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奪われたら奪い返せ(2)

 ベッドに転がり体を休めながら、京介は頭を働かせる。千鳥八尋との戦いに投じられる戦力がいかほどか、勝算ははたしてあるだろうかと、再度思案する。

 まず自分自身は当然頭数に入っている。右手の怪我はたいしたことがない。先刻での交戦では、京介はほとんど何もしないまま撤退を決めたので、とりあえず体力、魔力共に残っている。

 さて、問題はここからだ。歌子が戦えるかどうかは、正直微妙なところだと思っている。家族のように大切にしていた紅刃が敵に回ったのだ、すぐに立ち直れというほうが無理だ。

 次に芙蓉姫。彼女はこちらの陣営での最大戦力であるのは間違いない。しかし、千鳥の「蠍」によって敵に回りでもしたら、こちらは確実に壊滅する。最凶すぎる諸刃の剣だ。

 あとは、検討するまでもないのだが、不破竜胆。彼女は情報収集と暗躍のエキスパートであり、前線には、まあまず間違いなく出ないので、当てにはしない。

 改めて考えてみると、なんと頼りない戦力なことか。京介は嘆息する。

 その溜息の意味をどう思ったのか、ベッドの縁に腰かけた芙蓉が問うてくる。

「憂鬱か?」

「まあな」

「そうだろうな。なにせ……強引に式神を奪った魔術師と、主人以外に付き従う式神を狩らねばならないのだ、愉快なはずがないな」

 芙蓉は、京介の憂鬱の理由をそう捉えたらしい。少し考えて、京介は言う。

「別に、式神を狩るとは言ってないだろう。魔術師一人と式神三人、全員を正面突破で倒さなければいけないわけじゃない」

「真っ向からぶつかり合うつもりはない、と?」

「契約を略奪する魔術の核を壊せば、こちらの不利は解消される」

 「蠍」の効力がなくなれば、芙蓉を奪われる心配がなくなり、もしかすると澪鋼と琥珀丸もこちらの陣営につくかもしれない。そうすれば、千鳥を制圧するのはだいぶ楽になる。真っ向からぶつかっていってもロクな結果にならなそうなのは目に見えている。少ない戦力ならば、それに見合ったやりようを考えなければならない。

「方針はおおよそ決まった。あとは、歌子がどうするか……」

 京介は傷心の歌子を思い、目を閉じた。


★★★


 襖越しに家族たちの話に聞き耳を立てていた時、歌子はまだ五歳だった。全員が魔術師である家族たちの会議では、いつも歌子は除け者だ。年端もいかない少女であることは勿論理由の一つではあるが、しかしそれだけというわけではなかった。その理由を歌子当人が理解するのは、もう少し先のことであったが。

 幼い故、その時盗み聞いた話のほとんどは意味を理解できなかった。理解できないまま、繰り広げられる応酬をただ記憶していた。意味不明な異国の言葉を、ただ記号として書き写すかのように。

 今となっては当然、その時の言葉の意味を理解できる。家族たちは、成程、なかなか酷い話を、当事者を抜きにして話していた。

 歌子は当時のことを回想する。


「他の場所ならいざ知らず、よりにもよって黒須家の目と鼻の先でこのような事件を起こしてくれるとは」

 当主であり、歌子の父である黒須宗達はうんざりと言った調子で嘆いていた。その言葉に含まれるのは、これから起こるだろう面倒事に対する不満や自分の立場や家の名誉に対する心配であり、間違っても被害者たちへの哀悼は含まれていない。

 宗達に同調するように、母の七巴ななはが言う。

「まったくですね。これでは魔術師中央会から謗りを受けるのは免れないでしょう」

「『所詮は分家』って? はっ、このご時世に本家も分家もないだろうに」

 心底面白くない、といった調子で吐き捨てるのは長男の龍雅りょうがだ。髪を明るい茶色に染め、両耳にピアスをあけて、前歯は一本欠けている、という三拍子そろった不良みたいな格好をしているが、これでも一応次期当主であり、魔術の実力は折り紙つきだ。発言力は高い。

「とにかく、起きちまったことをぐだぐだ言っても始まらねえ。この後始末をどうつけるか、だろ」

 口は悪いが、生産的なことを言える頭は持っている。ただし、その「生産」の内容は必ずしも清廉なものばかりではない。

「手っ取り早く、問題の妖を処分するのがいいんじゃねえか」

「そうやって、お前は何でもかんでも物騒な方向に考える」

 溜息交じりに龍雅の野蛮な思考回路を咎めたのは、長女の沙耶だ。次期当主にもかかわらず龍雅はいつまでたっても姉の沙耶に頭が上がらないので、間髪入れずに批判されて拗ねたように唸った。

