表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/33

土の中プロローグ

 (あけ)発芽(ジェルミナシオン)


 あの子を救った。

 故郷を守った。

 失ったものは多かったけれど、命を捨てても成し遂げたかった。

 死を迎えた自分の体は、制御が効かず倒れるのみ。

 未練はある。

 この先の日常を過ごせた可能性。

 だが、意識は沈む。

 土へ還る様、下へ下へ。





「そら、起きろ」


 凛とした声と、顔を突かれる感覚で目を覚ます。

 目を開くと、赤い長髪で長身の美しい女性が立っていた。

 漆黒のドレスに、ヒール。

 正装のはずなのに、ドレスには傷みや、破れが目立つ。 

 立っている、つまり美人の足で突かれていたのか、感謝を述べたいところだが現状の把握が先か。


「なんだここは」



 率直な感想。

 寝た状態で周りを眺めても白い、空と地面の境目なんて分からない程、白一色。

 そして、打ち付けられた杭と、鎖で片方の足首を繋がれている女性。

 どうやら、死後の世界はでたらめらしい。

 もちろん、緑あふれる俺の故郷「アパルヴェルガ」ではない。



「死後の世界と言っていいのかは分からないが、この空間は私が居る、それだけだ」


「そしてハツガ、お前は死んだが良くやった。ドラゴンを焼き、追い払うとは大した炎の使い手だ。それに、あんな情熱的に守られるとは女神冥利に尽きるな。どこまで人というものは……」



 ふふ、と嬉しそうに微笑みながら女性は話す。

 女神?情熱的?守る?

 それに「ハツガ」……俺の名を知ってるのか。

 下から眺める美人は素晴らしいが、礼節を優先しよう。

 起き上がりながら思考する。

 俺が必死に守ったのは村と、幼馴染と、――ああ、女神の宿ると伝えられている樹「ヴェルガ」か。

 あの樹の加護がないと村の人間なんてあっという間に滅んでしまう。

 だから、捨て身で全ての魔力を使うことを選んだ。ん?



「女神!?」


「女神ヴェルガ」




 驚く俺を見て、美しい女神様は満足そうにそう名乗った。

 


 力強い眼差しが、自分より上位の者であると感じさせる。 

 緑色、いや翡翠色と言った方がいいか、真っ直ぐ真剣な瞳をちらちら見ているとポツリと質問一つ。



「ハツガ、どこまで覚えている?」


「え?あっ、炎の壁でドラゴンを弾いたはずです、樹から遠ざけて、そこからそりゃもう全力の炎をあいつの左目に叩き込みました。終わり」


「ハハハ、あんなに必死の形相だったのに、淡泊な振り返りだな」


「終わったことですし」




 ジャラジャラと嬉しそうに足の鎖を鳴らしながら、近づいて来・・・いや顔近いって!

 真正面から俺を見据え、



「敬語は構わんよ、長い付き合いになるからな。そして、君は私を守ってくれた。礼を言おう、ありがとう」


「ッ――。いえ」


 一歩退いて視線を逸らす。

 女性の真っ直ぐな瞳を受け止められる程、俺は人付き合いが得意ではない。




「君の死体は回収して、再構成を行っている」


「……再構成?それに長い付き合いとは?」


「そうだな、では一つずつ。まず、君には頼み事をしたいから、体を再構成し蘇生させる。そして、その作業には五年かかる」



 都合が良すぎないか?

 不死の存在がいることは知っているが、死者蘇生は、自分の知識では前例が無い。

 考えているとヴェルガは話を続けた。



「君の体は、魔力生成の核となる心臓が抜かれている(・・・・・・・・・)


