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第六話  炎と岩と時々チート③



 ああ、人間って空を飛べるものなんだなぁ。


 そんなことを思いながらショウマは吹っ飛んで行き、背後にあった城壁に思いきり叩きつけられた。


「勇者様!」


 グローリエが悲鳴をこぼす。

 城壁の上の兵士たちもまた、表情に絶望を過ぎらせた。


 決闘が始まり、お互いにその拳を叩きつけあった勇者と赤獅子。その結果、勇者の身体は小石のように城壁まで吹き飛ばされた。


 一方、ラゴウは勇者の拳を受けても、かすかによろめいただけでその場に踏みとどまっていた。つー、とその口から血が滴り落ちるが、それだけだ。


 両者の差は明らかであった。勝敗は決したといってもいいだろう。


 勇者が叩きつけられた城壁には罅が入っている。あの勢いでは致命傷だろう。ラゴウの拳を受けて肉体の原型を留めているだけさすがは勇者であると言えたが、ずるずると滑り落ちて地面に倒れ伏した勇者は、痙攣するばかりで起き上がらない。起き上がれない。


「やった! さすがはラゴウ様!」


「いよっ! パワーとタフネスでは魔王軍最強ですぅ!」


「あと持久力でも最強」


 三獣士がラゴウに駆け寄り、口々に褒め称える。


 あれだけ勇者は大見得を切っていたというのに、実際に一撃で倒されたのは彼の方だった。なんたるお笑い種なのだろうか。所詮、伝説は伝説ということか。いや、違う。ラゴウが強いのだ。あまりにも強すぎるだけなのだ。


「……ふっ」


 ラゴウは自分を誇らしげに見つめる彼女たちを見つめ返すと、小さな笑みをこぼし、その頭を軽く撫でた。


「「「ラゴウ様……!」」」


 三獣士は頬を染め、気持ちよさそうに目を細める。ぱたぱたと尻尾を振った。


 そしてラゴウは、


「見事なり、勇者ショウマよ。この我輩を、ただの一撃で仕留めると、は……」


 その賞賛を最後に、ぱたりとその場に倒れたきり二度と動かなくなった。


「「「……ラゴウ様?」」」


「いってぇえええええええええ――――ッ!!」


 三獣士が呆然と主の亡骸を見つめる中、悲鳴と共に勇者が跳ね起きる。


「痛い痛い痛い痛いよ死ぬほど痛い!」


 瓦礫の中でもんどり打ちながらも、しかし勇者は存命だった。多少なりとも怪我は負っているようだが、それでも泣いて騒げる程度には元気だった。


 ラゴウの拳を受けてその程度。恐るべき頑丈さである。魔王軍の中でも、ラゴウの拳を受けて五体満足でいられるのは、恐らくは魔王だけであろう。あるいは、ラゴウ本人であれば今の勇者のようにけろりとしているかも知れないが。


 とにもかくにも、今のお互いの一撃。傍目からは勇者が一方的に負けていたようにみえたが、その実、与えた結果は逆であった。


 ショウマはラゴウに致命傷に至るダメージを与え、ラゴウはショウマに怪我しか負わせられなかった。


 ……いや、果たしてショウマの拳は致命傷に至るほどの威力だったのか?


「う、嘘っ! なんで!?」


 三獣士の一人が、信じられないという顔で叫んだ。


 ラゴウの身体に怪我らしい怪我はない。どれだけ見ても、回復魔法で治せる程度の傷しかない。ダメージの量でいうのであれば、勇者が負ったものと同程度だろう。


 けれど、ラゴウは起きない。死んでいる。回復魔法をかけても起き上がらない。


「……それが俺のチートなのさ」


 ひととおり痛みに泣き叫んだあと、ショウマは涙目のまま語り始めた。


「俺が勇者として神より与えられた力は、相手の防御や加護といったものを一切無視して『死』を与える力。俺が殺すと思って殴ったが最後、相手は死ぬ」


「そ、そんなふざけた力……」


 三獣士の一人があり得ないと叫ぶ。

 どんな魔法でも呪いでも、絶対の死をもたらすなんて不可能だ。


 だが、彼女たちは知らなかった。不可能を覆してこその勇者。チートの力である、と。


「もちろん、ある程度の条件はある。直接右手の手首より先で相手の素肌に触れないといけないし、触れるときに俺が少しでもその相手に殺意をもっていないと発動しない。……特に今回の場合は、殺意を抱き続けるのが難しかった。なんていうか、ラゴウは戦闘狂ってだけで、心の底からは嫌いにはなれないタイプだったしな」


