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第二話  異世界②



「土下座神マジふざけるなよここまで人類が詰んでるとか聞いてないというか最初からクライマックスかよこちとらまだ自分の力もわかってないんだぞ死んでたらどうしてくれるんだいや死んでもリスタートできるんだけどね」


 用意された馬車で戦場に向かう道すがら、シャトリア王国の置かれた実情を説明されたショウマは頭を抱えていた。


 世話役として抜擢され、馬車に同席しているフリージアの従者曰く、魔王軍の侵略はすでに大陸の九割にまで及んでいるらしい。


 人間の領土は残すところ、このシャトリア王国のみであり、他の国々はすべて攻め滅ぼされてしまったのだとか。そしてシャトリア王国もまた、国土の半分以上を魔王軍によって奪われてしまっているとのことだった。


 はっきり言って詰んでいる。ここから巻き返すなど、それこそ奇跡でも起こらなければ不可能だろう。


 だからこその勇者召喚なのだろうが、いきなり最前線送りになることが決定したショウマからすれば、もう少しまともな時期に召喚して欲しかったところである。


「まさかこれ、死んで学べとか、そういう死にゲーじゃないだろうな。俺の特典はつまるところループ能力だし」


「よくわかりませんが、勇者様に死なれては困ります。ていうか、ぶっちゃけ勇者様が死んだ時点で、全人類が後追い自殺する他に選択肢がありません」


「おぉう、責任に押しつぶされそうなんだぜ」


 王様の反応もむべなるかな。この辛辣なメイドですら認めてしまうほどに、ショウマは人類最後の希望なのだった。


「やっべぇ。緊張してきた。大丈夫かな? 俺、本当に魔王倒せるかな?」


「わたしに聞かれても困りますが」


「いや聞かなくてもわかる! 大丈夫じゃない! 全然大丈夫じゃねえよ!」


 緊張と恐怖のあまり半泣きになりながら、ショウマは用意されていた毛布を頭からすっぽりと被る。


「帰る! 勇者様、おうち帰る!」


 最初の演技は見る影もない。同席するメイドの視線もブリザードより凍えていた。


 それでも彼女にこの情けないことこの上ない勇者を放置するという選択肢はない。ショウマの性格をすでに半ば以上把握していたメイドは、赤子をあやすような甘く優しい声をかけた。


