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第十五話  決戦へのカウントダウン②



 聖レオニオス王国はかつてシャトリア王国の隣りにあり、広大な国土を有するシャトリア王国に比べれば国土は小さいが、歴史という点では勝っていた国だった。


 曰く、かつて勇者が降臨した国であり、その勇者によって治められた国である、と。

 王族は勇者の血を継ぎ、世界の危機にあっては次代の勇者を召喚する資格を神より与えられているとされ、事実、勇者召喚の秘技を代々継承していた。


 それゆえに――今から六年前、魔王軍によって大陸国家の中で最初に狙われ、滅ぼされてしまった。


 カナリア・レオニオスはその今は亡き聖レオニオス王国の第一王女であり、勇者召喚の秘技を受け継いだ巫女姫である 


 そこまでを本人の口より説明されたショウマは、しかしその大部分をすでに知っていたため、静かに彼女の話に耳を傾けていられた。


「勇者様は、わたしがお姫様と知ってもあまり驚かれないんですね」


 反応の鈍いショウマに対し、かなりの想いで告白したであろうカナリアは、拍子抜けしたような、残念そうな、そんな顔をしていた。


「もしかして、グぅちゃんとかから聞いてたりしましたか?」


「グローリエやフリージアには聞いてない。ただ、グローリエとあそこまで仲がいいとなると、さすがに一介のメイドとは思ってなかっただけさ。立ち振る舞いも、メイドとして洗練されてるというより、生まれながらに磨き抜かれてるって感じだし」


「そうですか。なるほど、染みついたものはなかなか取れないものですね」


 本当はただ土下座神から聞いただけなのだが、そこはぼかしてショウマは伝えた。嘘は言っていない。実際に、カナリアの所作からはメイドらしからぬ高貴さがにじみ出ている。


「それで、カナリアが伝えたかったのはその秘密だけか?」


「いいえ。これはいずれ伝えなければと思っていただけのもの。本題はあの箱の中身のことです」


 カナリアが指さしたのは、机の上に置いたままの箱。猫耳猫尻尾が入っているあの箱である。


「本当に、獣人のまねごとをして神に希い奉れば、魔王の情報を得ることが可能なのですか? もしもそれが本当なら、わたしは……」


「それは」


『もちろん! 当たり前じゃあないか! なんだったら弱点を作るまであるよ!』


「……悪い。ただ俺がカナリアの可愛い格好を見たかっただけで、実際は別に魔王の弱点とかが手に入るわけじゃないんだ」


『おいぃいい! なに嘘吐いてるの!? 今の絶対、頷いておけばカナリアたんがやってくれる流れだったよ!』


 土下座神に言われなくても、ショウマとてそれくらいはわかってる。カナリアはそういう女の子だ。それがどれだけ身を裂くような苦痛であっても、勝利のためにその身を捧げられてしまう女の子である。復讐のために。それ以上に大切な人たちのために。


 だからこそ嘘を吐いたのだ。そこに後悔はしない。


「だから気にするな。いつもの俺の悪ふざけだ」


「……そうですか」


 カナリアは顔を背けた。

 

 そのあと少ししてから、いつもどおりの澄まし顔で文句をつけてくる。


「まったく、もう少しデリカシーというものをもって下さい。知らなかったとはいえ、やっていい冗談とやってはいけない冗談があるのですから」


「ごめんね。てへぺろっ!」


「かわいくありませんよ。むしろ気持ち悪いです」


「おうおう、人が大人しくしていれば言ってくれるじゃないか。こちとら天下無敵の勇者様ですよ? いくら実はお姫様だったからって、言っていいことと悪いことがあるんじゃないのかねチミ?」


