御伽話
砂漠で賊と戦い、姫様を救ったハツガ
ある村に、人が大好きな女神様がいました。
女神様は、人に恵みを与え、人は女神様に感謝し、仲良く暮らしていました。
ある日、悪いドラゴンが村にやって来ました。
ドラゴンは言いました。
「女神をよこせ」
村人は大好きな女神様を守るために断りました。
それに怒ったドラゴンは村を襲いました。
村で一番戦いの得意な男は、自分の何倍もの大きさのドラゴンに勇気と炎の魔法で勇敢に戦いました。
男はドラゴンを追い払い、女神様を守りました。
でも、男は戦いの怪我が原因で死んでしまいました。
それを悲しんだ女神様は、魂を天に昇らせ、男は星になりました。
星になった勇気ある男は、星の下で暮らす人々を今でも見守り、女神様の加護を与え守り続けています。
砂漠での戦闘を終え、事後処理に取り掛かる。
地属性の魔法で埋めて気絶させた大量の賊を拘束している途中、作業に飽きてきた頃、近くにいる先程助けた背の低い紫髪の姫様の「ルナ」は会話の中でそんな御伽話を聞かせてくれた。
どこかで聞いたことのある内容だが、竜退治の英雄なんてどこにでも存在するものなのだろうか。
ドラゴンと戦った時の苦労を考えると少し虚しくなる。
ま、俺の個人的な哀愁はどうでもいい。
そんな事よりこの強情なお姫様はこちらに遠慮しているのか、日陰で休んでいればいいものを律儀に近くで立っている。
日陰を指差すと彼女は首を横に振る。
よく見ると、彼女の太陽の良く似合う褐色の肌には汗一つ無い。
地元だから……いや、そんな馬鹿な。
一方で、この炎天下の中、働いている俺も汗一つかいていない。
凍らされていた影響か、無理やり義手を取り付けた反動かは分からないが、目を覚ましてから温度を感じない。
今は都合が良いからいいものの、治るのかこれ……。
そんな風に思考を進めながら、黙々と地属性の魔法を使い、賊を砂で拘束する作業を進めていると、
「あのあの!実はこのお話の星の下が、シュガルディなんです」
「へー、となると国の子供達はその話を聞いて、育ってきたわけですか」
彼女の上品な雰囲気に呑まれて、微妙にぎこちなく話す俺に、「自然な感じでいいですよ」と、彼女は微笑む。
いかんいかん、気を遣わせてどうする。
自然に自然に……敬語も止めるか。
「そうですね。最近の子はこの男性の様に、人に優しくと教わり、ごっこ遊びもよくやっていますね。でも、このお話の彼には、国中の皆が敬意を払っているんですよ」
御伽話の英雄に?
彼女は「ええ」と頷きながら、
「実は、えーと、五年くらい前の事実が反映されているんです」
人にとって五年は長いが、昔話と言うには早すぎる。
つまり、これからこの話が親から子へ伝えられ続け、成熟していくかはシュガルディの人々次第か。
「五年前のある日、シュガルディを守る結界が揺らぎ、周囲に晒されたこの町は、魔物、人、そして……。砂漠の貴重な資源として多くの敵から狙われる事となりました。町は包囲され、国は未曾有の危機を迎えます。……あ、迎えが来たみたいですね。話はまた今度に」
おいおい、そりゃないぜお姫様。
彼女は俺を招待するつもりらしいが、この身には使命がある故に、のこのことついて行くわけにもいかない。
目的地は見えている……蜃気楼でなければな。
話の続きは気になるが、賊の連行や姫様は向こうからやって来る連中に任せよう。
馬に乗った騎士と思われる二十人近い人達に、ルナは小さく上品に手を振っている。
鎧を着用しているが、日差しを防ぐための外套をまとっている者、そもそも軽装備の者などちらほらいる中、先頭で現れたやつに、違和感を覚える。
フルフェイス……兜で顔を隠し、重厚感のある鎧、頭のてっぺんから足の先まで金属に覆われているその装備は、砂漠での移動に適しているとは思えなかった。
そいつは、こちらに近づいて来ると素早く跪く。
「ルナ様、ご無事で何よりです」
「はい、この人が助けてくれましたから」
甲冑に身を包まれたそいつは、こちらに深く頭を下げ礼を述べる。
見た目では体型が分かりにくく、声も男性にしては高く、女性にしては低い。
辛うじて判断できるのは、若いといった事ぐらいだろうか。
俺は、姫様と騎士を順番に目をやり、
「攫った連中はあそこで寝ているやつらと、拘束しているやつらで発見できている敵は全員だ。では、これで失礼」
そう述べ、立ち去ろうとすると、
「え?あ、あの!一緒に行かないのですか?お礼もしたいのですけど……」
グッ……。
俺の腕を掴み、こちらを見上げるルナの上目遣いの悲しそうな表情に、心が痛む。
「え、ええ。仲間と合流しようかと。こちらを心配していると思うので。では、これで失礼」
仲間……そういえば、俺の輸送はどういった編成で行われていたのだろうか。
少なくとも、荷物と変装用の仮面を持って来てくれる人くらいいるはずなんだが……。
踵を翻した俺の正面に、紫の髪を揺らしながら、回り込んでくる。
「あのあの!いろいろ聞きたいのですけど!どうしてあんな所にいたのかとか!お話しながら町へ向かいません?」
