表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/31

第十三話  黒騎士襲来④



 魔王を名乗った青年を見上げ、その煌めくような美貌を見て、ショウマは戦慄にわなないた。


「お前が本当に、魔王なのか?」


「如何にも。勇者と対をなす超越者。闇と暗がりの寵児たる魔王だ」


「ん?」


「それとも『魔術の王』、あるいは『全を記憶する者』、もしくは『古の聖者』。そう名乗った方が、君には通りがいいかい?」


「えっと」


「あははははっ! 驚いて言葉もないようだ! 実に奥ゆかしい奴だな、勇者よ! どれだけ耳にした二つ名があったかは知らないが、これすら我が持つ数多の名からすれば極一部に過ぎない。たとえば――『終焉を囁く罪の獣』、とかね?」


「あいたたたた」


 渾身のドヤ顔で二つ名を披露する魔王に対し、ショウマは全身に寒気を覚えた。


「やばい。痛い。予想以上に痛々しい奴が出てきちゃったんだけど、あれが本当にラスボスなの!?」


「ショウマ様さすがです。その名を聞いて平然としていられるなんて」


 魔王を指さしてフリージアに尋ねると、彼女は顔を真っ青にしていた。


「まさか魔王が、あの神話にて神に反逆した最初の生き物と記録されている『終焉を囁く罪の獣』だったなんて。神話最凶の怪物ですよ」


 他の兵士たちも皆一様に魔王を恐怖の眼差しで見上げていた。


「ふ~ん。俺からすれば、大人になっても中二病の治っていない痛々しい奴にしか見えないんだけど。しかもなんだよ、銀髪オッドアイって。イケメンで羨ましいのを通り越して、もはや苦笑いしか浮かんでこないわ」


「人の主に対し、散々に言ってくれますね。勇者」


 ショウマの独り言に対し、これまで黙っていた口を開いたのは、魔王の隣に控えていた少女だった。


 年齢は十二か三ほど。人形めいた幼い顔立ちは、血が通っているのか不思議なくらい白い。紅の眼差しは凍えきっていて、視線ひとつで相手の心臓を止めてしまいそうなほどだ。床に触れそうなほど長い髪は、魔王とはどこか対照的に映る黄金の色。そして人のそれよりも長い耳をしていた。その上で、ゴシック成分多めのメイド服に身を包んでいた。


 つまりエルフだった。エルフのメイドさんだった。


「お気をつけください、勇者様」


 初エルフに目を輝かせていると、フリージアがショウマの耳元で囁いた。


「彼女は四天王の最後の一人、『空の魔女』です。ああ見えて数百年以上を生きたハーフエルフと聞いています」


「ハーフエルフさん……だと!?」


 ショウマの脳内を妄想が駆けめぐる。


 人間とエルフの間に生まれた少女。しかし、人間からもエルフからも迫害を受け、孤独な幼少期を過ごす。そこへ現れ、手をさしのべる魔王。自分を利用したいだけだということはわかっている。けれど、その手の温かさに少女は……。


「おのれ魔王!」


「なぜこのタイミングなのかはよくわからないが、その気概やよし。我が名を聞いて怖じ気づくようでは興ざめもはなはだしいというものだ」


「ていうか、ぶっちゃけなにしに来たの? 今からラストバトルは遠慮したいんだけど」


「我とてそこまで無粋ではない。こんな見窄らしい場所がフィナーレの舞台では、些か以上に味気ないというもの。……魔王城に攻め込んで来るがいい、勇者よ。今日より五日の間は、この崩れかけた砦も、滅びかけた王国も見過ごしていてやろう」


「魔王城にか」


 ショウマはマルフ砦の惨状を思い出す。


 黒騎士の襲撃により、正門といくつかの中門が破壊され、武器の多くを失ってしまっている。もはやここで魔王軍の軍勢を食い止めるのは無理だろう。そしてシャトリア王国王都にも、魔王軍を迎え撃つ備えはないと聞いている。


 かくなる上は自ら敵の本丸に攻め込み、敵将の首を討ち取るしかない。


「ふっ、五日も猶予を与えていいのか? 五日もあれば、ものすごい修行でパワーアップとかしてしまうかもだぜ?」


「では三日に」


「五日でお願いします!」


「ショ、ショウマ様! 気持ちはわかりますが、そこは勇者として毅然とした対応をお願いします!」


 頭こそ下げなかったが、魔王にお願いする勇者を見て、フリージアが少し頬を引きつらせていた。空の魔女の勇者を見る目もどんどんと温度を下げている。


 魔王だけはある種親しげな態度を崩そうともせず、「五日で決まりだな」と頷いた。


「さて、我としては今日は自己紹介を兼ねた顔見せと、そのことを伝えに来ただけなのだが……これだけでただ帰るというのも少し芸がないか」


 用件を終えた魔王は、しかし遊び足りない様子で勇者の顔を見る。


「少しは魔王らしいことをしなければならんな」


「戦闘態勢!」


 グローリエ不在のため、その場の隊長が兵士たちに指示を出す。


 兵士たちは武器を手に取ると、フリージアを守るように前に出た。


「くそっ、やっぱりこうなるのか」


 ショウマもフリージアを守るように、彼女の前に出て拳を構える。幸い、カナリアに治療を受けているので黒騎士戦の怪我は治っている。イケメンクラッシャーもあのハーフエルフを侍らせてしまっている魔王が相手ならば、過不足なく発動できるだろう。


