、鎧の騎士に優雅に手を向けながら、キアレが会話に割り込んでくる。
グレイは溜め息を吐きながら
「……と、まぁ皆が最強と呼ぶのは隊長だ」
と不服っぽく漏らす。
だが、そんな事もお構いなしに、リオはにこやかに返す。
「スザク先生に勝てるのでしょうか。フフッ」
流石にこの言葉には、傍観を決めていた人、もめ事を止めるか迷っていた人、無関心だった人……ほぼ周りの人全員だろうなぁ、と思わせる怒りや異議を含んだ視線を感じる。
「この国、この場所でよく言ったお嬢さん!強いヤツの話なら聞くってのなら、こんな賭けはどうだい?」
グレイはにやりと歯を見せ、
「この試合ウチの隊長が勝てば、スカウトの話、考えてくれや」
「構いませんよ」
即答ぅ!?
「いやいやいや、構わなくないでしょ!姉さん、学校どうするんですか!」
「ハツ……コホン、先生より強い方がいらっしゃるのなら、そっちで学ぶのも良いと思いませんロウェル?ええ、そうですね、先生が敗北すれば、この国でお世話になってもよろしいですか?」
きょとんとしたグレイは、すぐに大口を開けて大爆笑をする。
「ますます気に入った!大歓迎だ、魔力が高い美人が加わるとなりゃ、みんな喜ぶ。……となると、あんたは、自分の身を賭けるわけだ。こっちも相応のもんじゃないと盛り上がりに欠けるな。さて、どうする……」
「こちらを侮辱した言葉を撤回し、弟やスザク先生に謝罪。これでどうですか?」
リオの言葉に、機嫌よく笑っていた副隊長は、みるみる険しい表情へと変わり、気に入らないとばかりに睨みを利かす。
「チッ、つまらん女だったか。盛り上がらないが、まぁいい。これで決定だ、二言はないな?」
姉の丁寧に頭を下げ、承諾する姿に困惑する。
何か、何かを問わなければと気持ちが急いたその時、
「選手が通ります!道を開けて下さい!」
と、人混みが水面を割るように誘導され、直線状に人が通れる道ができる。
見た目は恩師、仮面を付けた中身は戦友のそいつが通り抜け、隊長で、試合の相手である鎧の騎士と向かい合う。
「姉さん、さっきの話……」
「さぁ、応援しましょうか」
と満面の笑顔を向けられ、ますます分からなくなる。
確かに姉は、強い人に惹かれるきらいはある。
それは、戦友……ハツガを気に入ったきっかけも戦いの強さからだった。
ならば、より強い者が現れれば、それが姉にとって重要な人物か?
否、身内の余計なおせっかいかもしれないが、今の姉にはあいつが必要な気がする。
「一発で片付くから、瞬きすんなよ?もやし」
グレイの悪態で思考が遮られ、現実に帰って来る。
試合開始直前まで、事は進んでいるらしい。
試合をする空間には、二人の他に魔女が現れ、観客との間に、水の魔法と思われる仕切りを作成する。
「試合開始!」
魔女による宣言に、大歓声が沸き起こる。
「我が名はクリス・ロンブウォン!シュガルディを守りし剣!我が敗北は、この国の死!故に不敗が我が使命!」
「我が名は、スザク・ロードナイト!この蒼炎、この勇気で勝利を掴む!我が願い!この名、敗れること無し!」
二つの名乗りが、微かに聞こえ、祈るように戦友を見つめる。
ハツガはいきなり、切り札の一つである蒼炎の魔力を解放する。
観客へのパフォーマンスとして、その工程は必要ではあったが、初手は予想外だった。
両腕と装備した刀に、蒼炎が纏う。
「おお!蒼い炎を操ると噂に聞いていたが、本当だったのか!」
「スザク・ロードナイトと言えば蒼炎!あの炎は、あの方しかおられまい」
驚嘆する声が周りから、大量に聞こえる。
だが、巨大な大剣を振り回し、人とは思えない高さを重装備のまま跳躍する鎧の騎士・クリスの姿に、みんなが興奮し、騒ぎ、叫ぶ!
受ける構えを取ったハツガを確認したグレイは、
「あーあ、一撃目は避けろとあれだけ忠告してやったのに……。お嬢さん、学校のお友達へのお別れの挨拶でも考えときな」
腕組みし、余裕の笑みを浮かべる。
激しい金属音が鳴り響き、空の大剣と地の刀がぶつかり合う!
両者固まったのは、一瞬のみ。
ハツガがクリスごと大剣を弾き返すと、難無く着地し、跳躍一つ、重装備とは思えない機動力で再び、ハツガに斬りかかる。
受け止め、鍔迫り合いとなるが、力任せか?強引に両者間合いを取り、クリスが連撃を仕掛け、ハツガは受け流すが威力、速さとも必殺の太刀筋に防戦を強いられる。
一方的ではあるが、剣戟が続く程、徐々に騒がしかった人の声が無くなり、金属の打ち合う音のみに空間が支配される。
ある人は、呼吸を忘れ、ある人は息を呑む。
キアレは口元を両手で覆い固まり、グレイは明らかに怒りの表情を見せる。
隣の姉は、優しく微笑んでいた。
同じ様な打ち合いが続くかと思った矢先、防戦一方だったハツガが、素早く踏み込み一閃!
辛うじて受けたクリスの大剣は弾かれ、のけ反る。
追撃の左手で振るわれた炎の刀を、崩れながらも大剣が迎え撃つ。
その瞬間、刃の接触と同時にハツガは刀を手放す。
刀は大きく弾き飛ばされるが、クリスは僅かながら大剣を振り切る様な形となり、隙が生まれる。
懐に潜り込まれた事に気が付いた頃には時すでに遅し!
眼前に、蒼炎を纏った拳が迫る。
武器を手離し、殴りかかるとは正気か?と鎧の騎士は見せてしまった余裕を、すぐに後悔する事になる。
フルフェイスの守り、魔法があろうと拳程度でダメージなど……。
だが、クリスの認識は幻だ。
偽物だ。
変装だ。
幻影に包まれたこの右腕、蒼炎で強化された鋼鉄の義手がクリスの顔面を捉える。
打撃音が鳴り響き、クリスは後ろに大きく跳躍し、顔を抑える。
顔を覆った兜は一部欠け、ハツガは向かい合う事になる……蛇の様な瞳と。
「これは、流石に邪魔になりますね」
そう一人零した後、鎧の騎士は欠けてしまった顔の守りを投げ捨てる。
金髪の麗人……美しき国の守護者の素顔に、試合会場は大歓声という背景音楽を取り戻す。
「さぁ、ギアを上げていきますよ。スザク様」
その宣言と共に、戦いは激しさを増す。




