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名前は偽物、顔は仮面

騎士クリス、姫様ルナと共に目的地の国に到着するハツガ


 祭りの賑やかさを肌で感じる事もなく、四輪の馬車は無慈悲にも目的地へと緩やかだが、一直線で向かう。

 国の姫様であるルナは、窓から見える人々に愛想よく手を振っている。

 俺はというと、食べ物を売っている屋台を未練がましく眺め続ける。

 視界に入る笑顔の人々の声は、ルナへの呼びかけの他に、時折「クリス様ー!」と黄色い声が飛んで来る。

 もちろん俺ではない、そして向かいに座っているお姫様でも……そうなると、その隣にいる鎧の騎士の事だろう。

 俺の視線に気が付いたのか、騎士はこちらを向き、


「ああ、そういえば名乗っていませんでしたね。これは失礼。クリスは私です、クリス・ロンブウォンと申します。以後お見知りおきを」


 あー、ご丁寧にどうも。


「貴方のお名前も伺っていませんでしたね」


 名前、名前か……。

 兄であるスザクの事を知っているなら、弟が死んだ事を知っているかもしれない。

 これまでも怪しい人物をやっていたが、女神の力で蘇生した死人と宣言するのはどうなんだ?

 間違いなく、ややこしくなるよなぁ……。

 

「シン・ナナゴウだ。短い付き合いになると思うが、改めてよろしく頼む」


 適当な偽名を名乗りながら、右手を自然に差し出す。

 この国での俺の役割は、スザク・ロードナイトとして振る舞う事だ、ハツガ・ロードナイトの存在は不要。

 だからこれでいい。

 ふと視線を感じたが、向き合うのはやめておいた。



 馬が馬車を引き歩ける広さがあり、整備された道の両側には、七、八階?いや、それ以上の建物もあるか。

 泥やレンガを素材とした、高層の建物が並ぶ景観に圧倒される。

 高層部どうしを繋ぐ連絡橋もあるのか、高所が苦手な人はこの街では生活しにくそうだなと一人で感想を長々と脳内で垂れ流す。


 賑やかな住居群を抜け、一つ門を通り抜ける。

 馬車は停止し、どうぞと促され、外に出る。


 ……照りつける太陽に違和感がある気がし、空を眺めていると、騎士の手を借り可愛らしく馬車から降りている姫様が話しかけてくる。


「結界内は砂漠と違い、気温も日差しも過ごしやすいものでしょう?」


「ん?ああ、そうかもな」



 違和感の正体はそれか。

 気温が今の俺には分からない故に曖昧な返しになるが、どうやらこの街は、結界によって生活圏も快適になっているらしい。

 目の前にある石段をゆっくり上がり、俺の目に映し出されたのは……。


 ――緑と青、砂漠から街の中まで、染め上げていた砂の色と対極にある、生命いのちの拠り所だった。


「おお、オアシスか。初めて見た」


 眩い草木、広がる湖に自然と口から言葉が漏れる。

 そしてその側には、石造りの巨大な建造物、こちらから見える物は、塔に城壁。

 マジかよ……城じゃあないか。

 姫様が向かう場所なのだから城以外の何でもないだろうが縁のない場所故に、柄にもなく緊張してきた。

 その巨大建造物に、案内されるがままにお邪魔する。


 


 整えられた石の廊下をコツコツと歩く。

 ルナは到着するやいなや大勢の人に迎えられ、そのまま言葉を交わす暇も無く、連れて行かれてしまった。

 残された俺は、クリスの案内で寝室に辿り着く。


「狭い部屋で申し訳ない。今、用意できる部屋がここしか無かったもので……」

 

