大切な試合の準備にあなたは何をする?
~礼拝堂~
あぐらをかき、腹の前で指を組み目を閉じる。
早朝の城内の礼拝堂は人一人もおらず、静まり返っている。
正面には男女二人の石像。
後ろにズラリと並ぶ長椅子に座らず、己のスタンスで礼拝……というより瞑想を行う。
今日は御前試合の当日。
頭の中の記憶から、対人に使えそうな技を引っ張り出し、動きをイメージでなぞる。
雑念を掻き消し、静かな時が流れる。
……俺が、この国の御伽話になる程の英雄か。
自分の村を、あいつを守る事ばかり考えて、とにかく無我夢中だったが、予想外のものを救っていたとはな。
自然と口元が緩み、笑みがこぼれる。
自分の行動が人を救っていた事が純粋に嬉しかった。
「あの石像、女性はこの国で信仰されているヴェルガ様。……実物の方が、美人だね」
唐突な声の到来に、ビクッと体が反応する。
美しい黒髪をなびかせながら、俺の横を通り過ぎ、石像に近づくサクラを見上げる。
「……そうかぁ?」
師匠のヴェルガを素直にほめたくない子供っぽい捻くれた返答をしつつ、気付かれない様に体を少しずつ傾け低くし、歩みと共にヒラヒラとなびくサクラのスカートの……その先を!浪漫を!
「ええ、この間見た姿は今でもはっきり覚えてるもの」
見え……見え……。
「今度、村に帰ってちゃんとお礼言わないとね。姿は見えないけど、向こうはこっちの事は見えてるみたいだし」
「そうだな」
もう少し……もう少し……。
「で、こっちの男性はあなただなんて。フフッ、御伽話の英雄さん」
くるりとこちらを向き、はにかむサクラに合わせて、素早く背筋を伸ばし、真剣な表情を作る。
……もうちょっとだったのになぁ。
「なぁに?今回の試合、緊張でもしてるの?そんな顔して」
「い、いいや。この街だと名乗っても、信用されなさそうだなぁ~って。死んだはずの御伽話の英雄本人だなんて」
兄貴はこれを想定して、自分に変装しろなんて言ってきたのだろうか。
「ふーん。ヴェルガ様の前で、修行とかカッコつけてたけど、ヒーロー扱いが頭から離れなくて、集中できてないのかと思ってた」
ご明察。
自分が祀られてんだぞ?
気にならない訳がない。
だがそれはそれとして、口から出る言葉は幼馴染への見栄。
「フフッ、心配しなくても何通りかの倒す方法の目処がついた」
「相手も分かってないのに強がって……」
と、呆れた声。
昨夜譲り受けた刀に手を掛けると、サクラの不思議そうな顔と目が合う。
「槍はこっちで持って来てたけど、その刀はどうしたの?」
「ああ、これはな……」
〜昨夜、スザクの客室〜
「……鎖が……で……聞いてます?」
「ん?ああ、義手の機能は大体分かったって」
ソファーに沈み、ウトウトしていた俺の目に、不満顔のロウェルが映る。
右腕部分に上手く繋がった義手を確認しながら、話は続く。
「……魔力のストック一つ消費してるじゃないですか。必要なら、また姉さんとかサクラさんに頼んでおいて下さいよ?準備にも時間は掛かるんですから」
「ああ」
「あと、今回はスザク先生の蒼炎の魔力、予備を三つ程貰えました」
「何!?」
義手に二つ、他人の魔力を保存し利用できるが、機械を埋め込んでいる胸にも一つ魔力を保存でき、基本的には血の繋がっている兄貴の魔力をここに保存している。
ロウェルは、自分のケースから、蒼い炎の入った立方体のゼリー状の物を取り出す。
これは、こいつが魔力の保存に使っている入れ物だ。
「もちろん一発は御前試合で使うんですよね?あなたが、スザク先生であるというアピールのために」
当然その様に考えていた。
故に、一つでは心許なかったので予備の存在はありがたい。
戦闘で重宝する魔力、あって損はしない。
「そして、……」
会話が続く中、丁寧なノックが部屋に響き渡る。
ロウェルは慌てた様子で、俺の顔に仮面を押し付けてくる。
正体の露見が困るからって、落ち着きなさすぎるだろ。
そんな小心者を押し返しながら、冷静に仮面を装着し呪文を唱え、スザクの姿に変装する。
ロウェルに目線をやると、親指を立て頷いている事から、見た目の問題は無いらしい。
返事をし、部屋のドアを開けると……。
予想外な人物と目が合う。
いや、こんな時間に、こんな人が来るなど誰が予想できる。
「さ、宰相殿……」
坊主頭に鋭い目つき。
後ろから届くロウェルの驚く声で、やっとこの人が、前に謁見の間で見たお偉いさんだと理解できた。
「来い」
その一言の後、俺の腕を掴みそのまま歩き出す。
「え?ちょ、ま……」
動けないままのロウェルに見送られながら、無闇に振りほどく訳にもいかず、そのままこの国の政治の要であろう大物に連れて行かれる。
廊下を歩き続け、扉をいくつか見送ったかと思えば、大量の本がひしめき合う本棚、整理された机……仕事のための部屋、執務室といったところか、そんな部屋に放り込まれる。
無駄な物が無い点は、兄貴の部屋に似ている。
それ故に、壁に貼られた星座の刻まれた星空の地図、星図は少々違和感のある物だった。
ま、宰相閣下の趣味と言われればそれだけだが。
部屋を見回す俺を気にする事無く、その宰相閣下はコートをスタンドに掛け、中に着ていたぴっちりとした服に逞しい肉体を浮かばせる。
「私が忙しい事は、貴公も十二分に理解していると思っていた。昨日までに、ここを訪れなかったこの事実は想定外。そう、想定外だ。スザク・ロードナイトらしくない」
重々しい声の「らしくない」という言葉に、汗が噴き出そうになる。
動揺だけは表に出さない。
そんな思考を繰り返しながら、次の言葉を待つ。
「全く……私との約束を忘れていたか?待望、待ち望んでいると思っていたのだが」
え?