「…………」


「ごめんなさい。謝りますから、その豚を見るような目はやめてください惚れてしまいます」


「ちっ」


 と、いつかのように舌打ちしてから、メイド姿のお姫様は笑った。


 それはショウマが初めて見る、自分に向けられた彼女の満面の笑みだった。


「まったく。本当にまったく。……ショウマ様は、本当に困った勇者様なんですから」






      ◇◆◇






 こんなものは捨てておきますね。と、箱を手に部屋を後にしたカナリアを見送ってから数分後、ほぼ入れ違うようなタイミングでグローリエが部屋を訪ねてきた。


「勇者様。少しお時間よろしいですの?」


「グローリエか? いいぞ?」


「失礼いたしますわ」


 あいさつと共に部屋に足を踏み入れたグローリエは、ベッドで毛布を頭からかぶってひきこもっているショウマを見て、不思議そうに小首をかしげた。


「なにを遊んでいますの? それどういう遊びですの?」


「遊びじゃない。落ち込んでるんだ。なんでこう、俺はもっとスマートにできないんだと反省してるの!」


「反省ですの?」


 グローリエは部屋の扉の方を振り返って、


「……もしかしたら誤解しているかも知れないので言わせていただきますが、カナちゃん、怒ってはいませんでしたわよ。いえ、お二人が部屋の中でどんな話をしていたのかは存じあげませんけど、あれはむしろすごく喜んでるときのカナちゃんですわ。親友であるわたくしが保証致します」 


「あなた覗いておりましたね?」


「ぎくぅ!」


 毛布から頭だけ出して軽くにらむと、グローリエはあからさまに狼狽えて、目を泳がせ始めた。


「な、なんのことかしら? わたくしはたまたま勇者様の部屋から出て行くカナちゃんを見て、少し気になったからこの部屋を訪ねただけですわ。ええ、別にカナちゃんのフォローをしようだなんて思っていませんし、もちろんお二人の話を盗み聞きしていたなんてことも、ええ、ありませんよ?」


「そういうことにしておいてやろう。でも次やったらお尻ペンペンな?」


「勇者様に本気でお尻を叩かれたら、わたくしのお尻がなくなってしまいますわ!」


 お尻をおさえ、怯えるグローリエ。これならまた覗きなんてしないだろう。


「と、とにかく、カナちゃんはもう怒っていませんでしたので、そんなに反省することはなくてよ。勇者様は今のままの勇者様でいいと思いますの。そんなあなただからこそ、カナちゃんも決意したのだと思いますわ」


「やっぱ箱持って行ったってことはそういうことなんだよなぁ。結果的にあれ、逆効果だったよな。まずったよなぁ」


「あら? 気付いてましたのね?」


「それを反省してたんだ。本当にやらせるつもりじゃなかったのに」


「ならなおのこと気にすることはありませんわ。これはカナちゃんが自分で選んだことですもの。勇者様は、そこから手に入ったものを大事に使って差しあげて」


「当然だ! 絶対に無駄にしない!」


「まあ男らしい。わたくし、勇者様のそういうところ大好きですわ」


「……せ、攻めて来ますねぇ」


「だって、明日はきっとお姉様が独占してしまうのでしょうし。わたくしだって一人の乙女ですもの」


 グローリエは先ほどカナリアがそうしていたように、ベッドにいるショウマの隣に座り、甘えるようにもたれかかってきた。


 二の腕に、服越しとはいえ彼女の豊かな胸が押し当てられる。フリージアもある方だが、グローリエの場合はとても大きい。これを狙ってやっているのだとしたら、彼女はとんだ小悪魔である。


「勇者様。わたくしからも、ひとつ重大な発表がありますわ」


「なんだ?」


 グローリエも、カナリアがそうだったようにしばし逡巡する。


 それをもちろんショウマは待ってあげた。今日のショウマは大人である。女の子の告白を静かに、優しく、驚くことなく受け止めてあげられる大人の男性である。


 やがて意を決したグローリエの発言にも、決して動揺することはなかった。


「これからは、お兄様って呼んでもいいかしら!」


「なんで!?」


 さすがにこれは無理だった。予想もしていなければ、できるはずもない。カナリアには悪いが、このグローリエの発言に比べれば、お姫様でした発言はふ~んの一言で終わる案件である。


「なぜ突然お兄様? 亡くなった本当のお兄様のこと思い出して辛くなったりとかしたのか?」


「そ、そういうわけではありませんけれど、いい機会ですしわたくしも呼び方を改めようかと」


「わたくしも?」


 そう言えば、カナリアもいつのまにか勇者様ではなく名前で呼んでいたような。


「それなら普通に名前でもいいんじゃないか?」


「普通ということであれば、お兄様という呼び方も普通ですわ」


「ああ、なるほど」


 将来のお義兄様ということか。


「そういうことなら、いいぞ。俺のことは親愛を込めてショウマお兄様と呼んでくれ」 


「はいっ! ショウマお兄様!」


 嬉しそうに呼んで、さっきよりも力強く抱きついてくるグローリエ。押し当てられた胸の感触はもはや凶器だった。


 しばらくショウマがその感触に悶え苦しみ悦んでいると、グローリエが口を開いた。


「お兄様。聞いてくださいまし。わたくし、実はとっても甘えん坊ですの」


「それは知ってる。とても知ってる」


「けれど、いつまでも甘えん坊ではいられないと思って、国を守るためにこの砦の指揮官をやろうと思いましたの。一ヶ月、誰も頼る人のいない場所でがんばってはみましたけど、結局はダメでしたわ。カナちゃんがやってきた瞬間にまた甘えてしまって……結局、わたくしは変われなかった。今も昔も、ずっと弱虫グローリエのままですのよ」


