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復讐者との奇妙な縁(4)

 疼痛に呻き声を上げ、京介は意識を取り戻した。重い瞼を上げると、自分の脚が目に入る。背中に固い感触。身を捩るが、動けない。椅子に縛り付けられていた。両手は後ろに回され拘束されている。首を巡らせて見ると、両手を拘束しているのは呪符だ。おそらく、京介の魔術を封じるものだろう。

 とんでもないへまを踏んだようだ、と京介は舌打ちする。それで、京介が起きたのが解ったらしい、足音が近づいてきた。

 顔を上げると、男が目の前までやってきていた。フードで隠していた顔を、今は晒している。四十代くらいの男だった。その顔に、かすかな既視感を覚えたが、麻酔の影響か、鈍った思考では思い出せなかった。

「お目覚めのようだね。ええと……」

 男の言葉に、京介は冷ややかに笑う。

「名前も知らない相手を拉致したのか?」

「名前はどうでもよかったからな。そこそこ実力のある魔術師で、ただ殺すのが惜しいと思ったから招待したんだ。しかしいざこうなると呼ぶのに困る。最初に訊いておけばよかったな」

 男は笑いながら、しかしその笑顔とは裏腹に冷酷に、京介の首にナイフを突きつける。

「いちいち脅迫しないと話を進められないタイプか」

「それで、君の名前は?」

「……不破、京介」

「これは驚いた、不破家の次期当主だったか。道理で強いはずだ」

「嫌味にしか聞こえない」

「君に比べたら私は無名の魔術師でね。名前は葛蔭亮くずかげりょうという」

「葛蔭……?」

 京介は目を見開く。その珍しい名前には聞き覚えがあった。その名が引き金となり、男の顔に覚えた既視感の理由が解った。

「お前……葛蔭さとるの……」

「ふむ、悟は私の息子だ……ああ、そうか、もしや、二年前の事件で悟に噛み付いたのは、不破の次期当主、君だったのか」

 葛蔭悟。京介にとっては忘れることのできない、忌まわしい事件の首謀者だ。葛蔭亮と葛蔭悟は、親子だけあって顔立ちが似ている。だから、会ったことがあるように感じたのだ。

「親子揃ってロクでもないことを。反吐が出る」

「私は悟とは違うよ、奴と違って失敗はしない。これも何かも因縁だね、君に最初にお披露目してあげよう、私の作品を」

 葛蔭がローブを翻し歩き出す。それにつられるように視線を上げる。そこでようやく、部屋の全貌が目に入った。

 教室ほどの広さの部屋には青白い光が灯り、リノリウムの床を照らし出している。部屋の中央には台座のようなものが鎮座しており、透明なドーム状のカバーで、台の上の何かを保護している。そこに置かれているのは、白い人型のように見えた。

 今まで見てきた紙人形よりはしっかりとした素材の、憑代のようだった。この部屋にあるのは、それだけだった。

 葛蔭が台座のスイッチを押すと、ドームが二つに割れて格納される。白い憑代を手に取り、葛蔭は高々と掲げる。

白霊獣ビャクレイジュウシリーズ……それが、君や、他の魔術師たちが倒してきた式神の名前だ」

「出来の悪い式神だったがな」

「その通り、君たちが倒したのはなにせ、ただの捨て駒だからな」

「何?」

「白霊獣シリーズは、その先にある最高傑作のための、前座に過ぎない。シリーズは君たちに倒されるために作られた」

「……」

「そして、倒された時の戦闘データは、この憑代に蓄積された。一匹では到底集められないだろう戦闘経験、情報、経験値がここに集約されている。これを元に、最強の式神を作り出すのが、私の目的だ」

「……そんなものを作って、どうするつもりだ」

「どうもしないさ。言っただろう? それが目的だ、と。手段ではなく、目的だ。ただ作り出す、それだけだ。それが研究者というものだ」

 研究と称して、平気で何でもする。何が壊れようと、誰が傷つこうと――誰が死のうと、知ったことではないとばかりに振る舞う。その行動原理には吐き気がする。

「研究者……葛蔭悟も同じことを言っていた。親子揃ってそっくり……どっちもクズの狂った魔術師だ」

「褒め言葉として受け取っておこう」

 葛蔭が憑代を高く放る。そこに、魔力が集約されていくのが解った。

 魔力をため込んだ憑代が、やがて葛蔭が望んだ形の式神に変貌を遂げる。

「倒された式神の数は百……そのすべての情報を集めた、()()()の誕生だ」

 それは、巨大な怪物でも、獣の姿でもない。今まで見た中で一番人間に近いフォルムをしている。頭があり、両手と両脚があり、ただ、人間よりも凹凸が少なく滑らかな体をしている。黒い目玉がぎょろりと開き、無機質な視線を放っている。

「さて、私の作品の実力を、身を以て思い知ってもらおうか」

 葛蔭がぱちんと指を鳴らす。と、京介を拘束していた呪符が外れ、縄が緩んだ。

「君のことは、そのために呼んだのだ」

「は……舐めやがって」

 京介は縄を振りほどいて立ち上がり、右手に刈夜叉を呼び出す。麻酔が残っているせいか、少し体はふらつくが、充分戦える状態だった。

 葛蔭がこれだけ自信満々に言うくらいだから、今までの白霊獣シリーズと同じとは考えない方がいいだろう。相手の能力も解らない。まずは長距離射程の魔術で様子見をしてから、と京介は左手を懐の呪符に伸ばす。

