絵空事リバース
兄、スザクが動けないため、魔法、道具を駆使して変装し姫様に謁見する
~城の廊下~
仮面の効果により、幻影の魔法に覆われたこの身、本来の姿が一切関係ないのなら、そう、ふと思った……。
――ふと思った、別に全裸で姫様に謁見しても、大丈夫ではないのだろうか。
横にいる友人に、そんな事を話す。
「はぁ?無事にここまで辿り着いた訳ではなかったみたいですね。頭をやられた的な意味で。そりゃ、今の君は仮面を付けたスザク先生の姿、服装、装備。俺から見ても今の君、本来の恰好は分からないから、できると思いますよ」
「実は俺、もう全裸なんだ」
「ちょ!汚いから離れてくださいよ!」
ひっでえ言い草だな。
だが、俺の恰好は目元は仮面で隠し、スザクの白いコートを纏い、幻影の服装に寄せた状態。
魔法が解けても、多少は凌げるように一応気を使っている。
断じて全裸ではない、唯のジョークである。
「笑えないですよ」と言うロウェルの声と同時に、
「いって」
サクラに背中を抓られる。
「はいはい、寂しかったのは分かったから、これに目を通しておいて」
「別にそんなんじゃ……何だこのメモ?」
「以前のこの国での、スザクさんの立ち振る舞いと簡単な対人関係。と言っても、リオさんが見た客観的な物だから」
「すまない、助かる」
と答えつつサクラから、小さな紙を受け取る。
そして、前方で案内する女性の使用人を、こちらと引き離しているリオさんに感謝の念を送る。
手元の紙に視線を落としたまま、しばらくサクラとロウェルの真後ろを歩いていたが、
「この扉の向こう側が謁見の間となります。ルナ様がお待ちです」
と言う声に反応し、メモから顔を上げる。
謁見の間への入り口、もっと派手で巨大な扉かと思っていたが、外見はいたってシンプル。
客室や他の部屋より、少々大きい程度な両開きの木製の扉。
家具の大小、装飾の価値、見た目で人を侮る事なかれ。
感情を抑え、左目を強く閉じ、思考を切り替える。
扉を開け待ってくれている使用人に、キザに頭を下げ、顔を真っ直ぐ上げ、胸を張り、一歩踏み出す。
豪華絢爛とはいかないが、威厳ある玉座へと続く、青い絨毯の上を早足に歩く。
砂漠で見た、可愛らしさの塊の様な表情は玉座で座る姫君……ルナには無く、余裕のある笑みを含んだ表情でこちらを見つめる。
最上級の女性……砂漠で品の無い賊が、ルナをそう評していたが、成程この姿の彼女は間違いなく美しい。
印象が大きく変わった理由……化粧か。
凛々しさの増したその雰囲気は、嫌いではない。
紺色のドレスに青い装飾、ドレスに付いた流れる様な青いリボンも印象に残る。
そのルナの右側、つまり向かって左に控えるは、天雷宰相フランク・ベックマン。
坊主頭に長身、獲物を狙う猛禽類を思わせる鋭い目つき、赤交じりの黒いコート、この国の政治を司る合理主義を好む壮年の男性。
雷を解明し、魔法として扱う……故に天雷宰相。
そして反対側に、向かって右に上品に佇む、外見は妙齢の女性の魔術師ホーリー・セラス。
白髪で優しい瞳、黒一色で少々大胆な部分もあるローブを着こなす、この国一番の魔法の使い手。
何代もの王に仕えているが、この姿より老いる事は無いシュガルディ全ての魔法を扱う者達の師。
オアシスを管理し、この砂漠の国を潤し、水害からこの国を守る……碧水の魔女。
先程目を通したメモの特徴に一致する二人を発見し、説明内容を思い出す。
どちらも纏う独特の雰囲気に、緊張感が高まる。
喉が渇く。
そして、最も姫君の近くに堂々と立つ、近衛隊隊長であり、軍のトップ、鎧の騎士クリス・ロンブウォン。
素顔、性別、年齢など多くが謎に包まれているが、姫君が最も信頼する者の一人であり、戦いにおいて相当の腕前を持つ騎士。
清廉潔白、品行方正そんな言葉が似合う、国の守護者。
堂々たる歩みを進めていた我が足ではあるが、三人の視線と間合いを測りながら、姫君からある程度距離を取った場所で立ち止まる。
素早く片膝をついて跪き、頭を垂れる。
「この度は、貴国の重要な祭事に、この様な名誉ある役割としてご招待頂き、恐悦至極にございます!」
緊張と昂った気持ちが原因で仰々しくなってしまったが、兄貴のキャラってこんなのだっけ?
