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式神たちの絶対禁忌(2)

 式神の主人殺し、というものは、思っている以上に爆弾らしいぞ、と潤平は察する。そのワードが出た途端、京介と歌子は厳しい表情で黙り込んでしまったし、竜胆と蓮実も険しい顔だ。蚊帳の外である一般人・潤平は、隣に座る美波とアイコンタクトを交わす。

 変態シスコンの兄と、それをすげなくあしらう辛辣な妹の二人組だが、いざという時にはアイコンタクトだけで正確に意思疎通を交わすことができる。

『おいおい、もしかして結構ヤバい話になってきてるのか?』

『どうやらそのようですね。兄さん、下手なことは口にしないでくださいよ』

『口出しなんかしねえけどよ……式神が主人を殺すってのはそんなにヤバいのか』

『これまでに聞いた話を統合すれば、式神とは契約によって主人に絶対服従を強いられるものであることは明らかです。その制約を打ち破って主人に危害を加えられるというのは、異常事態ですよ』

『絶対服従っていっても、なんかいまいちピンと来ないんだよなー。だって、きょーすけの式神の姐御は、きょーすけに逆らいまくりじゃん』

『それは決してスタンダードではないんですよ、兄さん。というか、そのあたりの話がまさしく地雷かもしれませんから、絶対口に出さないでください』

 美波に視線できつく命じられ、潤平は自分の口にしっかりチャックする。明らかに場違いな場面に居合わせてしまったことを呪いながら、緊張の面持ちで魔術師たちの会議に耳を傾ける。

「殺処分、かぁ……やっぱり、魔術師中央会の立場としては、そういうことになるんでしょうね」

 歌子が複雑そうな顔で呟いている。「殺すことはないのに」と言いたげなのが、潤平にも解った。対する蓮実は、毅然とした態度で言い切る。

「主従契約による制約はとても強力なものです。それをものともせず、主人殺しを実行できる式神など危険極まりない存在です。普通の人間に手を出したのだとしても許されるものではないのです、まして主人殺しとなれば、中央会はその式神を殺さねばなりません」

「じゃあ、澪鋼と……商店街の方の式神」

「そちらは、名を琥珀丸といいます」

「その二人を捕まえて、始末するつもりなわけね」

「はい」

「私は、うちの孫は受験生だからほっといてー、って頼んでたんだけどさー」

 竜胆は今回の事態を――京介を巻き込むことになったことをかなり不本意に思っているらしい。あからさまに面白くなさそうな調子でぼやいた。

「ええ、竜胆殿のご配慮から、不破京介殿、黒須歌子殿には今回の件について話をしませんでしたが、代わりにと動いてくださった竜胆殿が思いのほか役立た……苦戦しているようですので」

「今『役立たず』って言おうとしたね?」

「こうして事件に関わってしまったのならばもう隠し立ては無用と判断しました。お二方には、主人殺しの式神二人への対処を手伝っていただきたく存じます」

 丁寧な言葉で「依頼」という態度を取っているが、その声の調子からは有無を言わせぬ「命令」然とした雰囲気が漂っていた。

 歌子がそっと京介の様子を窺った。眉間に深い皺を刻んで、ずっと沈黙を守っている京介を気にしているようだ。以前、行方をくらませた京介を探す途中で知り合ったとき、歌子から、彼女が京介に協力する立場にあることを聞いたことがある。まずは京介の意見を聞いて尊重するつもりなのかもしれない。

 やがて京介は、重々しい溜息をついた。

「……竜胆ばあさまも、手に負えないようなら最初から俺に言えばいいんだ」

「京介……」

「解った。二人の式神の件は、俺が動く。歌子も、協力してくれるか」

「ええ、私は勿論OKよ」

「それを聞いて安心しました。お二人とも、どうかよろしくお願いします」

 蓮実がうっすらと微笑みを浮かべ、立ち上がる。

「私は中央会の本部に戻って情報収集をします。何かあれば報告します。それでは、失礼します」

 さっと踵を返す蓮実を追って、竜胆も立ち上がる。

「じゃ、私も本業の暗躍に徹することにするから、あとは若いお二人に任せたよー」

 ひらひらと手を振って竜胆が去っていく。

 なんだか厄介なことになった。主人を殺せる式神というのが、とにかくものすごく危険な存在らしい、というざっくりしたことまでは、潤平にも理解できた。そんな奴らと京介が戦うことになる。

