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第五話  炎と岩と時々チート②



 土下座神は言った。


「いいかい? 君のチートは百の味方を助けられる力も、千の敵を薙ぎ払う力もない。ただ一人、目の前の敵を倒すためだけの力だ。今回みたいな篭城戦だと、その真価を発揮できないだろう」


 そう言われた段階で、ショウマは今回の戦いはグローリエに言われたとおり様子見に徹していようと思った。そしてそれは詳しい説明を受けても変わらなかった。カナリアからの救援要請を、ショウマは情けない狼狽した姿で断った。


 だが状況はそれを許さなかった。


 敵の策略にはめられたグローリエが危機に陥る。

 彼女は涙をたたえ、それでも毅然と胸を張って敵をにらんだ。


 尊い光景だった。ショウマをして戦う決意を固められるほどに。


「……仕方がない。今回だけボクが力を貸してあげよう。でも、今回が本当に最後だ。これ以降、ボクはただの神になる」


 土下座神の力によって、ショウマは瞬きよりも早くお姫様の危機に駆けつけた。


「ま、少しばかりのペナルティはあってしかるべきだよね」


 ひらひらと服が床に舞い降りる中、神は楽しそうに笑った。


「けど、あれだけ怖くて震えていたっていうのに、いざヒロインがピンチとなると勇気を奮い立たせられるなんて」


 とてもとても楽しそうに笑った。


「いいな。やっぱり君はいい。勇者としての素質があるよ」






 決まった。今の俺、過去最高に格好いい。


 ショウマは心の中で自画自賛する。別にはかったわけではなかったが、結果的にタイミング、台詞、すべてが完璧であった。


 ヒロインのピンチに颯爽と現れる勇者様。

 頼りがいのあるその背中こそ、まさに男の背中である。


 惚れただろ? これはもう、惚れてしまわれただろ?


 ショウマはドヤ顔でグローリエの表情を盗み見る。

 彼女は熱に浮かされたように顔を赤くして、ショウマを見ていた。


 堕ちたな。これはもう堕ちてしまわれたな。

 ああ、俺という男は、なんて罪な勇者なのだろう。


 グローリエの陥落を確信したショウマに、もはや怖いものはなにもなかった。あとは敵を倒して、彼女を優しく部屋へエスコートするだけである。


「たしか四天王の一人、『赤獅子』ラゴウとか言ったな? お前、俺の女に手を出すなんて、覚悟できてるんだろうな? 俺の女になぁ!」


「ほう」


 攻撃を受け止めたショウマを見て、ラゴウは新しい獲物を見つけたような顔をした。地面を蹴って大きく距離をあけると、牙を擦り合わせるように呵々大笑する。


「勇者? 勇者だと? まさか実在していたとはな!」


「どうやら驚いているようだな。だが事実だ! 俺は勇者、伝説の勇者ショウマである!」


「……なるほど」


 ラゴウはショウマの頭の先からつま先までをじっと見下ろす。

 そんな彼の大きな身体の影から、ぴょこんと三人の少女が顔をのぞかせた。


 これにはショウマも驚く。


「獣耳……だと?」


 ラゴウの後ろに隠れていたのは、犬耳犬尻尾を装備したかわいらしい獣人の女の子たちだった。


「この世界には伝説の獣人がいるというのか!」


「このいやらしい目で見てくる変態があの勇者!? うっそ! 信じられない!」


「そうねぇ。ずいぶんとかわいらしい勇者さんねぇ」


「かわいらしいというか、ラゴウに比べてかわいそうというか」


 三者三様に勇者を物珍しく眺めては失礼なことを言っていたが、ショウマの都合がいい耳には入ってこない。今のショウマの全意識は、ぴくぴくと動く彼女たちの耳と尻尾に釘付けだった。