 ショウマは体感時間でつい昨日まで極々平凡な高校生だった。誰かに対して本気の殺意を抱くなど、それこそ本当に難しい。


 ラゴウに対しても、ショウマは別に心の底からの殺意を抱いてはいなかった。

 ほんの少し、倒さなければならない敵としての殺意を抱くことができた。それでチートが発動したのは、ある意味運がよかった。


「そうだな。もしもラゴウに敗因があるとするなら、俺の小さな殺意を誘ってしまった、その軽薄な振舞いにあったんだろう」


「それは……なに?」


 三獣士の一人の問いかけに、ショウマは即座には答えられなかった。伝えるには、真実はあまりにも残酷すぎる。


 ショウマは彼女たちを見つめる。


 可愛い。本当に可愛らしい、けもっ娘である。

 

 獣耳も尻尾ももふもふしていて、触って撫でて抱き枕にして眠りたいと心の底からそう思う。

 

 だが悲しいかな。彼女たちは敵であり、決して結ばれることはない相手だった。

 三獣士たちは主従の関係を超えて、ラゴウに対し好意を抱いていた。それくらいは、初対面のショウマにも察せられた。彼女たちの言動から推察するに、たぶん、一線も超えているだろう。


 だからこそ、ショウマは思ったのである。


 ――ラゴウマジ許せねぇな、と。


「魔王の手先として多くの人間を殺してきた。俺が殺意を抱くのには、それだけで十分だ」


 けもっ娘ハーレムとかふざけるなようらやましい。

 夜は下半身の獅子が荒ぶっちゃうぞですかそうですか。


 建前として口にした事実と合わせれば、小さな殺意を抱くには十分すぎる理由だった。


 そう、ショウマが手にしたチートとは、殺したいと思った相手の命を狩る死神の魔手。土下座神名付けて『イケメンクラッシャー』――モテ男を必ず殺す、モテない童貞の嫉妬パワーが詰まった一撃である。


「因果応報。お前たちの主は、自らの悪行によって滅んだのだ」


 泣き崩れる三獣士を背に、ショウマは自分に注目するグローリエや兵士たちに対し、高々とチートを宿した右手をかかげた。


「俺の勝利だ」


 歓声が爆発した。






      ◇◆◇






 死因イケメンだったからのラゴウが死んでも戦いは終わらなかった。


「「「ラゴウ様の仇!!」」」


 多くの部下に慕われていたのだろう。三獣士を始めとした魔王軍の兵士たちが、敵討ちのために勇者を一気に攻め立てた。


「ちょっ、俺、たくさんの相手を一度に相手取るのチート的に無理だから! やめてこないで!」


「勇者様、伏せてくださいまし!」


 その声に、ショウマは慌てて頭を下げる。


 頭上を猛烈な勢いで炎が通り過ぎていった。グローリエの火炎魔法だ。


 炎は周囲一面にいた兵士たちを消し飛ばす。だが三獣士たちの勢いはやけどを負ってもとまることなく、兵士たちは次から次へと押し寄せてくる。


「どうする? グローリエ。ねえ、どうするの?」 


「攻撃はわたくしにお任せを! 勇者様はわたくしの傍にきて、わたくしを守ってくださいまし!」


「よしわかった。任せろ!」


 グローリエの指示通り、彼女を守って魔王軍の兵士たちと戦う。


 多くの敵はグローリエの炎に燃やし尽くされるため、ショウマが相手にするのは攻撃を突破してきたわずかな数で済んだ。それくらいなら素人のショウマでも捌ききれる。ひときわ苛烈な三獣士からの魔法攻撃も、グローリエの炎の護りを突破するには至らない。


 というより、すべての敵はショウマのぐーぱん一発で倒れ伏した。


 次々に迫ってくる敵全員にいちいち殺意をこめて殴りかかれないため、イケメンクラッシャーは発動していない。純粋な素の腕力だけでノックアウトできた。


 ラゴウとの戦いでは今ひとつ実感できなかったのだが、一般兵と戦っているうちにショウマは自分の身体能力のすさまじさを理解し始めていた。


「もしかして、俺ってパワーだけでもラゴウみたいに戦えるんじゃね?」


「大正解」


 独り言に返事があった。横を見れば、守護霊のように半透明になった土下座神がぷかぷかと浮いていた。


「土下座神。お前も来たのか」


「まあね。まさか今の今まで気付いていないなんて。これはボクもついつい戦場まで出張ってきちゃうってものだよ」


「ていうからには、やっぱり俺の身体能力って無双できるレベルなんだな!」


「いやそっちじゃなくて……まあ、気がついたときの反応が楽しみだからいっか」


「楽しみ? どういうことだ?」


「気にしないで。それより君の身体能力だけど、あのライオンくん並だっていうのは大正解なのさ。君は最高の身体能力を手に入れた。それすなわち、この世界における最高の身体能力の持ち主と同等の身体能力を手に入れたってことなのさ」