「そんなことないだろ。グローリエは立派にやってるよ。それは俺も、カナリアも、フリージアも、兵のみんなも思ってることだ。黒騎士だって、グローリエがいなければ絶対に勝てなかった」


「そうかも知れませんわね。あれは我がことながらがんばったと思いますわ。けれど、ほら」


 グローリエはショウマの手を握った。それで初めて気付く。彼女の手は小刻みに震えていた。


「ご覧の有様ですわ。あのときのことを思い出すたびに、未だに震えが止まりませんの。昨日も、一昨日も、夜中に夢で見て飛び起きて。お姉様やカナちゃんに膝枕をしてもらって、ようやく少しだけ眠れますの。そんな弱虫ですのよ。死ぬことに怯えてる」


「死ぬのに怯えるなんて当たり前のことだろ? それは恥ずかしがるようなことじゃない」


「ですが、お兄様は違う」


「え? 俺?」


「勇者というものは、異界にて勇敢なる死を迎えた者が、神によって二度目の生を与えられて成るものと伝説にはありますが、もしかして違いましたか?」


「いやどうかな。あれは勇敢だったかどうか」


 ショウマは自分が死んだときのことを思い出す。


 高校の帰り道。いつもの交差点で信号待ちをしていて、信号が青になったから渡りだした。


 反対側からは、小学生らしき子供が携帯を見ながら歩いてきていた。

 その子供の横手から、トラックが猛スピードで迫ってきているのに気付いたとき、ショウマは咄嗟に走り出していた。


 そして子供を庇って、それでトラックにひかれた。

 そのとき聞こえたトラックのブレーキ音は、今も耳に残っている。


「……反射的に身体が動いただけだ。勇気をもって一歩を踏み出したわけじゃない」


「そう、ですがわたくしを助けに来てくれたときは、勇気をもって踏み出してくれたのではなくて?」


「そりゃあね! お姫様のピンチには当然ね!」


「であればやはり、あなたは勇気ある人。わたくしが尊敬してやまない、勇者様なのですわ」


 グローリエは身体を離すと、ベッドの前に移動し、そこでショウマに対して立て膝をついて頭を下げた。


「わたくしはシャトリエ王国第二王女、グローリエ・シャトリエ。勇気のない弱虫ですけれど、それでも最後まで勇者様にお供させて下さい。足手まといだと思ったときはすぐに切り捨てていただいて構いません。敵の盾になれとおっしゃられれば、喜んで盾となりましょう。だからどうか!」


「おう、いざというときは盾役頼むな! 弱虫グローリエでもそれくらいは役に立つだろ!」


「……は、はい。ありがとう、ございます」


 勇者の思いの外容赦のない辛辣な言葉に、グローリエは震える声でお礼を告げて、さらに深く頭を下げる。


「実はすでにグローリエの使いどころの目処は立ってるんだ」


「そう、なのですか。光栄ですわ」


「ああ。なにせ俺ってば、カナちゃんによく怒られるから。そのときグぅちゃんが俺を守る盾になってくれれば、カナちゃんも怒るに怒れないだろ? ある意味最強な盾を今手に入れてしまったわけですよ」


