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第十話  黒騎士襲来①


 

 そこは闇のように黒く染め上げられた世界だった。


 床も壁も天井も、すべてが黒一色で塗り上げられた玉座の間。その最奥にたたずむ黒い玉座は、奈落の孔のごとき不可思議な存在感を放っている。


「ジャナドが死んだか」


 その玉座に腰掛けているのは、まだ二十歳にも満たない青年であった。


 闇の中で光り輝いてさえ見える銀色の髪。瞳は左右で色が異なり、右が血のような紅、左が魔性めいた美しさの金色だ。その肢体は一分の隙もない黄金律で構成され、男女種族を問わずあらゆるものを魅了する妖しさを醸し出している。人の姿をしているが、彼を見て人間だと信じる者は皆無だろう。


 魔人。それが魔王軍のみならず、この世界にあって彼一人だけしか存在しない種族の名だ。


 魔法使いとして完成されたエルフをも超える魔力を有し、ありとあらゆる魔法を操る魔術の王にして魔なる者たちの王。

 

 即ち――魔王。


 この世界のほとんどを支配する美貌の魔人は、しかしつまらなそうに配下の報告を聞いていた。


「そうか。あれは奇襲だけは得意な奴と思っていたが、やられてしまったのか」


「はい。砦内でさして騒ぎが起きていないところを見るに、誰にも気付かないうちに始末されたものと思われます」


「手を下したのは勇者か?」


「申し訳ございません。そこまでは」


「よい。どちらにせよ、これはジャナドの失態だ。お前の責ではない。しかし……残念だな。ジャナドには勇者を追い詰めて追い詰めて追い詰めた上で殺されて欲しかったのだが」


「…………」


 魔王の冷酷な言葉にも、跪き、深く頭を垂れる少女は顔色ひとつ変えない。妖精のような愛らしい顔は、しかし氷像のように冷たく凍えている。


「だが、これでラゴウにジャナド、我が四天王の半分が勇者に敗北したこととなる。まだ召喚されて一週間ほどしか経っていないというのに、勇者は実に働きものだ。そうは思わないか?」


「邪魔というのであれば、すぐにでもその首をもいでまいりますが」


「馬鹿を言うな。相手は勇者だ。魔女であるお前ごときが適う相手ではなかろうよ」


「では、次は?」


「そうだ。我にとっても、勇者にとっても、あれは試金石としてふさわしかろう」


 そのとき、何者かが玉座の間へと足を踏み入れる。

 それは闇の世界に溶け込むような、黒いヒトガタであった。


 魔王はその騎士を見ると、淡い微笑を浮かべた。


「我が騎士よ。四天王最強の強者よ。お前の出番だ。勇者の力がどれほどのものか、その剣をもってはかってくるがいい」


 主の命に騎士は首肯して答えると、闇に溶け込むように消え失せた。


 魔王は玉座から立ち上がると、闇の向こうを覗き込むように見ながら告げた。


「勇者よ。死神の力を持つ勇者よ。今、お前の許に我が死神が行くぞ。黒い鎧をまとい、黒い刃をもって、お前の命を狩り取りに行くぞ」


 好敵手を言祝ぐ。


「――黒騎士が、行くぞ」






       ◇◆◇





 その黒い騎士が現れたのは、まだ空がわずかに薄暗い朝焼けの頃だった。


「なんだ、あれは?」


 堂々と一人、隠れることもせずにまっすぐマルフ砦へと進んでくる騎士を見て、見張りの兵士は咄嗟に反応できなかった。


 これまでの魔王軍の襲来は、すべて大軍勢によるものだった。まさか万軍の代わりに一人でやってくる敵がいるとは、想像も出来なかったのだ。


 それは他の兵士たちも同じだった。正面の門の前までやってきた黒い騎士を注視しながらも、戦闘行動を取れなかった。


 そうこうしているうちに、黒い騎士は分厚い鋼鉄の門を見上げ、腰の剣を引き抜いた。


 そして一閃。騎士は剣を上段に構え、袈裟懸けに振り下ろした。


 門が音もなく両断される。

 黒騎士は、堂々たる足取りで瓦礫の踏み越えると、マルフ砦へと足を踏み入れた。


 たった一人で、勇者を討ち取るために。







「大変です、勇者様! 魔王軍の襲来です!」


 まだ眠りの中にいたショウマの許に、魔王軍の襲来がもたらされる。


 飛び起きたショウマは、すぐさまグローリエと合流すると、襲撃を受けた正門を目指した。


「グローリエ! 敵の数は?」


「一人だけですわ!」


「一人か。なんだ。なら余裕だな」


「一人といっても、相手はあの『黒騎士』です。四天王の一人であり、魔王軍最強と呼ばれている騎士ですわ」


「四天王最強。まあ、相手にとって不足はないと言っておこうか」


 とはいえ、腕力と耐久力で最強だったのがラゴウなのは神が証言している。一撃死のチートを持つショウマからすれば、敵との戦いは相手に一発当てさえすれば終わるのである。余裕の態度もある意味では当然だった。