 戦力に不足はない。だが一度激しい戦いを終えて気が抜けてしまっていたからか、ショウマは集中力に欠いていた。これでは……。


「よせよせ。言っただろう? 我はそこまで無粋ではない。君たちの奮闘は見ていた。そして、我が騎士の奮闘もまた見ていたのだ」


 そのとき魔王の姿が光に包まれてかき消える。

 次の瞬間には、元の場所に彼は立っていた。その腕の中には、兵士によって回収されていたはずのぐったりと横たわる黒騎士の遺体が抱きかかえられていた。


「敗れはしたものの、彼女は全力で戦った。我がこのあとに続けて戦うなど、それは彼女の戦いに泥をかけるようなものだ」


 魔王が兜の上より、黒騎士の頬を撫でる。すると黒騎士の身体はまばゆい黄金の輝きに包まれ、天に召されるように光の粒となって天空に溶けていった。


「戦いはせぬ。それ以外のことで、我は魔王である証を諸君らに示そう。つまり――」


 魔王は勇者に対し手を差し出した。


「世界の半分をやろう。我の仲間になれ、勇者よ!」


「なんでやねん!」


 ショウマはこてこてのツッコミを入れてしまう。


「もう一度言う。なんでやねん!」


「魔王軍はいいところだぞ。一日実働八時間。深夜手当残業手当完備。そして週休五日制。福祉も充実している」


「会社か!」


 兵士たちがこそこそと「魔王軍が多くても週に五日しか攻めて来なかった理由ってさ」と少しだけ羨ましそうに話していた。


「待遇も応相談だ。勇者ならば、組織のナンバーツーとしていきなり大抜擢しても、文句を言える奴はいないだろう。給料は月にくれくらいになるだろうから、年収では――」


「いやいいから。お金とか興味はないから」


「あと美人秘書も三人くらいつけようか。種族はエルフと獣人、あとは人魚や妖精などもいるがどれがいい?」


「あとでパンフレット届けておいてくれ」


「ショウマ様!?」


 フリージアが叫ぶ。


「いやごめんなさい。冗談だから、泣きそうな顔で見ないで」


 さすがにショウマも今更美人秘書くらいの条件で誘われたところで、魔王軍に行くつもりはない。まったく興味が引かれないかと言うと嘘になるが、それ以上のものをショウマはこのシャトリア王国で見つけたのだ。


「魔王。お前の誘いへの返答はNOだ!」


「ほう? いいのか?」


「魔王軍が思いの外ホワイト経営しているのは理解したが、それでも多くの人々を殺し、苦しめてきた事実には変わりがない。五日後、お前の許には正義の裁きが訪れるだろう」


「正義の裁き! 正義の裁きと来たか!」


 やや格好つけた言い回しで宣戦布告したショウマに、魔王は痛快な冗句を聞いたかのように大口を開けて笑った。嗤った。


「ああ、そうだ。忘れていたよ。勇者とは神が使わした正義の使者だったな! であれば、当然。悪の使者たる魔王の仲間にはなれないのは道理! 勇者を仲間にしたいなら、まずその正義を木っ端みじんに打ち砕かないといけなかったよなぁ!」


「な、なんだよ突然?」


「なに、気にするな。少し感心しただけだ。……そうだな。これも聞き忘れていた」


 目の端に涙すら浮かべて大笑いしていた魔王は、涙を指で拭うと、晴れやかに、しかしこれまで以上に粘着質な熱い視線で勇者を見ると、


「名を聞かせてくれ、少年よ。君にも人間としての名前くらいあるだろう?」


「ショウマだ」


「そうか、ショウマよ。生憎と、我に名乗り返せるような名はないが」


「一番のお気に入りだった名前でいいのでは? あのセツナ・エルゴスム・ザ・ゼロルシファーで」


「その名で我を呼ぶなァ!」


 魔女に昔の名前を呼ばれた魔王が、目と顔をカッと真っ赤にして吼えた。すると空で雷鳴が轟き、大地が文字通り割れた。


「申し訳ございません、魔王様」


 空の魔女は無表情ののまま頭を下げる。


「よ、よい。我も少し熱くなりすぎた」


 魔王は額にかいた汗を拭うと、改めてショウマに名乗り返した。


 さすがのショウマも、このタイミングで魔王をセツナさんとか呼んでからかうほど命知らずではなかった。あの二つ名がよくて、その名前が恥ずかしいと思う感性がまず理解できない。どこに地雷が潜んでいるかがわかったものではない。