「え?」


 グローリエは顔を上げた。

 やはり彼女は泣き虫なので、その瞳には涙がたまっていた。


 ショウマを彼女に手を差し出す。


「だから、カナリアが生きている間は、グローリエも生きて俺を守ってくれなきゃダメだからな?」


「ですが、わたくし、絶対に魔王との戦いで足手まといになったり……」


「なったときはなったとき、きっちり俺が守り抜いてやる。本当の戦いは魔王を倒したあとに待ってるんだ。なにせ怒ったカナリアは魔王より怖い。だろ?」


「……はい。そうですわね。カナちゃん、怒るとすごく怖いんですの」


「間違いない。前に夜目が覚めたとき、枕元でディスディス無表情で囁いてるのを見たときは本気でちびるかと思ったぜ」


「そんなことされてましたの!?」


「あれ? 経験ない?」


「ありませんわよ! カナちゃんがそこまで怒るなんて、お兄様一体なにをしましたの!?」


「それがよくわからないんだよな。フリージアが砦に来た日の夜だったから、もしかして嫉妬なのかなと思ってたんだけど違うかな?」


「絶対違うと思いますわ! 絶対になにか知らないうちにやらかしてしまってますわよ!?」


「なら、もしまたその件でカナちゃんが怒ってきたら守ってくれ」


「無理ですわ! 黒騎士にもう一度挑むよりもそれは無理ですわ!」


「無理ですの?」


「そんな甘える子供みたいな母性本能をくすぐられる顔しても無理なものは無理ですの! もう!」


 グローリエは怒ったあと、つんと顔を背けて続けた。


「……けど、一緒に謝るくらいはして差し上げますわ。感謝なさい」


「ああ。感謝してるよ。俺がこの世界に来て、グローリエ以上に戦場で背中を預けられる人はいないからな。本当に感謝してるんだ」


 グローリエの頭に手を置いて、ショウマはフリージアがいつもしているように、カナリアがいつもそうしているように、彼女を撫でてあげた。


「グローリエは弱虫なんかじゃないよ。俺が尊敬してやまない、勇気あるお姫様だ」


「……本当ですの?」


「本当ですの」


「人の真似しないでくださいまし! もう! もう!」


 グローリエは鼻をすすると、ならば、とお姫様らしく命令した。


「信じて欲しければ、もっと頭を撫でなさい。そのあとは膝枕。耳かきもして欲しいですし、ご飯もあ~んって食べさせて欲しいですの。そのあとはお兄様とカナちゃんと三人で手をつないで寝てくれたら、もうわたくしは二度と自分のことを弱虫なんて言ったりしませんし、泣いたりもしませんの。本当ですのよ!」






      ◇◆◇







 その夜のこと。ショウマは自分の部屋で、何度目になるかわからないやりとりをしていた。


「いいですか? 絶対にグぅちゃんのつないだ手以外の部分には触らないでくださいよ?」


「わかってます」


「他にもグぅちゃんの胸を三秒以上凝視しないこと。艶めかしい吐息を割と頻発しますけど、それにいちいち鼻息を荒くしないこと。寝相が悪いので二回に一回は抱き枕にされそうになりますが、そこはあらかじめ気配を察知して上手く避けること」


「わかったわかった」


「あと同じことをわたしにもしないでくださいね」


「それは本当に大丈夫」


「どいういうことですか!?」


「まぁまぁ、カナちゃん。それくらいにしてもう寝ましょう」


 怒るカナリアをグローリエが宥める。あの約束を律儀に守ってくれているようだ。


「というより、早く寝ましょう。は~や~く~!」


「いや違う。早く一緒に眠りたいだけか」


「グぅちゃんがいつも以上に甘えん坊になってます」


 グローリエは三人分の枕を手にいち早くベッドに入り、自分の空いた両脇をぺしぺし叩いていた。


 その顔は満面の笑み。年相応の、あどけない子供のような笑みだった。


 ショウマとカナリアは顔を見合わせる。カナリアは最後までショウマとグローリエが一緒に寝ることに反対していたが、それでも今のグローリエを見てダメとは言えないだろう。なんだかんだで、グローリエが甘えん坊なのは、いつもカナリアが甘やかしてしまっている所為なのは間違いない。


 けれど、それでいいのだとショウマは思う。甘えん坊でなにが悪いというのか。いつも肩肘張って生きているのは辛いだろう。特にグローリエは一人でなんでも抱え込んでしまいがちだ。誰か頼る相手がいないといつか無理をしすぎてパンクしてしまうような女の子だ。


 弱虫? とんでもない。ショウマはグローリエほど強い子を他に知らない。それを少しでも伝えられたらいいのだが、スマートではない自分に果たしてどれだけ伝えられたかどうか。


「大丈夫ですよ」


 と、カナリアが言った。


「なにがあったかは大体想像がつきますが、今のグぅちゃんはすごく嬉しいことがあったときのグぅちゃんです。だから大丈夫ですよ――って、なに笑ってるんですか?」


「いや、同じようなことをグローリエにも言われたからな」


「なっ!?」


「やっぱり尊いわぁ。カナグぅマジ尊いわぁ」


「し、知りません!」


「カナちゃん。お兄様。ねえ、まだですの? わたくし寂しくて死んでしまいそうですの~」


 お姫様が寂しそうに呼んでいるので、二人はもう一度顔を見合わせると同じタイミングでベッドにダイブした。


「えへへ」


 グローリエは右手でカナリアの手を、左手でショウマの手を握った。

 