「大丈夫ですよ、勇者様。あなたは伝説の勇者様なのですから、魔王なんてイチコロに決まってます」


「嘘だ!」


「嘘ではありません。だから、がんばってください」


「いやだ! 努力とか根性とかは俺が一番嫌いな言葉なんだぞ!」


「ですが、勇者様。魔王を倒したあかつきには、どのような褒美も思いのままですよ?」


「……褒美?」


 メイドの予想通り、ショウマはその単語に反応を示す。


「その褒美ってどんなことでもいいの?」


「はい。なんでも可能ですよ」


「たとえば、国中の美少女を集めてハーレムを作るとかでも?」


「もちろんです」


「俺、え、えええ、エロいことするよ? めっちゃするよ?」


「どんと来いです」


「……俺はだまされないぞ!」


 少しずつ毛布から顔をのぞかせるショウマだったが、最後の最後で恐怖に打ち負けて引きこもりに戻ってしまった。


「きっと魔王を倒したところで、魔王もいなくなったし勇者もう要らなくね? ていうか勇者邪魔じゃね? みたいな感じで手のひらくるんされるに決まってる!」


「うわこいつめんどくさい」


 思わずメイドの口から本音がもれるが、完全に自分の世界に引きこもっているショウマには幸か不幸か聞こえなかった。


 しかしどうしたものか、とメイドは考える。

 この様子では先程までの甘い言葉ではとても出てきそうにない。


「はぁ……仕方ないですね」


 メイドは溜息を吐くと、「よいしょ」と毛布の中に潜り込み、小動物のように震える勇者の耳元でそっと囁いた。


「本当です。嘘じゃないです。勇者様が魔王を退治され、世界を救われたあかつきには、どのようなことをしても許されます。たとえば、ハーレムを作ってこんなことをしても」


 メイドはショウマの手をつかむと、おもむろにそれを自分の乏しいふくらみに押し当てた。


「っ!?」


 むにゅっ、と手の中でつぶれるその感触に、ショウマは声にならない悲鳴をあげた。


 柔らかい。柔らかいのだ。


 服の上からでは存在するのかどうかさえ不明だった彼女の胸だが、実際に触れればそこにたしかに存在しているのが分かる。


「すごい! おっぱいは実在したんだ!」


「ええ。わたしは小さいだけで決してないわけではないのです。もう一度言います。あるんです。それにこれだけではありません。直接だって、もっと先のことだってオーケーなんですよ?」


 ショウマの身体の電流が走った。脳裏をピンク色の妄想が支配する。


「直接……もっと先……!」


「はい。こんなわたしでよろしければ、好きなときに部屋へお呼び下さい。もちろん、わたしだけではなく、この国の女性ならば誰でも喜んで相手をしてくださることでしょう。そして、それは姫様も例外ではありません」


「フ、フリージアも?」


「はい。フリージア様のふくよかな胸も、魔王を倒せば好きなときに揉めますよ?」


「よっしゃあ行こうすぐ行こう今行こう魔王城に魔王を倒しに行ってレッツおっぱい!」


 毛布を脱ぎ捨て、ここに伝説の勇者が完全復活を果たす。


 ちょろいなぁ、と思いつつもメイドの言葉に嘘はない。


 もしもそのときにこの勇者に求められたなら、喜んで抱かれよう――そうメイドが覚悟完了する程度には、この世界の人類は瀬戸際まで追い詰められていたのだった。







       ◇◆◇






 陽が山の稜線に沈もうという頃、馬車は前線基地に到着した。


 何重にも築かれた高い城壁に囲まれた巨大な砦だ。

 何十人がかりでようやく開閉できる程の分厚い鉄の扉を潜ると、途端にショウマは、王城で感じたときのような不躾な、それでいて救いを求めるような視線を浴びた。


 砦に詰めていたのは、大勢の兵士たちだった。身につけた鎧や武器は、これまでの険しい戦いを物語るように大小様々な傷を帯びている。負傷している者も多く見られた。


 居心地が悪い。ショウマは小さなメイドの陰に隠れるように身体を縮める。メイドの勇者に向ける視線の温度低下は、氷点下を超えてなお止まる気配を見せなかった。


「こちらです、勇者様。まずは指揮官であるグローリエ様にお会いしましょう」


「グローリエ様? 指揮官は女の人なのか?」


「ええ。グローリエ・シャトリア様。フリージア様の妹君であり、このシャトリア王国の第二王女であられる御方です」


「え? そんな偉い人が前線の指揮官なんてやって大丈夫なのか?」


「……このような状況下で兵たちの志気を保つことができる指揮官は、王族であられ、かつ王国一の魔法使いと謳われるグローリエ様だけですので」


「お、おう」


 あんまり大丈夫ではないらしい。


 近くにいた兵士にグローリエへ謁見を望んでいることを伝えてもらい、待っている間、ショウマはメイドに尋ねる。


「なあ、フリージアの妹さんってどんな子なんだ?」


「グローリエ様は、言ってしまえば武闘派です。気が強く、戦場にこそ自分の価値を見つけられた御方です。その魔法の腕は王国一とされ、特に火炎魔法の威力は魔王軍すら警戒して進軍をためらっているほどです」


「そうなのか。で、フリージアと一緒でかわいい系? それとも綺麗系?」


「……綺麗系です。フリージア様とはあまり似ておられませんね」


「おっぱいは大きいの?」


「それこの状況下で許される質問ですか?」


「まったくですわ」


 メイドの呆れた声に続くように、苛立った声が前方から聞こえてきた。


 見れば、数人の兵士を引き連れた少女が近付いてきていた。


 肩口で切りそろえた銀色の髪。凛々しい切れ長の瞳。身体の要所を守る黄金の鎧に、緋色のマントがよく映えている。まさに姫騎士と呼ぶにふさわしい美少女である。そして見事なたわわである。


