第十四話 決戦へのカウントダウン①
黒騎士襲来、そして魔王来訪から二日後の昼。
マルフ砦の大会議室では、主立った面々が集まり、来たる魔王城攻略に向けての作戦会議を執り行っていた。
本来であればすぐにでも始めるべきだったのかも知れないが、黒騎士による被害は予想よりも大きく、その対応に追われていたのと、指揮官であるグローリエがやはり体調不良で欠席していたのが理由としては大きい。今も外では、兵士たちが忙しなく復旧に向けて働いている。
「それじゃあ、作戦会議を始めようか」
長机に腰掛ける皆を前に、壁に貼った周辺地図を見ながらショウマは話し始めた。
「とりあえず、魔王城への道はこの地図どおりで間違いないよな。徒歩で一日半くらいって聞いたが」
「それは行軍するのであればかかる時間ですわね。小隊規模で動くのであれば、一日かからず魔王城には到着しますわ。勇者様が全力で駆ければ、半日もかからないのではないのかしら?」
「……グローリエ」
「なんですの?」
「体調がまだ全快じゃないのは知ってるけど、作戦会議にその体勢はどうなんだ?」
グローリエはフリージアの太ももを枕にして、椅子の上に寝転がっていた。
「さすがにお姉様に膝枕されたままというのはよろしくありませんか」
「私は気にしませんけど」
「いや、フリージアがよくてもダメだ。俺がうらやましすぎて集中できない」
「では」
グローリエはフリージアの太ももから頭をどけると、そのまま反対側にあった太ももへと流れるようにダイブした。
「さあ、では作戦会議を続けてくださいまし」
「うん、もういいや」
カナリアに膝枕された状態で先を促すグローリエ。一度生死の境をさまよったからか、甘えん坊属性が活性化されてしまっているらしい。前は人前ではカナリアに対して、あくまでもフリージアの従者への態度を貫き通していたのだが、今や見る影もなかった。
「ええと、魔王城への進路だったな。どちらにせよ、進軍してそのまま突撃は体力的にも精神的にも厳しいから、二日は進軍に時間を使うとして」
「私たちに残された時間は、今日を入れてあと二日しかないということになりますね」
「そうなるな」
フリージアのいうとおり、五日という時間は予想以上に短かかった。
「グローリエ。魔王城を攻めるとして、マルフ砦の兵士たちはどれだけ連れて行ける?」
「負傷者に非戦闘員の警護は任せるとして、約二三〇〇といったところですわね」
「対して、魔王軍の推定動員数は――」
「五万。少なくとも、我が祖国たるレオニオスの王都を陥落させたとき、指揮官であった『空の魔女』はそれだけの数の軍を率いていました」
カナリアの発言に、しばし会議室に沈黙が降りる。二倍とか三倍とかいうレベルでの話はない。数の差は二十倍以上も開いていた。
「まともにぶつかって勝てる……わけないよな」
「それにあくまでも五万という数字は、これまで魔王軍が出してきた兵の数からの推定に過ぎませんもの。この倍を用意されても驚きには値しませんわ。魔王城を守っている兵となれば、魔王軍の中でも生え抜きでしょうし、四天王クラスの実力者もまだ残っているかも知れません」
「そうなると、こっちに取れる手段は限られてるな。一番現実的なのは、兵のみんなが囮になってくれているうちに、少数精兵で奇襲。魔王を直接倒すことか」
「魔王軍も一枚岩ではないはずですわ。強力なカリスマを持つ魔王がいなくなれば、内部分裂するかも知れません。少なくとも大幅に弱体化はするでしょう」
「やっぱり、俺のこの手に世界の命運がかかっているわけか」
「責任感に押しつぶされそうですか?」
初日の馬車でのやりとりを思い出したのか、カナリアがからかうように言った。
「当然。押しつぶされそうだ。けど――」
ショウマはフリージアを見た。戦いの経験に乏しい彼女は、作戦会議に参加しても作戦にかんしてはなにも発言できないでいる。けれど、彼女はそこにいてくれるだけでよかった。ショウマの視線を感じて、フリージアも頷きを返した。
