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式神たちの絶対禁忌(5)

 二人の魔術師の殺害事件。犯人が別の妖怪であると判明したため、無意識のうちに別個の事件のように考えてしまっていたが、そうではない。立て続けにおきた、式神による主人殺し――二件がまったく別物で、たまたま近い時期に起きただけ、というのは都合がよすぎる。なにかつながりがあって然るべきだ。すなわち、二つの殺人事件で、一つの大きな事件だと考えるのが正しい。

「つまり……つまり、どういうこと?」

 上手くまとめようとしたらしいが、結局まとまらなかったらしく、歌子が思考を放棄して疑問を投げかけた。

「二件はつながっている……といっても、連続殺人でも交換殺人でもない」

 商店街の方は琥珀丸、上嶺山の方は澪鋼がやった、ということは確定している。前者は物的証拠、後者は目撃証言があるから間違いない。

「それなら、たとえば」

 いつの間にか追加で注文したらしいパンケーキをつつきながら、芙蓉が言う。

「式神でありながら主人を殺せるほどの力、あるいは技術を、二人は同じルートで入手した、というのは?」

「それはつまり、そういう道具なり魔術なりを広めた誰かがいる、ってことか」

「そう。二つの事件は、裏で糸を引いている誰かがいる」

「それって、その『誰か』に何の得があるの?」

「二人の魔術師に恨みがあったのかもしれない。自分の手を汚さずに始末するために、式神たちを唆したとか」

「その説で行くと、澪鋼と琥珀丸は日頃から主人に恨みがあって、『誰か』はそれを利用した形になるわけだが……それだと、鈴音が言ってた琥珀丸の人物像と齟齬がある」

 琥珀丸はかつて鈴音に「素敵な主人がいる」と語っていたという。琥珀丸が主人に対して恨みを抱いていたとは考えられない。

「けどそれって、一年前の話なのよね。だったら、ここ一年の間に琥珀丸と主人との間に何かがあって、険悪な仲になっちゃった、っていうなら、矛盾しないんじゃないの?」

「それは……確かに一理ある、のかな」

 鈴音と琥珀丸が話をした一年前の時点では、確かに琥珀丸は主人を敬愛していた。しかし、鈴音が知らない一年の間に決定的な何かがあって、主従関係は冷戦状態になる。そこに何者かが付け込み、琥珀丸に主人殺しの方法を授けた。確かに矛盾はないように見える。鈴音を信じると言った手前、京介としては俄には納得しがたい推測だが、明確に反論できる材料は今のところない。

「主人への忠誠が殺意にまで変わっちゃうのって、いったい何があればそんなことになるのかな」

 紅刃が誰にともなく問う。

「何だってあるさ」

 芙蓉がつまらなそうに応じる。

「大事にとっておいたケーキを勝手に食べられたり、楽しみにしていたサスペンスのネタバレをされたり」

 そんなことでキレるのは芙蓉くらいではないだろうか。そう呆れ気味にツッコもうとしたが、それより先に、

「信じていた主に裏切られたり」

 冗談のようなセリフに続けて、芙蓉は本気か冗談か解らないことを言う。

「人が人を殺すのだって、たいした理由がいらない時代だ。従者が主人に殺意を抱く理由など、腐るほどにあるだろうさ。他人が簡単に推し量れるようなものではないだろう」

「……動機云々を考えても仕方がなさそうだな」

 そんな月並みな台詞で無理矢理まとめて、京介は芙蓉の危うい発言を誤魔化した。



 カフェを出て、再び二手に別れて情報収集をしようということになる。

「細かいことはまだ解らないが、事件の裏に『誰か』がいるっていうのは、可能性が高そうだと思う」

「最近、被害者や式神たちに接触していた怪しい奴がいないか、調べてみた方がよさそうね」

 調べなければいけないことは山積みだ。しかし、午前中ほとんど成果が上がらなかったことを考えると、有益な情報を得られるかどうかは、正直難しいだろうな、と京介は思う。

「なんだか、こういう事件だと、『契約』のこと、考えちゃうわよねえ」

 歌子が浮かない顔で呟く。

「お互い信頼している人たちもいれば、殺したいって考えちゃうほど険悪な人たちもいる……主従関係っていうのは、難しいわね」

「ああ……」

 主従関係は難しい。琥珀丸は一年の間に主人に昏い感情を鬱積させていた。澪鋼も自分の主人に殺意を抱いた。二人はその感情に付け込まれた。そう考えれば、一応の筋は通る。

 しかし、やはり釈然としない。会ったこともない妖のことを、鈴音の証言だけを理由に信じようとするのは理性的ではないかもしれないけれど。

「歌子。はっきりとした根拠はないんだけど……琥珀丸や澪鋼が主人を殺した悪者っていうふうには、考えたくない、というか」

 歯切れ悪く伝えると、歌子が驚いたように瞬きする。やがて、苦笑すると、

「まあ、想定内の台詞ね。京介君、相変わらず、妖に優しい方向で考えようとしてる」

「裏で糸を引いてる奴がいるってところまでは、概ね合ってると思うんだ。そこから先、だな」

「そいつが、二人の妖を唆したのとは違うってことよね。つまり、元から妖たちが抱いていた悪感情を利用したわけではない……彼らの主従関係は正常だった、ということを前提にしたいわけね」

