御前試合
~城内~
城内の礼拝堂を後にし、御前試合を行う場所である城の外、えーと、場所はどの辺りだったか?
城から出て、シュガルディの街を抜けた丘の上だったか。
この街は高い建物が多いが、それでも見れば分かると言っていた。
試合の時間まで余裕はある、まぁ大丈夫だろう。
石造りの廊下を歩いていると、ふと開けた中庭の様な空間が目に入る。
この国の兵士達が、隊長である全身に鎧をまとったクリスと稽古を行っていた。
しかし、あれは稽古と言って良いのだろうか?
「うおおおおおおおお!!!!!」
気合の叫びと共に、四方から斬りかかる四人の兵士を、クリスは洗練された動きで、ある剣はいなし、ある剣は紙一重でかわす。
二人同時の攻撃を受け止めたかと思えば、まとめて吹き飛ばす。
「そら!攻撃の手を休めるな!あいつはまだか!次々どんどん来い!」
礼儀正しく穏やかな面しか知らなかった隊長殿の、戦士としての部分に時間を忘れ、見入ってしまう。
重そうな鎧をまとっているが、美しい身のこなし、流れる様な太刀筋で次々と兵士を薙ぎ倒していく。
「訓練は恐れずに!実戦は焦らずに!自分の命は無駄に扱うな!諦めず勝利への布石打て!」
熱心なクリスの声に耳を傾けていると、人の声二つ。
「あ、いたいた。もう、槍忘れてるわよ」
「ほぁー!スザク先生!お久しぶりです!いやぁ、懐かしいな~」
耳に入ったタイミングは同時だったが前方から聞こえた知らない声より、後ろのサクラの声に反応し振り返る。
緋色の槍を大切そうに抱えた幼馴染に、礼を言いながら受け取る。
「あはっ、おやおや先生、可愛いお連れさんですね。ガールフレンドですか?」
「違います。教え子です」
サクラの可愛げのない冷たい即答に、少し拗ねつつ、初めて聞く声のした方に振り返る。
男……と目が合う。
長い黒髪を後ろで縛り、いかにも人が良いと思われる、柔和な笑顔をこちらに向けている。
剣を携え、鎧を装備しているという事は、この国の騎士だろうか。
そして反応的に兄貴への変装は、上手く機能しているらしい。
その兄貴の知り合いの様だが、どう対応するか……迷いを察してくれたのかサクラが素早く、
「あの、先生とはどんな関係なんですか?」
と、笑顔の騎士から情報を引き出そうとしてくれる。
きょとんとした表情を向けられ、こんなありきたりな質問が失策だったか?
そんなサクラの不安そうな空気を一瞬感じるが、
「ただの友人ですよ。えぇー寂しいなぁ先生、私の事を周りに話してくれてないんですか」
と、唇を尖らせ、おどけた様に騎士は話す。
「では、そんなガールフレンドちゃんに講義を一つ。スザク先生の友人で、この国の最強の騎士!そしてクリス様の部下、近衛隊・副隊長のグレイと申します。覚えておいて下さいね」
ウインクを思いっ切りこちらに放つが、整った顔立ちだろうと気持ち悪いので目を逸らす。
隣のサクラは警戒心を強めているのか、愛想笑いをしようとしているが、表情は硬い。
……兄貴の友人関係に口を出すつもりは無いが、なんだこの知り合い。
ったく、宰相閣下といいこの人といい人間関係くらい事前に教えておいてくれよ。
報連相大事!