「動いた! 動いたぞ! 動いたのに……くそっ、なんてことだ! 獣人が敵側配置なんて、こんなの絶対におかしいだろ!」


 そこでふとショウマは気付く。


「もしかして……いや、まさか……そんなはずはないとは思うが……」


 恐る恐る、ショウマは縋るような眼をけもっ娘たちに向けた。


「エルフとかも、魔王軍にはいたりとか……?」


「いるよね?」


「うん。いますねぇ」


「白いのと黒いの、どっちもいる」


「ちょっとタイム」


 ショウマはグローリエのところに行くと、顔をぐいっと近付けて耳元で囁く。


「なあ、グローリエ。一応確認のために聞くけど、魔王軍にエルフとダークエルフがいるってのは本当なのか?」


「ほ、本当ですけれど。……あ、あの勇者様、近いです。というか、もう少しであれがわたくしの身体にふ、触れっ!」


 グローリエは頬どころか耳まで真っ赤にして、必死に身体をよじってなにかから逃げようとしていた。かわいい。


 照れまくるお姫様はとてもかわいいが、今もたらされた新事実も捨て置けない。


 ショウマはグローリエから離れ、先程の位置にまで戻ると、かつてない大きな問題を前に悩みに悩む。この難問に比べれば、先ほどまでの戦場に出るか出ないかなどという悩みは悩みのうちにも入らない。


「わからない。どうする? 俺はどうすればいいんだ?」


 ショウマはぶつぶつとつぶやきをもらす。


「……けもっ娘……エロフ……九割方支配されてるなら…………いやでもフリージアやグローリエはかわいい……いや逆に考えるんだ。ならいっそのこと強引に……」


「「「うわさいてー」」」

 

 グローリエの耳には勇者の独り言は聞こえなかったようだが、獣耳を持つ女の子たちには聞こえていたらしい。ショウマに向けるまなざしから好奇心の色が消え、女の敵を見る軽蔑のまなざしを向ける。


「ラゴウ様。あれが勇者なんて嘘だよ!」


「ラゴウ様。あれは勇者を騙ってるだけですよぅ」


「ラゴウ様。あれはただの人間のクズ」


「ち、違うし! 本当に勇者だし! 今のはただの小粋なジョークだよ当たり前だろ!」


「そうだ。その男は間違いなく勇者だ」


 ショウマに同意を示したのは、敵であるはずのラゴウだった。


「我が輩は感動した。この我が輩の前に、寸鉄も帯びずに立ちはだかったのはこの男が初めてだ。……敬意を示そう。その愚かしいまでの蛮勇こそ、勇者と呼ぶにふさわしい」


「そうそう、よくわからんけど俺は勇者だ! だからラゴウ! お前に一対一の決闘を申し込む!」


「決闘! 決闘だと!?」


「「「ラゴウ様!?」」」


 ラゴウはさらにはしゃいだ声をあげると、三獣士を振り払って前に出た。


「一対一の決闘を申し込まれたのは生まれて初めてだ! いいだろう! その申し出、この『赤獅子』ラゴウが受けよう!」


 そのあとラゴウはやおら背後を振り返ると、大きな声で吠え立てた。


「いいな! 魔女よ! この決闘には絶対に手を出すな! 手を出したら我輩は許さぬからな!」


 返答はなかったが、ラゴウは沈黙を了承と受け取って、闘志を露にしてショウマに向き直った。


「勇者ショウマよ! お前も決闘を申し込んだからには逃げることは許さん! 誰かに力を貸してもらうことも許さんからな!」


「俺は最初からそのつもりだよ」


 これまでの弱気はどこへ行ったのか、ショウマは自信満々に答える。 


 なにせショウマのチートとはそういうもの。一対一の決闘でこそ真価を発揮するものなのだから。この状況に持ち込めた時点で、すでに敵はショウマの術中にはまっているのだ。


「勇者様、色々と言いたいこと、聞きたいことはありますが」


 グローリエが戦いに向かう勇者に手向けの言葉を送る。


「どうかご武運を。グローリエは勇者様の勝利を祈っております」


 答えるべき言葉はすでに言ってある。

 ショウマはもう一度こぶしを突き出し、親指だけを立ててグローリアへの返事とした。 


 ショウマとラゴウの二人を置いて他の面々はその場から下がる。

 魔王軍の兵士たちが、城壁の上の兵士たちが、戦いの手を止めて、二人の決闘が始まるのをじっと見つめている。


 誰もが声には出さずとも理解した。この戦いの勝敗こそが、今回の戦いの勝敗に直結すると。


「よぅし! よぅし! 滾ってきた! 滾ってきたぞ、勇者よ! さあ、心ゆくまで戦おうではないか!」


「ああ。いつまででも付き合ってやるぜ」


 もっとも――


「お前が俺の一撃に耐えられたならだけどな!」


「ほざいたな、勇者!」


 そして――激突。


 此処に勇者ショウマの初めての戦いが始まり。


 そして……


 此処に終わったのである。


 



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