「けど、今は一人で背負ってるわけじゃないからな。やってやるさ。任せとけ!」
「そうですか。……ええ、やはりわたしがずっと夢見ていた勇者様は、勇者様でした」
ショウマに世界の命運を託す。その作戦に誰も否定はしなかった。作戦会議に参加している兵士の面々の中には、マルフ砦に来た当初、ショウマのことをよく思っていなかった兵士たちもいたが、今は誰もがこのお調子者の勇者に対して信頼を抱いていた。
彼ならばきっと。いや、きっとこれは彼にしかできないことなのだ、と。
「よし。なら作戦は決まったな。兵士のみんなにも辛い役割を任せて悪いが、なんとか俺が魔王を倒すまで踏ん張ってくれ」
「お任せ下さい。といっても、黒騎士のときのようにあまり待たせられては、我々も逃げてしまうかも知れませんが」
「それは言わないで! 勇者様の黒歴史なの!」
兵士の一人のからかいに、ショウマは顔を覆い隠してしゃがみこむ。会議室にいくつもの笑い声が響いた。
この状況で誰も絶望していない。兵士たちはきっとこの大変な役割を全うしてくれるだろう。
(あとは俺が魔王に勝てるかどうか、か)
ショウマの魔王への第一印象は、たしかに痛々しい奴というものであったが、一方で不気味な印象も抱いていた。底が知れないと言えばいいのか。超然としたあの振る舞いは、ショウマの知っている変態の神と同様のものだった。
「肝心の魔王のことを聞きたいんだが、これまで魔王が実際に戦った記録はあるのか?」
「ありますわ。過去二度、魔王は表舞台に姿を現し、その力を振るっています」
「一度目は十年前ですね」
グローリエの話を継いで、フリージアが詳しく教えてくれた。
「当時、この大陸では多くの国が栄え、長く平和な時代を築いていました」
「へえ。こう言っちゃなんだけど、意外だな。戦争とかはしていなかったのか?」
「はい。小競り合い程度のものはありましたが、戦争と呼べるような国同士の争いはありませんでした。それは各国の王たちが四年に一度集まる、『大陸会議』と呼ばれる話し合いの席を設けていたことが大きいのです。天災が起きた国や、飢饉が起きた国などへの援助を話し合い、国同士が戦争に発展する前に他の国が仲裁し、そうしてなんとか平和を保っていたのです。
ですが十年前、よりにもよってその『大陸会議』の場に魔王が現れました。そして彼はある国の王族を殺し、その骸を突きつけて大陸のすべての国家に宣戦布告をしたのです」
「それが魔王が初めて表舞台に現れた事件ってことだな。それで、そのある国の王族って?」
「シャトリア王国の第一王子であった私の兄、アズルカ・シャトリアです」
フリージアは悲しむように目を伏せた。
「フリージアのお兄さん、だったのか」
「はい。私とは三つ年の離れた兄でした。当時九歳だった兄は他国の王たちへのお披露目として、父に連れられ大陸会議に参列しました」
「わたくしは当時まだ幼かったので、あまりお兄様のことは覚えていないのですが、聡明で心身ともに優れた王子であったと聞いています。お兄様が今も生きていれば、あるいはシャトリア王国は魔王軍に国土を奪われることはなかったかも知れない、とお父様はよくぼやいていましたわ」
グローリエは唇をとがらせる。実際に軍を束ねて踏ん張っているグローリエからすれば、それは少し不満なようだった。
「お父様はお兄様のことを溺愛されていましたから」
フリージアがグローリエを慰めるように撫でる。
「それにお兄様は王国に伝わる聖剣に選ばれた主でした。当時九歳ではありましたが、並の大人が束になっても敵わないほどの力を持っていましたので、お父様が期待されるのも無理はありません。あるいは聖剣の主の成長を恐れたからこそ、魔王は兄を殺害したのかも知れません。兄の骸は胴体より四肢と首を切断された、あまりにも惨い有様だったと聞きます。いつも携えていた聖剣も見つかりませんでした」