そんな俺の雑念を断ち切る、凛々しい声が耳に入る。
「ふふ、砂漠を越える長旅、ご苦労でしたスザクと生徒の皆々様。……時に、其方その顔、いかがいたしました?」
顔を上げ、姫君を見据える。
……そこには、自分の知っている太陽の様に爛々とした瞳は無く、月の様に静かな視線が突き刺さる。
「……医療の心得のある者に、仮面を付けておくようにと。不快に思われるのなら、今すぐ……」
「ああ、構いませんよ、其方の様な猛者でも顔に傷を負うのですね。いや、其方の様に民のために戦う男だからこそ、傷も多くなるものでしょうか。顔を隠していても、覚えのあるその蒼く輝く瞳……まさか偽物なわけがありませんよね」
フフッと、と笑う姫君。
ヒエッ。
心なしか笑顔が怖い。
一応、嘘はついていない。
しかし、先程まで接していたルナとの落差が、こちらを慎重にさせる。
一歩前にに出たクリスが説明を始める。
「此度の祭りは、二つの催しを追加します。一つ目、こちらから提案させてもらいました御前での試合。二つ目、昨年スザク様に提案して頂いた、竜を模した神木で儀式を行うものとします。ご協力の程、よろしくお願いします」
「ハッ」
とりあえず返事はするが、一つは聞いていた物、一つは耳馴染みのない物。
だが、どうやらスザクの発案らしいので、聞き返す訳にもいかない。
ったくあの野郎、ちゃんと説明しておけっての。
「スザク様、旅の疲れはあると思いますが、試合は二日後の正午でよろしいでしょうか?祭りの終盤に合わせたいので……」
「問題ありません」
「助かります。では、これにて謁見は終了と致します」
「スザク、この国、この街、この城を自由に楽しんでくださいね。旅の疲れしっかり癒し、其方の戦いっぷり楽しみにしています」
クリスの一言で、立ち上がり、姫君の言葉に頭を下げ、礼をする。
踵を返し、三人の生徒を引き連れ退場する俺の背に、
「楽しみですねぇ」
と優しげな声の他に、背中に刺さる嫌な感覚に引きずられ、振り返る。
目を細め、こちらを睨む雷の男と目が合う。
……歓迎されていなかったりしてな……。
不安を誰かに悟られる事の無い様に、早足で謁見の間から退場をすると決めた。
~スザクの客室~
「はぁ~~~~。ふぅ~~~~」
右目を強く閉じ、山場を一つ越えた安堵から息が自然と漏れる。
だらしなくソファーに沈む俺に、
「まぁまぁだったわね」
と、幼馴染が手厳しい評価を投げてくる。
謁見自体、短いものだったが神経を無駄にすり減らし、言い返す気力も湧かない。
リオさんが、机に飲み物の入ったコップを置きながら「お疲れ様でした」と労ってくれる。
天使かな?
「んで、何でみんなと俺は逸れた?」
だらけながら、凍らされてこの国まで配達されるはずだった俺が、砂漠の賊の宝と一緒に保管されていた理由を確認する。
三人はそれぞれ微妙な表情で視線を交わした後、ロウェルが口を開く。
「君を運んでいた馬が、暴走したんですよ」
馬が?
「も、もちろんきちんと飼育、教育されたものを用意して頂きました。ですが、この国に近づいた時、なぜか全ての馬が落ち着きを無くしてしまいまして……三人は合流できましたが……」
リオさんが涙目になりながら、申し訳なさそうに話している姿に心撃たれる。
怒りという感情など持っていない生物の様な、穏やかな気持ちになれた。
「あ、俺が騎乗してた馬に君を繋いでたのですが、振り落とされてしまいそのまま見失いました。ごめんね!」
ロウェルが片手を頭に当て舌を出し、おどけた様に謝罪する。
先程どこかへ行ってしまった怒りを含めて、全力でこいつにぶつけても神様は許してくれそうな気がした。
「メンバーが私達三人なのは、スザクさんの任務であるのと、まぁ、祭りを見に行く程度のものだからと言われたわね。砂漠を越える厳しい旅でも、学校一の水属性の使い手……リオさんが同行してくれたのだから、三人で十分……そんな感じだったかしら」
俺の気持ちなど気にする事無く、情報を頭に入れろと言わんばかりにサクラの説明が続く。
……かと思えたが、不意に扉がノックされる音に、全員黙り込む。
沈黙の中、視線が自分に集まるので、仮面と服装を整え、謎の来訪者に対応すべく扉を開く。
鎧がこちらを見つめていた。
一瞬驚いたが、この国の隊長殿は、素顔を見せない事を思い出す。
「クリスさん、どうなされましたか?」
スザクらしく、とりあえず丁寧風な対応を試みる。
特に、兄貴と親しい間柄との情報もないし、これでいいだろう。
「お休みのところ、申し訳ありません。先程……謁見の前に、この部屋を訪れたシンという男を見ませんでしたか?」
「いえ、あれっきりですが……お探しなのですか?」
「ええ、大切な用がありまして」
「そうなんですか。すみません、力になれなくて……」
「ああ、いや、まだ探し始めたばかりなので。では失礼します」
鎧の騎士は丁寧な礼の後、流れる様にこの部屋を後にする。
……無難オブ無難な対応で乗り切った。
と言ってる場合でもないな。
「ハツガ、シンさんとやらに戻った方がいいんじゃない?」
サクラの言葉に頷きながら、コートを脱ぎ、仮面外す。
「俺と君がこの部屋、姉さんとサクラさんが隣の部屋なので、なにかあれば戻って来てくださいね」
「分かった」
「廊下には、誰もいませんから、今なら大丈夫です」
部屋の外を確認するリオさんに、感謝しつつ素早く傭兵の「シン」として招かれた部屋へと急ぐ。
……ハツガの出て行った後の部屋で、ロウェルは片や不機嫌そうな、片やがっかりしている二人の女性に声を掛ける。
「二人とも、残念でしたね。彼と祭りを一緒に見て回れなくて」
「別に……」
「はい……」
暗い……。
空気が重い……。
二人の機嫌を戻せるのはあいつだろうと、
「じゃ、俺は調べものしますから」
白髪交じりの頭をかきながら、背中を丸め、微妙な空気の部屋からロウェルは逃げる様に抜け出していった。
~城のどこか~
ハツガは城の廊下を歩く。
馴染みの無い場所に心躍らせ、おぼろげな記憶を辿り、右へ左へ。
……どこだよここ。
今の俺を敢えて言葉にするなら、そう……間抜けかな。
謁見と仲間との会話を挟んだ故に、完全に忘れた、忘れてしまった。
その上、中々俺が泊まる部屋を知っている人に巡り合えない不運状態。
悲しみに包まれたまま歩き続ける事、数分、扉の開けっ放しになった部屋が目に入る。
人の気配を感じ、そっと覗き込む。
そこには一人の少年が、熱心に見上げる人の二、三倍以上の大きさの……?