「つまりラゴウはこの世界で一番力持ちだから、俺のパワーはラゴウと一緒ってことか?」


「ついでに耐久力も一緒だね。世界最高のパワーとタフネスの持ち主。君のチートが即死系じゃなかったら、倒すのに大いに苦労していただろうさ」


「なるほど」


 気が大きくなっていたショウマは試しに、向かってきた相手の攻撃を避けることなく身体で受け止めてみた。


 オークらしき敵が、思い切り棍棒をたたきつけてくる。命中。だがほとんど痛みを感じなかった。肌に傷もない。


 そしてカウンター気味に殴り返せば、オークは血反吐を吐いて遥か遠くまで吹っ飛んで見えなくなってしまった。もっと力をこめれば、当たった瞬間、風船が割れるように破裂させられるような気もする。グロいから絶対にやらないけど。


「よし。これなら」


 自分の身体能力の高さを知ったショウマに、もはやこの戦いにおける恐怖はなかった。


 どれだけ攻撃されようとも傷を負うことなく、こちらの攻撃は一撃で致命傷となるのだ。あとは作業である。


「勇者様とグローリエ様を守れ!」


 さらに勇者とグローリエの奮闘を見て、マルフ砦の兵士たちが門を開けて出陣した。馬に乗った騎兵隊が道を切り開き、ショウマたちの許までやってきて一緒に戦い始める。


 勝敗は決した。いや、ショウマがラゴウを倒したときにはすでについていたのだ。


 ここから先はただの消化戦。それを理解していながらも、魔王軍の一部、ラゴウ配下の兵士たちはとまらない。


 相手の指揮官もまたそれを理解したのだろう。


『――補足完了。強制転移開始』


 戦場に鈴のような透明な声が響いたかと思うと、魔王軍の兵士の姿が光に包まれ、一人残らず戦場から消え失せてしまった。


「なんだこれ? いきなり消えたぞ?」


「敵の指揮官、『空の魔女』による強制転移ですわ。……どうやら撤退したようですわね」


 ショウマは初めて知ったが、相手の指揮官はラゴウではなかったらしい。


「けど敵が撤退したってことは?」


「ええ。わたくしたちの勝利ということですわ!」


『『うぉおおおお―――ッ!!』』


 グローリエが高らかに勝利を宣言すると、周りの兵士たちが拳を天高く上げて勝ち鬨をあげた。


「勇者様!」


「勇者様、すごかったです!」


「あのラゴウを一撃で! すげぇ!」


 兵士たちはショウマに駆け寄ると、口々に褒め称えた。


「いや、そんな……まあ、勇者としては当然、かな!」


 ショウマは照れつつも、勇者渾身のドヤ顔を見せつける。


「すごい! さすがは勇者様!」


「勇者の伝説なんて眉唾だと思ってたけど、本当にすごいんだな!」


「ああ! なんていうか、すげぇよ!」


「すごいよな! なんたって、あのラゴウを一撃だぜ一撃!」


「しかも――」


 兵士たちは勇者に対し、子供みたいなキラキラとした憧れの眼差しを向けて、声をそろえた。


『『しかも全裸で勝つなんて!!』』


「そうだろう。そうだろうとも…………全裸?」


 ショウマはその漢字にして二文字の響きに表情を凍りつかせ、だらだらと脂汗を流した。


 今朝のトラウマが蘇る。そう、まだあの悲劇は今朝のことなのだ。

 恐る恐る自分の身体を見下ろしてみれば、そこには本来あるべきものがなかった。


 代わりに息子がこんにちはしていた。


 ショウマはグローリエを見た。


 首筋まで真っ赤に染めたグローリエは、そっと視線を逸らした。


「どういう文化なのかは存じ上げませんが、勇者様のそれは、か、かわいらしくて、いいと思います……わよ?」


 勇者は拳を握りしめた。今なら絶対にイケメンクラッシャーを発動できる自信があった。


 そして、ショウマは異世界一日目の締めくくりとして、腹を抱えて大笑いする怨敵に対して殴りかかった。


「土下座神マジふざけるなぁああああ―――――ッ!!」




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