シュレ・アルクスの町で寝ている兄貴への文句を頭の中で巡らせていると、なぜかグレイは俺の左手を両手で握りながら、勢い良く喋り出す。
「と言いますか先生、御前試合あるのに、こんな所で油売ってていいんですか?」
ガチャ、ガチャ。
「あ、もしかして対戦相手の偵察?それなら、一つ宣言。一撃目の攻撃は派手にいきますので、絶対に避けて下さいね?」
ガチャ、ガチャ。
楽しそうに話すグレイは、迫る金属音に気が付いていないらしい。
サクラは苦笑いを浮かべる。
彼の背後から迫るそれの無言の圧力に従い、逃がさないようにグレイの手を強く握り返す。
「受けきれないですよ~絶対。死にたくなければ、回避に全力ですよ回避!……!先生!いきなり!それはいけない事で……!」
「いけないと評されるべきなのは、貴公だと私は思いますけどね。サボりのグレイ副隊長」
力強く肩を叩かれグレイは、
「へひゃあ!」
と情けない悲鳴を上げ、恐る恐る振り返り、鎧の騎士と見つめ合う。
「スザク様、部下がご迷惑をおかけしました」
「いえ、特に何も」
あっ、あっと声にならない声を出しながら引きずられていく優男を見送りながら、鎧を着た男一人を軽々と運ぶクリスの筋力に感心していると、
「あの人、最強とか言っていたけど、御前試合の対戦相手、この国最高の戦士なのかしら」
と真面目な顔で呟くサクラに思わず吹き出す。
「な、なによ」
と真っ赤になり、恥じらう彼女に、
「ま、行けば分かるだろ」
と、はぐらかしながら目的地へと歩き出す。
「なんなのよ」という納得いかなそうな言葉を背に受けながら。
~シュガルディの街中~
「はぁーあ、あの人に決まっているじゃないとか、知らないのなら楽しみにしてなさいと言われてもねぇ」
街を通り丘の上を目指す途中、並んで歩くサクラがそう漏らす。
聞いた通り、城門を抜けると一つ、街の高層な建物の隙間から丘っぽいものが目に入った。
あれを目指せばいいのか、ところで丘と高台ってどう違うのだろうか、どうだったか。
少し前、そんな事をぼんやり考えながら街中を歩いていると、熱心にサクラが住人何人にも話しかけ、その結果の先程のぼやき。
「祭りが楽しみなのも分かります、サプライズが面白いのも理解できます。対戦相手も大体絞れる。でも……」
「でも?」
「もやもやしない?確定しないのって?もしかしたらって思うと……」
「そんなに細かい事、気にするタイプだっけ?」
「そうじゃなくて、私はあなたが……!もう、なんでもない!」
ああ、心配してくれてたのな、申し訳ない。
確かに、情報はあった方が良い。
だが、……。
「勝つから心配すんな」
顔を見ずにそう呟き、試合観戦に行ったのだろうか、人が少なくなった街を抜けるため足を速める。
そんな中、子供の元気な声が聞こえる。
何人か集まって、遊んでいるのだろうか。
「わがなは、ハツガ・ロードナイト!この炎!この勇気でお前をくだくぅ!……えーっと、レオ兄ちゃん、続きなんだっけ?」
「我が名は、ハツガ・ロードナイト。この炎、この勇気でお前を砕く。我が想い、悪に敗れること無し!」
楽しそうにはしゃぐ数人の子供の中に、おっと、見知った顔。
少々生意気だが、熱い想いを秘めた宰相殿の息子、レオ。
レオ兄ちゃんとは、慕われているみたいだな。
レオは他の子達より、少しばかり年上に見える……面倒でも見てんのかね、立派なこった。
特にそれ以上は気にする事もなく、横を通り抜けようとしたその時、
「!?先生!スザク先生!」
駆け寄ってきたレオは、礼儀正しく頭を下げ、再会を喜ぶ言葉をかけてくる。
城で俺本来の姿で会った時の、他人を見下した風な態度は無く、あまりの変わり様に呆気に取られる。
「先生、あまり大きな声では言えないのですが、私、先生の事応援していますから!」
彼の目は、ヒーローでも見るかの様に輝いており、こんな視線を向けられる兄が少し羨ましくなった。
「ええ、ありがとうございます。ところで、先程は何をしていたんだい?名乗っているみたいでしたが」
兄貴の丁寧口調を再現する……おかしくないよな?