祖国を守るため、精力的に動いているフリージアやグローリエの二人に対し、ショウマの中でシャトリア国王の印象は気弱なおっさんというものだった。あるいは、期待していた跡取り息子を失ったことで、気を弱くしていたのかも知れない、と今だからこそ思う。
「二人の実の兄の死因を聞くのもあれなんだけど、そのとき魔王の力を示すようなことはなかったのか?」
「兄の殺害は誰も知らないうちに行われたため分かりませんが、魔王は大陸会議に集まっていた各国の精鋭とも戦っています。戦い自体は兄の死に怒り狂ったお父様が仕掛けたものですが、各国もお父様に協力し、その兵の数は約五千ほどいたとか。それを魔王は赤子をひねるように壊滅させました」
「攻撃手段はすべて魔法ですわね。魔王はあらゆる魔法を扱える、それまで伝説と言われていた種族、魔人なのですわ。身体能力こそ平均的な獣人と変わりませんが、とにかく魔力の桁が違います。わたくしと比べても、桁違いの魔力を誇っているでしょう」
「それは……なるほど。たしかに俺のステータスを考えればそうなるか」
力、耐久、敏捷性、そういった身体的な主なステータスの最強とはすでに戦っている。魔王は少なくとも、身体能力的には彼らより上ということはないだろう。つまり魔王が王としてラゴウや黒騎士の上に君臨しているのは、その圧倒的な魔法の力があってこそなのだ。
「もうひとつの魔王が現れた事件でも、やはり魔王は魔法を?」
「はい。今から四年前、各国は魔王軍の脅威に対して手を結び、連合軍を作ってこれに対抗していましたが、この本隊を魔王は自ら壊滅させています」
「連合軍を指揮していたのは、当時大陸最強も名高い『大賢者』様ですわ。あの御方また、すべての攻撃魔法を操る謳われた魔法使いの極みのような方。最終的に魔王と大賢者様の一騎打ちに発展したその戦いは、空は堕ち、大地は裂け、海は涸れるような神話のごとき戦いだったと聞きますわ。実際、戦場となった場所はもはや地図上に存在しません」
「地形が変わるくらいのその戦いに、魔王は勝ったんだな」
「さすがに無傷とは行かなかったようで、しばらく魔王は休養していたようですけれど。少なくとも、今は全快していると見て間違いはないでしょう」
話を聞いてはっきりしたのは、魔王が魔法を得意とし、本気を出せば大軍勢をなぎ払い、地形を変えられるほどの力を持つということだ。
「ある意味では単体において最凶のチートを持つ俺に対し、軍隊とかに対するチートじみた性能と言えるのか。いや、そもそもこの世界における魔法のルールってなんなんだ?」
「それはわたくしが懇切丁寧に説明して差し上げますわ!」
膝枕から頭を起こし、身を乗り出すような勢いでグローリエが解説を始める。
「まず魔法を説明するのであれば、先に魔力の説明をしなければ始まりませんわね。魔力は万物に宿るとされる力で、古くは――……」
それから数十分、止まることのないグローリエの解説は、ショウマにとって半分も理解できないほど専門的で高難度なものだった。
「そして詠唱とは個なる一と称すべき世界と、それを包む――」
「ストップ! そんなこと言われても理解できないから! わかりやすく三行で頼む!」
「三行!? 今、魔法を説明するのに三行でしろと言いましたか!? それは魔法に対する冒涜以外のなにものでもありませんわよ撤回してくださいまし!」
「ひぃ!」
「グぅちゃん、相変わらず魔法のことになると面倒くさいですね。よしよ~し、いい子だからこっち来ましょうねぇ」
カナリアがグローリエを落ち着かせるため、猛獣を手なずけるように、自分の膝に戻して頭やあごをなで始める。
「勇者様でも分かるように説明させてもらうのならば、魔法とは数多存在するとされる異界の一部をこの世界に持ってくる術です」
グローリエをなで回し、話を聞こえないようにしながら、カナリアが代わりにまとめてくれる。