「五人の殺害は当然重罪だが、殺害の動機がいかんせんデリケートな問題だ。問答無用で殺処分というのはまずいだろう。やはりここは、魔術師中央会に処置を任せるのが順当ではないか?」

「何言ってんだ、姉上。下手人をとっ捕まえた時には手遅れで、管轄内では既に五人も殺させといて、問題の妖は中央会に丸投げ? 中央会の上層部は性格が悪い。俺たちの対応が遅れたせいで被害が広がったのに、尻拭いまで丸投げしやがったって、言われるぞ」

「だが、問題を起こした妖の処分は中央会で引き受けるのが基本だ」

「そいつは違うな。基本的にはその地を治める退魔師が後始末までできればそれが一番いいんだ。ただ、それじゃ手が回らねえし、大量の凶悪な妖怪を抱えきれねえから、中央会が代わりに引き受けてくれるってだけだ。中央会は、自分たちが規範、自分たちが示す方針に従え、みたいな顔をしてるかもしれねえが、所詮は代理であり、委託されてるだけだってのを忘れてもらっちゃ困る。まあ要するに、こっちでできるなら後始末までやっちまったほうがいいってことだ」

「確かに龍雅の言うとおりだ。不破本家は、当主のやる気が無さすぎて後始末を全部中央会に投げているが、黒須は一族だけでできるところまでやるよう善処してきた」

「中央会に見栄を張りたいのと、不破本家に対抗して意地を張っているだけのような気もしますが」

 宗達がやたらと自慢げに言うので、七巴は少々冷ややかに呟いた。

「……で、結局どうする?」

 たいして進まなかった議論を、そろそろ前に進めようと、龍雅が誰にともなく問うた。

「今は座敷牢に入れて妖術を封じ、処分を保留しているが、いつまでもそのままというわけには……最終的に処分をどうしたのか、中央会には報告しなければならない。その上、今回の事件は大事になりすぎた。他の地の退魔師たちが黒須家の判断に注目している。下手な対応はできない」

「姉上、あんたが調教してやればいいんじゃねえか?」

「馬鹿を言え。既に三匹調教中の妖を抱えているのだ。これ以上は受け持てない。お前こそどうだ」

「悪いが、俺はハーレムを作るって決めてるんだ。男は要らねえ。……ああ、そうだ、歌子につけるのはどうだ?」

 末子の名前が上がり、四人がお互いに目を見合わせる気配があった。

「成程……歌子の式神として縛らせるのがよいか。表向きは贖罪と更生ということにしておけば、体面は保てよう」

「仮に歌子が御しきれずに噛み付かれたとしても、俺と姉上がいれば黒須家は安泰だ。面倒な妖の始末は歌子に任せればいい」

 意見がばらばらだった四人は、龍雅の提案に異口同音に賛同し、方針はするすると決まっていった。重要なことを、当事者のいない間に勝手に決めてしまう。当時歌子が五歳だったことを差し引いても、何の意見も求めずに決めてしまう。幼い上に末子である歌子に発言力は皆無だった。

 歌子だけが蚊帳の外にされていた家族会議で、何が話し合われ、何がどう決まったのか、一部始終を聞いていた歌子だが、はっきりいって難しすぎて、当時は何が何だか理解できなかった。

 ただ、その数時間後、宗達が一人の妖を連れてきて、平易な言葉で話した内容だけが、かろうじて理解できた。

「歌子、彼と契約を結びなさい。今日からお前の式神となる妖だ」

「式神って?」

「いかなる時もお前の傍に仕え、お前の言葉に従い、お前の身を守る者のことだ」

「それってつまり……弟ってこと?」

「――いや、あんたの『弟』の定義、おかしくない?」

 呆れ気味に呟かれたツッコミが、式神・紅刃の第一声であった。


 紅刃は確かに弟ではなかった。寧ろ兄のように、歌子は紅刃を慕った。

 紅刃が自分の式神になった理由――父や兄が話していた言葉の意味を理解できるようになるまでは、ただ何も知らず、無邪気で無垢なまま、紅刃と同じ時を過ごした。たくさん我が儘を言って、紅刃はそれを笑いながらきいてくれた。

 やがて歌子は退魔師として成長し始め、紅刃がいる理由を、なんとなく理解した。詳しい話は伏せられていたため、歌子が認識していたのは、「過去に罪を犯し、それを償うため、退魔師の使命を手助けしている」という程度である。紅刃がかつて「血刃」と呼ばれ、五人の人間を惨殺したのだと知ったのは、近年のことである。

「幼いころの私は何も知らなかった……あなたが背負っていた、いろいろなことを。今は、ちゃんと知っている。知った上で、受け入れている。あなたが私の大事な家族であることに変わりはない」