「約束ですわ。魔王を倒したら、また三人でこうして一緒に寝ましょう」


 心から幸せそうにカナリアは提案する。それはとてもいい考えだった。


 ……そう、和やかに、穏やかに、三人が微笑んでいられたのはそれまでだった。


 ショウマのその一言が、すべての始まりだった。


「三人でいいのか? なんなら、フリージアが一緒でも俺はいっこうに構わないぞ?」


「それはとても素敵ですけれど、夫婦が一緒のベッドで寝たら子供ができてしまうのでしょう? 式を挙げるまでは子供ができるのはよろしくないと前に聞いたことがありますわ。だから、それはお姉様とお兄様が式をあげるまではお預けですの」


「そうだな。俺とフリージアが式を挙げるまでは……」


 ショウマはそこで思考を停止させた。


 式を挙げる。婚礼の式を挙げる。それってつまり……。


 というよりも。

 その前に、グローリエは誰と誰を指してなんと呼んだのか。


「カナちゃんさん?」


「ええ。わたしも驚きです。まさかグぅちゃんが子供の正しい作り方を知らなかったとは」


「そこじゃない。そこもだけどそこじゃない」


「? 顔色が悪いですね? どうかされましたか?」


「えっと、あの、その……今、俺の聞き間違いでなかったら、俺とフリージアのことを夫婦って呼ばなかった?」


 カナリアは心底不思議そうにショウマを見つめ返した。なにを言ってるんだこいつ、と醒めた瞳が語っている。


「あ、なるほど。俺とフリージアがあまりにもラブラブだから、夫婦に見えたってことだね。うん、そうか。それは嬉しいな!」


「夫婦に見えたもなにも、ショウマ様とフリージア様は歴としたご夫婦でしょう?」


「違うよ。俺、フリージアと結婚したいとはいつも思ってるけど、プロポーズもしていなければ、神様の前で誓い合ってもいないよ?」


「いえ、神の御許で誓い合ってはいたじゃないですか」


「いつ?」


「初めて会ったそのとき、フリージア様の召喚プロポーズに対し、ショウマ様は応じたではないですか」


「今、召喚って書いてプロポーズってルビ振ったよね? 勇者召喚って、あれ、もしかしなくても成立した段階で――」


「召喚を執り行った祝福の姫に勇者様は婿入りの扱いとなります。これは伝説にも、大陸法でも定められていることです」


「もしかして、知りませんでしたの?」


 ショウマは頷く。その顔からはすでに半分以上魂が旅立っていた。ああ、なるほど。お兄様が普通ってそういう意味でしたか。


 その顔から嘘は吐いてないと察したのか、グローリエとカナリアは顔を見合わせて眉根を寄せる。


「困りましたわ。わたくしてっきり、お兄様も存じ上げているものとばかり」


「わたしもです。ですが今思えば、あのショウマ様が妻となったフリージア様に対し、婚礼前だからといって夜這いに行かない時点でおかしな話ですね。これはまではただのヘタレだと思ってましたが」


「少なくとも、お姉様はお兄様のことをすでに旦那様だと思っていますし、お兄様も了承してそう思ってもらえてると思って行動されてきたと思いますわ」


「マジか」


 まっすぐな好意。人目もはばからない求愛行動。

 フリージアからそれを向けられているとはショウマも自覚していたが、まさかそういうことだったとは。


「というより、さすがのお姉様もお兄様が旦那様でなければ、あんな風に人目もはばからずにいちゃついたりはしませんわ。もっと控えめだったと思います」


「フリージア様、恋愛ごとに関しましてはあれでとても恥ずかしがり屋で奥手なので、もしもショウマ様がなにも知らなかったと知れば」


「し、知れば?」


 グローリエとカナリアはもう一度顔を見合わして、それから声を揃えて言った。


「「たぶん死にます」」


 拝啓、お父様。お母様。ついでに弟。


 ショウマは今は遠い異世界にいる家族に向けてつぶやいた。


「――俺、この戦いが終わる前に結婚してたんだ」


 これは果たしてフラグとして適応されるのだろうか?


 そう思う、ショウマ・シャトリア十七歳。新婚二週間目の夜だった。





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