「炎を放ちたいのであれば、炎熱が大気中に途切れることなく渦巻く世界よりその大気を。癒しを与えたいのであれば、その世界にいるだけであらゆる怪我が治るとされる世界の恵みを。欲する法則を持つ世界のほんの極一部を、一時的にこの世界に招来し、これに指向性を与えて操っているのです。より高位の術者ほど、強力な世界の法則を、より大きな範囲に反映させることができます。
ちなみに、魔法の最難関とされているのが特定の生物を実際に召喚し、この世界に止め続けること。即ち、本当の意味での召喚術となります。これは神の協力がなければ決して成功しない魔法と言われていますね」
「それってつまり、勇者召喚の術ってことだよな?」
「そういうことです。勇者召喚の魔法も、他の魔法も、根本となるものは一緒です」
「なんとなくわかった。それで、その魔法を阻害する方法はあるのか?」
「使われる前に術者を潰す。これにつきます。なお、発声器官を潰してもダメです。詠唱は所詮安全装置なので、息の根を止めないことには無効化できません」
「他にはないのか?」
「魔力切れを狙うのも常道ですが、魔王相手ではこれは無意味でしょう。魔力は無限であると思って戦った方がいいかと」
「そうなるよなぁ。魔王がMP切れとかあり得ないもんな」
つまり弱点らしい弱点はないという結論に達してしまったショウマは、期待を込めて、やはり今日もすぐ近くでカナリアに熱い眼差しを注いでいる土下座神を見やる。
『なにも教えないよ? そういうのはもうなし』
視線に気付いた土下座神は、ショウマにだけ聞こえる声で頼まれる前に断りを入れた。
ショウマとしてそれは予想していた。普通に頼み込んだところで、この神は手助けなんて死んでもしてくれないだろう。なお、この死ぬはショウマが死ぬということである。
だからショウマには考えがあった。未だに謎が多い魔王攻略のヒントを得る方法を。
「俺に秘策がある。これが上手く行けば、もしかしたら魔王攻略の大いなる手助けになるかも知れない」
「さすがです、ショウマ様!」
ショウマの発言に、フリージアがいの一番に褒め称える。
他の面々も、話が進む中で顔を暗くしていたのだが、さすがは勇者だと口々に讃えた。
「まぁな。勇者だもの。秘策のひとつやふたつくらい用意してあるさ。当然ね」
そう言って、ショウマはあらかじめ会議前に用意しておいた大きな箱を机の上に置いた。
「だが俺の秘策にはある人物の協力が必要不可欠なんだ」
箱のふたに手をかけながら、ショウマはその人物を見た。
「カナリア。お前の協力が必要だ」
「構いません。あの魔王を倒せるのであれば、わたしはなんでも協力しますよ」
二つ返事で了承し、カナリアはグローリエは優しく押しのけると立ち上がり、メイド服の胸元のリボンをしゅるりと解いた。
「ズバリ――おっぱいですね?」
「こんな大事な会議でなにふざけてんの?」
ショウマは白い目をカナリアに送った。
「おっぱいとかないわー。カナちゃん、色々な意味でおっぱいはないわー」
「どいてグぅちゃん! そいつ殺せない!」
「ダメですわ! 今のは会議中にふざけたカナちゃんも悪いですもの!」
「グぅちゃんはこの勇者のおっぱいにかける情熱と、大事なタイミングでのおっぱい率を知らないから!」
「意味がわからなくてよ!? もう! お姉様も、見ていないでなにか言って下さいまし!」
「ごめんなさい。私も正直、おっぱいかなって」
「どういうことですの!? どうすれば二人もその結論に達せられますの!?」
まだまだ純粋なグローリエ十三歳には分からない、それは大人の世界の方程式だった。
「話を戻すぞ。とりあえず、俺の秘策はまず専用の装束が必要になる」
カナリアが少し落ち着いたところで、ショウマは箱のふたを外し、中から衣装を取りだした。
清純さを示すような純白の生地がまぶしい、ひらひらとしたフリルのふんだんに施されたエプロンとワンピース。
これにはカナリアも首をひねる。
「メイド服?」
「そうだ。メイド服だ」
