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「好き」のち(好き)

~ザストルの教会~


 相対するは、悪魔と女神。

 片や、痛みと自分を越える存在が現れた事に顔を歪ませ、片や、余裕があり余り、召喚された驚きを今更感じているかのように、自分の体を確認している。

 

 ユメが言っていた、召喚に大切なのは、縁と相性。

 師匠である、女神ヴェルガが召喚に応えてくれるかは、賭けであったが、この博打に勝利し戦況はガラリと変わった。

 ヴェルガは、漆黒のドレスを翻しながら、右腕、右足を失った俺、結界を無理やり突破したせいで雷撃に焼かれ、右肩にも傷を負って満身創痍のスザク、風の槍に肩を突き刺され、壁に磔の様に固定されているサクラを順番に確認する。

 翡翠色の鋭い眼差しが、燕尾服の埃を払っている山羊頭の悪魔を貫く。


「君の、地上を支配すると目標を掲げた冒険は始まったばかりらしいが、世界を救う勇者の様に、弱い敵から順番に遭遇するとは限らない。不運な悪魔よ、最初で最後の地上ステージで何を残す?」

 

 ヴェルガの言葉のせいか、それとも先程殴り飛ばされた事が気に入らないのか、悪魔バゴートは苛立ち、ひたすら苛立ちを感じ、激しく一つ地面を踏みしめ、「があああああ!!!!」と空間を軋ます叫び声を上げ派手な音を立てながら暴風じみた魔力を解き放つ。


「舐めた口を!人の世に干渉する女神など、階級ランクで劣るはずもなし!貴様の方こそ未練を残さぬ事だな……凝固コアグ!」


 悪魔は叫び共に、召喚時に喰らった女性達の魔力を吐き出し固め、大きさが人の二倍はある光と熱を放つ鎌を形成していく。

 

「竜をも蒸発させるこの鎌、その辺りに転がる下等生物を守りながら、対処できるかな?人の味方などする、愚かな女神如きがあああ!!!」


 輝く鎌を両手で持ち、天に捧げるかのように、頭上に掲げる。

 頭上から解き放たれた悪魔の魔力は、教会の天井を跡形もなく消し飛ばし、壁をも吹き飛ばす。

 風と光で目を開けていられなかったが、ヴェルガの呟きで加護が発動し、何とか視界を取り戻す。

 手を握りしめているユメの無事と、足で押さえつけているスザクの姿、素早く女神によって回収されたサクラを確認しホッとする。

 教会が耐えきれなかった事により、見上げると曇り空が広がる屋外となった。

 そして、鎌は雲の下、天とは別、二つ目の太陽を思わせる程の目を眩ませる光を放っている。

 翼をはためかせ空に昇り、鎌を振りかぶり、溜めを作りながら悪魔は叫ぶ。


「不愉快だ、人は不要。この村を、視界に入る人の痕跡を消し去ると決めた!この破壊は地上支配の第一歩となる!」


 可能だろう。

 あの魔力量なら、このザストルの村はもちろん、シュレ・アルクスの町にも被害が及ぶ。

 もしかすると、故郷アパルヴェルガも……。


 だとしても、不安は無い。

 見上げる女神の横顔は不敵に微笑む。

 彼女は空間から刀を取り出し、顔の前で刀を抜き、鞘を投げ捨てる。


「何が第一歩だ、貴様に踏ませる大地など無し。さらばだ黒山羊よ、我が一閃の導きで嵐に沈め」


 上空では鎌が振り下ろされ、光が、熱が、輝きがこちらを襲う。

 向かい来る一筋は、浄化という言葉を思い出させる。

 くらえば人など、消滅する以外の選択肢は無い。

 


 だが、越える女神は人の常識など軽々越える。

  

「刃を交える必要などない!黒色こくしょく咆哮!」


 ヴェルガの一振りから放たれるは、黒の衝撃波!

 一筋の光を迎え撃つどころか、飲み込み押し返す。


「なッ!!!!」


 彼が状況を理解でき、言葉を発する時間があれば、そう漏らしたかもしれない。

 そんな言葉聞こえる間もなく、空を翔ける漆黒の波は、悪魔を討ち滅ぼす。

 雲は斬り裂かれ、空に広がるは青。

 地上に降り注ぐのは本物の優しく暖かな日差し。


「どうだ?」


 振り返った子供っぽい笑顔に俺は、参りましたと手をヒラヒラと振る。








 今回、師匠という想定外の切り札を切っての勝利だった。

 

「ハツガ、今回の敵はイレギュラーだったがお前は良くやってくれた。力不足だったのは、私がお前に与えた体や武器だ、お前は気にするな」


 気にするなって……。

 ヴェルガが悪いと言うより、人という存在の無力さを思い知った。


「師匠は大丈夫なのか?絶対無理してるんだろ?」


 彼女を気遣うと、にんまりと本当に嬉しそうな笑顔を見せ、


「なーに、必要な無理だ。弟子に涙ながら頼まれたら仕方ないだろう?」


 捏造やめい。

 だが、以前会った時より弱体化しているのは、俺でも分かる。

 そんな女神様は、俺の無くなった右足だった部分に魔力を込めながら、


「お前がこの先、階級ランクの壁を越え戦うには、人という種族自体の底上げか、私への信仰を増やし、私やお前のパワーアップが必要だな」


 右足の再構成に悪戦苦闘しながら、重要な事をさらりと話す。

 人全体を強化するだと?