 心配だな、と思い、同意を求めて美波を見遣り、潤平はぎょっとした。

 美波は、鬼のような形相で蓮実を睨みつけていた。



 厄介な事件になってしまったため、当然ながら登山どころではなくなった。竜胆たちが去った後すぐに解散ということになった。必ず埋め合わせはするから、と京介は申し訳なさそうに言っていた。そんなことは気にしなくていいからとにかく無茶だけはするな、と伝えると、京介は穏やかに微笑み頷いた。

 帰りの道中、京介たちと別れて、美波と二人きりになった。その途端に、

「あの女、気に入りませんね」

 美波はいきなり口の悪いことを言った。あれだけ睨んでいたのだから、あの女とは蓮実のことだろう。初対面の魔術師をあの女呼ばわりとは、ただ事ではない。

「なんだ、恋のライバル出現ってか」

 潤平はわざと茶化すように言うが、それに対する美波の答えはあっさりしたもので、「あんな年増は京介さんのタイプじゃありません」と、勝手に京介の意見を捏造した。

「どう考えても危険な役目を京介さんに押しつけて、自分は安全地帯でぬくぬくですか」

「まー、きょーすけは神ヶ原を守る使命を負った退魔師っていう、超重要人物なわけだし、神ヶ原で起きた事件できょーすけの協力を求めるのは仕方ないんじゃないか」

 京介が危険に巻き込まれることには心穏やかではいられないが、ここで京介がやらなければ誰がやるんだという話になる。京介だって、自分の管轄で重大事件が起きていると知っては、黙ってはいられないだろう。潤平はただ無事を祈るばかりだ。

 そう正論を説いてやると、美波は拗ねたように唇を尖らせる。

「解ってます、そんなこと。でも、気に入らないのはそれだけじゃありません」

「じゃ、何だ」

「兄さん、解りませんでしたか? あの女、京介さんを試すような目で見ていました。あれは『踏絵』ですよ」

 潤平の中に歴史の教科書で見たようなワンシーンが彷彿とされた。


★★★


 アパートに向かいながら、隣を歩く歌子に話す。

「高峰蓮実が俺を試そうとしているのは解っているよ」

 蓮実と話をしていた時からずっと歌子が心配そうな視線を送ってきていたのは解っていた。周りに誰もいないのを確認し、京介は続ける。

「芙蓉が俺の命令に逆らえることは、まあ割とよく知られている話だ。中央会の連中も当然知ってる。式神は主人に従属して当然と思ってる奴らがほとんどだから、中央会としては芙蓉の存在が面白くないはずだ。見逃してもらえているのは、俺が甘いことも知れ渡っている上に、芙蓉の反抗がおふざけの範疇だからだ」

 芙蓉が命令を無視したとしても、それは京介がただ甘いから許しているだけで、式神はきちんと契約のコントロール下にあるのだ――というスタンスで通している。しかしどうやら、蓮実はそれを疑っている。

「……あの人は、主人殺しの式神の始末を京介君に命じて、踏絵にかけようとしているのね」

 お前の式神の反抗は本当にただのお遊びなのか。

 式神は制御されているのか。

 それ以上の禁忌を犯してはいないだろうな、と。

「もしも芙蓉が禁忌を犯し、俺がそれを知っていて知らないふりをしているなら、禁忌を犯した澪鋼と琥珀丸の始末なんて、平然とダブルスタンダードを犯すはずがない……俺を、というより芙蓉を狙ってるんだろう」