 その直後、百霊獣が目の前に肉薄し、右手を振り上げていた。

「速ッ……」

 しなやかな右手が、形状を変化させる。腕のような形から、鋭い剣の形へ。斬られる、と思った瞬間、京介は反射的に刀を振るい、百霊獣の攻撃を受けた。

 その攻撃は、速い上に、重かった。衝撃を抑えきれず、京介の体は後ろに押される。

 式神は一度剣を下げる。くるりと体を回し、その遠心力を載せて、しなる左腕を鞭のように振るった。それを正面から受けた京介は、その衝撃に薙ぎ払われ、吹き飛ばされる。

 壁に叩きつけられ、肺の空気を吐き尽くす。筋肉が悲鳴を上げる、骨が軋む。痛みに顔を顰め、ふらつきながら壁から背を離す。百霊獣は更に追い打ちをかけようと追いかけてきていた。

 接近戦は不利とみるや、京介は敵に近づかれる前にと、すぐさま呪符を放った。

「烈火現界!」

 爆破魔術を五発、まとめて撃ち込む。百霊獣はそれを避けようともしない。五重の爆発が発動し、百霊獣の動きは一瞬止まる。だが、それだけだった。次の瞬間には何事もなかったかのように動き出している。

 剣の右腕をまっすぐに突き出してくる。刺突を、体をずらすことでかろうじて避けると、逃げるように距離を取る。

「焔々現界、焼却せよ!」

 逃げると同時に炎を放つ。すると、百霊獣の頭部、その額の部分に文字が浮かび上がる。それが魔術発動のための呪だと気づいた時には、白い式神の眼前に水塊が湧き上がり、京介の炎を相殺してしまう。

 水塊は形を変え、刃となる。水流の刃が振り下ろされる。

「っ、焔刃現界、溶断せよ」

 京介の左手から炎が噴き出し刀となり、水刃とぶつかり合う。競り合う魔術が蒸気を放ち視界を曇らせる。水が炎を打消し、炎は水を弾き飛ばす。互角かと思われたが、弾かれた水はすぐさま弾丸に姿を変えて京介を襲う。高速で放たれる弾幕を、脚を縺れさせながら走り避ける。壁が、床が、水の弾丸で穿たれる、その激しい音に追われ、京介は戦慄する。

 迅速にして、的確。京介の攻撃をことごとく蹴散らしてしまう。こちらの攻撃が全く通用しない。敵の力が完全に上回っている。百体の式神を踏み台にした百霊獣の実力は並大抵ではないようだ。策を、術を、一つ一つ潰されていき、打てる手が少なくなっていく。京介は次第に追い詰められていった。

「ふはははっ、どうだね、私の式神は? 手も足も出ないじゃないか!」

 葛蔭は高らかに笑う。悔しいが、確かに今のところ有効な策は思いつかない。そして敵は、思いつくのを待ってはくれない。

「さあ、百霊獣よ、嬲り殺しにしてやれ!!」

 葛蔭の命令に、百霊獣の得物が再び形状を変える。右手が左手と同じように鞭へと姿を変え、更に二本の鞭の先は矢尻のように鋭く尖る。

 二本の矢尻が襲いかかる。時に同時に、時に交互に、時に正面から、時に死角から。息をつく暇もなく、京介はそれをぎりぎりのところで刀で弾き飛ばすのが精いっぱいだった。

 否、正確には、それさえもできていなかった。刈夜叉で防ぎきれない分は、体に容赦なく突き刺さった。傷自体は深くない。だが、鋭く刺し、そして肉を削り取りながら抜かれる刃に、強烈な痛みが走った。葛蔭の命令に忠実に、ただ京介を甚振ることを目的とした攻撃だった。

 不意に、右手に鋭い痛みが走る。百霊獣の刃が手首に突き刺さっていた。

「ぐ、ぅっ」

 その激痛に刀を取り落す。それを逃さず、百霊獣の鞭が京介の両手をまとめて縛り上げ、力任せに体を持ち上げ、吊り上げる。百霊獣の白い体に、京介の血が赤く伝っていく。

「いい格好だよ……傷ついて、血に塗れて、苦痛に歪んだ顔をして」

 下卑た笑みを浮かべながら、葛蔭はナイフを片手に近づいてくる。無警戒に目と鼻の先にまで歩み寄ってきた葛蔭に、しかし京介は何もすることができない。得物は地に落ち、魔術を使うこともままならず、葛蔭がナイフを持ち上げ、喉に突きつけてくるのを黙って見ていることしかできなかった。

「君は健闘したよ。だが、私の作品の前では、これが限界だ。いい見世物だった。もう諦めて、死んでくれていい」

 勝手なことを言って、葛蔭は一歩下がり、式神にとどめを命じようとする。

「やれ、百……」

 その瞬間、葛蔭の頭で赤い液体が弾けた。

「っ!?」

 京介と葛蔭の驚愕が重なる。

 一瞬、血かと思った液体だが、血にしてはやたらと鮮やかだ。いったい何だ、そして誰が、と思った時、

「そこまでにしてもらおうか」

 闖入者の声が響いた。

 まさか、と思って京介は視線を巡らせる。開け放った扉から、部屋にゆっくりと入ってきた男は、不敵に微笑みながら言い放つ。

「京介は俺の獲物だ。俺より先にそいつを殺そうなんて、赦さねえぜ」

 イイ顔とイイ声で酷いことを告げたのは、窪谷潤平だった。

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