表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/31

第二話  彼女のいない世界②



 王城内にある兵士用の修練場で、ショウマとグローリエの決闘は執り行われる運びとなった。


 事の次第を聞いた国王は泡を吹いて倒れてしまったため欠席しているが、多くの貴族や兵士たちが、召喚された勇者の力を計るべく修練場に押し寄せていた。


「ルールは相手が戦闘不能になるか、降参するまででいいですわね」


「ああ。それでいい」


「手加減は致しませんわよ」


「いいから早く来い。すぐに終わらせてやる」


 据わった目でにらみ合う両者。


 けれど完全に目の色を変え、怒り心頭といった様子のグローリエとは違い、ショウマの方は移動の間に少しだけ頭が冷え始めていた。


 頭の片隅で冷静な自分が囁く。なにをやっているんだ、と。


 フリージアのことを忘れたグローリエに対する怒りはもちろんあるが、それは仕方のないことなのだ。すべてを覚えているショウマとは違って、グローリエには前回の記憶がない。彼女にとってフリージアという姉は最初からいなかった人なのだ。忘れるなとか、思い出せとか、そういう次元の話ではないのだ。


 だからグローリエに怒りをぶつけるのは間違っている。こんな決闘になんの意味もない。


「行きますわよ!」


 そう思いつつも、決闘は始まってしまった。


 グローリエが紅蓮の炎をいくつも喚びだして、ショウマに向けた。


 小手調べとして放たれた魔法に対し、ショウマは棒立ちのままこれを迎え撃った。前方からの一撃に対し、勢いよく右腕を振るう。それだけでグローリエの魔法はかき消されてしまった。


 だが前方の一撃を囮に弧を描いて背後から迫っていた魔法は、ショウマの背中に命中した。決して小さくない爆発を起こし、ショウマの服と肌を焼く。


「温いな」


「なっ!?」


 ショウマは焼けこげた上着を脱ぎ捨て、無傷の背中を衆目に晒した。


「この程度の魔法で勇者の防御を突破できると思ったのか? 最低でもこの十倍は持ってこいよ」


「ならば、お望みどおりにしてあげましてよ!」


 グローリエは十倍の魔力を注ぎ込んで、巨大な炎をショウマめがけて撃った。


 もはや味方同士の決闘で使う規模の魔法の威力ではない。相手を本気で焼却するつもりの魔法だ。


 それでも、ショウマが戦った最強の王ほどの威力ではない。魔王の魔法に比べてしまえば、グローリエの魔法は脅威たり得ない。


 着弾。爆発。猛烈な熱波は、見守っていた観客たちにまで届いた。


「これなら」


 グローリエが得意げに笑う。


 けれど――爆炎の中から、勇者は軽い火傷を負っただけで歩み出てきた。


「すごい。グローリエ様の魔法が直撃しているのに」


「あれが勇者なのか。あれなら魔王だって」


「ああ、倒せるかも知れない」


 余裕の面持ちのショウマを見て、決闘を見守る兵士たちの顔に明るい希望の色が広がっていく。


 最期の盾たるマルフ砦を失い、いつ魔王軍による王都への総攻撃が始まるかも知れない恐怖と絶望の中で過ごしていた彼らにとって、シャトリア王国最強の魔法使いの魔法をものともしない勇者の存在は、まさしく闇の中で見た光であった。


「そういえば、グローリエ様はこれを元々計画しておりましたな」


「勇者の力を認めさせるためのデモンストレーション。決闘と聞いて最初はどうなることかと思いましたが、なかなかどうして」


 貴族たちもまた、ショウマの伝説そのままの力量に感嘆する。同時に、この決闘をもってそれを知らしめたグローリエの手腕にも。


 だが肝心のグローリエは憤懣やるせない顔で、次なる魔法のために魔力を練り上げていた。


 たしかに、勇者との決闘はあらかじめ用意していたシナリオのひとつではある。勇者の力を知らしめ、皆の心をひとつにする。けれど、その相手として自分が出る予定はなかったし、今日それをやるつもりもなかった。手加減など、欠片もしていない。


 兵士たちの賞賛も、貴族たちの感嘆も、グローリエにはまるで自分を蔑む笑い声のように聞こえた。


「このっ!」


 魔法を唱える。次なる一撃は、先の倍の魔力を込めた。貫通力に特化した熱線は一直線にショウマに向かう。


 さすがにこれには、ショウマも回避する動きを見せた。


 だが彼は結局動くことなく、右腕を前に突き出して熱線を迎え撃った。じわじわと右腕の先から赤く腫れ上がっていくショウマの肌。グローリエの魔力がショウマの魔力抵抗を上回っていく。グローリエの口元が弧を描く。