「こほん。というわけで、我に名乗り返す名はない。勇者ショウマよ。君はただ魔王とだけ呼ぶがいい」


「わ、わかった。魔王」


「ああ。では、我はそろそろお暇するとしよう」


 そう言うが早いか、魔王と空の魔女の二人は光に包まれ、足下から少しずつ消えていく。


「勇者ショウマよ。我は君が気に入った。君が望むなら、いつでも我が懐に来るがいい。闇と闘争と各種福利厚生は君を歓迎するだろう」


「残念だが、俺は闇じゃなくてどっちかと言うと光属性なんでな。あと福利厚生をそこに絡めんな」


「そうか。たしかに、君には勇者としての素質がある。それは我も認めよう。さぞ、神には気に入られているのだろうな」


 魔王の視線が、そのとき初めてショウマ以外に向けられた。


 そこにはなにもない虚空。ショウマ以外にはそう見えているはずの場所に、たしかに魔王は視線を向けた。


「お前、もしかして土下座神の姿が?」


「ふっ。我の二つ名を忘れたか? 我は神に反逆せし『終焉を囁く罪の獣』だぞ?」


「お、おう。せやな」


 どうやら見えているらしい。そしてやはりショウマには、その二つ名を誇らしげに言える感性が理解できなかった。


 とはいえ、魔王はそれ以上なにか言うことはなく、見られている土下座神もまた、なにをするでもなく慈愛の笑みを浮かべるだけだった。


「まあ、よい。すべては我と君の戦いの果てに語られるだろう。――ではな、勇者ショウマよ。再び相まみえるそのときを楽しみにしているぞ」


 ローブの裾を翻し、魔王はショウマに背を向ける。ゆっくりだった消失が早くなっていき、まず先に空の魔女の姿が消えてなくなった。


 最後に、ある意味では最初からの疑問だったのだろう。


「ところで最後に聞きたいのだが」


 魔王は勇者に問いかけた。


「君は全裸で恥ずかしくないのか?」


「むしろ快感すら覚え始めている」


 黒騎士との戦いの途中で服が燃えてしまったあと、今の今までずっと全裸のまま過ごしていた勇者様は、堂々と前を隠さずに即答した。


「俺はこれが恥ずかしくない。そして周りも誰もこれが恥ずかしいものとは思っていない。その証拠に、もう誰も俺が全裸でも新しい着替えを持ってきてくれなくなった。この姿を当然のこととして受け入れてくれているんだ」


 全裸の勇者様のこの言葉に、周囲の人たちは顔を見合わせて囁きあう。だってそういう文化圏の人なんだろ? 全裸じゃないと全力で戦えないって聞いたけど。かわいい、と。


「逆に聞こう。魔王よ」


 露出狂の勇者は魔王に問いかけた。


「お前はいつから、全裸を恥ずかしいと思うようになってしまったんだ?」


「……なるほど」


 魔王は形のよいあごに指をあてると、


「深いな」


 そのつぶやきを最後に、魔王は光となって消えてしまった。


 突然現れた魔王が去ったあと、ようやく緊張から解放されたショウマは、思わずその場にへたりこみそうになる。


 けれど、兵士たちが見ている前だ。勇者として情けない姿は見せられない。これまで散々情けない姿を見せてきてしまったが、それでも今は男としての意地を張らなければならない。


「あと五日、か」


 そう、まもなく最後の決戦の日は来たる。

 ショウマにとってはたった二週間の、けれど多くの人にとっては何年も続いた魔王軍との戦いが、どうあれ終わる日がやってくる。


「ショウマ様、あの」


 フリージアが心配するように声をかけてきた。


 ショウマは大丈夫だと言うように笑みを返すと、ずっと握りしめていた右手を開いて力を抜いた。


「まだ五日もある。今は目の前のことをやろう。それが片付いたら、小さくてもいい。宴会でも開こう」


 怪我の治療。建物の修繕。そしてなにより死んでしまった兵士たちの埋葬。やらないといけないことはたくさんある。


 ひとつずつやっていこう。今はまだ、黒騎士にみんなで勝利した喜びをかみしめてもいいときだ。


「フリージアのおっぱいも、もっと祝ってやらないとな」


「それはもういいですから!」


 なぜか祝われる本人は嫌がっているようだったが。




誤字脱字修正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