 一人きりの部屋で、歌子はぽつりと呟く。部屋の隅で膝を抱えて。夏のはずなのに、なんだか凍えてしまいそうに寒いように錯覚する。いつも隣にいたひとがいないと、こんなに寒い。

「けれどきっと私は、紅刃の何もかもを知っているわけじゃない。知らないうちに傷つけていたのかな……だから愛想を尽かされてしまったのかな。あなたがあんな言葉を口にした理由を、私は解らない。主人がきいて呆れるわ」

 自嘲気味に一人で笑う。

 でもね、と歌子は表情を引き締める。ここにはいない家族に向けて、届くはずのない言葉を呟く。

「一緒に過ごした時間を。笑い合った時間を。背中を預けて戦った時間を。全部が嘘だったとは思いたくないの」

 心の中に蘇る光景は、どれも歌子にとって大切なものだ。

 悲しみに暮れて、膝を抱えていつまでも座り込んでいるのは簡単だ。目を塞いで耳を閉じているうちに、誰かが自分とは関係なく、勝手に何もかも解決してしまうかもしれない。しかし、それでは駄目だ。自分で立ちあがって、自分で手を伸ばして捕まえなければ、胸を張って取り戻したと言えるはずがない。自分で取り戻さなければ、きっとまた手から零れ落ちる。

「今まで私は何度も我儘を言った。そして今度も、私はいつものように我儘を言うの」

 直接面と向かって、自分の言葉で伝えないと――戻ってきて、と。


★★★


 どたどたどた、と騒がしい足音が階段を駆け上がってくる。いったい何の騒ぎだ、と京介は怪訝に思いながらベッドから立ち上がる。直後、ノックもなしに扉が開け放たれた。歌子が飛び込むなり満面の笑みで言う。

「京介君、討ち入りいくからつきあってくれる?」

「討ち入りってそんな笑顔で誘うものだっけ」

 とりあえずツッコミを入れたら、隣で芙蓉が失笑した。

「単純な奴は浮上するのも早いな」

「あ、芙蓉さんに褒められた。嬉しいかも」

「褒めてない」

 芙蓉が憮然とした顔で言った。

「まあ、そういうわけだから、京介君、一緒に千鳥をぶちのめしに行きましょう」

 そういうわけがどういうわけなのか、彼女の中で起きたであろう諸々の葛藤はばっさりと省略されてしまったが、戦意を取り戻してくれたことは僥倖だ。早速京介は、歌子に討ち入りについて相談する。

「歌子、紅刃が今どこにいるか解るか」

 京介が問うと、歌子は苦笑する。

「いきなり傷口に塩塗ってくれるじゃない。契約が途切れた状態じゃ、居場所は解らないでしょ」

「確かに契約紋は消えたが、お前たちの繋がりが完全にゼロになったとは思いたくない。そうだろう?」

「無茶を言うわね」

 肩を竦め、半信半疑といったふうに歌子が目を閉じる。神経を研ぎ澄ませ、気配を探っている様子だ。

 京介も、契約の繋がりをよすがに芙蓉の気配を感じることができる。意識を集中させて、感覚を研ぎ澄ませることで、闇の中に一筋の光を見つけるように、居場所を感じることができる。

 目を閉じたまま、歌子が呟く。

「うん……確かに、すごく弱いけれど、感じる」

 驚いた、と歌子は目を丸くした。

「完全に断ち切られたと思ったけれど、まだぎりぎり繋がってるみたい。不思議だわ」

「魔術で強引に奪っていったんだ、そんなに完璧ではないのかもしれない」

「じゃあ、取り戻せる可能性も高いね」

 歌子から前向きな発言が出たことに、京介は表情を綻ばせる。

「場所は解りそうだな。そうだな、俺は少し用意したいものがあるから、その後で襲撃する。いいか?」

「了解」

「歌子にも手伝ってほしい。ついてきてくれ」

「ええ」

「芙蓉はここで待ってて」

 京介は芙蓉を残して、歌子を連れて部屋を出た。

 それから、自分がこれからやろうとしていることを思って、憂鬱げな溜息をついた。

 戦力のカウントは確定した。作戦の概要も固まった。それにもかかわらず憂鬱なのは、いろいろと胃の痛くなる問題が積み重なっているからだ。

「京介君、あなたが今何を考えているか、当ててあげましょうか」

 後ろをついてくる歌子が言う。振り返ると彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべていた。どうやら彼女には、憂鬱な理由がばれてしまったらしいと察し、京介は苦笑する。

「俺の嘘はそんなに解りやすかったか」

「そうじゃないけど、京介君が何を考えそうか、だいたい解るから」

 一呼吸おいてから、歌子は京介の目論見を見事に言い当てた。

「芙蓉さんを戦いに連れて行きたくないんでしょ」

 京介は肩を竦めて肯定する。

 京介の中で、芙蓉は戦力にカウントされていない。

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