 だが戦場となった正門に辿り着いたショウマは、そこに広がっていた凄惨な光景に息を呑んだ。


 すでに敵は正門を越え、中門もふたつ越えていた。騎士が通ってきたあとには兵士たちの骸が転がり、城壁と城壁の間を埋めつくさんばかりの有様だった。


「この野郎!」


「勇者様!」


 死んだ兵士の中には、ショウマが話をしたことのある兵士もいた。怒りに突き動かされて床を蹴ると、黒騎士の前に躍り出た。


「よくもやってくれたな! 今すぐ――」


 ショウマの啖呵が終わるのを待たず、黒騎士は剣を振っていた。


 ショウマの着ていた服が切り裂かれ、薄皮一枚が切り裂かれた。わずかに血が流れ出る。


「お、おい! いきなり――」


 ショウマは傷を庇いながら、反射的に後ろに下がろうとする。


 だが黒騎士は一歩で距離を詰めると、今度はより深い間合いで剣を振るった。刃は肩口からショウマの身体に吸い込まれ、やはり服と薄皮を切り裂いたところでとまる。


「勇者様の肉体を甘く見るなよ! そんな攻撃、俺の身体には――」


 黒騎士は剣を振るう。振るう。振るう。振るう。

 ただそうすることしかできない機械のごとく、刃をひたすらに奔らせる。


 そのたびにショウマの服は切り裂かれ、皮が裂かれる。血がにじむ。ラゴウと同等の耐久性を発揮した勇者の肉体は、黒騎士の恐るべき剣技を寄せ付けない。


「このっ、いい加減に!」


 ひたすら剣を振り回す敵に、ショウマは殴りかかった。


 黒騎士の踏み込みもかくやという速度で距離を詰めると、その拳を振るう。まじりっけのない本気の一撃だ。人間であればミンチになりかねないパンチだ。


 だが黒騎士は身体をわずかにそらすだけで拳を避けると、再びショウマに対して剣を振るった。


「くそっ!」


 ショウマは再び拳を振るう。

 黒騎士はそれを避けて剣を振るう。


「お前の剣じゃ俺には通じないって、わからないのかよ!」


 がむしゃらに拳を振り回すショウマだったが、黒騎士には当たらない。未だ誰かはわからないこの世界における最高の脚の持ち主と、攻めるショウマの速度は同じはずなのに、黒騎士はまるで未来がわかっているかのようにすべて紙一重でよけ切って見せた。


 そしてカウンター気味に剣を振るう。やはりそれは服と皮しか切り裂かないが、


「っ!?」


 突然身体が走った灼熱の痛みに、ショウマは自分の身体を見下ろし眼を疑った。


 いつのまにか、服は切り裂かれなくなっていた。

 すべて切り落とされてしまったからではない。ショウマの耐久力の恐ろしさに気付いた黒騎士は、その攻撃をすべて同じ箇所に当てていた。


 最初は表面の薄皮だけだった。次もその下の皮だけ。けれど、それが続けば肉に辿り着く。その肉もまた高い防御力を持つも、何度も何度も繰り返されればやがては削ぎ落とされていく。


 そして今、黒騎士の刃は――ショウマの肉の半ばまでを捉えていた。


「……嘘、だろ?」


 傷口からあふれ出す自分の鮮血を、ショウマを幻でも見るかのような眼で見た。


 けれどかつて感じたことのない、刃物で身体を切り刻まれるという激痛は、これが現実なのだと訴えていた。


 このまま続けばどうなる? ショウマは今更ながらその疑問に辿り着いた。


 簡単な話だ。肉をすべて削ぎ落とせば骨が。骨をすべて砕けば臓器が。臓器をつぶせば命を狩り取れる。


 ――殺される。


「ふ、ふざけるな!}


 ショウマは身体能力をフル動員して、黒騎士に右手で殴りかかった。

 恐怖が相手へと殺意と変わり、右腕は触れた相手を殺すイケメンクラッシャーとしての力を発揮する。


 けれど。


「な、んで?」


 黒騎士には当たらない。


 そもそも、全身を隙間なく黒い甲冑で覆い隠した黒騎士に当てても、相手の肉体へと直接当てる必要のあるイケメンクラッシャーは発動できない。それでも、ラゴウと同じパワーで殴れば鎧のひとつくらい貫通できるはずだけどそもそも当たらないことにはああこれどうすればいいんだ?


 思考がまとまらない。痛みと恐怖に頭が真っ白になる。


 今ようやく戦場の恐怖を知った勇者へと、容赦なく黒騎士は次なる刃を振り下ろした。






「あ~、これはまずいかもしれないな」


 空中に寝転びながら、土下座神は戦いを見守っていた。


 勇者と黒騎士はつかず離れずの距離でお互いに武器を振るっている。だが攻撃を受けているのは勇者のみ。戦いは一方的なものになっていた。


「あの黒騎士、とにかく強いね。パワーや耐久力はライオンくんに負けるけど、反応速度とか、瞬発力とか、そのあたりの身体能力がこの世界最高だ」


 であれば、勇者の身体能力もまた黒騎士と同等ということになるのだが、如何せん、彼は身体能力が優れているだけの素人である。身体の運び、位置取り、相手の機微から次の行動を読み取るといった技術が致命的に欠けている。そしてそれは一朝一夕で身につくものではない。


 さらに全身を甲冑で覆い隠した黒騎士には、少なくとも最低二撃当てないことにはイケメンクラッシャーは発動できない。彼我の戦力差を思えば、その二撃はあまりにも遠い。


「これはもしかして、死んじゃうかもね。勇者様」


 端的に言って、相性が最悪だった。そうなる可能性は高いだろう。


 けれども、それを覆してみせるのが勇者なれば。


「あははははっ! そうだよね! 君はそういうことをする奴だよね!」


 勇者が次に取った行動に、土下座神に笑い転げる。


 眼下では、勇者が一心不乱に黒騎士から逃げ出していた。





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