「ああ」

「それってつまり……つまり、どういうこと」

 上手くまとめようとしてくれたのだろうが、またしてもまとまらなかったらしく、歌子は結論を丸投げした。京介とて上手く言える自信があるわけでもないので、思っていることを取り留めもなく言うしかなかった。

「正常な主従関係、それにもかかわらず、何者かが干渉し、式神に主人を殺させた……とにかく、式神は主人を殺すことを望んではいなかったんじゃないか」

「たとえば……その誰かに騙されたとか、脅されたとか、そういう方向?」

 先程までの主従関係冷戦説よりはいくらか納得できる方向性に、京介は小さく頷く。

「まあ、なんにしても、その誰かさんなり、問題の式神なり、探し出さないことには仕方がないわね」

「そうだな」

 二人で立ち止まったまま話をしていると、さっさと動き出すつもりで先に歩き始めていた芙蓉が、少し離れたところで不機嫌そうに待っている。「早くしろ」と目線が訴えている。京介は歌子を促し、慌てて芙蓉に追いつこうと歩き出す。

 その時、芙蓉がはっと表情を変えて唐突に叫んだ。

「避けろ、京介!」

 言いながら、芙蓉は既に地面を蹴り瞬時に距離を詰めていた。芙蓉が手を伸ばし加減もしないで京介を突き飛ばた。よろけながら京介が見たのは、一秒前に立っていた場所に、上から降って来た刀が突き刺さるところだった。

「――っ!」

 芙蓉が気づいていなければ串刺しになっていたところだ。京介は背筋が凍るのを感じる。

 四人が一斉に空を仰ぐ。神ヶ原駅ターミナルビルの屋上に二つの人影が見えた。二人とも妖だった。

 黒いセーラー服の少女と、侍よろしく着物姿の長身の男の二人組――澪鋼と琥珀丸だ。

「こちらが嗅ぎまわっているのに勘付いて仕掛けてきたか、探す手間が省けたな」

 芙蓉が好戦的な目を向けてバキバキと手を鳴らしている。

 屋上の二人が、再び襲ってくるかと思いきや、くるりと踵を返して視界から姿を消してしまう。

「芙蓉」

「先に行く。三分で追いつけ」

 無茶な注文をつけるや否や、芙蓉は驚異的な脚力を以て跳び上がり、一瞬で建物の屋上に到達してしまった。妖の面目躍如というところだ。

「追いかけよう」

「ええ」

「了解」

 式神である芙蓉の居場所は、なんとなく気配で解る。離されないうちに、と京介は駆け出す。歌子と紅刃がそれに続いた。

 建物の屋上をぽんぽんと跳んで行ける芙蓉とは違って、地上を行く京介はひたすらまっすぐに、というわけにはいかない。いくつかの角を曲がって迂回しつつ、いくつかの建物を通り過ぎ、芙蓉の気配を追って、どうにか駅東側にある立体駐車場に駆け付けた。

「ここに?」

 歌子が短く問うてくる。答える前に駐車場の中から轟音が聞こえてきた。どうやらここで間違いないらしい。駐車料金が高いせいでイベントがある時くらいしか利用されない駐車場は、表示によると一階から屋上まで空きがある。見上げると、五階にちらりと、芙蓉の長い髪が靡いているのが見えた。

 相手は二人だ、芙蓉といえども厳しいだろう。五階を目指して階段を駆け上がる。

 階段を全力疾走して、ようやく目的の階に辿り着くと、二人の式神と芙蓉が、それぞれ得物を手に対峙していた。

「芙蓉」

 名前を呼ぶと、芙蓉は肩越しにちらりと視線を寄越しただけで、すぐに敵に向き直った。

「何も話す気はないらしい。口を割りたくなる程度までぶちのめして構わないな?」

「ほどほどに」

「紅刃、あなたも」

「OK。芙蓉ちゃん、俺にも一人分けてくれるー?」

「好きにしろ」

 言いながら、芙蓉は飛び出し、刀を構える澪鋼にぶつかっていった。鍔迫り合いの激しい音を聞きながら、紅刃は赤い短刀を片手に琥珀丸に肉薄する。

 隙を見て援護するつもりらしく、歌子は月花羅刹を抜き、引き金に指をかけている。

 京介は刈夜叉を召喚しようとして、ふと思い留まる。

 敵二人は駅前で京介を奇襲した。だが、追い打ちをかけることなく一旦退き、芙蓉に追いかけさせた。京介たちはまだ澪鋼たちの居場所についてまったく手掛かりを得ていなかった。彼女たちが動かなければ、こうも早く接触することはなかった。わざわざ姿を現したのは、先手を打ってこちらを排除するためと考えていいだろう。