「簡単な話だ、事例が増えればいい。今までは、人は死霊人や悪魔には勝てない、そう世界が摂理として記憶しているから、簡単に攻撃すら通らなくなってしまっている。不可能を何回も覆す、そうなるともはや不可能ではない。世界の認識が揺らぎ、互角の存在となる。それがヤツが連呼していた階級ランクの仕組みだ」


 それを覆す一手が無いから、人は追いやられている存在なんだな、現状としては。

 もう一つの女神ヴェルガへの信仰を集める……こっちの方が何とかなるのでは?

 右足の再構成を終え、疲弊し切ったヴェルガが怠そうに説明してくれる。


「神への信仰は魔力になる。ま、信仰なんて大袈裟なものでもなく、感謝程度でいいんだがな。今のところお前の村と……小さな国か?はっきり分からないが微弱な物を感じる。それらの魔力は今回の召喚で使い切ったから私はしばらく、村の加護しかできない。私を信仰している国があったら代わりに礼でもしといてくれ」


 何てことを気軽に頼んでくるんだこの女神。

 ……間接的に世話になったのなら、恩を返さねば。


「すまない限界が近い。お前の右腕の再構成とスザク、サクラの治療どっち選ぶ?……まぁ愚問か」


 ヴェルガの問いに迷わず二人を指さす。

 スザクは、私では治しきれないから金髪まな板にでも診てもらえと聞こえる。

 金髪まな板……リーミエさんか、やっぱり知り合いなのか。

 俺が物思いにふけっていると、ヴェルガに治療を施された二人が目を覚ます。


「首から下が動かないね。どうしようか」


 と重症だが、のん気に言い放つスザクと、


「……!?」


 混乱して、辺りを見回すサクラに、


「二人とも、初めましてと言うべきかは分からないが、言葉を交わす機会ができて嬉しいぞ」


 とヴェルガが声を掛けると、不思議そうな顔をしている二人に教える。


「村の樹にいるヴェルガ様だよ。あの悪魔はこの人が倒してくれたから」


「「えええええええ!!!!」」


 二人の驚く声が響き渡るのを、ヴェルガは満足そうに眺めている。

 本物か見極めようと冷静さを取り戻したスザクと開いた口が塞がらないサクラ。

 そんな二人をからかうように、


「信じられないなら、スザクが村を出発する前に来て話した内容や、サクラが友達と喧嘩した時に来た話でもした方がいいか?」


「「信じますから、やめて下さい」」


 ヴェルガの笑い声と二人の慌てた声に、思わず笑みがこぼれる。

 この女神様は本当に、俺達をずっと見ていたんだな。

 そんな彼女はこっちに向き直り、


「さて、お前達に会えて満足できた。そろそろ魔力切れだな、ハツガ、その右腕はいつか何とかしよう。先程言った通り、信仰が増えれば早く治せるぞ。」


 時間が掛かってしまうのは仕方ないか。

 こちらでも、手を打っておく必要があるらしい。


「スザク、サクラ。お前達が希望に満ちた未来を歩んでいく事を、楽しみにしているぞ」

 

 「ありがとうございました」とスザクは返し、サクラは深々とお辞儀をする。

 戦いの女神を自称しているがヴェルガの穏やかな翡翠色の眼差しは、親を感じさせる優しいものだった。

 慈愛溢れる横顔を眺めていると、彼女が視線に気が付き、こちらを向く。

 見とれていたのを、誤魔化すために慌てて視線を逸らすが、正面に周り込まれてしまう。

 再び合わせた視線の先には、ニヤついた意地の悪い少し前とは正反対な顔があった。


「そうかー、私との別れが惜しすぎて、目に涙が浮かんでしまうかー」


「この乾ききった目を見て、よくそんな事言えるな」


「ったく、可愛げのない弟子だな。ほら、新しい槍だ。村に帰って来たら渡そうと、準備していたやつだから、性能は悪魔とやり合うには、まだ足りないかもしれないが、今まで使っていたマキリ・レプリカよりは優れている。そうだな……マキリ・アルムとでもしておこうか」


 そう言って、緋色の槍を投げ渡してきた。

 右腕が無いのを忘れていて、慌てて左手で受け取る。



「ありがと……う?」



 俺の言葉の途中だったが、瞬きした瞬間、ヴェルガは光となり、どこかへ行ってしまったようだ。

 いや、帰ってしまったのか、あの真っ白な空間に。







~どこかの上空~

 

 蝙蝠の様な羽が生えた女の子の手に掴まり、ザストルの村から離脱するジェロは怒りを抑えられなかった。

 狂った神父による精神汚染「同調」の影響を受け、不安定になっていた女性。

 その女性の娘、ユメが持っていた本物の、召喚魔法の才能。

 神父の仲間として、ユメに召喚の術式を仕込み、召喚の地に適し、生贄も足りていたザストルの村で儀式を行う。

 何か強力な魔物でも召喚されれば、主への土産になると思っていたが、召喚されたのは、神父の願った神などではなく、悪魔。


 ここまで!ここまでは、最高に面白かった!