「それは……」
俺の問いに、レオが少し恥ずかしそうに口ごもると、後ろから一緒にいた子が顔を覗かせる。
「ヒーローごっこ!レオ兄ちゃん、せーじ?のべんきょーで忙しいのにオレ達のとこうやって遊んでくれるんだぜ!かっこいい言葉だって考えてくれるしさ!って、わあああ仮面だ!すっげー!」
「へー、レオ君が名乗り口上を」
「あ、あの弟さんの事は、子供達もみんな尊敬してごっこ遊びをしているだけなんです。先生は複雑に感じるかもしれませんが、あ、あの、怒らないでやってもらえますか?」
どうやら怒られると思っているらしい。
こちらの顔色を窺いながら、レオは恐る恐るといった様子。
「いや、俺は喜んでいると思うよ」
と、思った事を笑いながらそのまま伝える。
嬉しそうにはにかむレオと、そんな事も気にしない子供。
近寄って来て、顔の仮面を見つめる一人に視線の高さを合わせ、触らせてあげていると、数人に叩かれたり、剥ぎ取られそうになる。
「おいおいおいおい!こらー」
と追い掛け回せば、笑い声と共に散り散りに駆け出す。
ついつい、遊び始めてしまいそうになったが、サクラの
「時間!」
と言う声に、ハッとする。
「やっべ」
レオ達に別れを告げ、丘を目指し駆け出したその背に、届く元気な小さな声援。
これは、無様な姿を晒す訳にはいかないな。
蒼炎宿る左胸を軽く叩いて、己に誓う。
~御前試合・会場~
丘を登れば、人、ひと、ヒト。
祭りの新しい催しを見に、多くの人が集まっている。
人混みの向こうに見えるのは、礼拝堂にもあった、女神ヴェルガを模した像。
そして、その前に凛々しく椅子に座る、この国の姫君、ルナ。
横に控える、鋭い目つきの宰相フランク。
「ああ、やっと来ましたか。さ、こちらです」
鎧の騎士クリスに、手を引かれる。
それと同時に、俺から会場まで一直線上の人が騎士達により整理され、道が開かれる。
ルナの前に存在する、「ああ、ここで戦うのか」と納得する広さの空間に連れて行かれる。
雰囲気は闘技場に近いか?……だがまた違う、ただただ広い空間。
「さて、さっそくではありますがスザク、準備はよろしいでしょうか?」
まぁ、ここまで来て迷う要素もない。
背中の槍と腰に差した刀を確認し、ルナの問いに、静かに頷く。
「では、セット」
どこからともなく現れた黒のローブの白髪の魔女、ホーリーがそう唱えると、四方が透明な壁?に囲まれる。
「ふふ、ただの水ですよスザクさん。これで、安全な観戦ができる、それだけでございます」
優しく微笑みながら、彼女の説明は続く。
「僭越ながら、審判は私が。どちらかが、戦闘続行不可能と判断すれば止めさせていただきます。あとは……この私がいますので無いとは思いますが、命を奪えば敗北という事で。危険が伴う事も両者、昨年の時点で了承されています」
おい、勝手に命懸かってるじゃねーか。
「なお、スザクさんは客人、ゲストという事でハンディキャップを要求できます。ですよね?クリス」
「はい、先生」
軍のトップ、近衛隊隊長、鎧の騎士クリス・ロンブウォンは自分の体程の大きさを誇る大剣を肩に担ぎながら、俺の横に並び立つ。
「やはり、相手はお前か」
「おや、スザク様、珍しく荒い口調ですね」
……いかんいかん。
ハンデという言葉に反応しすぎた冷静になれ。
「では、どうします?武器、能力、魔法などの制限を選べますよ。好きなようにリクエストを」
「無論、フェアで」
「そう言ってくれると思っていました」
顔は見えないがクリスの嬉しそうな声に、表情は満面の笑みだと想像がつく。
自然と両者向かい合う。
歓声が響く。
これ以上、時間は不要。
刃の前に、ぶつけるは互いが背負いし誇り!
「我が名はクリス・ロンブウォン!シュガルディを守りし剣!我が敗北は、この国の死!故に不敗が我が使命!」
クリスは大剣を振りかぶり、重装備とは思えない勢いで空へと跳躍する。
一撃目は避けろ……あの言葉が真実だったとはな。
笑みが漏れる。
蒼炎解放、四肢強化。
「我が名は、スザク・ロードナイト!この蒼炎、この勇気で勝利を掴む!我が願い!この名、敗れること無し!」
空から降り注ぐ流星が如く一刀を、蒼炎纏いし刀で受け止める。
興奮、歓声、悲鳴。
睨み合った強敵との間ではどの音も心地良かった。
御前試合が今始まる。