 竜胆はおそらく蓮実の狙いに気づいていただろう。だから、受験生だからという適当な言い訳で京介を関わらせないようにしていた。竜胆による箝口令の理由の一つは、中央会の目論見の阻止だったわけだ。もっとも、それも結局破綻してしまったが。

「それで、どうするつもり、京介君。私は……そういう指令だと言われればやるけれど、あまり気が進まないわ。けど、やらないと痛くもない腹を探られるわけよね」

「俺は人と妖の仲介役だ。人間側の主張は解ったが、そっちだけを一方的に尊重する気はないよ。まずは二人の式神の話を聞く。事情があれば許されるっていうわけじゃないが、何かあるのかもしれない」

 以前、烏丸弁天が式神使いの魔術師を襲っていたのは、魔術師が式神をないがしろにするような酷い相手だったからだ。今回も、もしかしたらそういった、のっぴきならない事情があるかもしれない。

「それに、事情云々以前に、そもそもどうやって契約の縛りから外れて主人を殺せるのかっていう問題が気になる。そのあたりの仕掛けは究明する必要がある。とりあえず、問答無用で殺す気はないから」

 それを聞いて安心した、というように歌子は胸を撫で下ろしていた。

「京介君が、あんまり迷わないで高峰蓮実の指令を了承したみたいだったから、ちょっと心配してたのよ」

「彼女の前で下手なことは言えなかったからな。とりあえず従順なフリ」

 そう言って、京介は悪戯っぽく笑ってみせる。

「あとは……さて、芙蓉をどうするかだな」

「高峰蓮実の目論見がある以上、芙蓉さんを出したくない?」

「まあ、高峰蓮実が気に入らないっていうのも一つの理由だな。あとは……いろいろ、面倒な事情がある」

 こればかりは、歌子にもおいそれとは言えない。察してくれたようで、歌子も深く追及はしてこなかった。

「解った。じゃ、今回の件は京介君と、私と紅刃の三人で対処しましょう」

「紅刃の方は大丈夫なのか?」

 突如降って湧いてきた殺人事件でなあなあになってしまったが、歌子は紅刃のことで悩んでいる。紅刃も最近様子がおかしいというし、そんな状態で二人に危険な仕事の協力を頼むのは気が引ける。

 だが、歌子はにっこりと笑って応じる。

「だいじょーぶ。っていうか、仕事してた方が気が紛れるかもしれないし。いい気分転換よ」

 危険な仕事を気分転換と言い切るあたり神経は太そうだな、と京介はひっそりと思った。



 歌子と別れアパートに帰り着いたのは午後二時くらいのことだった。リビングに入ると、人の布団に勝手に寝転んで、サスペンスの再放送を視聴しようとリモコン片手にスタンバイしていた芙蓉が目を見開いた。

「なんだ、随分早いな、どうした」

 その瞬間、京介は「しくじった」と思った。

 今日は一日潤平たちと一緒にいる予定で、夜まで戻らないつもりで、芙蓉にもそう伝えた。それなのに、こんな真昼間に戻ってきてしまっては、そりゃあ何事だと思われる。いろいろ厄介なことが起きたせいで、そのあたりのことが吹っ飛んでいた。

 だが、起きたことをありのままに話すわけにはいかない。今回の一件は、芙蓉を関わらせないつもりなのだから。

 逡巡は一瞬だった。考えをまとめると、京介は何食わぬ顔で言う。

「ああ……潤平が体調を崩してな。早めに解散になったんだ」

 ダシに使うのは悪いとは思いつつも、潤平が登山でグロッキーになっていたのは嘘ではないので、不自然になることもなくさらりと言えた。

「そうか」

 幸い、芙蓉は特に勘ぐることもなく、納得してくれたようだった。京介は内心そっと胸を撫で下ろす。

「とりあえず京介、汗臭いからシャワーでも浴びて来い」

「ああ」

 追い払うように言われたので、京介は大人しく脱衣所に向かう。

 とりあえず切り抜けたようだ、と安堵する。


 ――背後で芙蓉が鋭い視線を向けていたことに、京介は気づいていなかった。

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