「ええ、この数の賊を壊滅させた程の武人。私もお話を伺いたいです」
今度は騎士と二人で迫ってくる。
この空気、断りづらい……。
正直、今後の事を考えると、兄貴に変装して試合を終えるまで、この姿を晒すのは好ましくない。
無意識の癖など、どこでばれるか分からない……不安要素はできるだけ取り除きたい。
心を鬼にし、立ち去ろうとする……しかし、駆け寄ってきた別の騎士に道を塞がれる。
「隊長、移動の準備が整いました」
「ああ。では、ルナ様、あちらの馬車に。もちろん貴方も」
……はぁ、諦めるか、これも巡り合わせと受け入れよう。
姫様に手を引かれ、騎士に背中を押されながら、俺は四輪の箱に詰め込まれていった。
頬杖をつき、移動しても変わり映えのしない砂漠を窓から眺める。
馬は地属性をエネルギーとする魔流馬か、砂漠も苦ではなさそうだ。
馬車の中は、四人程度乗れそうな空間で、向かいには笑顔のルナ、その横に鎧の騎士が座っている。
「で、姫様が攫われていたわりには、何でそんなに余裕そうなんだ?隊長殿」
俺の問いかけに、素顔の見えない兜がこちらを向く。
「いえ、そんな事ないですよ。ただ、策はありましたのでルナ様が傷つくことはなかったとだけ」
何だそりゃ、俺の行動は徒労だったのかい。
そういえばルナも「助けが来る」とか言ってた様な……。
こちらの微妙な表情を察して、
「ですが、賊を一網打尽にし、ルナ様もご無事。貴方は最高の結果に導いて下さいました。改めて感謝を」
と、気を遣わせてしまう。
だが、気になる事をもう一つ投げかける。
「話せる範囲で聞きたいのだが、どうして攫われたりなんかしたんだ?」
そう、国一番守られていると言っても過言ではない彼女が、何故あんな連中に攫われていたのか。
俺の質問に、二人は顔を見合わせる。
ルナは思い出す様に、一つ一つ言葉を紡いでいく。
――あれは、祭りに招いた客人が、本日中に到着なさると知らせを受けた頃でした。
私は、居ても立ってもいられなくなり、迎えに行くことに決めました。
町から出なければ安全なので、私は護衛と共に門へ向かいました。
ですがその途中、この五年変化のなかった国を守る結界が揺らいだのです。
知っての通り、あの方々は地属性の魔法の使い手。
砂嵐が街の中で起こり、城壁をすり抜け現れた彼らに私は連れていかれました。
それで、地下空間に閉じ込められたところ、貴方に救われたのです。
国一番の魔術師と護衛の兵が応戦しましたが、予想を超える不意打ちだったらしく……。
と、姫様の話の後、悔しそうに隊長が付け足す。
口振りから、現場に居なかったのか。
「彼女は無事なのですか?」
「ええ、怪我も大したことはないと本人が言っていました」
二人の仲間や町の人々を心配する会話を聞きつつ、思考を巡らせる。
祭りに招いた客人って、俺の可能性が高いよな。
連絡があったという事は、同行者がいた。
つまり、合流にはこのまま町へ行くのがやはり正解か。
姫様はお転婆なのか?と聞きたくなる軽口を呑みこみ、
「結界は魔力が強力なら、突破される物なのか?」
「いえ、過去に襲撃ですざましい猛攻を受けた事がありましたが、この国を守って下さいました。仕組みに関しては機密という事でどうか」
話してて分かったが、この鎧の騎士は真面目な堅物か。
当然と言えば当然か、国に仕えているようなやつだ。
騎士とばかり話していると、痺れを切らしたのかルナが割り込んでくる。
「あの!どうして、あの様な場所から現れたのですか?あそこには、集められた高価な物が保管されているだけかと思っていましたけど」
さーて、来てしまったかその質問。
嘘をスムーズに並べるために、唇を軽く舐める。
「た、旅の傭兵をしているのだが、偶然何かを運ぶ連中を見つけ、後を追ったわけですよ。そしたら、お宝を溜め込んだ空間に辿り着いて、まぁ何と言いますか好奇心で調べてて……。そこに、姫様がやって来たという感じです。はい」
「傭兵でしたか……そうだ、この祭りが終わるまで、我が国と契約できませんか?結界の揺らぎは一時的なものでしたが、貴方の様な方に、戦力として協力してもらいたい。ルナ様も、そう思いませんか?」
「……ええ、いい考えだと思います」
ぎこちない喋りを素直に受け入れてくれた騎士とは対照的に、姫様は俺の話にどうも納得していないらしい。
「身分を証明できる書類とか、無くしてしまったから、所謂怪しい男なのだが、雇って大丈夫なのか?」
冗談めかした俺の言葉に、ルナはくすりと微笑み、
「はい、助けていただいた貴方を信じます。もし、万が一、貴方が何かを起こしたなら、私の見る目がなかったという事でしょう。ですが、まずは恩人として、お礼をさせてくださいね」
彼女の優しい微笑みに、目を合わせていられなくなり、視線を外にやる。
結界を通り抜けると、そびえ立つメインの材料を土としてる様な建物が並ぶ、町がすぐそこに迫る。
ぐるりと町を囲う城壁の向こうから、賑やかな人々の声が聞こえ、祭りが開催されていることを感じる。
そんな喧噪の中、ルナの弾む声が、俺の耳に飛び込んでくる。
「ようこそ、シュガルディへ!傭兵さん」