ショウマが取り出したのは、多少デザインが異なるも、いつも彼女が着ているのによく似たメイド服だった。
「メイド服ならば、いつものこのメイド服ではダメなのですか?」
「たしかに、カナリアがいつも着ているメイド服もかわいいと思う。長いスカートが上品で、カナリアによく似合ってると思うしな」
「え? あ、ありがとう、ございます」
褒められて少しだけ嬉しそうなカナリアだったが、まだ身構えていた。きっとこの先、変なことを言われるんだろう、と。
「そう、よく似合ってると思う。けどやっぱり短さが足りないと思うんだ」
「足を出した方が勇者様好みということですね」
「俺じゃない。いや俺も短ければ短い方が好きだけど、俺じゃなくて神様の趣味なんだ」
『な、なぜ君がそれを……!?」
ショウマのこの発言に一番動揺していたのは、他でもない土下座神だった。
「ふっ、この約二週間、ずっと毎日顔を突き合わせていたんだぜ? わからない方が不思議だよ」
そう、わからないはずがない。なぜ土下座神が常に空中をふよふよと寝ころんだ状態で浮いているのか。あれは間違いなく、ひらひらと揺れるスカートの向こう側をローアングルで覗こうとしているからに違いない。そして今日もまた同じ格好ということは、未だに彼が秘密の花園を覗けていない証拠である。
『だがその考えならば、ロングスカートだからこその困難さ、チラリズムこそが重要だという結論にも達せられるはずだ。その可能性を排してまで、なぜボクがミニスカメイド好きという結論に!?』
「決まってる。――おパンツ様が嫌いな男がこの世にいるわけがないからだよ」
「「「うわぁ」」」
ショウマのこの発言には、女性三人がドン引きしていた。
ショウマが時折、一人きりで誰もいないはずの空間に話しかけたり、部屋で一人なにかと格闘している姿は全員が見て知っている。ショウマの言葉を信じるのならば、そこには神がいるらしいのだが。改めて、三人は信じたくないなぁ、と思った。
『盲点だったぁ!』
逆に、ひたいを押させて天を仰ぐ土下座神を筆頭に、会議室に集まった男の子たちはショウマの発言に対して全力の同意を示していた。また、女性陣との距離が少し開いた。
「というわけで、カナリアにはこっちのミニスカメイドに着替えていただきます」
「はあ……」
カナリアは渋々といった顔で新しいメイド服を受け取る。
「まあ、恥ずかしいですが、これくらいなら」
「よし。じゃあ、その上でこの猫耳猫尻尾もつけて、『神様お願いしますにゃん。可愛いカナちゃんを助けて欲しいにゃん』と言いながら、こう、腰を突き出して手をくいっとするポーズを」
「断固お断りします」
「えっ?」
『そんなぁ』
全力で拒否を示したカナリアに、ショウマと土下座神が裏切られたような顔を向ける。
だがカナリアの表情にあるのは、純粋に恥ずかしいからという感情だけではなかった。もっと暗い怒りと憎しみだった。
「猫耳? 猫尻尾? にゃん? あり得ません。なぜ汚らしい獣人の真似をこのわたしがしなければならないのですか? そんな畜生にも劣る真似をしてしまえば、わたしはあの世で父や母、国の皆に顔を合わせられなくなります。死んでも嫌です」
獣人を含む魔王軍に祖国を滅ぼされた彼女にしてみれば、それは当然の嫌悪と拒絶だった。
「……そっか。そうだよな」
ショウマは昨日がんばって作った猫耳猫尻尾を箱に戻した。
『ええ? 諦めちゃうの? そこはもっと推していこうよ。もしも今のをやってくれたら、ボク、色々と口を滑らせちゃうかもよ?』
土下座神がうるさいが、ショウマは無視してカナリアに頭を下げた。
「悪い。無神経だった。今のは忘れてくれ」
「……このメイド服だけでは、勇者様のいう秘策には不足なのですか? なんでしたら、下着姿でも裸でもなんでもなりますが?」
『違うの! ボクはカナリアたんの裸が見たいわけじゃないの! 萌え萌えな瞬間に萌えたいだけなの!』