 鎧の騎士はそんな事を言いながら、魔法で明かりを放つ仕組みの燭台に光を灯す。

 一人で使うには広すぎるベッド、座れば深く沈む安らげる椅子、綺麗に磨かれた木製の机。

 兄貴の部屋で、使わないスペースにソファーを置き、寝泊まりしていた俺にとっては十分すぎる部屋だった。


「これが狭いのか……。ん?あの木は?」


 窓から見える中庭に、やはり砂漠に似合わず、オアシス周辺のものとも少し違った立派な木が一本。

 この木……何の木だ?気になるな気になるな。


「由緒正しき木ですよ。そうですね……私達にとって、平和の象徴みたいなものですかね」


「ふーん」


 クリスの抽象的な説明に生返事になってしまう。

 俺の視線を捕えて離さないその木には何かある、誰かがそう言っている気がした。


「さて、私も謁見の間に向かいます。客人が到着したようなので。ルナ様の準備もそろそろ整ったでしょうし。貴方はゆっくり休んで下さいね」


 窓から視線を外さない奇妙な男を、訝しむ事無く清廉な騎士は出て行こうとする。

 客人!?

 急いでクリスを呼び止める。

 


「ちょっと待った!」


「……?何でしょうか?」


「それは、ルナが言っていた、祭りに招いた客人か?」


「ええ、そうですけど……何か御用でも?」


「いや、えーと……あ!祭りで戦う人なのか?この国一番の戦士と?強い人なら一目見たくてさぁ~」


 焦りと喋りの下手くそ具合のせいで、早口で文章がバラバラに口から出てくるが、要件は伝えられたはず。

 クリスは挙動不審な俺を、真っ直ぐに見つめる。

 いや、兜で顔は見えないんだけど、こちらを向いている。

 「そういう事でしたか……」と呟くと、


「貴方も戦いに生きている人ですもんね。強者が気になるその気持ち、良く分かります。分かりました!謁見の前ですから、少しの時間だけですよ?」


「助かる!」


 そうクリスに感謝を伝えたく、飛びつく勢いでガントレットを装備した手を握る。

 やはり表情は見えないが、払いのけられたりしていないし、嫌悪感を抱かせてはいないだろう。

 

 クリスと共に、廊下を歩いていると、すれ違う騎士達にいろいろ声を掛けられる。


「ルナ様を救ってくれてありがとう!」


 とか、


「あの方より、早い救出とは君はすごいな」


 とか、やたら褒められてくすぐったい。

 ここの人々が気さくなのもあるだろうが、ルナが慕われているからかもしれない。

 前を行く鎧の騎士に、


「友好的な人が多いんだな」


 そんな感想を投げかける。


「そうですね。結界に守られているとはいえ、過酷な環境。助け合う事が自然な事、人には優しくと我々には生まれた時から刻まれているのかもしれませんね……さて、到着しましたよ」


 一つの部屋の前に止まり、ドアにノックしながら、


「お休みのところすみません。クリスです。少しお時間よろしいでしょうか?」



「はーい!」


 と、聞き覚えのある、心なしか懐かしい声が返ってくる。

 開いたドアから見えたのは、美しい黒髪に、緑色の瞳、そして懐かしのシュレ・アルクスの学校の制服。

 騎士の後ろに控えた俺と目が合うと、驚きでカッと目を見開いた幼馴染に向けて、人差し指を自分の口元にもっていく。

 何か言いたそうに、口を開くが察してくれたのか不機嫌そうに口を閉じる。

 


「こちら、旅の傭兵のシンという者なのですが、スザク様を一目見たいと…」


 よし!当たりィ!

 クリスの説明で確証を得られ、思わず感情が顔に出てしまったが、それを誤魔化すため、お辞儀をする。

 顔を上げると、奥に佇む白い装いの仮面の男が軽く頷く姿に、笑いそうになるのを堪える。

 

 

「少し話たいのだが……」


「少しこの方とお話したいと先生が……」


 俺と幼馴染の声が重なって、クリスに届く。

 フフッと微笑む様な声が聞こえた後、


「一目でお互いに興味を持つ……強い方々は惹かれあう。いいですねぇ。スザク様、また迎えの者が参るので、歓談はそこまででお願いします」


 頷く仮面の男を確認し、


「失礼のない様にお願いしますね」


 と俺に忠告した後、クリスは廊下の奥に消えて行った。


 


 静かにドアを閉め、現状を確認……ってオイ!