 しかし、だとすれば、なぜ逃げたのか、という疑問が出る。駅前の人通りの多い場所で刀を降らせておいて、周りを巻き込むのを憚っただとか人目を気にしたなどということはあるまい。

 芙蓉は二人をこの場所に追い詰めたつもりかもしれない。だが、実際には、二人によってこの場所に誘い出されたのではないか。不吉な予感が頭をよぎった。

 罠かもしれない。

「歌子、気を付けて。近くに誰か、いるかもしれない」

「え?」

「二人のバックには『誰か』がいる可能性が高かった。その『誰か』が奇襲を狙っているのかも」

 その誰かは魔術師か妖怪のどちらかだ。もし近くにいるならば、その力の流れが視えるはず。

 京介は「稀眼」を開く。途端に、目の前でぶつかり合っている芙蓉たちの妖力の奔流に目が眩みそうになった。しかし、それは文字通りただの目晦ましだ。探すべきものは別にある。

 灰色の天井、白い枠線の引かれた床、点在し死角を作る柱、それらをぐるりと見回す。

 どこかにいるはずだ。緊張から汗が首筋を伝う。鈍痛を訴え出す頭を押さえ、目を凝らす。

「……」

 足元。

 刀を交える芙蓉たちの足元に、微かに視える――あの四人の誰のものでもない、正体不明の魔力の流れ。

 気づいた瞬間、京介は叫んでいた。

「芙蓉、紅刃! 下に誰かいる――!」

 それとほぼ同時に、灰色の床を突き破って、二匹の黒い蛇が飛び出した。

「!」

 否、蛇に見えたそれは、実際には生物ではなかった。蛇のように撓る鎖だった。京介の声に反応し、芙蓉は後ろに飛び退るが、鎖の間合いから逃げ出すには足りなかった。二本の鎖はそれぞれに自律して動き、芙蓉と紅刃を拘束する。

 脚から胴へと一瞬で巻き付いた鎖は、その先端に鋭い鏃を持っていた。鏃が蠢く様は、蛇が鎌首を擡げるのに酷似していた。鎖がうねり、鏃が芙蓉の胸を貫こうとする。両腕を戒められた芙蓉は剣を振るうことができずにいた。

「――っ!」

 芙蓉が息を呑む。瞬間、

「来い、芙蓉姫ッ!!」

「京……」

 驚いた芙蓉が咄嗟に京介を呼ぼうとしていたが、それより先に京介の右手に刻まれた契約紋が光を放った。芙蓉の体が光に包まれ、次の瞬間には拘束された鎖の中から姿を消した。芙蓉を狙っていた鏃は空を切る。

 そしてその直後に、芙蓉は京介の後ろに現れる。お互い余裕がなかったせいで、芙蓉は珍しく息を乱しながらバランスを崩して尻餅をつく。

 見える範囲にいるならば使う必要など本来はないはずだが、だからといって使えないわけではない。ほんの数十メートル先にいる式神を、手の届く場所に呼びよせるためだけの、召喚術。それは時に、援護が間に合わない距離にいる式神を窮地から離脱させることに応用できる。

 だが、安心している暇はない。芙蓉を逃すまいと、鎖が猛スピードで追ってきた。弾丸の如く速度で迫ってくる鏃は、再び芙蓉の心臓を狙う。京介はほとんど反射的に右腕を伸ばし、芙蓉を庇って鎖の射線上に突き出した。

「ぐっ……!」

 鏃が手首に突き刺さり、肉を抉る。思わず呻き、顔を顰める。

 背後で芙蓉が忌々しげに舌打ちをしながら立ち上がり、両手で握りしめた剣を振り下ろす。ばつんっ、と激しい音と共に鎖を両断する。

「京介」

「大丈夫、浅い」

 手首に埋まる鏃を引き抜き、血に濡れたそれを床に投げ捨てる。

 芙蓉は眉を寄せ、何か言いたそうに口を開いたが、それを遮るように、どさりと何かが崩れる音がした。

 はっと振り返ると、歌子が膝をついて蹲っている。

「歌子!」

 駆け寄ると、歌子は苦しげに呼吸を乱し、胸を押さえている。

 否、胸ではない。正確には、鎖骨の下あたり――契約紋がある場所だ。

「紅、刃……!」

 脂汗を浮かべ掠れた声で名前を呼ぶ。京介はようやく気付く。

 歌子が一心に見つめる先、紅刃の胸を黒い鎖が貫いていた。

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