兄貴とこの厳つい男との約束?
親しみの混ざった声、鋭い眼光、逞しい肉体、筋肉、権力者、待ち望む。
……そこから導き出される答えは……。
「無理だろ、体のかんけ……」
「頼まれていた物だ、受け取れ」
「ありがとうございます」
戯言を素早く呑みこみ、礼を述べながら彼が差し出す「物」を受け取る。
刀?
「何を不思議そうにしている?貴公の弟の形見だ。……もう寝る時間だから、思考は無理とでも言うつもりか?」
――形見。
その言葉で逆に思考が止まった。
兄貴にもらったおさがりの刀。
名前も特に無く、平凡な刀。
覚えているのは、村での戦いで折ってしまった事くらいだ。
「……笑うところだぞスザク。……ああ、見た目が多少変わってるのは、修理した私の子の趣味だ。洗練された形状だと思わないか?あの子はな……」
宰相閣下の声で思考は戻ってくるが、うろうろしながら長々と続く子供の自慢話は、頭に入らず刃に夢中になる。
触ってみた感じ、魔力の通りが良く、属性の付加が容易にできそうだ。
そして、何よりも……。
「……で……だから……特に……。つまり折れにくいと。貴公の注文通りだ」
そう、頑丈さが特に目を引く。
切れ味よりもそちらを優先させている様に見える。
「えーと、刀を直してくれたのはレオでしたっけ?」
宰相閣下の子供と言えば、レオ・ベックマンと名乗っていた男の子を思い出す。
同じ名字、高価そうな衣服、そしてこの城に住んでいる。
これだけ条件が揃って、赤の他人という事はあるまい。
一方的な会話は良くないだろうし、勘でも良いから会話をしよう。
「何を言っている?下の子ではなく、上の子だ……。ふむ、一年前の出来事を忘れたか?」
椅子をこちらに差し出し、机にもたれながら、閣下は顔をしかめる。
「あー、失礼しました。先日、レオと会ったばっかりに勘違いを」
「そうか、あれは貴公に懐いていたな。また、魔法の指導をしてやってくれ、息子も喜ぶ」
「オ、……僕でよろしければ喜んで」
「すまない。あれは私とは違って魔法の才能もある。親としては、伸ばしてやりたいが、近年どうもホーリーが魔法の講義をしたがらなくてな。弟子は増やさず、難易度の高い指導の許可も出さなくなった」
ホーリー・セラス……。
この国の、魔法の第一人者だったか。
「五年前の戦いで、魔法が扱える者が多く亡くなった事が原因と本人は言う。下手に戦えるから犠牲者が増えたと。トラウマか……」
「ちなみに閣下の意見は?」
「魔法を扱える者は増やすべきであろう……とだけ言っておく。貴公の事だから心配はしていないが、下手に口外するのは、控えてくれるとありがたい」
鋭い目つきのまま、口元だけがにやりと笑う。
親しみなのか、脅しなのか判別がつかない笑顔にとりあえず頷いておく。
「ん?そろそろ時間か……長々と話して、すまなかった。その刀、貴公の村にある、弟殿の墓に供えるのだろう?我が国の英雄だ、私もいつか感謝を伝えに行かせてくれ」
「え?ああ、はい」
~現在、礼拝堂~
「で、それを今日の試合で使うの?怒られない?」
昨夜の出来事を所々省きながら、サクラに話すと、心配そうにのぞき込んでくる。
「大丈夫だろ、俺に関係した祭りなんだし。弟の所縁ある物を兄が使う……見てる人は喜んでくれるかもよ」
「ひどい自作自演ね……マッチポンプとも言うのかしら」
呆れたように幼馴染は溜め息を吐く。
さて、雑談はここまでか。
試合の会場へ向かうために、立ち上がる。
「頑張ってね」
「ああ」
女神ヴェルガを模した、石像を眺める。
祭りと言えど場所はアウェー。
自国の騎士が勝った方が、人々は喜ぶだろう。
空気を読むか?手を抜くか?
フッと自嘲気味な笑いがこぼれる。
俺が戦う理由は……。
俺がこの試合、勝ちにいく理由は……。
礼拝堂の扉を開くと、背中に追い風を感じた気がした。
それでいいと誰かが言ったかのように……。