木製の……?
「少年、これは何だ?」
「うわぁ!すいませんすいません!勝手に入ってごめんなさい!」
謝り倒す、背は高いが顔はまだ幼さを残す少年と目が合う。
歳はユメに近そうだな。
そんな事を考える俺と向かい合った表情は、この男は謝る対象ではないと気付いたのか、徐々につまらなそうなものに変わっていく。
「何だ、城の者ではないのか。」
おうおう、この不遜な態度。
全く……。
身なりの綺麗な服装を見るに、どこかのお偉いさんのご子息か?
「んで、少年。これは何だ?」
「学が足らないなおっさん」
……。
「かなり大きいな。木彫りか……何の生き物を模しているのやら」
「そんな事も分からないのか、おっさん」
……。
「ご教授願えますか?」
「いいだろう、これは竜だ。またの名をドラゴンとも言う」
何?この、蛇の様な体に、鋭い爪に、牙。
翼は無いが、角はある。
俺の知っている四足に大きな翼を持ち、まぁ、つまらない言い方をすれば巨大なトカゲとは異なる。
「俺の知っているドラゴンとは違うが?」
「この国に伝わる竜はこの姿というだけだ。お前は、己の知識が絶対で文化の違いを受け入れられない頭の固いおっさんか?」
……。
「聞いているか?ここからが重要なのだ。これは、我が父を中心とした精鋭が神木を一年かけて彫り、この祭りの重要な儀式として燃やす大切な作品なのだ。」
ああ、謁見の時、ルナが言っていたのはこいつを燃やす事だったのか。
何でまた、こんな力作を燃やしてしまうのやら。
「神木の灰には、力が宿る。それをルナ様達が国民に配り、皆の健康と安全を願うものだ。国民を思う、素晴らしい取り組みだ。そう思わないか?」
「まぁ、そうだな」
あいつに掛かる労力を考えると頭が下がる。
「私も早く、父の様にルナ様に仕え、彼の英雄の様にこの国を守りたいものだ」
口から自然と漏れたかの様に、少年は、はっと口を押える。
生意気な言葉ばかりかと思いきや、少年の口から出た言葉は……。
「立派だな、それが君の夢か?」
「な、何だ急に。気味が悪い」
「夢を持っている……いい事じゃないか。素直に尊敬しているだけさ」
「そ、そうか?……笑わないのか?私にならできると表面だけで微笑み、心の中では、子供の言葉だと二重に笑わないのか?」
「ハハハ、何だそりゃ。約束と、エゴにぶら下がって生きている俺には、夢を持って生きているお前は眩しいよ。……名前を聞いてもいいか?」
「訳が分からない……。レオだ。レオ・ベックマン。……貴方は?」
ん?どこかで聞いた様なそんな事無いような。
「シン・ナナゴウ。ところでレオ、何でわざわざ、竜の形にする?神木とやらをそのまま燃やせば良くないか?」
会話の続きを何気なく進めた。
そう、自然に。
「う、うむ。御伽話だ。かつて、炎で竜を退治した英雄の英雄譚をなぞっている。故に燃やす。そして、ある村の女神ヴェルガ様の宿る樹と、この国のある物が魔力同調して、結界が展開されている事が分かった。五年前、この国の結界が揺らぎ危機を迎えた時と、その村がドラゴンに襲われ、ヴェルガ様が弱っていた時はほぼ同じと確認が取れた。英雄により樹は守られ、この国の結界は復活した」
だが、レオという少年に教えられた次の言葉に俺は絶句する。
「故に、その時ドラゴンを退治し、死亡した英雄――ハツガ・ロードナイトに感謝をする儀式でもあるのだ」