 偶然の産物を繋ぎ合わせ、私が少し助力しただけで、このシナリオが人の滅びへと辿り着いたのは笑いが止まらなかった。

 だが!だが!

 障害となるのは、スザク・ロードナイトのみとの主のお告げをもらっていたが、共に現れたのは街で偶然会った青年。

 ただの端役だと思っていたその男が、女神を召喚し、悪魔を撃破して人は救われた。

 私のシナリオに対する冒涜、そしてこの活躍……。


「ここまでで十分だ!地上に降ろせ!」


 地上に降りたジェロは怒りに任せ、羽の生えた女の子を殴り飛ばす。


「あああああああああああ!!!!!!!!!!あの男!許さんぞ!シナリオの中心で華やかに舞うのは私だあああああああ!!!!」


 嫉妬に狂う化け物の叫びが、大地に響き渡った。





~ザストルの村~


 動ける俺とサクラで、帰り支度を始める。

 この村まで運んでくれた黒い馬と白いペガサスを連れてくる。

 サクラが拘束していた村民達は正気を取り戻したらしいが、今は安静にしてもらって、町からの支援を送るとスザクは言っていた。


 スザクを黒い馬の背に投げ飛ばし、サクラの操る蔦で巻き付け固定する。


「目上の人物はもっと丁重に扱うべきだと思わないか?ハツガ」


「仕方ないだろ、片腕しかないんだから」


「違ーう!そういう事じゃなくてもっとそおっと……」


 体は動かないらしいが口は元気らしい。

 うるさい兄を、適当に扱っていると


「じゃあ帰りは私が、こっちの馬で。スザクさん固定しないといけないし」


 サクラの声に、「頼む」と返す。

 二人を乗せた黒い馬を見送りながら、ユメを抱え、白いペガサスに飛び乗る。

 軽く鬣を撫ででやると、嬉しそうに空へと舞いあがる。


 かなりの速度で上昇するが、寒さや風の強さも感じる事が無く、何かに守られているかのようだ。

 快適な空の旅を楽しんでいると、ユメが目を覚ます。


「おはよう。今、空にいるから大人しくしていろよ」


「……?へ?ハツガにぃ?空?へ?……うわあああ!すごーい!飛んでるじゃん!」


 大人しくしてくれと言ったそばから、身を乗り出そうとする彼女を抑える。

 落ち着き無くしていたが、俺の体を見て、何かに気が付くと大人しい状態を越えて、悲しそうになってしまった。

 ったく、せっかく助かったのにそんな顔されるのは、不本意だ。


「これは、いつか治るから気にすんな」


 右腕に視線をやりながら、明るくユメに話しかける。

 泣きそうな顔を向けられては、言葉を重ねるしかない。


「そんな顔するなって。兄貴もサクラも、もちろん俺もお前に笑って、この先まだまだ一緒に生きて欲しいと思っただけだ。こっちのわがままって言ったろ?」


「……うん、ありがと。でもこの召喚の力が、原因なんでしょ?お姉ちゃんもあんまり好きじゃないみたいだし、こんな力なかった方が良かったのかな」


 ユメの弱気な呟きに、大きく首を横に振る。


「大丈夫だ、お前のその力は、味方を集める力だ。お前が自分の力を良い物だと信じ、お前の成長で、正しい力だと証明すればいい」


「それに悪用されそうになっても、何度だって俺達が何とかするさ。子供は細かい事気にしなくていいんだよ」


 悲しそうな表情ではなくなったと思えば、今度は、頬を膨らませむくれる。

 俺の瞳を見つめに見つめ、迫ってくる勢いと共に、


「子供じゃない!」


 と怒ってしまった。

 ……乙女心というやつか。


 ま、それも含めて、この子の成長をこの先も守って、見守ってあげればいいか。

 この子の未来は失われずに、済んだのだから。







 ――「子供じゃない」


 そう言って怒ってしまったけれど、言いたかったのはそんな言葉じゃなくてありがとう。

 もっと伝えたかった言葉は、前は深く考えずに言えた「好き」という言葉。

 でも今はもう言えそうにない。

 だって、嫌われると怖いから、関係が壊れてしまうのが怖いから。

 こんな気持ち今まで誰にもなかった。

 アタシを助けに来てくれたこの人の事を考えると、胸が熱くなる。


(助けてくれてありがとう。)


(……)


 

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