「……この馬鹿! こんな魔法、こんなところで使う奴があるか!」


「え?」


 だがつかの間の喜びも、ショウマの怒鳴り声を聞くまでだった。


 見れば、ショウマの背後で決闘を見守っていた観客たちが、慌てて左右に逃げていた。


 ショウマは避けなかったのではない。背後の彼らを守るために、あえて避けなかったのだ。


 それに気がついたグローリエは魔法の放出を止める。同時にショウマの姿がかき消えた。気がつくとグローリエは地面の上に優しく押し倒され、背中から組み伏せられていた。


 なんというスピード。グローリエでは、今のショウマの動きを目で追い切れなかった。


「くっ!」


 なんとか拘束から逃れようともがくが、背中を押さえつける力が強すぎて起きあがることができない。ならば魔法をと思って攻撃するが、ショウマは魔法を受けても手の力を緩めることはなかった。


 それでも諦めきれないグローリエだったが、やがて抵抗をやめて囁くようにつぶやいた。


「……降参、ですわ」


 ショウマが無言で背中の上からどく。


 ようやく上体を起こすことができたグローリエの目の前に、ショウマは助けの手を差し出した。


「悪かったな。つかまれよ」


 そのショウマの行動に、観客たちの間から拍手が贈られた。

 いや、それはショウマにだけではない。彼と戦ったグローリエにも贈られた賞賛だった。負けたグローリエにとって、まったく嬉しくない賞賛だった。


「手助けなどいりませんわ」


 グローリエはショウマの手を無視して、自分の力だけで立ち上がった。


「……敗北は認めます。そして、あなたの力量も。ですが、それでも次にカナリアに酷いことをしたら、わたくしは絶対に許しませんから」


「ああ、わかってる。そんなことはしない。今回の件は俺が悪かった」


 ショウマは頭を下げた。


「売り言葉に買い言葉だったとはいえ、俺のそれはただの八つ当たりだった。本当にごめん」


 親友のために怒ったグローリエとは違い、ショウマのそれはぶつける先のない怒りを、目の前にいた彼女にぶつけたに過ぎない。男のやることではなかった。あまりにも格好悪いことだった。ようやくショウマはそれを認めることができた。


 だからこその謝罪だったが、それを向けられたグローリエは、下唇をかんで握った拳を震わせる。


「……そう、ですの。わたくしは、全然本気ではない八つ当たりに負けましたのね」


 グローリエは本気で戦った。頭の中には勇者を超えてやるという意識しかなかった。最後の一撃は、彼を本気で殺すつもりで放った。


 なのに、ショウマは全然本気ではなかったという。これでは負けた自分が、あまりにもみじめではないか。


「失礼……しますわ」


 ふらふらと力ない足取りで修練場を後にするグローリエ。

 彼女が傷ついているのはショウマもわかっていたが、今はなんて声をかけていいかわからなかった。


 以前なら、こういうときはカナリアに相談したものだが……。


「あ、あの、勇者様」


「カナリア」


「はい、その」


 いつの間にか近くに来ていたカナリアは、やはりびくびくおどおど落ち着きのない様子でショウマの視線に怯えていた。怯えるいるばかりで、修練場を去っていくグローリエには見向きもしない。


「国王陛下が、お呼びです。申し訳ありませんが、ご足労いただけないでしょうか?」


「……わかった。行こう」


 ショウマはグローリエが去った方角をもう一度見たあと、胸をなで下ろすカナリアに続く形で、修練場を後にした。


 やはり得られたものはなにもない。


 胸には、やるせないものだけが残った。






       ◇◆◇





 シャトリア王とのやりとりは、場所が玉座の間ではなく彼の寝室であったことを除けば、概ね前と変わらなかった。感謝と感激を露わに抱擁を受ける。


 違うのは、前がそのまま最前線であるマルフ砦に送られたのに対して、この王城で英気を養って欲しいと言われたことくらいだった。


 陽も暮れ始めた頃、王城での勇者の私室となった来賓室に戻ったショウマは、部屋まで戻る際にいくつか回収した資料に目を通していた。それはこの世界での魔王軍との戦況が記された資料だった。


「……マルフ砦が陥落させられたのは、まだ二週間前の話なのか」


「は、はい。グローリエ様が奮戦されましたが、四天王の『赤獅子』ラゴウによって城壁を破壊されてしまい、撤退を余儀なくされてしまいました」


「そのあと魔王軍は行動していないみたいだな。が、次に狙われるとしたらルート的にこの王都になるわけか。そりゃ、わらにでも縋る思いで勇者も召喚するさ。相変わらず、もっと召喚するタイミングを考えて欲しいもんだけど」


「す、すみません」


「いや、カナリアに対して言ったわけじゃないから。気にしないでくれ」


「は、はい。ごめんなさい」


「ああ、うん。まあ、仲よくやっていこうぜ」


 時折、部屋の隅に立っているカナリアに教えてもらいながら、資料を読み進めていく。


 ちなみにこの世界の言語だが、日本語とはまったく異なる独自のものだ。だが最初から話すことができていたように、目で追っているうちにいつのまにかショウマはこの世界の言語を読み解けるようになっていた。