 すごい勢いで仮面の男……スザクの姿の誰かが俺に飛びついてくる。

 あの目元辺りを隠した白い仮面は、幻影の魔法を発動させ、スザクの姿に見せるための変装道具。

 中身は誰か分からないが姿は、兄であるスザクのもの。

 


「その姿で抱きしめられるのは、ホントに無理だからやめてくれって!」


「ごめんなさい~ごめんなさい~ハツガ様~」


 いつもの姿からは想像できない、リオさんの情けない声がスザクから聞こえる。

 ああ、もう!落ち着けって!

 スザクの体を押し返し……?柔らかい?

 

「きゃ!」


 ああ、幻覚だから、触ると本人なのな。

 「変態」というサクラの声を聞き流しつつ、


「すいませんリオさん。後、俺は大丈夫ですからとりあえずその姿、解除できませんか?」


「そうそう。姉さん、見ての通り義手も上手く繋がり、こいつも無傷。別に心配も罪悪感も必要ないですよ」


 怠そうに、ソファーから起き上がりながら、ロウェルの野郎は憎まれ口を叩く。

 こいつ……。


 深呼吸一つし、「ハツガ・ロードナイト」と一言。

 リオさんの言葉に反応し、仮面が外れスザクの幻影が解除される。

 

「おいおい、見た目は完璧だな。流石、リーミエさん」


「声までは、誤魔化し効かないけどハツガなら似てるから大丈夫ね。謁見までに時間が無いけど、予定通りあなたがスザクさんの変装をするのよね?」


 ぐだぐだだった空間をサクラが仕切り直す。

 それに「ああ」と返事しつつ、リオさんから仮面を受け取る。


「仮面を付けて、スザク・ロードナイトとの宣言でスザク先生に。ハツガ・ロードナイトと宣言で解除されますから」


 と、落ち着いたリオさんの説明を聞きつつ、仮面を付け兄貴の名前を口にする。

 

「どうだ?」


「見た目は大丈夫。あ、あとこれ」


 サクラからスザクの白いコートを受け取り、着用する。

 「幻影が解けても、暫くは誤魔化せると思いますよ」とロウェルが頷く。


「あ!あと、リーミエ様可愛いでも仮面、解除できますよ」


 リオさんから付け足された、かなりどうでもいい情報に溜め息を漏らす。


「なーに、考えてんだ。あの金髪まな板……っていででででででで!!!!!!」


 零れ落ちた愚痴に反応して、仮面が顔を締めつける。

 取れる!顔の表面が取れるって!

「へー、流石リーミエ様ですね」と感心してるロウェルを殴るのを我慢し、仮面を付け直す。



 それとほぼ同時に、ドアがノックされ、


「スザク様!お迎えにあがりました!」


 と元気の良い声が聞こえる。

 さぁ、急造だが腹を括ろう。

 ロウェルとリオさんが先に出て、俺が姿を整える時間を少しでも稼いでくれる。


「ばれたらどうなると思う?」


 サクラにふと思った事をそのまま伝える。


「この国と、シュレ・アルクスやあなたや私、そしてスザクさんの故郷でもあるアパルヴェルガとの交流は厳しいものになるんじゃない?信用が無くなるわけだし……だから、私はスザクさんに反対したのに、話を聞いた頃には、あなたは凍らされて出発って本当にどういう事よ……」


「ごめん」


「本当に大丈夫だったの?体だって……」


「ああ、心配かけてすまなかった」


 俺の服装をテキパキと整えるサクラに謝る。

 

「幻影で見えない物を直しても意味ないぞ」


「別にいいじゃない。……よし!それじゃ、頑張って」


 納得したサクラは、俺の胸をポンと叩く。

 複数の顔を持つ、不思議なたいけんは今から始まる。

 

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