 少女は二人の前で立ち止まると、メイドの顔を一瞥したあと、ショウマの頭の先からつま先までをにらむように見る。


「あなたが、お姉様が召喚したという勇者様ですの?」


「そ、そうだ。俺が――じゃなくて、余が勇者ショウマである!」


「ふ~ん」


 美少女の視線に気圧されながらも、虚勢を張ってショウマは胸をそらす。

 しばらく少女はショウマの姿を観察していたが、やがて確認のためにメイドに視線を向けた。


 こくり、とメイドが肯定の頷きをしたことで、ようやく彼女は優雅に一礼してみせた。


「お初にお目にかかります、勇者様。わたくしがシャトリア王国第二王女、グローリエ・シャトリアで御座います。勇者様におかれましては、このような場所にまでご足労いただきまして、感謝の言葉も御座いませんわ」


「いいや、気にすることはない」


 あなたのお姉様のおっぱいを揉むためだから!


「余が来たからにはもう大丈夫だ! 悪辣なる魔王の魔の手より、必ずや君たちを守って見せよう!」


「お言葉ですが、勇者様。その必要は御座いません」


「えっ?」


「我らシャトリア王国騎士団一同、これまで祖国を自分たちだけの力で守ってきたという自負が御座います。いかな勇者様が相手といえど、いきなり指揮権を渡すことなどできません」


「指揮権? いや、俺は――」


「ましてや伝説の勇者様がこんな貧弱な身体つきでは、志気も下がるというものですわ」


「なっ!」


 口元を手で隠して失笑するグローリエ。彼女の取り巻きたちも同じように、勇者の姿を見て嗤う。


 これには勇者もさすがに腹を立てるが、隣のメイドと言えばうんうん頷いて同意するばかりだった。


「当然といえば当然ですね。伝説とはあまりにもかけ離れた御姿ですので」


「そう、当然なのですわ。戦場に必要なのはただただ強さのみ。いくら顔が凛々しくも愛らしく、この上なくセクシーでも、実力が伴わなければダメですの」


「「えっ?」」


 メイドと取り巻きが一斉にグローリエを見る。


「な、なんですの?」


 グローリエはどうして自分が見られているのかわかっていない様子で、小首を傾げてみせた。


「いやぁ、それほどでも」


 そしてショウマは照れた。小馬鹿にされた怒りは一瞬で霧散していた。


「と、とにかく、勇者様は大人しくわたくしたちの戦いを見ていればいいんですの。わかりまして?」


「仕方ないなぁ。そこまで人を見る目のあるお姫様に言われたら、うん、頷く他ないよなぁ」


「この引きこもり系勇者がダメすぎるのですが」


「ではわたくしは忙しいので、これで失礼させていただきますわ」


 メイドが呆れ果てる中、グローリエは勇者の案内役だけを残して立ち去ろうとする。


 だが途中で一度動きを止めると、ちらちらと勇者たちの方を横目で見やった。


「あ、あとでわたくしの部屋を訪ねてきなさい。いいですわね?」


「えっ!」


 勇者は超嬉しそうな顔になった。


「かしこまりました、グローリエ様」


「あっ、そっちでしたか」


 メイドと、そのメイドを羨ましそうに勇者が見つめる中、満足げな笑みを残してグローリエは去っていった。


「なあ、もしかしてグローリエと仲がいいの?」


「長くフリージア様の身の回りのお世話をさせていただいておりますので、グローリエ様にもよくしていただいております。……お二方の男性を見る目が、ここまで腐っていたとは知りませんでしたが」


「ずっとスルーしてきたが、さすがにそこまで言われたら俺も怒るぞ!」


「…………」


「ごめんなさい。謝りますから、その豚を見るような目はやめてください感じてしまいます」


「ちっ」


 メイドは舌打ちしてから、澄まし顔に戻って言った。


「勘違いはなさらない方がよろしいかと。勇者様の顔は中の上くらいの評価が妥当です」


「大好き」


 勇者のメイドに対する好感度が大きく上がった。


 現実世界での鈴森翔馬への顔面評価値は、概ね中の下が精一杯であった。




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