 ッ!俺が死んだのは、命を削った魔力消費のせいではなく、誰かに殺されたのか。



「死因はこれだ。だから早くても五年というわけだ」



「そして今の私では、君を強化して再構成を行ったり、心臓の再生及び、君の鍛え上げた火属性の魔力を再現することはできない。つまり、君は君自身の炎を失った」


「無茶をしましたから。炎を失うは覚悟していましたが、原因が別にあると辛いですね」


「意外と冷静で驚いたよ。小さい頃から、村を守ると鍛錬を欠かさなかったことを知っている身としては、戦う力は、君の全てだと思っていたが」


「ハハッ、遊ぶ友達がいなかっただけですよ。あと、憧れかな」



 愛想笑いでごまかしたが、炎を失った俺を蘇生させても、彼女の役に立てるとは到底思えなかった。

 深く聞かれたくないので話を進めよう。



「で、頼み事とは?」






「率直に言おう。人を滅亡の未来から救ってくれ」





 滅亡か……人が繁栄するとは思ってもいなかったが、現状維持ですら厳しくなるのか。

 

 「アパルヴェルガ」は女神様の加護により、外の人はもちろん魔物や死霊人から発見されない様になっている。

 更に樹から魔力や恵みを土へもらえ、それを利用することで食糧の栽培には困らない。

 生きていくのに最高の環境と言ってもいい。

 村の外がどうなのかって?ほとんど分からないんだ。

 

 見えるのは森林のみ。

 仮に加護の無い範囲に出て行くと、魔法を使えない人や武器を扱えない人は魔物のエサになる。

 戦えても、集団に襲われるから戦力が足らない。

 安全な村から出る物好きは基本いないし見つけられもしない、これが現状。

 だが今回は、ドラゴン……そして、俺を殺した得体の知れない人が村に来た。

 

 これはいったい……。



「この先私(女神の宿る樹)が優秀な資源、もしくはエサになると様々なものに気付かれ、呼び寄せてしまう可能性が高くなる」


 私は他の神に嫌われているんでな、と自嘲気味に続けた。

 つまり、ヴェルガの加護が弱っていってしまうのだろうか。

 彼女が囚われているこの環境も気になる。


「そうだからといって、私は諦めたくはない、失いたくはない」



 語気が強まる。


「かつて、魔力を使い果たされ、見捨てられた樹のためだけに、ここで暮らし始めた人達が居たんだ」


 彼女の表情を見れば、大切な思い出と分かる。


「ヴェルガ様には恩がある、と笑いながら寄り添ってくれた人達が居たんだ。そんな人の優しさを無くしたくない。思い出を、一人だけのものにしたくない」


 その人達はもしかして……。


「私は人が好きなんだ、生きて欲しい。君達が蹂躙され利用され滅ぼされるのを黙って見てはいられない!私のわがままだ!だけど!命を懸けてあの子を!私を!守ってくれた君なら!誰も来られないはずの空間で奇跡的に出会えた君なら!」



 目の前で涙を浮かべ、激しく喋る女性を見据える。

 先程までの冷静さは無くなっていた。


 女神か。

 

 何でこんなに感情的で、情熱的で、人間的なんだろう。

 彼女は人と助け合い、共に過ごしてきたのだろう。

 だから、上下の関係ではなく対等な思い、これは友人を助けたいと思うたぐいのただの優しさか。



「すまない、熱くなってしまった。話を戻そう」


 目元を拭い、女神は凛々しさを取り戻す。


「この先必ず起こる人への殲滅戦……碧の剥落レェイヴァルクに備えてほしい。発生する時間、場所を突き止める。そして、それまでに多くの人を生存させ、仲間や同志を集めそして戦いに勝利してくれ。無理難題は承知の上、しかし今の私が干渉できるのは君だけ。君だけが頼りなんだ、頼む!」


 決断に迷いは見せない。


「了解しました」



「報酬も私のできる限り……え?」



 涙で潤んだ翡翠色の瞳を見つめ頷く。

 人の滅亡を防げるかなんて分からないが、殲滅戦か。

 あの子に被害が及ぶ可能性があるなら、守る。

 今回の様に、自分がどうなろうが何度だって守る。

 それに女神様の優しさに報いたい。



「死んだ君には、安らかに眠る選択肢もある。苦しくも無謀な道を示している。それでも私のわがままに付き合ってくれるのか?あっさり決めてよいのか?」


 まじまじと顔を覗かれたから、不敵な笑みを浮かべる。

 不安を見せないのはただの見栄だ。

 だが、



「ええ、あなたにもらった命であり、俺が人の役に立てるチャンスですから戦いますよ」



 心の炎は消えない。

 頭のどこかでは、特別な状況になって自分を救世主だと思い込んでいるのかもしれない。

 英雄になるチャンスなんて、甘い考えを持っているかもしれない。

 だが、そんな自分の慢心で誰かを救えるかもしれない、何かを変える事ができるかもしれない。

 はっきり言おう。



「死とは可能性を絶つこと!その人が生きていることで起こるもしもの未来が無くなり、選択肢が狭まる絶望への道!ならば生とはなんだ!そう可能性だ!選択肢が増え、見えてくるものは、何かが起こるかもしれないという希望だ!俺のちっぽけな命でも何かできるはず!」