 これもひとつの特典なのだろう。土下座神からの。


「……絶対に、問いつめてやる」


 魔王軍を撃退するのももちろん大事だが、ショウマにとっては土下座神とのことも大事だ。優先度で言えば、今は魔王軍のことよりも上にある。


 地上に降りてこない土下座神にまた会うには、あの純白の世界に行くしかない。それに必要なのはショウマの死。そして、イケメンクラッシャーの力である。


 イケメンクラッシャーは敵を殺すもの。だからこそ、殺した相手のよみがえりを許さないと、ショウマの魂が死を経て回帰する際に抵抗する。イケメンクラッシャーが抵抗するその一瞬の時間だけ、ショウマは純白の世界に行くことができるのだ。


 恐らく白い世界に滞在できる時間は、イケメンクラッシャーで敵を倒せば倒すだけ長くなる。


 前回、ショウマがイケメンクラッシャーで殺した敵は十三。それで体感で五分にも満たない時間しかいられなかった。


(できるかぎり魔王軍の奴らをイケメンクラッシャーで殺して、その上で自殺でもするか)


 と、そこまで考えてから、ショウマは頭を抱える。


「……冷静に考えて、なんて作戦を考えてるんだ俺は」


 さらに言うのであれば、前回純白の世界へ行けたのは土下座神にとってもショウマのチートの福次効果が予想外なものだったからであり、次は対策されている可能性も否定できない。かたくなに呼びかけに答えない現状、その可能性は高いだろう。


 自殺した時点で、恐らくはダメだ。神は愚かなる死の上での邂逅など認めまい。


 もしも土下座神に会うことができるとすれば、それはショウマが神の望むどおりに魔王との戦いに決着をつけ、その上で神が望むどおりの相手と幸せになって死んだあと。つまりは神が望むエンディングに辿り着いたときだけだろう。


 そのとき、奴はきっと拍手をしながら勇者を出迎える。


 そのあと感動の余韻に浸りながら、神は使わなくなった玩具を捨てるように勇者をくびり殺すのだ。


 少なくとも、自分たちはそうだった。


「っ!?」


 ショウマは自分の右手を見た。


 今、誰かの嘆きが聞こえた。ショウマの予想を肯定する、誰かの悲しい結末を聞いた気がした。


「……魔王が言ってたな。この右手は泣いてる、って」


 あのときは意味がわからなかったが、今ならわかる気がした。

 この右手は多くの想いの末に選ばれたもの。極大の憎悪と赫怒、そして殺意が形になったものなのだ、と。


「やっぱり、まず倒すべきは魔王か」


 その果てにきっと神との邂逅はある。そう信じて、今は戦うしかない。


 そうと決まれば、この資料をもっとしっかり読み解かなければならない。戦況が分からなければ、次の行動を立てようがないし、相手の動きにも予想をつけられない。


 魔王が今回はどう動くのか、もはやこうなっては前回の動きはまったくあてにならないのだから。


「――敵襲! 敵襲!」


 そのとき王都内にけたたましい鐘の音が響き渡った。同時に、城内に敵襲を告げる声が轟き渡る。


「まさか!」


 ショウマは部屋を飛び出した。


 騒然となった城内を兵士たちが忙しなく行き交っている。


 その中の一人を捕まえて、ショウマは問いつめた。


「おい、なにがあったんだ?」


「勇者様!」


 兵士は闇の中で光を見つけたように安堵した表情を見せ、それから報告した。


「ま、魔王軍の敵襲です!」


「やっぱりか。それで、相手は何人だ?」


「一人です!」


「一人?」


 単独での襲撃と聞いて、ショウマが思い出すのは黒い甲冑の騎士だった。


「まさか黒騎士か?」


「いえ、違います。黒騎士ではありません」


 兵士は首を横に振って、それからとんでもないことを言い出した。


「魔王です! 魔王が単独で攻めてきました!」


「…………は?」


 ショウマが素っ頓狂な声をもらすのと、近くの廊下の壁が外側より破壊されたのは、ほとんど同じタイミングのことだった。


 瓦礫を踏み越え、何者かが顔を覗かせる。


 月光に輝く銀の髪。煌めくような美貌。風にはためくローブの裾。ショウマの姿を、紅と金のオッドアイが見つめた。


「ここにいたか勇者よ。探したぞ」


「お前は、魔王!」


「如何にも。我は魔王。我こそが魔王である」


 いつかのように自己紹介を始める魔王。だがその顔に以前あった笑みはない。真剣に、真摯に、その眼差しは勇者を見つめていた。


「ゆえに勇者ショウマよ。我が手を取れ。さすれば、我は君に望むものを与えよう」


 同志を、求めていた。


「さあ、手を組んで神殺しに挑もうではないか」




別の作品も書き出しましたので、よろしければ併せてご覧下さい。

吸血鬼SF物です。感想・評価お待ちしております。


誤字脱字修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