「あの、ショウマ様。私であれば平気ですので、カナリアの代わりにその衣装を着てポーズを取っても」
『うるせぇ! ババァは黙ってろへぶっ!』
フリージアの申し出に対して、ぶれない土下座神が怒り狂うが、ショウマは無言で蹴りを入れて土下座神を部屋からたたき出した。
「いや、申し出はありがたいが、色々な事情があってカナリアにしかできないことなんだ」
「…………」
カナリアがじっと机の上の箱を見つめる。
ショウマはその視線の先から箱を取り上げると、努めて明るく話を終えようとした。
「悪い! 俺の秘策ならずだわ! けど魔王はしっかり倒すんで、そこは安心してくれ!」
カナリアは、それでも箱をじっと見つめていた。
◇◆◇
「あ~、どうすっかなぁ」
夕刻、自分の部屋のベッドで寝転がりながら、ショウマはうなる。
作戦会議のときはああ言ったものの、魔王相手に絶対に勝てると言い切れる自信はショウマはなかった。世界の命運を左右する戦いなだけに、ぶっつけ本番で挑むわけにもいかない。
「なあ、土下座神。もういいから魔王の弱点教えてくれよ。あるんだろ、弱点」
「どうかな。すべての敵に弱点があるわけじゃあないしね。ほら、突けない弱点ならないも同じだろう?」
「つまり魔王の弱点は俺じゃあ突けない弱点なのか?」
「さあ、どうだろうね? もしかしたら、知れば即死の弱点を抱えているかも知れないよ?」
土下座神はぬらりくらりと答えをはぐらかす。やはり協力してくれる気はないらしい。
「相手は『終焉を囁く罪の獣』さんだろ? 神に反逆した、つまりお前の敵なんじゃないのかよ?」
「どうだったかな? 一応、この世界もボクが創造した世界ではあるけれど、特別これまで神様らしいことしてきた記憶もないし……いや、一度くらいはあったかな? 如何せん、管理する世界が多いから忙しすぎて、細かいところまでは覚えてないんだよね」
「嘘を吐け。忙しい奴がこんな場所で暇人筆頭みたいなことしてるか」
「酷いなぁ。これでもボクは君を気に入ってるから、こうして傍にいて見守っていてあげてるんだよ?」
「なら魔王の弱点はよ」
「それとこれとは話が別。教えて欲しかったら、カナリアたんの萌え姿をボクに献上するんだね」
「やっぱり魔王にも弱点があるんじゃねえか」
土下座神は慈しむような神様スマイルを浮かべるばかりで結局教えてくれなかった。いつもと同じ、もはやただの営業スマイルである。
しばらく土下座神を睨んでいると、突然、部屋の扉がノックされた。
「……あの、勇者様。今、お話よろしいでしょうか?」
「カナリア? いいぞ。入ってきてくれ」
「失礼いたします」
訪ねてきたのはカナリアだった。
フリージアが来てからは病弱な彼女のお世話に戻ってしまい、あまり部屋を訪ねてくることもなくなった彼女の突然の来訪の理由を、しかし察せられないほどショウマも馬鹿ではない。
「まあ、隣に座れよ」
「はい」
部屋に入ってきてすぐ、俯いて黙り込んでしまったカナリアに、ベッドの隣に座るよう促す。
ベッドの端にちょこんと小さなお尻をのせ、足のつま先を揃え、手を膝の上に置き、ぴんと背筋を伸ばして座る姿はいつもどおりのもの。けれど、彼女は顔を合わせることなく、口からいつもの毒舌を吐くこともなく、じっと自分の足のつま先を見つめていた。
ショウマはなにも言わず、彼女の決意が固まるのを待った。
土下座神も、興味深そうに彼女のアクションを待つ。
「あの、わたし。勇者様に聞いて欲しいことが、聞いてもらわなければならないことがあるんです」
やげて十分近い時間を要求したあと、カナリアは意を決した風に、ショウマの顔を見て言った。
「実はわたし、魔王によって滅ぼされた、聖レオニオス王国の姫なんです!」
ショウマは心の中でつぶやいた。
(うん。初めて会った日から知ってる!)
土下座神の所為で色々と台無しだった。
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