 自分を鼓舞するように吠える。

 迷うな……生と死、どちらを選んでも後悔する場面は来る。

 だから、やりたいことをやろう。

 人のために、あの子を守るために。



「遠慮せずに使ってください。自分にできることなら何でもしますよ!」


 


「そうか」


 女神は顔を伏せ、涙を拭う様な仕草をする。

 そして、顔をパッと上げ、


「なら、今から食欲、性欲、睡眠欲などなど邪魔ものを封印して五年間、一休みもなく修行するぞ。」


「俺にも目的ができましたし……え?」


 さっきまで真剣だった女神様の顔には潤んだ瞳もすでに無く、意地が悪そうにニヤついていた。

 男に二言はないなと肩をポンと叩かれ、ヴェルガの翡翠色の瞳が金色に輝く。

 魔眼か、何のつもりだと思った時には、時すでに遅し。



「ガッ、グアアアアアアァァァァ!!」


 体から何かが抜ける、これは感覚?思考?いや、違う何かしたいそんな人の本能、欲だ!

 様々な欲が抜かれた俺はただ全力で己を鍛え修業するだけの人に成り果てた。

 これでは、操られている人形ではないか。


「あ、体は私の得意な地属性で再構成してるから、泥人形だな」


 くくく、と笑いながら女神が一言投げかけてきた。


 「ハメやがったなああああああああこのババアァァァ!!!!」


 怒鳴る俺を涼しい顔で受け流し、



「なーに、話に嘘は無い。それにお前も蘇生後のために、強くはなっておきたいだろ?ただ効率良く無茶をして、修業を行うだけだ。心配せんでもここに居るのは魂だ。病気も怪我もない。それに、体が治って魂を詰め込めば経験は反映されるさ、お前の欲望も戻る。安心して鍛えるぞ。」



 気持ちの問題とかあるだろ殴るぞ。

 クソ女神は空間から赤い槍を二本取り出し、一本投げ渡してきた。

 鍛えた炎魔法が使えない上に心臓がないときた、こっち方面鍛えるしかないよなぁ。

 武器の鍛錬をやってないことはないが、この世界は魔法を扱え、魔力を上手く使える方が遥かに強い。



「言い忘れていたが、私は戦いを司る神だ。本来加護だの魔力供給だのは苦手分野でね、本職はこっち。厳しくいくぞ。あとババア言うな」



 慣れない得物を構え、腹の底から大きく一つ息を吐く。


「クソ、もっとスマートにパワーアップして生き返ると思ってた」


 ブンブンと自分の体の周りでかっこよく槍振り回しながら、ヴェルガは嬉しそうにはにかんだ。

 ああ、戦いが楽しいのな、本性これか。



「と言いつつ燃えているな、感心感心。心臓は無くしたが、ハートは熱いままか。いいぞいいぞ、さあ、思いっきりこい!私の可愛い泥人形ちゃん」





 さっそく、しんどい道を選んだと後悔した。

 だが、これが生きる事か。

 死んだら楽にはなっただろうが、その時に世界を見て、蹂躙される人を利用される人を滅ぼされる人を見たら、もっと後悔するだろう。

 

 例え、些細な人助けしかできなくとも、一人だけしか救えなくても、俺はその蘇った生に価値があったと思う。

 自分自身の行いに胸を張れる、そんな日が来ると信じて、泥臭く足掻こう。

 俺が蘇ることで現れる可能性(きぼう)を一つでも増やすために。

アドバイスとかよろしくお願いします。


ヴェルガ

・赤髪、長身、翡翠色の瞳の女神

・強い


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